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改造戦士ギゼンガー  作者: zan
第八話「軍隊」
13/21

第八話・軍隊 前編

 あれからあとも、特に何も変わらなかった。部屋に戻って、それぞれに休んだだけだ。

 だが、多分もうスカーレットがこの部屋から去ることはない。これからずっとギゼンガーの傍を離れることはないのだろう。どちらかが、死ぬまでは。

「あれから、レッドアイはどうなったのかわかるか?」

 エアコンの温度調節をしながら、少年の姿に戻ったギゼンガーは訊ねた。

 女学生の姿に戻ったスカーレットは、少年のベッドに腰をかけて漫画を読んでいたが、その質問をされたので本を下ろした。

「あのあと、何の情報もないけど。私が知っていたコミュニティは『カミキリムシ』が倒されたから、情報源が減ってね。もしかしたら何かしているのかもしれないけど、私のところには何も情報は来てないよ」

「そうか」

 少年は何気なくテレビをつけた。彼はバラエティなどを観ない気質である。そんな彼がテレビをつけるということは、ニュースを観るために他ならない。つけっぱなしのテレビからニュースが流れてくることはあっても、ニュースのためだけにテレビをつける、というのはスカーレットにとってはありえないことだった。

「そんなのつけて、何か面白いことでもあるの? マスメディアに踊らされるのが落ちじゃない」

 非常に否定的な意見だが、少年は苦笑しただけである。

「どういうフィルターをとおした情報であれ、全く知らないよりはマシだよ。新聞を読むより手っ取り早いし、ある程度冷静な目をもって見れば取捨選択もできる」

「ニュースなんて携帯でチェックできるご時世だからねぇ」

 なんだかんだといいながら、結局スカーレットもテレビのニュースを観ていた。アナウンサーは険しい表情で何か報道している。昨今からの謎の怪物による殺人事件が多発しているのだ。険しい表情も無理のないことだろう。

 『スズメバチ』や、『カブトムシ』といった一般人にも目撃された改造人間がいる。ギゼンガー自身やスカーレットもすでに多数の人間にその正体を見られている。したがって、もはや世間的に改造人間が存在し、彼らが人間に危害を加えようとしていることは知られていた。今のところは都市伝説と、大量殺人犯の境目をうろついている程度のものだが、もう一押しあれば都市部のみならず、世界はパニックに陥るだろう。いまだに世間が秩序を保っているのは、恐らく警察などが情報を隠蔽しているからだと思われる。これまでギゼンガーは自分が倒してきた改造人間の死体を処理していない。それが誰にも発見されることなく、未だに現場で腐るにまかせられている、というのは考えにくい。発見、あるいは通報された警察が何らかの情報規制をしているのは明白だった。

 しかし、報道機関がこうした改造人間に関することを察知しているのであれば、隠蔽されている情報が漏洩するのも時間の問題であろう。

「またしても、奇妙な生物による殺人事件が発生いたしました」

 彼らはどうやら、ニュースキャスターや警察も忙しくさせているようだ。彼は事件が起こった場所を告げる。少年は新たな事件が隣町で起こったことを知った。

「この生物はこれまでに目撃されたものとは異なるもののようです。集団で人を襲うと報告されています」

 集団で、という部分に恐怖を感じる。これまでの改造人間はほとんど単独で行動をしており、学校を襲おうとしていた『カブトムシ』たちが手を組んだことを除けば、そうした例はない。

「目撃者の話によりますと、全身が黒いものに覆われており、触覚のようなものが生えていた、ということです。警察では防弾服を着込んだ集団強盗だとして捜査しておりますが、目撃者はどう見ても人間ではない、と話しているということです」

 そのニュースはそれで終わり、ニュースキャスターはスポーツの話題に入った。何をのんきな、と思った少年はリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を落とした。

「その黒い怪物って、もしかしてあのクモじゃないの」

「……レッドアイのことか」

 しかし、彼女には触覚がない。それに、上半身部分のシルエットは女性的なものなのだから、怪物とは言わないだろう。そもそも彼女は『混乱者』と称されるような存在で、一匹狼同然なのだ。徒党を組んで人々を襲うということはまず考えられない。

 そうした考えを少年はスカーレットに告げた。彼女は納得したらしく、

「ああ、そうか。それじゃその黒い連中、新しい改造人間かな」

 と答える。

「多分そうだろう。表立って派手に活動するものだな」

「そんなことして、何のメリットがあるんだろ」

「世を混乱させるんだろう。集団で頑張ればそれだけの成果はあがる」

「でも、目立ってこんなことしてたら機動隊とか自衛隊が出てくるよ。そうなったらいくら改造人間だって言っても、負けるに決まってるじゃない。それを恐れているからみんなゲリラみたいな真似をしてるんだよ」

