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病魔

曰く、あらゆる病の神。


曰く、人が生み出した厄災。


曰く、弱きを救う悪。


曰く、無邪気な子供。


彼女を知る者は語る。

かの者は無垢なる厄災――病魔であると。


「それが俺の故郷を……」


服を握る手に力が籠る。

伊神から聞かされた話は到底、受け入れ難いものであった。


『飢えに苦しむ彼等を救うべく1つの(くすり)を彼女は授けた』

『一時の飢えを忘れ、活力を齎す。そんな(くすり)をね』

『だが、それは同時に副作用のあるものだった』

『抑制された飢えは肥大化し、食えども喰えども満たされることのない苦しみを彼等に齎した』

『その後はナツキも知っての通り、飢えに喘ぎ続けた彼等は餓鬼に堕ちた。それがあの村の歴史』

『結果はどうあれ、彼女は善意から村を救おうとしたのさ』


アレを救いとは言わない。

彼等は叫んでいた。

惨たらしいあの場所で。

言葉さえも無くしてなお、彼等は叫び続けた。


“もうイヤなんだ”

“誰か止めてくれ”

“誰でも良い……お願いだよ”

“お願いだから”

“もうこれ以上!仲間を喰わせないでくれ!!”


友を、家族を、自らをも嘱さぬばならない絶望に彼等は涙を流し、救いを求めてずっと叫んでいたのだ。

耳にこびり付いて離れないその声に顔を顰める。


「あんなものは救いとは言わない!あれは……ッ!この世の地獄だ!!」


怒りが、苦しみが、悲しみが、負の感情が籠められたその声はドス黒く。場に重苦しい空気を齎す。

冷静ではない。分かっている。

ただの八つ当たりだ。分かっている。

もう過ぎたことだ。分かっている。

分かっていても、これはもはや理屈でどうこうなる話ではない。

向ける先のないやるせない思いを溜め息に籠め、吐き出す。

幾ばくか理性を取り戻した俺は口を開く。


「伊神。本当にこれを使えば彼等を助けられるんだな?」

「うん。それは僕の威信に掛けて断言するよ」


頭に浮かぶは人の頃の彼等。

痩せ細り、ガリガリでありながらも必死に仲間と生き残ろうと足掻く彼等の姿を。

その努力が厄災によって歪められてしまった。

彼等は救いを求める相手を間違えたのだ。

救いを求める気持ちも理解できるだけにやるせない。

俺に出来ることは手を貸すことだけ。

それでも出来ることがあるだけまだマシだと思う。

何も出来ず、ただ見ていることだけしか出来ないことに比べたら遥かに。

彼等を苦しみから解放されるその手立てに貢献できる。

たったそれだけで心が安らぐのだ。

きっとそれは、ただ1人。あの地獄から逃げ延びてしまったことに後ろめたさがあったからなのかも知れない。

あの時の俺は赤子だった。だが、他にも同じ赤子や子供はいた筈だ。

その中で俺“だけ”が逃れた。

その事実に知らずの内に後悔していたのだろう。

俺よりもっと相応しいのがいたんじゃないのか。そんな下らないことを考えてしまう。


「ッ!!」


自らを殴った。

拳を硬く握り締め、力強く殴った。

母さん達の驚く顔が見える。

さっきまで視界に入らなかった顔だ。

とんでもなく痛かった。下手したら何本も歯が折れているかも知れない。

だが、それがちょうど良かった。

あんな下らないことを考える俺を殴り飛ばせたのだから。

母のことを思う。産みの親だ。

あんな環境に居てなお、俺を生かそうとしてくれた優しい人。

彼女もまた、囚われ人だ。

今もなお、あの声を聞き続けているのかと思うだけで胸が一層苦しくなる。

お守りを首から外す。

長年一緒に居たお守りだ。

俺の手から離れてしまうのが寂しくはあるが、その程度で彼等を救えるのなら安いもの。

差し出された手の上に乗せる。


「どうか頼む。彼等を……地獄から!助けてやってくれ!!」

感情表現に苦慮しました。

力を入れ過ぎて次話が見劣りしないか不安です。

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