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【今さら遅い】溺愛された私と破滅する元婚約者たち

婚約破棄されたので森の奥でテディベアを作っていたら、執着王子の独占欲に捕まって逃げられなくなりました。

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/04/22

 森で静かに暮らしたかったのに執着王子に捕まって逃げられない。


 婚約破棄されたから森の奥でテディベアを作っていたら、両思いになれるお守りとして大人気になてしまった。


 今日も若い男性がテディベアを求めて森の奥までやってくる。


「騎士団長! え、騎士団長にも、片想いの相手がいらしたんですか!? 意外です……絶対にモテるのに……! あ、あと王子は、また来たんですか?」


 18歳の侯爵令嬢の私が言う。


「やあ、令嬢!」


 23歳の騎士団長が重々しく頭を下げる横で、20歳の王子が爽やかに私に挨拶する。


「そんな爽やかなのに振られてばっかりじゃ、うちのテディベアの評判が落ちてしまいます……。いえ、恋のお守りとして作ってはいないので、評判が落ちてもいいんですけどね」


 そんな話をしながら、テディベアを作る作業用のアトリエの隣に作った待合室に二人を案内する。


 森の奥で静かに暮らそうと思っていた小屋の中に急きょ作った待合室は狭い。


 特に身体の大きい騎士団長と、背の高い王子。


 二人が並んで座っていると椅子とテーブルが悲鳴を上げていそうな気がする。


 私は悲鳴を上げている椅子の相棒のテーブルに紅茶と昨日焼いたばかりのクッキーを出した。


「令嬢の手作りのクッキーは美味しいんだ、遠慮なく食べてくれ、騎士団長!」


 王子が誇らしそうに、笑みを浮かべて私の持っているトレイから紅茶とクッキーを並べて仕切る。


「あの……王子? 常連風を吹かせてますが、ここは恋のお守りをお渡ししてるんです。何度も来るって恥ずかしい事なんですからね」


 私が少し厳しく注意すると、王子は反省したように肩をすくめた。……気がする。


 王子には、もう三度もテディベアを作っては、別々の方に渡して振られていると聞く。 

 なのに、全く気にしていない様子。


(あ、また次も振られそうね……)


 王子の事は後回しにして、騎士団長の要件を聞く。


 私がまだ婚約して王都で暮らしている頃に、王家の姫の所に遊びに行ったりすると、優しく声をかけてくれたのが騎士団長だ。

 まあ、王子からも声はかけられていたけど、あまり見ていなかった。


 少し年上の騎士団長を、姫や他の令嬢と一緒に『素敵ね』『どんな方と婚約なさるのかしら』と話していた。

 私たちはすでにほとんどが婚約者のいる身だから、ただの憧れだったけど、伯爵家の三女の令嬢には婚約者はまだいなかったから、本気で自分が婚約者になりたいと言う熱を感じていた。


「では、騎士団長のお好きな方の特徴を教えて下さい。その方にピッタリのテディベアを作ってお渡ししますわ」


 言いながら、三女さんの事が気になって、少し切ない気分になりました。


 騎士団長は、片思いの相手の特徴を照れながらもしっかりと語ってくれます。

 そして、だんだん熱を帯びる口調に、私の方が照れてしまいます。


「……俺の方がずっと年上だから、テディベアを渡しても嫌われるだけかもしれないが……」


 男らしくて超絶にカッコいい騎士団長から、そんな言葉が出るなんて……。


(……三女さん、恐るべし……)


 騎士団長が語ってくれた『五歳年下で、黒髪の碧玉に真っ白な肌の令嬢』って……伯爵家の三女さんのことです。


(まさかこんな所で両思いだと知ることが出来るなんて……)


 『良かったわね、三女さん』と祝福したい気持ちになるけど、そうもいかなかった……。


 私の様子に王子が気づく。


「騎士団長の好きな相手を知っているのか? 令嬢」


(私と同じ王子の妹の姫のお友達だから、王子も知ってるはずだけど……好きな人の特徴でなければピンとこないのかしら?)