 ああ、と少年はあごの先に手をやった。確かにいくら改造人間が外骨格を持っているとは言っても、口径のでかい銃でズドンと撃たれればやっかいなことになるだろうし、バズーカやらプラスチック爆弾やら、地雷やらの火薬を食らったらまずもって無事ではすむまい。貫通力の高いライフルでパカンと頭部を撃たれればもうそれだけでアウトだろう。食らって大丈夫そうな銃は口径の小さなもの、精々ニューナンブくらいだ。

「じゃあ、ほっとけば自然に警察がなんとかしてくれるってわけだ」

「そ、それじゃ隣町の人たちを見殺しにしてるのと変わらないじゃない」

 スカーレットの声はやや沈痛な響きをもっていた。さすがにギゼンガーがいずれは警察がやっつけてくれるからと言って戦わずにすまそうとするのは耐え難いのだろう。彼女は、彼を正義のヒーローと呼んではばからないのだ。

「俺一人で『誘いに乗った』方々を全て始末できるわけがないだろう。テレビの中のヒーローとは違って、何もかもを守れるわけではない」

 その答えに、何者かが返答した。

「いいこと言うじゃない」

 スカーレットの声ではない。声のした方向を見ると、窓の外に女の顔があった。その顔には見覚えがある。先日の蜘蛛女、レッドアイだ。

「レッドアイか! 何をしにきた」

「別に」

 彼女は外から窓を開けると、遠慮なく少年の部屋の中に入ってきた。いつか見た、スーツ姿の偽装のままである。

「ちょうど、ニュースを見てたみたいね。例の黒い怪物たち、派手にやってくれちゃって」

「あいつらを知ってるのか」

「知ってるわけじゃ、ないけど。ちょっと鬱陶しい存在になってきたのは確かよ。邪魔な存在」

 どうやら集団で人を襲って、目立つ狩りをしている黒い集団はレッドアイにとっても好ましい存在でないらしい。

「なら、食いに行くのか。それじゃますます俺が手を出す必要はないな」

「そうね、そうしようと思っていた。昨日まではね」

「気が変わった?」

 スカーレットが訊ねた。

「変わった。あんなにたくさんの連中、とてもじゃないけど相手にしていられない。食べるのは好きだけど、自ら望んで大食い大会に出場しようなんて思わないからね」

 少年は立ち上がって、レッドアイを見つめた。

「そいつは嘘だ」

「うん、実は嘘。ギゼンガー、あなたに伝えに来たわけよ。同じ破滅の道をゆく者としてね」

 そうか、と少年は答えてテーブルの上に置いてある麦茶を飲んだ。スカーレットの飲みかけだが気にしない。

「そんなにあいつらは強いのか?」

「いいえ、弱いものよ。ちょっと本気を出したら首やら腹やらがもげちゃうくらいに脆いし、あなたが戦ってきた連中に比べたら大したことない」

「……数だな」

 レッドアイの目を見てそう訊ねると、彼女は頷いた。

「折角隣の町まで出向いたのに、奴らを全滅させないで戻ってきたわけだけど。まぁあなたも行ってみればわかる。とんでもない数。十や二十じゃきかないくらいの数がわらわら湧いて、襲ってくるさまはちょっとたじろぐからね」

「しかし、弱いものなんだろう」

 問われて、レッドアイはため息をついた。

「ギゼンガー、軍隊アリって知らない?」

「いや、知っているが」

「じゃ、数の怖さもわかるでしょ。別に私はあなたに助言しに来たわけじゃない、ただあそこには近寄らないほうがいいって、それだけを教えに来ただけ。あんたが死のうがどうしようが知ったこっちゃない」

 彼女は一瞬だけスカーレットに目をやり、それからまたすぐに少年を見る。少年は尋ねた。

「俺のところへわざわざそれを教えに来たのは、同じ道を歩む“よしみ”ってわけか?」

「まっ、そんなとこ」

 レッドアイの声はなんでもないという風に平静を装っていたが、わずかに声が締まったのを少年は聞き逃さなかった。偽装されていたはずの彼の触覚がぴん、と逆立ってしまう。

 破滅の道を歩く者の孤独か、と少年は思った。どこまで行っても一人だけで、延々と歩き続けるのはどれほど精神力を鍛えた戦士でも辛いものだ。一人ではなく、二人で歩めるものならばそうしたいと願うのが人の常。つまり、レッドアイとしては戦略的にどうでもよい存在であろうとも、同じ境遇のものが減るのは寂しい、ということなのだろう。少年はその可能性を考えた。

