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罰を下すは妖なり

物語の先の展開。

後、何気に重要な話。本編にこの設定を取り入れる予定なぐらいには。

眠りに落ちた我が子を抱き上げる。

その顔は涙によって赤く張れていた。


「これは後で冷やしてやらんと、痕になったら大変じゃ」


零れ落ちる涙を袖口で拭い、髪を整える。

赤く腫れつつもその寝顔は可愛いとでも言いだけに神は笑みを浮かべる。

その姿は敵を前にしてあまりにも隙だらけだった。




この者にとって目の前の敵など敵とさえ認識していない。

人が蟻を潰すように、その者にとって餓鬼は蟻同然。

故に構える事さえしない。

餓鬼達もそれを理解しているがために、攻撃も出来ずに親子のやり取りを見てるしかなかった。


「待たせたのぉ、蛆虫ども。よくも妾の可愛いナツキを悲しませてくれたな」


空気が変わる。

先程までの優しげな雰囲気はなく、そこに居たのは恐ろしいまでの殺気を放つ怪物。

餓鬼は飢えを忘れ、恐怖によって後退る。

次いで思い起こされるのは怪物――神によって植え付けられた恐怖(トラウマ)

餓鬼達は発狂し、我武者羅に突撃する。

目の前の敵を早く倒せねば、早く、早くと、ただそれだけを考えて突撃した。

四方八方から喉元を食い破らんとする餓鬼達を前に、しかし、神は構えない。

それどころか溜め息を吐くだけの余裕すらある。


「相変わらず反省しないのぉ、喰うことしか考えておらん。妾は悲しいぞ」


悲しい、本当にそう思っているのか疑問に思うほどその声は平坦だった。

彼らは思考をしない。いや、出来ないのだ。

本能に囚われ過ぎた彼らにもはや、かつて人であった時の事を思い出せない。

ただ、それでも覚えている事がある。

初めて禁忌を犯した時の背徳感と高揚感、討たれた時の苦しみ、それらは色濃く彼らの記憶に焼き付けられている。

神に植え付けられた恐怖だってそうだ。

その中でも特に色濃い記憶がある。

それはかつて、まだ人の身であった頃の話だ。

当時、強い日照りが村を襲った。

日照りにより作物は枯れ果て、獣は逃げ出す。

僅かに得られた食糧と水でどうにかするしかなかった時代だ。

生きていけるのかも分からない。

命が惜しい者は村を捨て、外へと逃げ出す。

誰も止めなかった。出来るなら一緒に逃げたいとさえ思っていた程だ。

だが、出来なかった。

彼らはこの村に生まれ、この村でしか生きてこなかったのだ。

今さら外に行く勇気が彼らにはなかった。

それに祖先が築いた村を捨てるなんて事が出来なかったのだ。

それが失敗であり、過ちであった。

長く続く日照りにより最初の死者が出たのだ。

病気を患っていた者だ。

病に臥せっており長生きしないのは元から分かっていた。

だが、この日照りによる死というのが彼らに強い焦燥感を抱かせる。

彼らは今まで以上に生き急ぎ、少しでも出来る事をして生き延びようとした。

その中には無論、神頼みだってあった。

地に頭を擦り付けて全員で拝み、願う。


『どうか、この村に雨を降らしてくださいませ!』


その願いはしかし、神に届くことはなく、死者は日に日に増えて行くばかり。

増して行く焦燥と恐怖。その限界は遠くない内に迎えた。

数ヶ月に渡り続いた日照りにより、村人の数は両手で数えられる程に減り日々、飢えに苦しんでいた。

その日もまた、新たな死者が出た。

それもちょうど目の前でだ。

またか、いつもであればそう思った。

だが、何故だろう。目の前の死体が美味しそうに見えるのは。

彼らは知らず知らずの内に涎を垂らす。

腹は空腹を訴え、食い物を寄越せと言う。

だから、仕方なかった。

腹を満たすためだ。もう死んでるのだし良いだろう。


そんな言い訳をして、その日、彼らは――――人を辞めた。


「ギャギャ」

――どうして儂らを助けてくれなかった。


「ギャギャ」

――どうして儂らを見捨てた。


「ギャギャ」

――どうして儂らを………殺さなかった。


血の池地獄。そうとしか表現できぬ地獄だった。

血で満たされた地面のそこかしこからは呻き声が聞こえ、まるで1種の合唱団のようだ。

そんな中で1匹。他よりも体格の大きな餓鬼が息も絶え絶えに問い掛けた。

その声には恨みはなく、ただ疑念だけが宿っていた。


「痛め付けてやったというのに、まだ話せる元気があるとは驚いたのぉ」


神は感嘆とも呆れとも付かない溜め息を吐く。


「して、その疑問に答えるとすれば何もない。ただ妾が貴様らの滑稽な姿を見たかったというのが正解じゃ」

「ギャギャ……?」

――そんな理由で儂らを生かしたというのか……?


信じたくなかったし、信じられなかった。

たかがそのためにあの行為をずっと繰り返していたのかと思うと怒りが沸く。


「だから、そう言うとろう。それがまさかこんな事になるとは思わなんだがな。さっさと処分しとれば良かったと後悔しとる。ほれ、答えてやったぞ。満足じゃろ?妾はナツキを早く寝かしてやりたいのじゃ」


此方を見向きもせずに無造作に手を振るう。

まるで、もうこれ以上喋るなとでも言いたげだ。

怒りに震える。このまま何もせずに終わる事など出来ない。

せめて一矢報いてやると起き上がる。

だか、それはあまりにも遅かった。


「ゴフッ」


一瞬だった。体から血が溢れだす。

胸を抉られたような痛みが彼らを襲う。

いったい何が起こったのか分からなかった。

神は一歩も動いていない。

では、何が彼らを襲ったのか。

簡単なこと。下を見下ろした彼らはきっと驚いただろう。

何せ、自らの腕が心臓を貫いていたのだから。


「…………?ァアアアァア”ァ”ア”ア”ア”!!!」


理解出来ぬ光景に困惑し、次いで激しい痛みが彼らを襲う。

喰らう痛みなど生温い痛み。

全身を蝕む痛みは気絶寸前まで彼らを追い込む。

だがしかし、気絶はできない。

どのような力によるものか、彼らは気絶も出来ぬまま己が体が消失して行く感覚を痛みと共に味わい続ける。

終わりも知れぬ痛みと恐怖に彼らは喉が枯れんばかりに悲鳴を上げ、救いを求めた。

殺してくれ、死にたい、そんな願いを悲鳴を持って放つ。

だが、救い手である神は手を差し延べない。

それどころか笑う。愚かな人の悲鳴が心地好いとばかりに笑う。

彼女は神ではない。()神だ。今はただの妖怪に過ぎない。

人を苦しめる事を生き甲斐としているのだ。

そこに例外があるとすれば、ナツキだけ。

阿鼻叫喚の地獄を前に神は言う。


「精々、ナツキを傷付けた事を後悔してから逝け。それが貴様らに出来る最後の罪滅ぼしじゃ」

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