 ただ、知ってはいるけど……騎士団長と三女さんは両思いなのに、結ばれない相手なんです……。


 二人のことを思うと胸が苦しくなる。


 そして、フツフツと怒りが込み上げてくる……。


◆◇◆


 騎士団長が好きな相手の、伯爵家の三女さんは私の友達で、彼女も騎士団長を好きな事は私も知っています。


 ただ、私の元婚約者の公爵も彼女を好きなのです。


 私は公爵に伯爵家の三番目の令嬢が好きだからと振られたのです。


 ずっと小さな頃から決められた婚約者で、私には好きとか嫌いとかそう言う感情はありません。


 ただ、存在するのが当たり前の存在が婚約者で公爵様だったのです。


 同じ年頃の姫や三女さんと集まって、騎士団長や素敵な男性の話をすることはあっても、自分が誰かに恋することなんて考えられなかった。


 だから、婚約破棄されて、森の奥で静かに余生を過ごすことしか考えられなかった。


 お父様やお母様は、まだ18歳なのだから次の相手がいると言うけれど、頑なな私に早々に婚約者を決めて恋をさせななかったせいだと諦めて、森の小屋を用意してくれた。


 この小屋の中で、大好きなテディベアを静かにただ思う存分にたくさん作れたらいいのにと思っていたのに……。


 テディベアが恋のお守りとして評判になって、賑やかな現状は予想外だけど、恋のお手伝いが出来ているのはとても嬉しいです。


(三女さんの恋は、もちろん応援してあげたいけど……)


 公爵は伯爵家に多額の借金があると言っていた。

 三女さんはお姉さん達とは歳が10歳以上離れていて、長女も次女も嫁いでいる。

 公爵家が借金の肩代わりをすれば、伯爵家は三女さんとの縁談を断れないだろうと……。


(卑劣です……)


 そんな男と長年婚約していたなんて考えたくもない……。


 けど、私にもっと魅力があって公爵をつなぎ止めておけたら……三女さんと騎士団長はなんの問題もなく結ばれていたでしょうに……。


「令嬢、俺の好きな人も聞いてくれ!」


 王子に催促される。


 暗い顔で長く考え込んでしまったかも……。


 騎士団長が少し不安そうな顔をしている。


「すみません、騎士団長。どんなテディベアが騎士団長の好きな方に相応しいか考え込んでしまって……」


 私がそう言い訳すると、騎士団長は少しだけ元気を回復した。


「令嬢の作るものを信用しているよ。よろしく頼む」


 にこりと微笑む。


 私は、あまりにも完璧な美形の笑顔にドキりとする。


「令嬢! 俺のは!? 俺の好きな人の事も聞いてくれ!」


 語りたくてウズウズしてる王子が私の手を握って熱い視線を送ってくる。


 うるさい王子です。


 しょうがないので、また振られる相手の話を聞きますか。


◆◇◆


「俺の好きな人は令嬢と同じ茶色髪に茶色い瞳で、令嬢と同じ歳で、性格も一緒! 侯爵令嬢って言うところまで同じだ! とても可愛くて、一日中抱いて守ってあげたくなるような、素敵な令嬢なんだ……」


 握った私の手を愛おしそうに撫でながら王子が言う。


「それはもう告白ではないですか王子?」


 騎士団長が何か言ってる。


(……そんな方、この国にいたかしら?)


