実母の存在
「で、これが必要な理由を説明してもらおうか」
首に掛けたお守りを手に持ってぶら下げる。
教えて貰わない限り渡すつもりはないと、言外に示すためだ。
それに対し、伊神は笑う。
先程までの小馬鹿にしたような子供染みた笑みではなく、幾年も生きた老獪なる人物が浮かべる笑みだ。
思わず怖じ気付く。
その豹変っぷりに驚くよりも、恐怖したからだ。
「遅かれ早かれ知ることになるんだし、良いよ。まずはどこから話そうか……」
伊神はそこで一考を挟む。
「うん。そうだね。君の生まれから話そうか。ナツキ、君は覚えているかい?自分の本当の親の顔を」
「本当の?両親以外に俺の親が居るのか?」
「当たり前じゃないか。居るからこそ、僕は聞いているんだよ。彼らは君の育ての親ってだけで生みの親ではないのさ」
「生みの親……」
初めて知ったことだった。
今まで両親からそんな話は聞いた事がないし、違和感もなかった。
記憶を漁るが、相当古いのか出てくることは―――いや、1つだけある。
つい最近のことだ。夢の中で見たあの女性。彼女こそが俺の親だったのではないかと。
「どうやら思い出したようだね」
「いや、だが………あれは夢の中の話だ。現実の筈が……」
「緑色の肌を持つ女性じゃな」
「ッ!?」
思わぬ所から声が発せられる。
驚きのあまり咄嗟に目を向けるが母さんは何かを考えているのか思案顔だ。
「正解。思い浮かべた人物こそが君の母親さ」
「まっ、待て!じゃあどうして俺の肌は緑色じゃないんだ!?」
当然の疑問だ。彼女が俺の生みの親であるなら当然、子供である俺も同色の肌でないとおかしい。
「堕ちたのか」
「またまた正解。そう、彼女は堕ちた存在さ」
何に堕ちたというのか。その先を知るのが恐ろしい。
耳を塞ぎたくなる。だが、そうはさせまいと伊神は両手を掴む。
「ねぇ、ナツキ。彼女は何に堕ちたと思う?」
「あ、いや、それは……」
分からない。
ただそう答えるだけなのに何故か声に出せない。
薄っすらと思い出される光景。
この世の地獄とさえ呼べるその場所で、彼等はなんと呼ばれていたか。
赤子ながらにその時の言葉を覚えていた。
“餓鬼”
常に飢えと渇きに苦しみ続ける亡者。
あの時の言葉が今なら理解できる。
そして、幾度も見たあの景色が決して夢などではないと分かり絶望する。
「あっ」
立ってなどいられなかった。
腰を抜かし、地べたに尻を付く。
呆然と見詰める先、伊神は笑う。
「さぁ、答えを言ってごらん」
「ひっ!」
怖かった。ニコニコと表情を浮かべるその笑みが恐ろしくて恐ろしくて堪らない。
怖い、怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ―――。
「が……餓鬼で、す……」
「正解。じゃあ、次の質問だ」
止めろ。もう、これ以上聞かないでくれ。
「君の母親は餓鬼に堕ちた。けど、君は人だ。それはどうしてかな?」
あの場所のことを思い出したくない。
なのに、どうして、言葉に導かれるように思い出されるあの時のやり取り。
あの時、あの場所に、奴は――伊神が居た。
母に抱かれた俺の前で、母と会話をしていたのだ。
『そう。それが君の願いなんだね?』
『うん。この子は僕が必ず助けるよ』
『いや、僕こそごめん。同胞を止めることが出来なかった』
『諦めないで。いつか必ず君たちを助けに来るよ。だから、待っていてくれるかな?』
母の声は聞こえない。
覚えていないというより、意図的に遮断されている。
願い、同胞、救う。
彼等の間に何があったのかは分からない。
だけど、母の願い。伊神のお陰で俺が人として過ごせてこられたのだと分かる。
「あんたの……伊神様のお陰で俺は人でいられました。ありがとうございます」
顔は見なかった。あの顔を見ながら礼を言う勇気がなかったのだ。
「正解。後、様も止めて欲しいな。僕たちは家族だ。他人行儀なんて悲しいじゃないか」
「はい……そうですね……」
同じ苗字というだけで嫌悪感がする。
助けてもらった。だが、それとこれとは話が別なのだ。
「ふっ。じゃあ、次の質問だ」




