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絶望のその先へ

物語であれば颯爽と救いの手が現れる展開。

しかし、現実はそう上手く事は運ばない。


(イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ……)


救いを求める声に母様は現れず。

俺は謎の声に導かれるように奥へ奥へと進んで行く。

最初は何も感じなかった。

だが、進むにつれ異臭が鼻を突くようになり、異形の声が聞こえて来る。


『ギャギャ』


遠く、奥の方から聞こえてくるその声は本能的な恐怖を呼び起こす。

脚が震え、子供のように泣きじゃくりながら願う。


「だじゅげてくゅださい!じゃれでもぃいからだじゅげて!!いやだぁ、いやだぁよぅ……ははしゃまぁ!!」


大声を上げて泣きながら救いを求め続ける。

少しでも母様に届いて欲しいと願いながら呼び続けたのだ。

涙声で「ははしゃま」と幾度呼んだか、録音機のように同じ言葉を発し続ける光景は不気味だったに違いない。

しかし、喉を枯らす程に呼び掛け、救いを求めた者の姿は見える事はなく。

誰も助けに来ないと分かった時の絶望感は計り知れないほど心を締め付ける。

また、暗闇という状況も悪かった。

幾ら少し薄暗いだけとは言え暗い事に違いはない。

まるでこの世にたった1人で、元から自分には仲間などいなかったような、言葉に出来ない強烈な孤独感がその身を襲う。

もはや涙すら出なかった。

心は暗雲に包まれ、抵抗する気が失せる。

母様が現れなかった。たったそれだけで――いや、だからこそ抗った所で無意味だと、そう思ってしまったのだ。


(俺にとって母様は怖いけど、それ以上に強くて優しい人だった。どうやら俺は母様の愛情に絆されていたらしい)


1週間という期間は短いが、濃い時間でもあった。

反抗的な態度を取る俺に母様は怒るでも、睨むでもなく、ただ笑っていた。

その時は笑った理由が分からなかったが、今にして思えば嬉しかったのだろう。

母様は長いこと1人だった。この社には母様以外に人は居らず、話し相手もいなかったんだと思う。

長い孤独は母様を苦しめ、話し相手を、仲間を求めていた。

それがなぜ、俺を娘にしたのかは分からないが。

ともかく、俺という存在は母様の孤独を癒してくれる存在だった。

そう考えれば多少のやんちゃも許したくなるのも分かる。

いや、可愛かったのだろう。

母様からしたら、俺のやっていた事は親に構って欲しくて悪戯する子供だったに違いない。

今になって気付くのはどうかと思うが、気付けて良かったと思う。

母様をやっと親だと思えるようになった。


(トラウマがあって素直に親だと認める事はしなかったが、アンタも立派な俺の親だったよ)


本人を前にしたらきっと気恥ずかしくて言えない。

だが、それが本心だった。

気が付けば先程まで襲っていた孤独感は消え去り、じんわりとした温かさが心を包み込む。

死ぬとしても、今なら怖くないと思える。

なんなら例え惨たらしく殺されようと、せめて一矢報いてやる。

そんな勇気すらあるのだ。

足取りは軽かった。

逃げる事は出来ないし、死ぬことに変わりはない。

ならば、さっさと行って終わらせた方が早いだろう。

扉に触れる。

ひんやりとした感触だ。その冷たさは俺の覚悟を問うている気がした。

この先に進む覚悟はあるか、死ぬ覚悟はあるか、と。

その問いに対し、俺は笑う。


(俺は母様の娘だ。敵なんて簡単に蹴散らしてやるよ!)