 私は考えるけど思いつかない。

 王子の好きな相手はいつも私の知らない方です……。


「王子の好きな方にも似合うテディベアを考えて作っておきますね。二人とも二週間後に取りに来てください」


 私が手を振り払うと、王子は残念そうな顔をした。


 二人は席を立ったけど、今度は私が王子の手を握った。


「王子は少しだけ私の話を聞いてください」


「令嬢!」


 王子は嬉しそうに叫んで、騎士団長は優しく微笑んで、「外で待っています」と王子に声をかけて出て行った。


 なんだか誤解がある気がするけど……。


「令嬢、やっと俺の気持ちに……」


「王子! 公爵様のことでお願いがあるんです!」


 私は王子の言葉を遮ってお願いした。 


「…………はい?」


 王子が笑顔のままに固まる。


「令嬢……まだアイツに未練があったのか……」


 王子の声が暗く鋭くなる。


 見下すように顔を動かさずに瞳だけ動かして、私に鋭い光を投げつける。


 私が握っていたはずの王子の手が、いつの間にか私の手首に絡んで強く握られている。


 逃げることの出来ない手と視線……いつもの王子じゃないみたいでゾクっとする……。


 ただ、ゾクっよりも、カッと身体の奥から沸いた怒りの方が強かった。


「み、未練なんてあるわけないでしょう!? あんな男に! 清々してるのに、バカにしないでください!」


 カッとなって声が荒くなった私に、王子は驚いている。


「令嬢も、公爵が嫌いなのか……」


 いつもの声に戻って王子が言うけど、令嬢“も”って……王子も公爵が嫌いと言ってるようなものだ。


「嫌いではありませんよ……。あんなのでも長年婚約していた相手ですから、嫌えば自分が惨めになるだけですから」


「嫌いって言ってるようなものじゃないか……!」


 王子がめちゃくちゃ喜んでいる……。


 私はまた王子の両手を掴み返すとギュッと自分の両手で包み込む。

 王子が少しだけ驚いて熱い視線を私に向ける。


 私は王子のその瞳を見つめて頼んだ。


「王子も公爵を嫌いなら、協力してくれますよね……? きっと」


「もちろん! 令嬢の頼みならなんだってするよ!」


 ニッコリと笑って王子が答える。

 相当公爵が嫌いなのね……。



 ずっと小さな頃、姫と遊んでいると王子も一緒になって遊んでいた。


 私が転ぶと王子が手を引いて起こしてくれた。

 今の私の手よりもずっと小さな王子の手だったけれど、いつも助けてくれる安心できる手だった。

 王子は私をほとんど妹の姫と同じように扱って遊んでくれた。


 でも少し大きくなると二つ年上の王子は先に学園に通うようになって、私や姫と遊ぶことも少なくなっていく。


 でも、王子は会うたびに優しく微笑んでくれて、私を妹扱いする優しいお兄ちゃんであることには変わりがなかった。


 でも、ある日、王子は私の手をとって聞く。

 いつもの遊びの時とは違う、有無を言わせない力強い手に私は戸惑った。


「君が、公爵家の嫡男の婚約者だって本当なのか?」


 王子は真剣な目をしていて、遊んでくれるいつものお兄ちゃんじゃないみたいだった……。


 この時の私は公爵とはほとんど会ったことがなかったけど、小さい頃から公爵の婚約者だと聞かされていたので、そのままうなづいた。


 王子が暗い顔をした。


「あんな奴、大っ嫌いだ……」


 握られた手は離れていた。


 後に聞いたのだけれど、王子と公爵は同じ歳で学園では色々と競い合っていたようだった。


 でも、この時の私には、自分が王子に嫌われたような気がした。


◆◇◆


 俺は令嬢からテディベアを渡された。


 恋のお守りとして作ったものではないというそれを伯爵家の三女に渡した。


「これを……侯爵令嬢が私のために……。彼女にはいつも助けて貰ってばかりね……。このテディベアは必ず公爵に渡します。一週間後にまた来てください、王子」


 三女にテディベアを渡して一週間後に、また三女の元を訪れる。

 三女は一週間前に渡したテディベアを手に持っていた。


「ちょうど、この一週間は公爵は隣国に行っていたんです。『公爵と離れてしまうからこのテディベアを私の代わりに連れていってください』そう言って渡したので、回収するのも簡単でした。『君だと思って大事にしたよ』と公爵が自ら返してくれましたから……」


