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第三十七話 最後の戦い

「……ユーフィル」


 倒れている弟へと近寄り身体を仰向けにする。目覚めないユーフィルの顔をそっと撫でてみると、ひやっとした冷たさを感じた。

 最後に顔を見たのは魔王討伐の旅に出た日。2年も経てば顔つき変わるよね。身長も伸びてるし、体つきもたくましくなってる。前は短髪だったけど肩まである髪は、まあ意外と似合っているかもしれない。


 ――やっと迎えに来たよ。頑張ったね。帰ろう。全てを終わらせて。


「だから、まだそのまま眠ってて――」

「アーティ!?」


 床に横たわっているユーフィルの胸元目掛け、勢いよく短剣を深く突き刺す。直後ユーフィルの身体から黒い塊が抜け出ていき、その物体は荒々しい呻き声を上げた。


「よしっ! 剥がせた!」

「びっくりしたわ、アーティってば。突然短剣を突き立てるから焦っちゃった。これ聖魔法で作ったものだったのね」


 ユーフィルの元へ来たフィオナは、聖魔法の魔力で出来ている短剣を触りながら言う。刺さりっぱなしのそれは優しい光を放っているが、絵面的にちょっと嫌だ。


「それ、自然に消えると思うけど、なんならフィオナ、抜いて自分に魔力戻してもいーよ」

「この短剣見た目本物っぽくて、ユーフィルの身体から引き抜くのはかなり抵抗があるわ」

「あははー、自分で言っててなんだけど正直私もそう思う。それじゃフィオナ、ユーフィルの回復お願いね。私はあっちを片付けてくるから」


 ユーフィルの身体から出ていった黒い塊の方へ向きを変え、じっと見据える。塊はぐねぐねと不気味な動きをしながら、徐々に人の形へと姿を変えていく。魔力感知によりそれを確信することができた。


 ――やっぱり魔王の闇はユーフィルの中に入り込んでいたんだ。セレスに憑いていたのより魔力量だいぶ多いな。勇者の力をごっそり持っていったのかもしれない。場所のせいでもある?


「何にせよ、こいつも消滅させてやる! ――魔法剣生成!」


 構えていた長剣をなぞり、身体の中にある聖魔法の魔力を込める。聖魔法の魔法剣を作り出して構え直した瞬間、肌にビリビリと冷気魔法の魔力を感じた。


「光よ、我を庇護せよ、最大光防御魔法発動!」


 咄嗟に光魔法で単体の光の防壁を張る。  

 冷気が辺りを包み、無数の氷の刃が標的目掛けて上から降り注いでくる。最上位の氷結魔法を放ってきたようだ。まともにくらえば大ダメージは確実だけど、直前に掛けた光の防壁のおかげで防ぐことができている。

 

 落ちてくる氷の刃の中を掻い潜って、人の姿に変形を遂げた魔王の闇に向かい斬りつける。だけど避けられてしまい、手首を半分程切り裂くことしか出来なかった。


「……魔法で素早さ上げた? それとも勇者の力のおかげ? まあ、どっちでもいいけど。上回れば良いだけだし。それより……」


 魔王の闇は聖堂でのセレス同様全身が黒く、姿はユーフィルを模している。切り裂かれた部位を抑え、治癒をし始める。その表情は明らかに苛立ちを見せていた。


「……小娘、お前の魔力には覚えがある。あの女の中で復活の為に力を蓄えていたというのに……、よくも、よくも我の半身を消滅させてくれたな!」

「えっ、何!? もしかしてあっちのヤツと情報共有できてたの!? っていうかーユーフィルの形で小娘とか我とかって言わないでくれるー。その表情もやめてー。真っ黒いからって許さないよー」

「何をたわけたことを。許さないだと、それはこちらの台詞だ小娘! 貴様も勇者同様に我の糧としてくれるわっ!」


 手首を繋げ元に戻した魔王の闇は怒りを露わにし、自身の魔力を高めていく。そして再び放とうとしている最上位の氷結魔法により、冷気が周囲を覆う。


「胸に抱くは炎の理、焦熱の力今放つ、最大灼熱魔法発動!」


 光の防壁では耐えられないと判断し、帯状の炎を放つ上級の灼熱魔法を発動させ相殺させる。空中に生み出された氷の刃は次々溶けていき、大量の水蒸気が発生して霧となり空気中に浮遊している。

 白くぼやけた蒸気の壁ができたことで一気に視界が悪くなる。魔王の闇の姿が目視できない為神経を研ぎ澄ます。


 ――来る!