「レッドアイ、その黒い連中はつまり、『アリ』?」

 スカーレットが横から口を挟んだ。軍隊アリ、という言葉が彼女の口から出たので敵の正体が気になるようだ。

「『アリ』ね、間違いない。軍隊アリとは言わないけど集団でゴソゴソとやってくる。一人を相手にしている間に後ろからやってくる、そいつを殺しても横からくる、それを相手にする頃には最初の奴の死体を乗り越えてやってくる奴がいる。そんな具合で、いつかは殺されかねない。一人じゃ彼らを殲滅するのは不可能」

「少し待て、それでも出向かなきゃならないだろう。逆だ」

「え?」

 少年の言葉に、レッドアイは視線を戻した。少年は険しい顔つきで何事かを考えている。

「それだけの数、『誘いに乗った』と思うか? そいつらを養うだけの食糧はどこにある? どこからそいつらは『湧いて』出てきたんだ?」

 レッドアイは返答に窮して、黙った。今の時点でそれがわかろうはずもないのだ。

「多分、その『アリ』は俺たちにないものをもっていて、それをフル活用している。それだけの数の人間を『亡霊』が改造しているとは思えないからな」

「ギゼンガー、その私たちにないものって。もしかして」

 スカーレットが複雑な表情で訊ねる。少年は少しだけ迷ったが、ストレートに口にした。

「生殖機能だな」

 その返答にスカーレットは口を噤んだが、レッドアイは目を見開き、叫んだ。

「最悪!」

 敵の処理に困ることを嘆いている様子ではない。彼女は苦々しい口調で言った。

「使い捨てにしたっ!」

「だろうな」

 少年は同意し、口元を右手で覆った。『使い捨て』にされたのは誰なのか、といえば『アリ』である。他に『誘いに乗った』連中が同意の上で『世を混乱させる』ことを目的に活動しているのに対して、『アリ』は子を産み、その子に破壊活動をさせているわけである。『子アリ』たちは『亡霊』とは何の関係もない。ただ、そう教えられて破壊活動(恐らく食糧の調達も兼ねているのだろうが)に邁進しているだけなのだ。しかも彼らは目立つ。当然、少年が予測したように彼らが放っておいてもいずれは機動隊や自衛隊によって駆逐される運命なのだ。

 それでも構わず、一時的にでも世を破壊して混乱を作り出すことができればよい、という考えでいるとしか思えない。

「ま、そう考えれば可哀想な方々とは言えるけど」

 しかし、彼女には関係のないことであった。気に入らないことはあるが、自ら進んでアリ風呂に身を投じる気はない。レッドアイはこの件からは手を引く考えである。当然、少年達もそうするだろうと思っていた。

 だが逆だった。

「俺は行く。今のうちに彼らを仕留める」

 少年は偽装を解き、羽と触覚を出現させる。毒で潰され、ほとんど残っていない右目でレッドアイを見やった。

「どうして行くの、ギゼンガー。私は止めに来たんだけど」

「それは感謝する。が、今止めないとやばい。こうしている今も恐らく『本体』……『女王アリ』は卵を産んでいるぞ」

「卵を産む『女王アリ』は一匹だけでしょう、ギゼンガー。多少の時間を置いてもさほど増えないはずよ」

「そうとも限らない。もし多女王アリ性だったらどうする? 働きアリによる繁殖も行われていたらどうする? 手がつけられなくなる前に彼らを駆除する」

 ギゼンガーは多数の女王アリを抱える種のアリがいることを知っていた。それに、彼らは自然の摂理で生み出された存在ではないのだから、生まれた子供達が次々と配合し、個体数が指数関数的な上昇を遂げたとしても何も不自然なところはないのだ。

「死にに行くようなものよ」

「大丈夫だ、あっちは生まれたての子供達。大人の敵じゃない」

 言い残し、ギゼンガーは窓から飛び立った。羽を開き、隣町へと飛ぶ。その姿を追って、スカーレットも偽装を解いて空に舞った。

 残されたレッドアイは、目を伏せて沈黙を保つ。彼らを見送ることもしなかった。

 彼女は目を伏せたままで少年の部屋を後にした。

「バカね、ギゼンガー」

 部屋の前で、レッドアイが空を見上げ、呟く。

「この世界に命をかけて護るだけの価値を、私は見出せない」

 彼女はこころの声を小さく漏らして、その場から立ち去った。

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