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改造戦士ギゼンガー  作者: zan
第六話「蜘蛛」
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第六話・蜘蛛 後編

「私、『レッドアイ』って呼ばれてるけど、ご存知かな」

 黒い乱入者は、『G』に向かってそう言い放った。ギゼンガーはレッドアイという名前に覚えがない。ここは見ているしかないようだ。

 『G』はレッドアイを知っているらしい。彼の態度が少し変わった。

 ほう、と小さく息を吐き、アゴ先に指を当ててレッドアイの身体を眺めている。

「あんたが『レッドアイ』か。俺たちを捕食する『混乱者』だって話だが。まさか俺のことも餌に見てるのか?」

「だって、おいしそうじゃない。鮮度の高いうちに食べてしまいたいと思って」

 恐ろしいことを平然と言い、レッドアイは自身の長い髪を払った。細い腕は人間のものにしか見えない。かなり肌の白い、きれいな女性の手であった。

 レッドアイの身体は奇妙だった。頭から腹部の辺りまでは人間の女性のものなのに、そこから先は黒く濃い体毛さえ見える、荒々しい毒虫の姿に見えるのだ。これは彼女が偽装をしてそのように見せているのか、それともこれが本性なのか、ギゼンガーにはわからない。

「捕食する、『混乱者』ね」

 小脇に抱えていたスカーレットが口を開いた。『G』の姿を見てから気を失っていた彼女だが、どうやら意識を取り戻したらしい。

「知ってたのか」

 ギゼンガーが訊ねると、彼女は小さく頷いた。

「話には聞いたことがあるけど。同胞でも人間でも、気に入らなければ捕って食べる。世を混乱させるのに『食べる』っていうただそれだけの単純な方法を選んだ『混乱者』がいるってね」

「それはただ、自分の欲求に素直に従っているだけだろうに」

「そうかもしれないけど」

 抱えられたまま、スカーレットは猫のように手足から力を抜いて、だらりとしている。『G』の姿に目を回してしまったとはいえ、さすがに彼女も『誘いに乗った』だけあって、気丈である。

 一方のレッドアイは、『G』を追い詰めるように動いていた。ゆっくりと彼に近づいている。

 おかげで、街灯の明かりによく彼女の姿が照らされた。その姿はよく見える。レッドアイの両腕は人間のものだが、そのほかに左右に二本ずつ四本の中足が存在するようだ。腰のあたりからその四本の中足は生え、尖った先端を『G』に向けていた。また両脚は頑丈そうでありながらも長く、尋常ではないリーチがある。

「『アシダカグモ』だ」

 この巨大な蜘蛛にも思えるレッドアイに、ギゼンガーはアシダカグモのイメージを抱いた。ゴキブリの天敵とも言われるアシダカグモは大型の狩猟蜘蛛だ。動きの素早さや臆病な性格などはゴキブリと似るが、ゴキブリやハエ、果ては小型のネズミまで捕食するため人間から見れば全くの有益無害な存在である。薄気味の悪い外見をのぞけば、の話だが。

 しかし、レッドアイは上半身部分が女性のシルエットである。それも結構な美形だ。豊満そうな胸元はさすがに露出しているわけではなく、やわらかな部分を外骨格で覆って体裁を整えているが、それでも十分に男をそそるだろう。下半身部分が蜘蛛丸出しであることは問題にならない。

 伝承に言う、上半身が女性、下半身が蜘蛛という怪物にそっくりだ。たしかあれは『アラクネ』とかいう名前だったか。

 ギゼンガーがのんきにそのようなことを考えていると、レッドアイは『G』に向かって突撃した。瞬間、彼女の体から偽装が剥がれ落ち、胸元の辺りまで蜘蛛型の体表が広がった。

 レッドアイは四本の中足を器用に用いて、気持ち悪いほどの速さで『G』に切迫した。

「うっ!」

 『G』も逃げようとしたはずである。その自慢の逃げ足で、逃走を図ったのは間違いない。

 にもかかわらず、レッドアイの速度はそれを超えていた。尋常ではない。八本の足を器用に動かし、ガサガサとしか形容のしようがない動きでそれほど速いとなると、鳥肌がたつほどに気持ち悪い。迫られた『G』以上に、それを見てしまったギゼンガーの精神的ダメージが大きかった。

 しかし、レッドアイはそんなことを気にするはずもない。両腕を伸ばし、逃げる『G』をがっしりとつかまえた。抱えあげるように自分の顔より高い位置に持っていく。

「ばっ」

「じゃあね」

 中足の一本が伸び、『G』の身体をつらぬこうとする。だが、『G』は必死になって身体をくねらせ、まるでウナギのような柔軟さでレッドアイの束縛から逃れる。アシダカグモに捕まったら普通は一巻の終わりだが、さすがにそこは改造人間といえよう。