 霧の中から黒いユーフィルが剣を構えて一直線にこちらへ突進して来る。闇の様に黒く染まっている剣での攻撃を受け流し、間合いを詰めて反撃を仕掛けた。

 聖魔法の魔力が込められ、煌めいている魔法剣を握り直し、渾身の力で振り下ろす。


「ぐおおおぉぉぉ!」


 肩口から腹部まで切り裂くことができた。魔王の闇は怒りと痛みで叫び声を上げる。身体を丸め治癒を始めるが、思った以上の深手らしく修復が進まない。苦痛に顔を歪め呻いている。


「ぐゔゔぅ……、に、人間如きに……、我が、我が……」

 

 弟の姿形をしているが、中身は悪の元凶だ。攻撃することに躊躇っていられない。真っ黒じゃなかったら多少抵抗があったかもしれないけど、私は弟を見間違えたりはしない。


 それにユーフィルは、私の弟は――


「そんな醜い顔しないし汚い言葉も絶対に言わない!」


 目の前の敵をこの世界から完全に消滅させる為、剣を振り上げ全力の一撃を放つ。


「これで終わり、だよ」


 聖魔法の魔法剣で魔王の闇を一閃し、強い輝きと共に切り裂いた。勇者の姿を模した偽りの体は霧散して溶け消えていく。そして空間内の魔力感知を行い、戦い終えたことを確証する。


「あー、疲れたー」


 抱えていた緊張感を逃すため深く息をしようとした時、こつんと何か固いものが落ちてきた音がした。音の方を見ると、八面体の形をした黒色の鉱物が石床に転がっていた。


「これって、もしかして――!?」

「アーティー! 大丈夫ー!?」


 独特な魔力を持つ手のひらサイズのそれを拾って荷物に入れると、声を掛けてきた親友の元へと戻る。


「フィオナ、終わったよ。ユーフィル起きたんだね。久しぶりー、元気してたー?」


「姉さん、久しぶりだね。今はあんまり元気じゃないかな」


 2年ぶりの弟との対面。言いたいことや聞きたいことはたくさんあるのだが、あの頃と変わらない笑顔を見て、ひとまずほっとする。


「アーティお疲れ様。魔王の闇は全て消滅したようね。ユーフィルの魔力かなり減らされてて、全回復まではまだかかるみたい」


「そっか。帰る前に私もちょっとだけ休ませて。珍しく疲れたよ。ユーフィルも魔王討伐お疲れ、頑張ったね」


 腰を下ろし、ユーフィルの頭をわしゃわしゃと掻き混ぜるように撫でる。少し嫌がるユーフィル、そんな私たちを見て笑うフィオナ。昔みたいで懐かしくなる。


「そういえばユーフィル、自分に封印魔法かけたのは、もしかして魔王の闇を閉じ込めておく為だったの?」


 ここに来た時目にした衝撃的な光景を思い出し、ユーフィルに聞いてみるとその通りで「それしか方法が思いつかなかった」とのことだ。

 魔王からの不意打ちにより意識を失いかけた際、自分の中に魔王の意識が入ってきたことが分かった。身体を支配されそうになったので、封印魔法を自らに使い自分諸共封じ込めたと話す。その間魔王の闇はじわじわと勇者の力を取り込んでいたようだが、消滅させたので問題なし。


「あれから半年も過ぎていたんだね。心配かけてごめん。姉さんたちが来なかったら、僕はずっとあのままだったんだね」


「ほんとだよー。ものすっごく心配してたんだからね! だけど、生きててくれて良かった……」


 さっきまで平気だったのに涙が溢れ出てくる。背中を擦ってくれてるフィオナも同じ様に泣いていた。


「姉さん、フィオナ、見て、空が晴れてきたよ」


 崩れ落ちている天井の隙間から差し込んでくる光。空を覆っていた厚い雲が散り、太陽が顔を出す。


「積もる話もいっぱいあるし、ユーフィル、フィオナ、帰ろうか。私たちの家に」

「ああ、姉さん、帰ろう」

「そうね、帰りましょう」


 目的を果たした私たち三人は、太陽の輝きが広がっていくこの地を後にした。

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