第四話『星彩』
######################################
雲を突き抜ける感覚は、えも言われぬ程に僕の感情を掻き立てた。
「綺麗だ」
まるで星の海だ。今まで僕は、この世界の空の色を知らなかった。いや、しっかりと『現実』を見ようとして居なかっただけかもしれない。
辺り一面が星で輝いていて、僕達の更に頭上にはオーロラが見える。
幻想的という言葉が一番似合っている、そんな景色だ。
「着地しますよ!」
彼女が言う。「着地って何処に...」と言い終わる前に理解する。目の前には、この大空と比べると一見見劣りしてしまうかもしれない目的地ーー大図書館が存在していた。
「どういうことだ...それに、今の力って」
既に今日一日の出来事で頭の中はキャパオーバー。
今までこのいつもの図書館の行き帰りの中で、大空を羽ばたきながら移動した記憶なんて一度たりともない。それに、彼女の力も謎だ、あんな能力隠し持ってたなんて全く聞いていない。
「ふふ、実はさっき番人さんが、『図書館はとっても高いところにあるから跳んで』って教えてくれたんです。さあ行きましょう!」
「はぁ、そうなんだ...」
『もっと早く教えてくれよ!』とぼやきたくなる気持ちをこらえ、あの性格だし意地悪のつもりだったのだろうと無理やり納得する。力の話も聞きたかったが、それらの疑問もいったん飲み込む。
一刻も早く行動しなければ。
そうして僕達は、大図書館の扉の前に来た。
「こんなにおっきい扉...いや、門みたいですね、どうやって開けるんですか?」
「ああ、頭の中で念じるんだよ、『扉よ開け』ってね」
「...それって魔法みたいですね」
ハッとさせられる。今までそんなこと考えたことも無かった。確かに、その原理やルールなど、なぜ存在するのかなんて全く考えたことも無かった。
「...」
違和感と疑問、2つのことが僕の頭の中で反芻する。
頭が痛い。なぜ?
「扉!開きましたよ!」
「あ、あぁ」
頭の中の不純物を取り払うように彼女の呼びかけに答える。
図書館へ、一歩踏み出す。
『責任から逃げるな』
頭の中で声が聞こえる、聞き慣れた自分の声。
意識が暗転する。
##########
「はぁ?なにをしてくれたわけ?」
空のかなたに跳んで行った2人を見上げ、男は顔を歪めそれを眺めた。気味がいい、それに隙だらけだ。
「ーー!」
俺はカラフル頭の大群を無視して、全力の男の懐に入り込もうとした。
それを阻止しようと花弁が2体壁になる。
「くっ...!」
作戦変更だ、それら2体を先に駆除する。左に回り込んで脇腹に一撃、もう一体の大きく振りかぶった攻撃は避ける必要もないと判断し、隙を見逃さず頭部を切断。
「がはっ...」
直後、鈍い痛みが背中に走る。テレビがバールをもって意識外から殴りかかってきたのだ。
そのまま近くの時計が追撃の足蹴り、衝撃で後ろに後ろに倒れこむ。
その様子を見ながら、奥のほうでカラフル頭に囲まれた男が物憂げに嗤う。
「まあ、まずは一人か...時間の問題っぽいなあこりゃ」
「クソッ...が」
「さっきまであんなに威勢がよかったのに、ものの数秒でこんなことになっちゃってさぁ、カッコつけちゃったから悪いんだよ」
体が動かない。自分の殺傷能力と俊敏性、そして動体視力には自信があった。
でも打たれ強さは全くの別問題だ。たったの2発当たっただけでこのザマだ。
「さて、おわらせようかね」
男が近づいてくる。どうやらとどめは自分で刺したい主義らしい、胸糞が悪い。
「じゃあね」
男が俺の肩をポンッとたたき、拳を振りかぶるーー今だ。
「わざわざ近づいてきてくれてありがとうよ!」
俺は渾身の、そして今出せる最後であろう力を振り絞り、男の腕を掴んだ。
「なにをするかと思えば、悪あがきか...」
しかし、男の腕は止まらなかった。力が強い。押し返される。
「ーー掴んだ時点で俺の勝ちだ。この胸糞爺!」
俺は趣返しと言わんばかりに笑う。
最終手段を使ってしまった。『この方法』しかこの状況を打破できない。
瞬間、目の前で男が倒れる。
ーー同時に、俺の意識も途絶えた。
##########
『責任から逃げるな』
ぼやけた視界が少しずつ正確になっていく、視界に入ったのは見覚えのない部屋だ、病室だろうか?
見覚えはない。
また学校に来た時のようにワープや転移のたぐいのものをしたのだろうか。
人が見える、2人...いや、3人か?1人は病床に付している。誰なのかまでは認識できない。
この状況が一体何なのか、僕は口を動かそうとするが、違和感に気づく。
動かないのだ。それどころか手足や頭までも思うように動かせない。
ーーいや、そうじゃない。そもそもこの空間に僕は存在していないらしい、意識と風景だけが疑似的な視界として見えない頭の中に流れ込んでくる感覚だ。
目の前で、誰かが何か会話している。
存在しない聴覚に、意識を傾ける。
『どうして...』
『なんで...なんでこんなこと』
言葉が脳内に流れ込む。
声で聴きとっている訳ではないから、それがだれかすらわからない。
考えろ、この状況にはなにか意味があるはず。
ーー場面が移り変わる。
###
『うそでしょ?』 『まじ~?』
###
『心配だよ!』 『興味ない』
###
『なんで!?』 『誰?』
###
『迷惑』 『どうでもいい』
まるで走馬灯だ。知らない人たちが知らない会話をしている。
そんな光景が、移り変わり、移り変わり、移り変わるーー
###
次に目にしたのは、本棚、そしてその中の一冊の本、そして一面の星空。流星群が輝いている。
「あ、あー、あいうえお。動く!喋れる!」
喋ることができる。自分の体が存在している感覚をじっくりと取り戻しながら、目の前の本に注意を向ける。理解できない空間の、明らかに異質な雰囲気を纏ったそれを手に取るには、覚悟というものが必要不可欠だろう。
僕はそれを手に取った。
「ーーあ」
それと同時に理解する。これは、正確には本じゃない。
いつもポケットに握りしめて、肌身離さず持ち歩いていたメモノートだ。
しかし、いつもとは決定的に違う点が、一点だけ存在していた。
表紙に文字が書いてある。
『夢の番人』