2~
タイトル【妾の娘じゃ】のその後からのやつがほぼ入ってるぽい?
絶世、傾国を体現したような美女が俺を見下ろして微笑む。
その妖艶な笑みは見惚れるほど美しく、恐怖さえも忘れてしまうだろう。
だがしかし、獲物を見つめる二対の金の瞳は生物の根元的な恐怖を掻き立て、今すぐにでも逃げ出したい。
だがここは逃げ道もない袋小路。逃げ場はない。腰を抜かし、必死に逃げる手立てを考える俺に美女――神は歓喜の声で告げる。
「これからお主は妾の娘じゃ」
意味不明な宣告。恐怖も忘れ思わず「は?」と声を漏らす。
神は何が可笑しいのかクスクスと笑うと、とても愉しげな様子で語り掛ける。
「お主を妾の娘にすると言うとるんじゃ。初めて出来る娘じゃ。どう可愛がってやろうか……」
「なんでそうなるんだ!?そもそも娘にって!俺!!男だぞ!!?無理に決まっているだろ!!」
「出来ぬとでも?」
俺の反論に神は薄く笑い問い掛けてくる。
有無を言わせぬ口調に思わず口を閉ざす。
現実的に考えてありえない。
しかし、そもそもこの状況からして非現実的なのだ。
非現実の塊である神であるなら可能かも知れない。
思わず唾を呑み込む。このまま何もしなければ神の娘にされてしまう。
一部の層なら喜ぶだろうが、俺にそんな癖はない。
「このまま帰してくれたり……なんて?」
「何を言うとるんじゃ。ここに来た時点で帰す訳ない。お主も分かっているであろう」
「くそっ!」
思わず舌打ちしてしまう。
こんなヤバい奴に遭遇するって分かっていたらこんな所に来なかったのに。
そんな後悔や愚痴ばかりが心を埋め尽くす。
「そろそろ始めようかの。早く幼子になったお主の姿が見てみたくて堪らないのじゃ」
恍惚とした表情で笑いかけてくる姿は美しいの一言に尽きる。
が、今は恐怖を煽る笑みにしか見えない。
必死に活路を探すが、三方を壁で囲まれた袋小路のここでは神の背後しか道はなく絶対絶命。
もはや一か八かの賭けに出るしかない。
そう思ったタイミングで今さっきまで目の前に居た神の姿は消え、何故か背中に柔らかい感触を感じる。
何が起こった、その疑問に答えるように耳元で声が聞こえた。
「捕まえた」
心臓が鷲掴みにされた感覚。
力の籠められた手からは決して逃がすまいとする意志が感じられる。
体を覆う柔らかい感触は枕のように気持ち良く、神に感じていた恐怖は漂ってくる匂いで薄らいで行く。
ホッと安堵したくなる心地好さに心の片隅で恐怖しながら、心地好い眠気に抗えず俺の意識は落ちて行く。
喪失寸前に思い浮かべたのは、数刻前の愚かな俺の姿だった。
~始まり~
「――っと、ここか」
心霊スポットとして有名な廃神社へと俺はやって来ていた。
鬱蒼とした森の中に佇むその神社はかつて人々の憩いの場だったという。
それに翳りが差したのは昭和の頃。
当時、高度経済成長期で人手は幾らあっても足りず、若人は都会暮らしを夢を見て村を離れていったと言う。
このままでは村が潰れてしまう。
焦った村人達は村の働き手である若人が戻って来てくれないかと思案した。
無理矢理に連れ戻す方法も思い付いたが、非道になれるほど村人達は悪人ではなかった。
行き着いた先は神に願い、手紙などで戻って来て欲しいとお願いする事だけ。
その努力により幾人かは戻って来たが、村の衰退は止まらず平成に入る頃には廃村になったとのこと。
廃村になった事で神社を管理する者がいなくなり、寂れてしまったそうだ。
よくある話のように感じるが、実は世に知られていない恐ろしい事実が隠されているとネットでは噂されている。