 言いながら三女はゾッと寒気がしたように自分の手で両腕をさすった。


 借金の肩に婚約をすると、ここまで嫌がられるのか……。


 公爵をいいキミだと思いながら、俺は令嬢には絶対に俺を好きになってもらって婚約しようと改めて思った。


(どんな事をしてでも手に入れるけれど、まだ我慢するんだ……)



 ——俺は王宮の自室に戻る。


 テディベアの再生装置のスイッチを入れた。


 このテディベアは恋人に愛のメッセージを伝えられるように、録音機能がついているらしい。

 令嬢の兄がこれを使って意中の女性の心を手に入れた。

 それは婚約者がいる俺の妹なんだが……それがテディベアが恋のお守りと言われるきっかけになったのだった。


 俺は妹からテディベアの話を聞くと、令嬢に会いに行くきっかけが出来たとすぐに恋の叶うお守りのテディベアを作ってもらいに行った。


 俺が君のことを好きだと伝えてるようなものなのに全然気づかない。

 俺と誰かの為の恋のお守りを笑顔で令嬢から渡されるのは辛いけど、もう婚約者はいない……。

 いつでも俺のものに出来る、可愛い令嬢……。



『我が国は、いづれ公爵家のものになります……』


 テディベアから流れてきた音声は、公爵が隣国の王子と話している場面だ。


 国家転覆、叛逆の意思が公爵にはあったらしい。


 俺は司法長官、情報長官、監察官の息子たちにもテディベアの録音を聞かせる。


 みんな、俺と同じ学園で競い合った仲だ。

 公爵についてはみんな思うところがあった……。


 昔から俺は、なんとか令嬢と公爵の婚約を破棄させる証拠はないかと思っていた。

 探ったりしてるうちに、彼らとは仲良くなったんだ。


「調べてはいたがなかなか尻尾を出さなかったんだ。この録音自体は証拠には出来ないが、聞かせれば寝返る仲間も出るだろう」


「言い訳するのは難しくなるだろうな」


 公爵は学園を卒業してからすぐに亡くなった父の後を継ぎ、同じ世代の仲間のなかでは一番に責任ある立場になった。


 重圧もあったとは思うが、なぜこんな事を考えたのか……。


(断罪して三女と騎士団長の仲を取り持つことが令嬢の望みで、俺はついでに令嬢の仇も取れたらと思っていたが……。思った以上に重い罪になるぞ……)


 とにかく、俺たちは急いで証拠を探し回る。


 そして——


◆◇◆


「揃って訪ねてくるとは、どう言う事だ」


 公爵は不快さを隠さずに俺たちを見た。


 俺、王子と、司法長官、情報長官、監察官の息子たち。

 それに騎士団長が、揃って公爵家を訪ねていた。


「今日は君に、公爵家を分家に格下する知らせを持ってきたのさ」


「なんだって……!?」


 公爵には寝耳に水という感じで驚いている。

 『バレるわけがないのに何故だ!?』という驚きが顔に出ていた。


 実際に、令嬢のテディベアによる録音がなければ、これほど短期間で証拠は集まらなかっただろう。


 司法長官、情報長官、監察官の息子たちが、集めた証拠を提示していく。


「これは、公爵家の家令の証言だ」


 家令のサインの入った書類を見せる。


「家令……の……」


 公爵は頼りの家令までもが、証言をしていることを知って、心が折れたようだ。


「公爵家の財政の不正の証拠も見つかりました。これが明らかになれば、あなたの家は負債だらけだ。伯爵家の借金を肩代わりするなどという事も出来なくなります」


 監察官の息子が言う。


「伯爵家の借金は俺が払おう……。それを三女との婚約の餌にしようとは思っていないが……」


 騎士団長が答える。


 借金の件は騎士団長が三女にテディベアを渡してから、話し合った方が良さそうだな。

 お互いに両思いだと言うのに、金のやり取りが入れば余計な気を使うことになる。


「そんな……三女も……俺から離れて行くのか」


 公爵が膝をついてい見捨てられたようになっている。


 三女については、金を使って得ようなどと卑劣な真似をしたんだ、見捨てられて当然だろう。


 しかし、三女“も”とはどう言う意味だ……?