「あらら」

 レッドアイは逃れた『G』を追った。しかし、『G』は意外な場所へと逃げこむ。ギゼンガーの背後だった。

「何をしている!」

 あまりにも彼の移動速度は速かった。ギゼンガーはたちまちにして背後をとられる。反転し、彼を確認するギゼンガーだが、彼を視認するよりも早く、自分の首に何か細い糸のようなものが巻きついていることに気がついた。

 真綿の小さな一本の繊維、そんなもので首が絞められるわけがない。

 が、彼の首はその小さな繊維に絞められて、体液を噴く。

「な!」

 誰が、何をしているのかもわからないままだ。ギゼンガーの首が切り裂かれる。

 と思った一瞬、繊維は切れた。小脇に抱えたままだったスカーレットが右腕の偽装を解き、その自慢のカマで繊維を切断してくれたのだ。

 ホッとしたのも束の間、ふと気がつくとその繊維は、次々とギゼンガーに向かって飛んできている。

 同じ目に遭うのは拙い。慌てたギゼンガーは両脚を踏み、ステップを踏んで飛んでくる繊維を回避する。脇に抱えたスカーレットは両手のカマを伸ばして、繊維を切断してくれる。

 そんな繊維を投げてくるのは、『G』だった。多分、特殊な金属で出来た繊維だったのだろう。『G』の能力というわけではない。改造を受ける前の彼が、恐らく得意としていた武器なのだ。

「あなた、邪魔」

 『G』を睨むギゼンガーに、その様子を見ているレッドアイが冷たく言い放つ。しかし、今のは『G』から仕掛けてきたのである。

「あいつは俺に用があるんだと。邪魔扱いされたって、退避しようがない」

「でも私はあの子に用があるの。あなたはお邪魔虫。その脇に抱えた彼女と一緒に、どっか行ってなさい」

 レッドアイはそう言うと同時に駆け出していた。相変わらず気味が悪いほどの速度である。

「ギゼンガー、追わなくちゃ。あのゴキ、逃げてしまう」

 猫のように抱えられたままのスカーレットがカマで『G』を差した。どうやら『G』はレッドアイからは退却したいがギゼンガーは殺したい、という理屈で動いているらしい。そしてレッドアイは『G』を捕食したいのである。

 結果、放っておけばレッドアイが『G』を捕食してくれそうにも見えるが、万一彼女が『G』をとり逃したことを考えると、『G』の死をこの目で確認しておきたい気はする。

 あまり『G』の姿を追いたくない気持ちはあるが、彼との戦いをさっさと、そして確実に終らせたい気持ちのほうが優先された。ギゼンガーはスカーレットを抱えたまま、レッドアイと『G』を追った。なぜいつまでもスカーレットを抱えているのかというと、そのカマキリが自分で立って動ける存在だということを失念していたからである。

 ともかく、闇の中に蠢く見た目のよくない黒い巨大な虫を追って走る。

 中足を使ってガサゴソと走るレッドアイ、そしてまたそれから気持ちの悪いほどの速度で逃げる『G』。なんでこういう奴らを追って走らねばならないのか、ギゼンガーは頭痛をおさえられない。

「ギゼンガー、もっとスピードでないの」

「あっ」

 まるきり猫のように抱えて走り続けていた荷物の存在を思い出し、ギゼンガーはその荷物を途中で捨てた。荷物は何か文句を言ったようだが、ギゼンガーは聞く耳を持たない。

 荷物を捨ててからほどなく、『G』はレッドアイによって追い詰められた。『G』の右足を、レッドアイがとったからである。一度捕まってしまえばもう、『G』にできることはない。

「く、くそおお」

 足を振り、なんとか躍起になって逃れようとする『G』であるが、レッドアイは彼を抱え込み、両腕と中足の2本を使ってしっかりと拘束してしまった。こうなってしまうと、どうにも脱出は不可能だ。

 黒い巨体がテカテカと光る黒い楕円を抱え込み、もぞもぞと動く有様は決して見よいものではない。だが、ギゼンガーは自分に深く関係のあることなので目をそらせない。

 『G』は足に絡みつくレッドアイを引き剥がそうと必死になっているが、闇雲な攻撃である。それらを中足の一本で軽く防ぎながら、隙を窺うレッドアイ。

「うげっ……」

 瞬間、『G』の身体にレッドアイの右腕が突き刺さった。途端に『G』はばたばたと両手足を動かしたが、それが最期の動きとなる。

 レッドアイは右腕から強力な消化液を『G』の体内に流し込んだのだ。ぴりぴりとしびれるような感覚がしたことだろう。そしてそれは死への誘いとなった。しかし『G』はすっかり動かなくなる前に、もうレッドアイに食われた。ばりばりと彼の外骨格ごと咀嚼し、平らげてしまう姿が闇の中にうつった。