その噂を確かめるべく、廃神社へとやって来た訳だ。
夜も遅く、人っ子1人もいない森は予想以上に不気味で1人で来るんじゃなかったと後悔した。
だが、ここで怖じ気付くなんてアイツらに言ったら笑われる。
と、奮い立たせてなんとか廃神社へやって来たのだが――
「思った以上に綺麗だな。管理している人がいるのか?」
廃と付く以上、辛うじて原形を保っているかと思っていたが、実際に来てみると朽ちてなんておらず、逆に綺麗でさえある。
廃神社を管理する人もいると知ってはいたが、それにしたって綺麗だ。
他の神社を管理しながらこんな山奥の神社も綺麗に管理するのかと疑問に思う。
「う~~ん、考えてもわかんねぇ。綺麗な分には何の問題もねぇし」
逆に恐怖心が薄れて入りやすいまである。
難しい事を考えるのは止め、噂の真相を確かめるべく境内へと入った。
「ッ!?」
最初に感じたのは空気の変化。
体に重しが乗っかっているんじゃないかと錯覚するほど空気が重く。
言い知れぬ恐怖が体全体を襲う。
不味い。そう気付くと同時に、鈴の音が聞こえて来る。
音の聞こえた方に顔を向け、絶句した。
そこにいたのは妙齢の女性。
長い黒髪と優しげな笑み、スタイル抜群な四肢を隠すように巫女服を纏い、頭の天辺から二対の長い耳が生えていた。
驚愕に目を見開く俺を前に、美女は声を発する。
「ようこそ、我が社へ。妾は稲荷の神ナヨ。お主を歓迎するぞ」
「……カ、ミ?」
「そうじゃ。八百万の神の1柱じゃ。元、と付くがの」
何が愉しいのかクスクスと笑いながら教えてくれる。
だが、それは俺を絶望の底に叩き落とす。
怖いもの見たさでやって来た廃神社で神と遭遇するとか誰が思うだろうか。
それも元神というだけで嫌な予感しかない。
絶対にまともじゃないだろう。
すぐにでも逃げ出したいが、体がピクリとも動かない。
「人と出会うのは久しぶりじゃ。今の人は何をしとるんじゃ?妾に教えとくれ」
世間話をするように話し掛けて来る。
声だけ聞けばただ疑問に思った事を聞いているように聞こえるが、そんな訳がない。
話し掛けた後から圧力が強まり、言外に逃がす気はないと告げてくる。
逃げようと思っていた事がバレているらしい。
ここは一度話しながら、打開策を練るしかない。
「か、科学技師が進んで、遠くの人と画面越しに話せるようになったり、昔では治せなかった病を治せるようになったりと色々と変化しました」
「画面越しというのはあれか、テレビの画面の向こうにいる人と話せるようになるのかのぅ?」
「まぁ、そうですね」
神様ってテレビ知ってるんだ。
様子を見るに普通に驚いてるらしい。
今なら逃げられるかと考えていると、ふと神の視線が手に持ったスマホに向く。
「それはなんじゃ?」
「これはスマホと言いまして、これ一台で写真を撮ったりゲームが出来ます」
「ほぅ、その小さい物でか……ちぃと貸してはくれんかのぅ?」
「ッ!!!」
ここだ!!
交換条件として帰すよう交渉するか、スマホに夢中になっている間に逃げ出すか。
この選択次第で俺の運命が決まる。
交渉するのが安牌っぽいが、失敗すれば逃げる事は不可能だろう。
それだったら夢中になっている間に逃げ出すのが良いと思うが、気が付かれた殺されそうな気がする。
いや、確実にそうなるだろう。
であれば、交渉するのが一番死ぬ危険性がない。
「どうしたのじゃ?妾に貸すのは嫌か?」
「嫌じゃないです!!!ただ悩んでおりまして……」
(こっっっわ!!『嫌か?』と言った瞬間、殺気を放って来やがった!!拒否するならどうなるか分かっているよな?って言ってるようなもんだよ!!)