 他にも公爵を振った女性がいるのか……まさか……。


「侯爵令嬢との婚約を破棄したのはお前だろう」


 俺の言葉を公爵は鼻で笑う。


「そうだ、アイツは俺をずっと好きだったんだ。それで、婚約破棄くらいで森に引き篭もった!」


 俺を嘲笑うような物言いにカッとなる。


 けれど、実際の令嬢の言葉を思い出す。


『あんなのでも長年婚約していた相手ですから、嫌えば自分が惨めになるだけですから』


 好きとか嫌いを超越した、無関心であるような言い方だった。


(コイツに振られた事で引きこもっているとは思えない……)


「王子! 令嬢はずっと昔から、俺のことが好きなんだ!」


 公爵は国家転覆罪などいくつかの罪状で兵士に連れられて行く。


「令嬢はずっとずっと俺を好きなんだ、今もずっと……!」


 何かを誇示するように連れて行かれる間も叫び続ける公爵……。


 令嬢は婚約している間はお前を好きだっただろうが、今はお前の事なんて嫌いですらないんだ……。


 公爵の姿はすっかり見えなくなり、声も聞こえなくなった。


 そう考えてみても、幼かった令嬢が公爵との婚約を俺に聞かれてうなづいた時の傷が痛む。


 顔を赤らめて、恥ずかしそうにうなづく顔が、可愛いくて……。


 令嬢に、こんな顔をさせる公爵がますます嫌いになった。


 確かに、令嬢はずっとお前のことを好きだったんだろう……。


 これから、公爵家は分家になり、公爵が投獄される事になるだろう。

 家はまだ幼い弟が継ぐ。


 アイツは破滅した——。


 それなのに、俺の心は晴れなかった。


◆◇◆


 伯爵家の三女に、公爵との婚約は破棄になった事を伝える。


 目に見えてホッとしているが、借金の事は伝えずにいるので、完全に安心という事にはなっていない。


「三女のテディベアを持って二、三日後にあなたを訪ねてくる男がいるでしょう」


「え?」


 三女は驚いているが、公爵の事もあって一方的に好意を寄せられる事に嫌悪感があるらしい。

 わずかに不安が見えた。


 俺は、昔、妹や令嬢と三女が騎士団長の事を話しているのを偶然に聞いてしまった。

 だから、三女が騎士団長の事を好きな事は知っている。


 あの時、令嬢が騎士団長を素敵だと言う声には激しく嫉妬して、数日落ち込んだが。


 三女と騎士団長の仲を俺に取り持つように言った令嬢は、話を合わせていただけで騎士団長の事はなんとも思っていないのだ。


「三女、あなたに求婚する男のヒントをあげましょう」


 そう言って俺は窓の外を指す。


 騎士団長が伯爵家の門からこっちを見上げていた。


「騎士団長さん!?」


 騎士団長は三女と目が会うとあわてて隠れた。


 しかし、三女が目に涙を溜めて窓の外を見つめているのに気づいて、再び姿を表した。


 ずっと見つめ合う二人に、もう令嬢のテディベアはいらないのだろう。



 ——二人を引き合わせて、俺が帰る間際に三女に呼び止められた。


 騎士団長がそんな三女の肩をしっかりと抱いている。


「令嬢には本当に助けてもらってばかりです。お礼を伝えて欲しいけど……王子にはもっと大事な事をお話ししなければいけませんね」


「大事な事……ですか?」


「令嬢は私たちが素敵な方を見てどんな人と婚約するのか話している時に、絶対に王子の話にだけは加わらなかったんです」


「それは……」


(そんなに俺に興味がなかったのか……? 通りで今も、アレだけ本人の事を好きな人だと伝えているのに伝わらないはずだ……)