 途中、ちらりとギゼンガーの姿を見たが、特に気にする様子もなくそのまま彼女は食事を続けた。

 カマキリが少女を食べるシーンを見てもなんともおもわなかったギゼンガーであるが、この光景には目を覆いたくなる。何しろ気持ち悪いのだ。

 口元から『G』の上半身をぶら下げたまま、レッドアイはのそりと振り返った。

「げっ」

 後ろにいたスカーレットが足を一歩引いたのがわかったが、ギゼンガーは何とか持ちこたえた。

「あなた、話は聞いてるけど。『スカーレット』、あなたまでその子の味方をするわけ? 死ぬことになるんじゃない」

 ギゼンガーはレッドアイの視線を追うようにして、スカーレットを見つめた。そこに立つ白いカマキリは何も答えない。仕方がないのでギゼンガーが答える。

「こいつは『俺とは敵だ』、と宣言している。今でもそうなんじゃないのか」

「違うみたいだけど」

 レッドアイは口の中の物を吐き捨てて、『G』の身体を地面に打ち捨てた。

「そうなのか?」

 ギゼンガーが訊ねると、スカーレットは面倒くさげに答える。

「私は、世を混乱させるために彼が簡単に殺されないようにしているだけ。だって、世の中を混乱させるためなら『何をしてもいい』んでしょう。裏切ったつもりはないんだよ」

「そんないいわけ、いつまでももたないと思うけど。事実上の裏切りなんだから」

 レッドアイは辛辣だった。

「そんなこと、言われなくてもわかってる。けど、あんたみたいな人が許されているなら、私だって問題はないと思ってるから」

 しかし、スカーレットも食い下がる。

「私はいいわけなんかしてない。実際、何人か同胞を食われたと言って私に襲いかかってきてる。でも、その度に私は戦って勝って、まだこうして殺されてはいないだけの話。『ギゼンガー』、あなただって今このゴキちゃんに襲われて、わからないかしら」

「何が言いたい」

 ギゼンガーは左手で後頭部を掻き毟った。触角はふわふわと僅かな風になびいている。

「死ぬまで戦い続けなくちゃいけない、そういうレールに乗ってしまったということよ」

 二本の触覚がぴく、と跳ね上がるように動いた。『誘いに乗った連中』が絶滅するか、自分が死ぬか、そのどちらかがあるまで戦い続けなくてはならない。だが、こうしている今も『亡霊』は『誘い』をかけているだろうし、改造された人間の数は増えているはずだ。これらを根絶やしにするのは不可能といえる。

 だが、ギゼンガーは悲観していなかった。

「俺は、退屈な日常が嫌いだった。こうして戦う力を得て、戦うべき相手も見つけている。これが俺の求めていたものなんだよ。だから、そういう問答は俺にしても無駄だ」

「それは、本当のこと?」

 レッドアイの問いに、ギゼンガーは答えない。

「まぁいいけど。私も貴方も、いずれは戦いに敗れて死ぬ、破滅の道の途上よ。死ぬ前にもう一度くらい、会えたらいいけど」

 それっきり、彼女は口を閉ざした。それからするすると中足や下半身の蜘蛛部分を偽装して仕舞い込み、背の高い女性の姿となった。

 偽装を終えたレッドアイは、夜の闇の中に消えていく。

 それを目で追ったギゼンガーだったが、彼女の姿が消えた後もしばらくそこから動けなかった。レッドアイの残した言葉が、少しだけ彼の内に残っている。

「破滅の道か」

 そうなるわけにもいかないだろう。それを阻止するためには、やはり『亡霊』そのものを滅ぼすか、或いは改造人間を根絶やしにするしかない。

 考え事をしていると、羽を引っ張られた。

「いつまで考えてる、早く帰って寝なおさないと。私眠くってしょうがないんだよ」

 言うまでもなくスカーレットだった。

 その顔は何も考えていない顔だが、こいつは一体本当に俺の味方なのか、敵なのか。

 一瞬悩んだギゼンガーだったが、まぁどうでもいいかと思いなおし、その場を後にする。その後を、女学生の偽装をとったスカーレットがひょこひょこと歩いていくのだった。

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