「ほぅ、悩みとな?」
「はい。スマホを貸すのではなく譲るので帰していただく事は可能でしょうか?」
「お主はそのスマホを代価に帰して欲しいと?」
「はい……」
慣れない丁寧語にミスってないか不安になりながら返答を待つ。
暫く悩む様子を見せていた神だが、結論が出たのか此方へと顔を向ける。
「良かろう。だがしかし、妾の領域に勝手に入った罪は償ってもらうぞ。帰すのはそれからじゃ」
「まじ!? ッ!?っん!っん!罪を償えば帰していただけるのですね?」
「無理に謙る必要はない。罪を償えばちゃんと帰してやるゆえ、安心せい」
「良いんですか?―――ッ!?それで俺は何をすれば……?」
不安になって丁寧語を崩さないで問うと、威圧の込められた目に睨まれた。
慌てて言葉を崩すとそれで良いとばかりに神様は頷く。
「お主、ゲームは好きかの?」
「ゲーム?それゃ好きですけど……」
話の内容が見えて来ず、頭の上に疑問符を浮かべる。
そんな俺に対し、神は嬉しそうに提案してくる。
「妾と鬼ごっこをしようぞ。一定時間お主が逃げ切れたらお主の勝ち。約束通りお主を無事に帰してやろう」
「……負けた場合は?」
「負けた時の事を考えるとはお主はそれでも男かのぅ?そんなに負けた時の事が不安なら特別にハンデをやろう。最初の10分は妾は1歩も動かぬ。その間にお主は遠くまで逃げるが良い」
「時間は?」
「そうじゃのぅ…………1時間でどうじゃ?」
「30分とかじゃ――――なんでもないです!1時間でお願いします!!」
「決まりじゃ。今すぐにでも始めようかの」
嬉々とした様子で準備を始めるその姿に嫌な予感がする。
負けた時の内容を聞かされていない時点で嫌な予感がするのに、その様子も合わさって最悪としか言いようがない。
ハンデありでも俺は勝てるのだろうか?
「そうそう、範囲に制限はなしじゃ。何処までも逃げるが良い。質問はあるかのぅ?」
「本当に何処までも逃げて良いんだよな?」
「無論じゃ。好きなように逃げて構わぬぞ。他に質問がなければ始めたいのじゃが良いかの?」
「…………あぁ」
あまりにも好条件過ぎて怖い。
だが、ここまで来た以上は腹を括るしかない。
断腸の思いで頷けば、神は笑みを浮かべて告げる。
「では、スタートじゃ」
~鬼ごっこ~
「はっ、はっ、はっ、はっ」
スタートしてからずっと死に物狂いで俺は坂を駆け下りていた。
10分経ったなんか気にする事も出来ないぐらい必死に逃げている筈なのに、どうしてだろうかこのままでは捕まる予感が消えてくれない。
何処まで逃げたら予感が消えるのか、このまま同じ道を逃げ続けて良いのか。
そんな思いが頭の中をずっと回り続ける。
それでも今は逃げ続けるしかないと幾度目かの決意をしていると、ふと背後から声が聞こえてきた。
「今からお主を探すので、頑張って逃げるのじゃぞ~」
「ッ!?」
もう10分経過したのか!?
このまままっすぐ下りて来られたらすぐに捕まってしまう。
何が潜んでいるか分からない森の中に入るのは恐ろしいがそうも言ってられない。
「くそっ!」
覚悟を決めて鬱蒼とした森の中に突っ込む。
枝を折り、草木を踏みしながら突入した森は外から見る以上に不気味で、一寸先も見通せない光景は恐怖を駆り立てる。
思わず後退ってしまうが、背後から神が近づいてると思うと尻込みしてる場合ではない。
深く息を吐き、覚悟を決めて森の中を走る。
壁の如く生い茂る草木やクモの巣に引っ掛かろうとも物ともせずに突破して下へ下へと向かう。
その先にふと、黒い影を見た。
気のせいで済ますには姿形がハッキリとしているのだ。
(もうここまで追い付いた!?いや!!それでも俺の居場所はわかないはず!!)
いかに神でも広い森の中から俺を見つけ出すのは不可能だろう。
いや、不可能だと思いたい。
あの影が本物だろうが、偽物だろうが、待ち構えている可能性がある以上、ルートは変更した方が良い。
「はっ、はっ、はっ、くっ、そ!!」
影から迂回する形で下りて行くが、行く先々で影を見つける度に迂回しなければならず中々下まで行くことが出来ない。
(ほんとどうなっているんだよ!!どこ行っても影がいる!!いったい何時になったら逃げられるんだ!!!)