 俺の不安を見てとったのか、三女は首を振る。


「令嬢は婚約者の公爵がいるから恋なんてできないと思っていたんです。だから、本当にずっと昔から好きな王子の事は辛すぎて話題に出来なかったの……」


 三女の言葉に俺は目を見開いて驚いた……。


「令嬢が……俺を……」


 三女がうなづく。


「私と姫はそのことに気づいて、なんとか出来ないかってずっと思っていたんです……。公爵と私が婚約する事になったのは嫌だったけど、令嬢を解放してあげられたのは良かったと思うの」


 うつむきながら言う三女の肩を抱く騎士団長の手に力が入る。

 そんな騎士団長に三女が笑顔を向けた。


「ただ、森に引き篭もってしまうとは思っていなくて……。姫が、令嬢のお兄さんと両思いになれたテディベアが恋のお守りだって噂を流したの。そうすれば王子が令嬢に自然に会いに行って告白できると思ったから……」


 三女が微笑む。


 テディベアが恋のお守りだと言うのは嘘か……。


 いや、実際に妹と令嬢の兄の侯爵、三女と騎士団長……恋人になったものは多数いる。


「ありがとう」


 三女にお礼を言う。


 俺は、令嬢に会うのがテディベア完成までまちきれず駆け出す。


「待ってください! 令嬢に手紙を渡して!」


 三女が令嬢への手紙をあわててしたためてくれた。


 改めて俺は礼を言って駆け出した。


「……うまく行ってくれるといいけど……」

「そうだな……俺たちのように……」


 俺がいなくなった部屋で、三女と騎士団長の影が、またぎこちなく重なった——。


◆◇◆


 夜もくれた時間に森の小屋のドアが叩かれた。


 テディベア作りには転生前からすっかり夢中になって時間を忘れてしまう。

 今が夜だと言う事にも気づかなかったけれど、外の暗さに、この時間の来訪者に対する恐怖が一瞬でつま先から頭のてっぺんまで駆け上がる。


「令嬢!」


 呼ぶ声に聞き覚えがあった。

 

 私は慌ててドアの鍵を開けるけど、焦って上手く開かない。


 やっとのことで開けたドアの先に王子がいた。

 真っ暗な夜に訪ねてきて驚かせたのは王子なのに、王子の顔を見るとホッとする。


 私の目には薄く涙が浮かんでいて、私を見つめる王子が涙にハッとする。


「驚かせてごめん……」


 そう言って私の頬にキスをする……。


「え!? 何するんですか! 夜中に訪ねて来てキスするなんって!! 私は、今、王子が好きな人へのテディベアのお守りに仕上げの目を付けていたところなのに!!」


 私は王子の胸を叩いてドアの外へ出そうと抗議する。

 けれど全然、私の力で王子を動かすことは出来ずに、逆に強く抱きしめられてしまう。


「落ち着いて、令嬢。三女から手紙を預かって来たんだ」


「三女さんから……」


 気になっていたのに、王子に会ってすぐに三女さんのことを聞こうと思ったのに、王子のせいで聞けませんでした……。


 王子に聞くのは、手紙を読んでからにしようと、封を開ける。


 短い文章があった。


『令嬢、ありがとう。私は公爵との婚約を解消して、騎士団長に長年の想いを伝えることができました』


「三女さんの想いが通じたのね……良かった……!」


 私は心からそう思った。

 出来上がっている騎士団長の恋のお守りのテディベアは、三女さんをイメージした白い毛並みの碧玉の瞳の子で、黒いリボンをつけている。


 二人の婚約のお祝いにプレゼントしよう。

 なんとなく、二人の赤ちゃんのような気がしてきて、私は赤くなる……。


 王子に見られていることを思い出して、手紙の続きを読む。


『令嬢も素直になってね。私も姫も令嬢が王子の事を好きなのはずっと前から気づいていました。公爵のことで一生懸命に動いてくれた王子には、令嬢の気持ちを伝えてあります。頑張ってね!』


