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始まりと出会い・下

「なぁ、居を移そうとは思わなかったのか?」

「それは出来ぬ」


なんで、そう問い返したくて出来なかった。

先程までの愉しげな雰囲気は鳴りを潜め凛とした雰囲気を纏う。

抑揚のない声で言われたその言葉の裏に感じられた思い。

声なき声は言った。


“これ以上聞くな”


そう言われてしまえば口を噤むしかない。

場の空気を変えるべく俺は一度咳払いをする。


「っんん!すまん、悪いことを聞いた」

「良い。お主には何の関係もない話じゃ。妾も気にしてはおらんよ」


コロコロと愉しそうに笑う姿からは先程までの凛とした雰囲気は感じられない。

俺はそうかと返し、空を見上げる。

その先に在るは月の姿。

暗い夜空の中で一際輝く月とそれを装飾する星々の姿であった。

都会では見れなくなった光景が目の前に広がっている。

思わぬ絶景に言葉を失い見惚れた。


(夜空ってこんなに綺麗なのか)


ここに来るまで知らなかった。

勿体無いことをしたなと思いつつ顔を戻す。


「そろそろ帰るよ。宿に戻ってぐっすり眠りたいんでな」

「そうかそうか、それは残念じゃのぉ。お主が良ければここで泊まって行かぬか?」


思わぬ誘い。それも神自らの誘いだ。

普段の俺であれば心惹かれただろう。

だが、今は、今だけはそんな気分にもなれず断る。

神は悲しげにしたが、引き留めることはせず俺を返してくれた。

貴重な体験が出来たと礼を告げる俺の背に神は言う。


「これは節介じゃが、あまり謂れのある地には近付かぬが良かろう。妾であったからこそお主は無事に帰れる。もし、妾でなかったのならお主の命はなかったと思え」

「あぁ、今度からは気を付けるよ。ありがとう」


もう2度と会わない相手にもこうして忠告してくれるとは良い神様だと思う。

出会えたのがこの神で良かった。

もし、そうでなかったのなら今頃どうなっていたのか考えるだけでゾッとする。

本当に運が良かったと自らの幸運に感謝しながら階段を下り、初めに潜った鳥居の前に辿り着く。

1時間ぶりに見る鳥居はどこか懐かしく、不思議と心が安らぐ。

短くも濃い体験がそう感じさせるのだろうか。

疑問に思い、だがすぐにどうでも良いことだと(かぶり)を振る。

やっと現実に帰って来られた。

そんな思いが胸を満たす。

鳥居を潜り後ろを振り返る。

その先に在るは行きと同じ長い階段と無数の鳥居のみ。

変わらぬ光景に苦笑する。


(まるであんな出来事はなかったとでも言わんばかりだな)


もしこれが物語であれば、俺が見たのは、出会った者は全て夢でした、なんて落ちがつくのだろうか。

そんなくだらないことを考え、無意味だと一笑に付す。


(あれが夢であって堪るか。あんなリアルな夢を見れるのならとっくのとうに見ているっての)


例え友人や家族に笑われるとしても俺は本物だと言い続ける。


一夜限りの夢のような出来事であったと――






―――それだけで終われば良かったのに。

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