行き先を誘導されている気がして不気味だ。
このまま逃げ続けて良いのだろうか。
そんな悪い予感は当たることになってしまう。
幾度目かの迂回。その先に広がっていた光景に絶句する。
「はっ!?」
そこは三方を山の壁に覆われた袋小路だったのだ。
思わず足を止めてその光景を見つめてしまう。
そんな俺の背後から足音が響いてくる。
「もう逃げなくて良いのかのぅ?」
「ひっ!?」
最初に会った頃と変わらず、神は笑みを浮かべて此方を見る。
優しげな笑みの奥から覗く捕食者の視線に思わず悲鳴を上げ、腰を抜かす。
「良いぞ、その表情。妾は人の絶望顔が好きなのじゃ」
神はとても嬉しそうに暴露してくる。
こんな嬉しくない暴露は嫌だと思いながら、少しでも生き延びる手立てを考える俺を嘲笑うように神は言う。
「そうじゃそうじゃ、お主が負けた時の事を話していなかったのぅ」
あんたが教えてくれなかったんだろ、と言いたいが何されるか分からないので口を噤む。
そんな俺に気づいていないのか、気にしていないのか神はとんでもない発言をした。
「これからお主は妾の娘じゃ」
「は?」
~新生活(前編)~
「はぁ~~、これが今の俺か……」
姿見を前に俺は項垂れた。
鏡に映った自分の姿を直視して現実を受け入れられなかったのだ。
まさか、まさか本当に――――
「幼女に変わっちまうなんて……」
元の面影など一切感じられない見た目は、あの神を幼くした姿に見える。
あの神と同じ黒髪、同じ金の瞳、そして頭の天辺から生える二対の耳までそっくりだ。
骨格から何から何まで変わってしまえば親友だろうが親だろうが、俺だと気付く事は出来ないだろう。
人ではあり得ない耳もそうだし、腰の付け根から生える尻尾がある時点で俗世で生きて行くことは難しい。
よしんば、生きて行くことが出来たとしても世にも珍しい獣人だ。
人道を問わない科学者の実験体や権力者の愛玩にされるだけだろう。
姿形を変えられた時点で――もはや人ではない。
強い絶望感が胸に去来する。
――ネットの噂を確かめるために来ただけなのに
――あの時、来るなんて考えなければ
――これから俺はどうなるのか
様々な思いが心を駆け巡る。
ネガティブになっては駄目だと思うのに、絶望的な状況を前に止まる事など出来ない。
呆けた表情で鏡を見ることしか出来ない俺の背後で扉が開く。音に釣られて鏡越しに見た人物に思わず絶句した。
神だ。俺をこんな姿に変えた元凶だ。
鮮烈に思い起こされるあの夜の出来事を思い出し、あまりの恐怖に俺は意識を喪失させ――――ない?
不思議な現象だった。
トラウマとなった相手に、俺は何処か安心感を感じている。
疑問に思う俺に対し、神は嬉しげに声を掛けて来る。
「どうじゃ、その姿は。妾に似てとっても可愛いと思うのじゃが?」
「えっ?あ、ハイ……」
「そうじゃろうそうじゃろう。お主も気に入ってくれて良かったのじゃ。誕生した娘に妾から最初の贈り物を上げようぞ」
生返事にも関わらず神は喜色満面で喜び、俺に抱き付いて頬擦りしながら「特別なプレゼントじゃ」「大事な事だから心して聞くのじゃよ」と語り掛けてくる神に、やはり俺は恐怖ではなく安心感を感じてしまう。
その安心感が逆に恐ろしいのだが、漂ってくる匂いにその恐怖すら溶かされ、ただボッーと成すがままに可愛がられる。
「お主はこれからナツキと名乗るがよい。この母が頑張って考えた名じゃ!どうじゃ、良い名だろう!!」