「な!? ちがっ!」


 私は思わず手紙にツッコミを入れていた。


「どうしたんだ、令嬢!? 手紙にはなんて書いてあったんだ!?」


 王子があわてて、覗き込む。


 私は、パッとすぐに手紙を隠すけど、『王子には、令嬢の気持ちを伝えてあります』と手紙にはあった。


 隠しても王子は知っている……。


 気まずい沈黙が流れた……。


「ち、違いますから、私が……王子の事を好きだなんて、三女さんの勘違いです……」


(王子にはちゃんと好きな人がいるんだし……。短期間に四人目で、振られ続けているとはいえ……)


「俺は、令嬢のことが好きだ……」


 王子の言葉に、私の頭は真っ白になる。


「だって、私は王子の好きな人のためにテディベアを作っているのに……さっきも、ほっぺにキスしたり……王子は、不誠実です……」


「待ってくれ! 令嬢は、俺が言った好きな相手のことを覚えているか?」


 私はアトリエのテーブルに目を向ける。

 ほぼ出来上がってるテディベアがある。


 茶色い毛並みの茶色い瞳の子で、王子の好きな人をイメージしている。


 歳は私と同じくらいなら18歳でまだ若く、性格も私に似ていると言うことだから、少し控えめな感じにして、私と同じ侯爵令嬢らしいので、私の持っているのと同じフリルのリボンをつけた。

 色は私の好きなピンクで……。


 見れば見るほど私に似てるテディベアだ……。


 私はハッとする。


 王子に頼まれた一人目の子も、こんな茶色い子で私に似ていた。

 二人目の子も、三人目の子も……。


「……王子の、好きな人って……私……?」


 思わず口から出てしまう……。


「やっと気づいてくれた……」


 王子が、そう言って私を抱きしめた。


 もう、「王子の好きな人のためにテディベアを作っているのに」って抗議できない。


 だって、その人は私だから————!



 王子が、納得して赤くなっている私の顔を覗き込んで微笑む。


 私に影が落ちると唇に王子の唇が重なった……。


 私は泣き出してしまう……。


 王子が驚いて戸惑っている。


「王子は……私の事が、嫌いだと思っていたのに……」


 私の言葉に王子がさらに驚いている。


「な、なんで……そんな勘違いを……? 俺が君の事を嫌いだったことなんて一度もないのに……」


 王子は私を抱きしめて、何度もキスした。


「見かけるたびに、好きになって、どうしようもなくなっていたのに……」


 思い出すのも苦しそうに王子が話す。


「だって、私が公爵の婚約者だって知った時に、『あんな奴、大っ嫌いだ』って……」


「それは! 大嫌いなのは、公爵の事だろう!?」


 王子が声を荒げる。


「……そうだけど、小さかったから……後で気づいても、なんとなくそのイメージのままで……。婚約破棄されたからって、王子は好きになってくれないと思って、森で暮らすことにしたの……」


「俺が、こんなに君を大好きで、愛しているのに気づかなかったなんて酷いな……」


 王子が抱きしめたままの私の髪に顔を埋めて軽く非難する。


「でも、王子だって私がずっとあなたを好きだった事に気づいてないじゃない……。ずっと小さな頃から大好きだったのに……」


「令嬢……」


 王子が幸せそうに笑って聞く。


「いつから俺を好きでいてくれたんだ……?」


「分からないわ……。でも、王子に公爵の婚約者なのか聞かれた時に、私は恥ずかしかったんです。王子に婚約者がいることを知られてしまった事が……。きっとあの時にはとっくに大好きだったの」


 王子が息を呑んだのが分かった。


「あの時から……」


「恥ずかしくて顔が真っ赤になって、声が出せずにうなづくしかなかったのは、あの時が初めてだったから……」


 王子の表情がもっと明るくなる。


「俺が……君の、あの可愛い表情を作っていたのか……!」


 王子の私へのキスが止まらない。


「令嬢……愛してる、大好きだ」


 言葉も雨みたいに降ってくる。


 私は幸せに包まれる……。


(公爵はずっと令嬢が俺を好きな事を知っていたのか……。だから、ずっと学園でも俺に対抗してきて、最終的に国家転覆なんて考えに……。嫌われても、令嬢にどうしようもなく惹かれる気持ちはわかるが……バカなやつだ……)


