第二話『記憶』
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる
まるで、頭の中に深い霧がかかっているみたい。
まるで、お化けを怖がって泣きじゃくる子供みたい。
まるで、熱を出して寝込んでいる時に見る壁の天井みたい。
まるで、夢を見ているみたい。
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる
あたまがまわる
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意識が暗転する。
「何が起こった?」
僕は女の子をおんぶして、明らかに危険だと判断できる状況からいち早く抜け出したーー
はずだった。
「ここは、学校?」
見渡すと、そこは何の変哲もない学校の廊下。
状況が飲み込めない。
こういうとき、人間はよくパニックというものになる。ワープ?瞬間移動?ここに来るまでの記憶が抜け落ちてる?というか、許可なしでこんなところに来ても大丈夫なのだろうか?一旦、深呼吸ーー
そうだ、僕はいま1人じゃ無かった。
おんぶしている彼女に話しかける。
「...」
気を失っているようだ。
どうしたものかと考えてあぐねる、側から見たらいま僕は女の子を誘拐して逃げている犯罪者か変態、或いは両方だ。
この状況は非常に不味い、とりあえず何処かの教室に隠れないと。
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「理科準備室...」
学校の中で目立たない部屋はどこだ?と聞かれたら、必ず何人かは挙げるだろう場所に僕たちは身を隠す。
「ん...あれ...ここは?」
女の子が目を覚ます。彼女も状況を理解しきれていないらしい。
「ここは学校らしい、どこのかはっていうのはまだわからない。気づいたらここにいたんだ。僕も、どうやってここに来たか覚えていないんだ。」
「意味わかんないです…」
「僕もこの状況の意味がわからないし、君のことについても何もわかっていない。もっと詳しく知っておきたい。」
一呼吸置く時間があった僕と違い、目覚めたばかりの彼女に酷な質問をしている自覚はある。だけど足を止めたらまたいつ『あの人たち』が来るかわからない。
僕自身としては完全に巻き込まれた形だが、なあなあでここまで来た以上、彼女を見殺しにして逃げ仰るわけにはいかない。
「私は自分の名前も、『アレ』から逃げていたより前の記憶も思い出せないんです。でも、頭の中でずっと、『謝らなくちゃいけない』って思ってて、なにか、許されないことをした気がするんです...」
深刻な表情で語られたそれは、やけに表現がふわふわで掴み所が無い内容だった。でもーー
「わかった、君の記憶を探す手伝いをしよう。幸い考えもある。どうかな?」
「...!、ありがとうございます!」
パッと、彼女の顔が明るくなる。
「じゃあ、もう一つだけ聞いておきたいんだけど、あの扉のチャイムを鳴らしてきた人たちは、君の父親と母親なの?」
彼女は今までとは違う雰囲気で、記憶を取り戻す、という明確な意思を持って話した。
「はい、信じたく無いけどそうなんだと思います。私が気づいた頃にはあんな感じで追いかけてきてて、今まではそれから逃げ回ってるだけでした。」
「なるほど、ありがとう。」
彼女の話と、ついでにここに来る前の出来事をメモする。記憶の整理ーー僕の手癖の一つだ。事あるごとにパニックになっては生きていけない、物事を俯瞰する為の、僕の武器。
「じゃあ早速行こうか、この学校がどこにあるかわからない。目的地にスムーズに行くために、なるべく辺りを見渡せるみはらしのいい場所、まずはこの学校の『屋上』に行くよ!」
「はい!」
2人は理科準備室を出て、屋上へ向かう。
そして、辺りの静寂は戻ってくるーーかに思われた。
ガラガラガラーー
誰も居なくなったはずの理科準備室の扉が内側から開くーー
「見つけましタ。」
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「明らかにおかしくないですか?ここまで歩いてくるのに誰にも鉢合わせしない。それどころかひとっこひとり見当たりませんよ。」
彼女が感じた違和感は、もちろん僕自身も感じていた。現在は4階、この学校は一階から屋上まで一つの階段で続いている訳ではなかった。4階まで一気に登った後、屋上へ続くだけの階段が別にあるタイプらしい。学校の掲示板の情報だけを元にここまで来たが、
誰にも遭遇していないのだ。
なにかの学校の祝日なのかとも考えたが、先生方まで見当たらないのはおかしいーー
そんなことを考えていた矢先だ。
ガラガラガラーー
目の前の教室の扉が開く。
僕達は身構えた。なんせ何が起こるかわからないし、彼女の母親と父親は何の前触れもなく彼女の居場所を突き止めてきたのだ。既に教室に潜伏していてもなにもおかしくないだろう。
「あ?あんたら誰だ?というか、どうしてこんなところほっつき歩いてるんだよ」
目の前、青髪短髪で制服姿の男ーー男子が鋭い目つきで睨みつけてくるのだった。