あの夜とは打って変わって嬉しそうにする神は本当にあの神なのだろうか。
そう疑問に思いながら、コクリと頷けば神のテンションは更に上がり、俺を持ち上げてクルクルと回り出す。
歌うようにナツキと連呼するその姿は子供を溺愛する親と言った感じだ。
そうまでして子供が欲しかったのかと疑問に思いつつ、先程まであった恐怖心が消えている事に気付く。
(これ匂いで消えたというより、この光景見て消えたな)
なんて事を思いつつも、はしゃいでいる神にもう少しだけ付き合ってやるかと思うのだった。
~新生活(中編)~
「にしても、広いなぁ~~」
ここに来て早1週間。神――母様との暮らしにも慣れた。
最初こそ慣れない体で戸惑う事もあったが、今は違和感なく過ごすことが出来ている。
それも偏に母様のお陰としか言いようがない。
寝る際の姿勢から、耳や尻尾の洗い方までほんと色々と教えてもらった。
元凶だけど、とても感謝している。
ただ未だに自分の裸体を見るのはどうにも慣れない。
俺が言うのもなんだが、母様譲りの美貌は絶世と言っても過言ではなく。
染み一つない白い肌は見惚れるほどだ。
男だったなら、こんな女の子と付き合ってみたかったと何度思ったことか。
(……別にロリコンじゃないが、まるで幼女に興奮するロリコンにしか見えねぇ)
思わず溜め息を吐く。
そうじゃない、客観的に見てそう思っただけなんだと誰とも知らぬ相手に心の中で言い訳をしてしまう。
ただ、何故だろう。言い訳をすればする程、ロリコン感が増して行く気がするのは。
もはや本当にロリコンなのではと思い始めてしまう。
頭の冷静な部分では違うと叫んでるのに、思い込みが強くなる。
これが所謂、自己暗示というやつかと、頭の更に冷静な部分でそんな気付きを得る。
ちなみになぜ俺が母様なんて呼んでいるかというと、試しに神と呼んだらしかめっ面をされ、強めの口調でお願いされたからだ。
『神では親しみを感じられん。妾のことは母様と呼ぶのじゃ』
それ以降は母様と呼び続けている。
これもまた慣れるまでに時間が掛かった。
出会ってから此の方、ずっと心の中で神と呼び続けていたんだ。
すっかり定着した物を直すのは時間が掛かる。
それを1週間足らずで直したのは我ながら頑張ったと思う。
それに、神と言う度に怖い表情を浮かべられたら必死に直すしかなかった。
あの時は殺されるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたっけ。
定着さえしてしまえば、神と呼び間違えることもなく安心して過ごせている。
そもそも安心して過ごせているのもどうかと思うが、染まって来たという事か。
(このまま染まってしまったら俺はどうなってしまうんだか……)
嫌だと思うが、ここ以外に安全に過ごせる場所もない。
今はただ、ここで暮らすしかないのだ。
何度も目と知らぬ溜め息を吐く。
ちょうどそのタイミングで目的の部屋の前に着いた。
「ん?着いたか」
木の一枚板で作られた襖。
他の部屋とは異なり障子紙のない木目と引手のみの襖は武骨な印象を受ける。
なぜ他とは違うのか、それは中を見れば分かるだろう。
今の身長では体ごと動かないと開けない襖を「んしょ、んしょ」と頑張って横に動かす。
ちなみに、ちなみにだが、背を伸ばして力を籠める関係上、どうしてもその声が出てしまう。
これは自然の摂理であって、精神が体に引っ張られた訳ではない。
本当だからな?本当だぞ?
