ハチ、はじめての海#7
季節は夏へと移り変わった。空は青く、太陽はじりじりと肌を焼く。セミの声が響く中、私は思いついた。
「ハチに、海を見せてあげよう。」
庭の池もいいけど、広い海を見たら、ハチはどんな反応をするだろう。そう思うといてもたってもいられず、早速準備に取り掛かった。
「ハチ、今日は海に行くよ!」
そう言いながら、私は車に荷物を積み、浮き輪を取り出して空気を入れ始めた。パンパンに膨らませた浮き輪をハチの首に通してみる。
「え、似合うじゃん……!」
思わず笑ってしまう。さらに麦わら帽子もそっと頭に乗せてみた。
「これでよし!」
すると、ハチが私の方をじっと見つめながら、ゆっくりと近づいてくる。
「え……怒ってる?」
私は思わず一歩下がった。だが次の瞬間、ハチは首を左右に軽く振り、静かに頭を下げた。
「……え、喜んでる?」
私は小さく笑った。ちょっとだけホッとする。
---
車に乗って、約一時間。海へと到着した。そこには大勢の海水浴客がいて、浮き輪やボールが宙を飛び交い、子供たちの笑い声が波の音に混じっていた。
「すごい人だね。ハチ、今日はあっちの端っこに行こうか。」
私は海岸の端にテントと机を張り、小さなレジャー空間を作った。靴を脱ぎ、海に足を入れてみる。
「わぁ、冷たくて気持ちいい〜!」
海水の感触に思わず声が出た。振り返って、ハチに呼びかける。
「ハチ、来なよ〜!」
ゆっくりと、ハチが砂浜を歩いてくる。その足取りは慎重で、目はわずかに見開かれていた。どうやら初めての海に少しビビっているらしい。
そろりそろりと波打ち際まで来て、ハチは足を海水に浸けた。
「どう?気持ちいいでしょ?」
その瞬間、ハチの目がパッチリと開かれた。驚きと興味が入り混じったような表情。そしてそのまま——微動だにしなくなった。
「……気に入ったんだね。」
私は笑いながら、海辺に座ってジュースを飲みつつ、動かないハチの姿を眺めた。
---
夕暮れが近づき、帰る時間になった。
「ハチ、帰るよ〜」
声をかけても、ハチはまだ朝と同じ場所に立ち尽くしていた。
「……ほんとに動かないなぁ。」
諦めて近づこうとしたそのとき——ハチが突然、海にくちばしを突っ込んだ。
「え? ハチ、なにしてるの?」
海面から顔を上げたハチのくちばしには、小さな魚がくわえられていた。
「すごっ……捕ったの!?」
自慢げな目で私を見てくるハチ。
「ハチ、すごいね!」
そう褒めた瞬間だった。ハチが魚をくわえ直そうとしたタイミングで、魚がツルッと抜け、波に戻っていった。
「あーあ……!」
ハチもほんの少し、肩を落としたように見えた。
「……でも大丈夫。帰ったら、美味しい魚用意してるから。」
私はハチの首元を優しく撫でながら、そう言って笑いかけた。
ハチは静かに頷いたように見えた。
その夕暮れの空はオレンジ色に染まり、海の上でキラキラと反射していた。ハチの麦わら帽子が風に揺れながら、私たちは静かに家路へとついた。