 けど、


「テディベアを作ってる途中だったの!」


 王子を押し退けてアトリエに向かう。


 私に似た王子の恋のお守りのテディベアは、まだ目がちゃんとついていない……。


 三女と騎士団長のテディベアはしっかり完成していて……さっき、二人の赤ちゃんみたいって思っちゃたから……。

 王子のテディベアも、なんだかそんな風に思えて……。


 一人で勝手に赤くなる。


 王子はそんな私を不思議そうに見ているけど……。

 アトリエに着いてくるとソファに座っている。


「俺が見ているから、完成させよう」


 そう言って王子は私の手を引いて膝の上に座らせる。


「もう俺から逃げられないよ。どんな時も離さない」


(嫌われていても……何があっても絶対に公爵から奪いつもりだった、令嬢。俺に膝の上で恥ずかしがってるけど嫌がってない。……ずっと俺のものだったんだ)


 王子の手が私の身体に絡みついてドキドキする。


「あの、公爵はどうなりました……?」


 私を抱きしめる王子の手に力が入る。


「まだ……気になってるのか……」


 王子の声が暗くなる……。


「わ、私は気にしてませんよ! でも、三女さんは大丈夫なんですか!? 三女さんの手紙に婚約破棄と書かれていたけど、借金の事とかまだ公爵との縁が残っているのでは!?」


「それは大丈夫だ、公爵は国家転覆罪で一生地下牢か処刑されるだろう」


「え!?」


「財産も殆どなくなっていて、伯爵家の借金の肩代わりなんて出来るわけもなく、騎士団長が払うと言っているよ」


「え!?」


「全部、令嬢のテディベアのおかげだ」


 王子がニッコリ笑う。


 三女さんに渡して貰った、録音機能付きのテディベアがそんなに役に立つなんて……。


「公爵の自業自得ですよね? 三女さんと無理矢理婚約なんてしなければ、私と婚約破棄してくれただけの人で、すぐに存在ごと忘れたのに……」


 王子は満足そうに笑っている。


「私はずっと王子だけしか見ていなかったから、公爵になんて、今までもこれからも興味がないの」


「ありがとう、令嬢。俺も君の婚約者じゃない公爵には全く興味が湧かないよ」


(……でも、公爵は君に一生、執着し続ける。公爵は、三女よりも君を深く愛していたんだから。俺を好きな君に当てつけのように婚約破棄しても、愛しているのは君だけだったんだ)


(きっと今も地下牢で君との婚約破棄を後悔している。君が自分を好きだと信じて、永遠に君への愛を叫んで、後悔し続ける——)



 私は緊張しながらテディベアに、最後の針を通して完成させた。


「令嬢にそっくりな子だね」


「私の子って……!」


 私が叫ぶと王子はキョトンとしてる……。

(今のは完全に私の失言だ……)


 そして気づく。


「令嬢と俺の子たち、残りの三人は俺の部屋にいるからね」


 にこりと笑って、背中から首筋にキスする。


「っ……!?」


 私はただ恥ずかして回された王子の腕に手を重ねてしがみつく。ー

 王子がさらに腕を回して、しがみつく私ごと離さない。


 少し後で王子が私と向かい合って真剣な表情になる。


「令嬢、俺と結婚してください」

「はい」


 もちろん、私の答えは決まっていたから迷わなかった。


 王子はにこりと笑って、とても喜んでいる。


「子供もテディベアと同じ四人、早く作ろう」


 そう囁かれると、私は声が出ない。


 閉じた森に二人きりの夜なのに、私は——


 真っ赤になって、恥ずかしくて、ただうなずくだけだった。


 王子の独占欲に溢れた鋭い瞳が、私を捉えて満足そうに笑っている。


 自分から閉じこもった森に、閉じ込められる。


 王子と二人で永遠に。


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