前か後ろかなんて考えない。

ただ導かれるように扉を前に押す。

ゆっくりと開かれて行ったその先には――地獄が広がっていた。


「ッ!?」


まず最初に見えたのは、血飛沫であった。

すぐ目の前まで飛んで来た血飛沫に驚き、次いで見えた光景に心臓が凍り付く。

奴らは喰らっていた。仲間を喰らい、喰らわれ、喰らい合っていたのだ。

部位が欠損しようが、喉を噛みきられようが決して止まる事なく、衝動に突き動かされるように喰らうその光景は悍ましいとしか言いようがない。

異常な光景に先程まであった勇気が潰える。

声は出なかった。出せる筈がなかった。

奴らに気付かれたくなかったのだ。

体を縮こまらせ、気付かれませんようにと願う。

しかし、忘れていないだろうか。

どうしてここに来てしまったのか。

共食いをしていた奴らは此方に気付き、目を向ける。

1人、2人の話ではない。部屋の中にいた全ての視線が一斉に此方を見たのだ。

奴らは出っ張った腹と子供程の多きさを持ち、肌は緑色であった。

その特徴は餓鬼を彷彿させる。

いや、餓鬼なのだろう。

餓鬼は永遠に満たされない飢えに苦しむという。

であるなら、その飢えを満たすために共食いをするのは何らおかしな事ではない。

後退る。少しでも餓鬼から離れようとしたために。

そんな俺の姿を見て、餓鬼達は顔を見合せギャギャと何かを話し始める。

言葉の意味は分からない。だが、脳に響く声が会話の内容を教えてくれた。


『女狐?』

『違う』

『小さい』

『娘?』

『餌』

『復讐』

『美味』


疑問に思う者もいれば、食べたくて仕方がない者もいた。

てんでバラバラな餓鬼達だが、共通している事もある。


『人質』

『誘きだす』

『喰らう』

『捨てた報い』

『味わわせる』

『泣き』

『叫び』

『後悔』

『美味』

『復讐』


俺――いや、母様に対しての敵意だ。

餓鬼と母様の間に何があったのかは分からない。

だが、このままでは俺は人質にされた上で惨たらしい目に合う。

会話の内容からそれを察し、体が竦む。

逃げないと、そう思うのに腰が抜けた状態では立つことが出来ない。

這って逃げようかと考えるが、いま背中を向けるのは恐ろしくて仕方がなかった。

目尻に涙が溜まる。今の俺の姿が情けない。


(何が一矢報いるだ!覚悟も決まってない癖にそんなこと言うなよ!!)


覚悟を決めたつもりで決まっていなかった。

今も逃げることばかりで、立ち向かうことなんて考えていない。

そんな自分が情けなくて、涙が溢れ落ちる。


「何を泣いとるんじゃ、ナツキ」

「えっ?」


頭にポンと置かれた温かな手の平に、ここ最近ですっかり聞き慣れた声。

まさか、いや、そんな、困惑とも驚きとも言えぬ感情が沸き上がる。

慌てて上を見上げれば、そこに居たのは紛れもなく母様で。

呆けた声で問い掛ける。


「はは、さま……?」

「なんじゃナツキ、妾の事を忘れてしもうたのか?」


そうじゃないと首を振る。

俺が聞きたかったのは、なぜ母様がここにいるのかという事だ。

そう言いたいのに、喉に物が詰まったみたいに声が発せない。

嗚咽交じりの涙声が出るだけで、言葉が出ないのだ。

涙で視界がボヤける中で気付く。


(……あぁ、安堵だ。母様が来てくれただけで俺はとても安心しているのか。母様ならなんとかしてくれる。根拠もないのにそう思っちまう)


気が付けば俺は母様に縋り付いていた。

ごめんなさいと、もう悪い事はしないと謝罪の言葉を口にする。

その言葉は涙声で聞き取りづらかったにも関わらず、母様は耳を傾けてくれた。

最後まで俺の言葉を聞き届けた母様は頷く。


「うむ、しっかり反省して偉いぞ。今度からは気を付けるのじゃよ」

「ぁ――――――――!!!」


優しい笑顔。反省できた我が子を慈しむその笑顔にダムが決壊したように涙を流し、大声を発しながら母様に抱き付く。

抱き付いた事で強く感じられる母様の匂いは俺の恐怖を溶かし、安らぎえと導いてくれる。

その心地好さに、疲れた俺の意識は落ちて行く。

あの時とは違う。

母様の温もりに包まれて眠りに付くのはこの上なく幸せであった。

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