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ハチと夏祭り #13

夕方、ご飯の準備をしていたときのこと。

隣のおばあちゃんが、ニコニコしながら回覧板を手にやってきた。


「ユキちゃん、はいこれ。明日の夏祭りの案内が来てたよ」

「えっ!ほんと!?わぁ〜〜!!」


紙を受け取りパッと目を通すと、そこには手書きのチラシが挟まれていた。

『納涼夏祭り 場所:町内公園 時間:18:00〜』


私はその場でスキップでもしそうな勢いで、ハチの元へ駆け寄った。


「ハチ!明日お祭りあるって!

たこ焼き!焼きそば!ベビーカステラ!りんご飴!」


まるで早口言葉のように並べたが、ハチは例によって無反応。

じっと前を見据え、いつものポーズを崩さない。


「……ねぇ、ハチも食べたいよね?ね?」


静寂。風が、葉を揺らすだけだった。


祭り当日


夏の夕暮れ。

私は、鏡の前でぎこちなく浴衣の帯を締め直していた。


「ふぅ……よし、こんなもんかな?」


部屋の片隅で座っていたハチの前に立ち、くるりと回って見せた。


「どう? 似合う?」


無言。


「……あっそ。

じゃあ、感想もないハチには、お返しが必要だよね♪」


私はニヤリと笑い、どこからか取り出した子ども用の甚平をひょいと掲げた。


「さぁ!ハチにもお祭り仕様になってもらいます!」


ハチ、着せ替えられる


甚平を着せられたハチは、ただ黙ってされるがまま。

サイズもぴったり、翼が袖を通せるようにこっそり準加工していたのである。


首元には、小さながま口の財布がぶら下がっていた。

ちゃんと中には小銭と500円玉が入っている。


「これで屋台にも行けるね♪」


無表情のまま、ハチはほんの少しだけ羽をバサッと動かした。

……多分、嫌がってる。


「でももう遅いからね!着せちゃったし!」



家を出て町内公園に近づくと、にぎやかな音が風に乗って聞こえてきた。

太鼓の音、子どもたちの笑い声、そして屋台から漂う香ばしい匂い。


「うわ〜、もう人が集まってるね!」


私は浴衣の裾をつまみながら、隣を歩くハチのほうを見た。

甚平を着せられたまま、首からがま口をぶら下げたハチは、相変わらずの無表情。


「……うん、いい感じ。完璧なお祭りスタイル!」


周囲の子どもたちが、ハチを見て驚いたり、興味津々で寄ってきたりする。


「おっきいトリだー!」

「この子もお祭りきたの!?」

「……じっとしてる……こわい……でもかわいい……」


私は笑いながらハチの背中をポンと叩いた。


「人気者だね、ハチ」


すると、ハチは恥ずかしそうに、周囲の子どもたちへペコリとお辞儀をしていた。

その仕草に思わず吹き出しそうになる。


屋台を見てまわっていると、急にハチがぴたりと足を止めた。

目線の先には、きらきらと揺れる金魚たち。

金魚すくいの屋台だった。


「え、ハチ……やりたいの?」


無言のまま、ハチはひたすら頭を上下に動かす。

つまり、お辞儀の連打。


「わかった、わかったから!ちょっと待って!」


私はハチの首からぶら下がっているがま口を開け、小銭を取り出した。

「金魚すくい、ひとつお願いします!」と元気よく言うと、店のお兄さんがポイを渡してくれた。


だが、そこからが……長かった。


ハチはポイを受け取らず、まるで石像のように微動だにしない。

そのまま、5分……10分……30分……1時間……。


「ハチ? ハチ〜? なんか……すくってる?」


私はあきらめて、隣で焼きそばをほおばっていた。

ときおり店員のお兄さんが不思議そうな目でこちらを見てくるが、ハチは真剣そのものだった。


そして──

その瞬間は突然訪れた。


2時間が経った頃、ハチが一気に顔を金魚の水槽へと突っ込んだ。


「ちょ、ハチ!? ちょっと!? それは反則──」


ジャバッ。


顔をあげたハチのくちばしから、ぴちぴちと音を立てながら泳ぐ金魚たち。

なんと……口の中で金魚が5匹も泳いでいた。


「ハチ〜〜〜!!? すくってないじゃん、それもう……捕獲ぅぅ!!」


私は笑いをこらえきれず、おなかを抱えてしゃがみこんだ。

まわりの子どもたちも大爆笑していた。


店員さんが目を丸くして「……えっと、1匹だけにしてくださいね」と苦笑いで伝えると、

ハチは素直に4匹の金魚をそっと戻した。


その夜、ハチはしっかり金魚すくいの名人として子どもたちの話題になったという。


屋台の明かりが少しずつ落ち着きはじめ、人々の足が川のほうへと向かっていた。

ざわめきが変わる。遊びの声から、期待のざわめきへと。


どこかからスピーカーの音が聞こえてくる。


「まもなく花火が打ち上がります。慌てずに、河川敷へご移動ください」


その放送に背中を押されるようにして、私もハチの腕を引っ張った。


「行こ、ハチ。花火のいい場所、取らなきゃ!」


首を軽くかしげたハチは、黙って私の隣を歩く。

甚平姿に、ぶら下がるがま口がゆらゆらと揺れていた。


河川敷に着くと、もうあたり一面に人の波。

レジャーシートを敷いた家族連れ、縁日帰りの子どもたち、カップルたち。

その真ん中に、浴衣の私と、無言の大鳥ハチが腰を下ろす。


ふと、そよ風が吹いた。

遠くでカエルが鳴き、どこからか蚊取り線香の匂いも漂ってくる。


「あ、そろそろ……」


私がそう言った瞬間、


ドンッ……!


夜空に火の花が咲いた。

金色の大輪が、星を隠すように開いて、そして静かに消えていく。


続けざまに、赤、青、白……

色とりどりの光が夜空を彩って、胸の奥に響く音が遅れて届く。


私はハチの方を見た。


……動かない。


だけど、その目は空をまっすぐ見つめていた。

ほんの少しだけ、くちばしが開いていた気がする。

あれは、きっと……感動してるんだよね、ハチ。


最後のスターマインが夜空を埋め尽くしたとき、

私はそっと、ハチの肩にもたれかかった。


「……今年の夏は、忘れられないね」


風に揺れる浴衣の袖と、ほんの少しだけ揺れたハチの羽。

ふたりの影が、打ち上がる光とともに地面に映っていた。



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