二の1
クラスに如月弥生という女がいる。アニメキャラみたいな名前だが、こんなありきたりに輪をかけたようなの、つけねえよな、ふつう。
細面の吊り目で頭は黒髪ロング。神社で巫女をやっていて、霊能者だという噂があるんで、今朝のことを話して、相談に乗ってもらおうかと思った。
しかし、奴はいつも廊下の窓から誰もいない木なんかにいる、見えない誰かさんに話しかけて、周りからキモがられているアブない奴だ。
でもそう思っても、身近で頼れそうなのはあいつしかいない。いちおう相談してみるか、ダメなら、それでいいんだし。
それで休み時間、ふらふらとそいつの席まで行った。
私がよく知らん人に話しかけるなんて、清水の舞台どころか、ブラックホールに突入する覚悟がいる。普通は絶対しないし、できない。それでもいちおう試みたんだから、よほど混乱して、藁をもすがる思いだったのだ。
だが、そのとき気配を感じ、はっと後ろを見た。窓の外。
……あいつじゃないか……!
あわてて戻り、なにしに来たのかと思ったら、奴は頭の中に話しかけてきた。
(まだ決心はつかない? 私と同じような仲間が、ほかにもいっぱいいるの)
(待ってるわ)
(いつでも歓迎よ)
……うるせえ。
……もう来んなよ。
にらむと、奴は消えた。ほっとして椅子に沈むや、またぎょっとした。如月が黒髪をさらりと流して背を向け、席に戻っていく。
見たのか、あいつ。
見たんだな、きっと。
じゃあ、なんか言ってくれればいいじゃんよ。
煮えきらず、次の授業になると、私の中に妙な決意みたいのが生まれていた。
ひとつ、はっきりした。私が霊を見る体質の、霊能者である、ということが。さっき窓の外を見ていた奴は、ほかにもたくさんいた。だがおそらく、誰一人として、眉ひとつ動かさなかった。イチョウの木に座る美人の妖精さんを見たのは、私だけだったのだ。
いや、ひょっとしたら如月弥生も。
修学旅行の班決め。
結局どこかに押し込められたが、誰と一緒になろうが変わらないので、気にしなかった。班に如月がいれば、もしかしたら彼女と話す可能性があったが、いないので、まったく全てがどうでもいい。
当日はバスの中でも、現地に着いても、相変わらず一人で黙っていた。目的地さえ頭に入っていない。
パンフ。ああ、京都か。高校の修学旅行だ、そんなところだろう。
旅館の前に整列し、自由行動になるまで、頭は相当ぼうっとしていたらしい。
「須貝さん、大丈夫? 君の班、行っちゃうよ?」
はっと見て、ぎょっとした。
(矢崎君じゃないか……!)
たちまち爪先まで真っ赤になり、脳細胞がショートしかかった。まずい、なにもこんなときに喋りかけなくても。いつものように何も言えず、下を向いて幼児のようにうじうじした。情けない。
ああ分かってるよ。そうだよ、好きなんだよ、彼のこと。ちっくしょう。
同じクラスで生徒会長の矢崎君は、細面の顔に理知的な眼鏡が似合う美少年(by私フィルター)だ。私がかたくなに口を閉ざしつづけ、完全拒否の姿勢を保っても、彼は何かと理由をつけて声をかけてきた。生徒会長という職務の上でだろうが、それにかこつけて会話してくれているようで嬉しく、そのたびに胸が痛んだ。嬉しくて。幸せで。なのに、何も答えられない。
そして、そんな私のことを気にするでもなく、笑って、「じゃあ」と手を振って去る、その爽やかさ。そんなに人気がないのが、ほんとに不思議だ。
しかし、こんなふうにまた気を使われると、いたたまれなくなる。分かってる、生徒会長の義務でしょう。孤立した子を気遣うのは当然。誤解するな。
それでも期待するのをやめられない。傷つくだけなのに。どうせ、すぐに誰かのモノになるのに。遠くへ行ってしまうのに。ああ、そうなる前に、私が彼をモノにしてえ……。
心で否定しているが、なんのことはない、私は男のために自殺できないのだ。つまらん女なのだ、低俗なのだ。てか、だいたい、話もできないのに、どうやってモノにするんだよ。
グループのはるか後ろについていって、いちおう名所めぐりには付き合い、それでも心は暗くボロボロになっていく。彼が近づくごとに、絶望で私が一枚ずつ削ぎ落ちていくようだ。もう骨しかない気がする。
最終日は琵琶湖の近くのホテルに泊まった。その日が、私の運命の日となった。