「何言い訳してるんだろ俺……」
誰に見られてる訳でもないのに、そう心の中で呟く。
気落ちしてしまうが、落ち込んでる暇はない。
改めて正面に立って見えた扉の先には岩の壁が広がっていた。
それもただの岩の壁じゃない。
地下に降りて行く階段があるのだ。
男としてワクワクしない訳がない。
昨日この場所を見つけた時は時間の関係で潜れなかった。
だが、早朝のこの時間から潜れば無問題。
母様は子供の自由意思を尊重するタイプらしく、飯の時間さえ守ればしつこく関わって来ないのだ。
ただ、それとは別に愛でる時間なる物が存在するし、風呂は一緒に入るし、同じベットで寝るけど。
それさえ除けば、良い親だと言える。
思わず遠い目をしてしまうが、意識を戻し地下へと目を向ける。
「――それに怪しんだよな、ここ。あの噂と何かしら関係があるかもな」
本来の目的。母様というイレギュラーによって中断されたが、今なら逆に警戒されずに調べられるだろう。
この姿になって初めて良かったと感謝した。
だからと言って、こんな体に成りたかったとは思えないが、このチャンスを俺は手放す事はしない。
絶好の機会を逃してなるかと、そう意気込み俺は地下へと下って行く。
~新生活(後編)~
俺がここに来る事になったとある噂、それは廃村となった村でかつて食人文化があったというものだ。
かつて、村では日照りによる影響で食べ物を得られない期間があった。
食うに困った村人達は周辺の村や町に助けを求めたが、それは他の場所でも同じ。
村人達は自分でなんとかしなければならず、出来る限りの手を尽くした。
暑さに強い作物の育成や干し肉の作成等、少しでも長く生きるために出来る事はやったのだ。
だが、日照りの前には無意味だった。
村人達は藁にも縋る思いで神にお願いするが、日照りが止む事はなく。
飢餓感に苦しんだ村人達は耐えかね、ついに禁忌を犯す。
初めての食人は日照りによる死者を喰らった事から始まった。
空腹感がある中で食べた人の味とはいったい、どれ程の美味であったか。
当時を知らない俺では想像もつかない味であろう。
人というのは一度罪を犯してしまえば、罪悪感が軽減する傾向にある。
吹っ切れると表現した方が良いだろう。
それが同時に多数、それも仲間達と一緒だったのならその罪悪感は一瞬で無くなった筈だ。
罪を、禁忌を犯した村人達は亡くなった者から食べ、時たま訪れる旅人さえ喰らい始めたという。
気付けば農村として栄えた村は、人を喰らい続ける内に血に濡れた村へと変わり果てた。
もはや人とさえ呼べなくなった村人達は、国が差し向けた軍によりその生涯を終えたという。
平成までいた村人達はその後に住み着いただけであり、過去の村人達と関係のない者達であったそうだ。
その話からなぜ神社へと来る事に至ったか、それは―――
「――っと、ここが一番下か」
考え事をしている内に一番下へと辿り着く。
そこは奥に向かって一直線に伸びた通路と、その途中に幾つもの部屋が存在する地下室であった。
おどろおどろしい場所かと予想していたが、そんな雰囲気ではない。
薄暗い地下と言った感じで、それ以上でもそれ以下でもない。
拍子抜けしてしまうが、こういう地下にはお宝が眠っているのが相場というもの。
開かない金庫しかり、埋蔵金しかり、誰も見たことが探したことがないというのは可能性の塊だ。
トレジャーハンターとして興奮しない訳がない。
意気揚々と地下を進んで行く。
歩きながら改めて便利だと、獣人の体に感嘆する。
明かり一つないというのに俺の目はハッキリと周囲の様子を把握できた。
やや薄暗いとはいえ、昼と差程変わらずに見えるというのはそれだけで凄い。
お陰で手が塞がる事もなく、自由に探索が出来る。
ただ、この便利さに慣れるのは怖いと思う。
人では出来ない事が出来てしまうこの肉体に慣れてしまえば、本当の意味で人では無くなる気がするからだ。
もはや人ではないが、せめて心だけでも人でありたいと願う。
(たとえそれが虚しい抵抗だとしても、な)
決意を新たにしたタイミングで最初の部屋へと辿り着く。
部屋の入り口に扉はなく、外から中の様子が伺えた。
パッと見た感じ、木製の棚があるだけで何も無い部屋と言った感じだ。
物がある訳でも、埃がある訳でもないただの部屋。
地下室にある事を除けば、普通の部屋なのだ。
だが、おかしい。
ここに来る前、地下へと続く扉には開けられた形跡がなかった。
初めて開けた際にはガタついて中々開けなかったのを覚えている。
少なくともここ数年は誰も入っていない筈だ。
では、何故綺麗なのか。
まるでこの空間だけ時が止まったような不気味さがあった。
早く戻った方が良いのではないか、そう考えたタイミングで――
「ひっ!」
ガタッと何処からか音が聞こえて来る。
思わず悲鳴を上げ、音のした方へと視線を向けた。
だが、そこには暗い闇が広がるばかりで音の正体は不明。
言い知れぬ恐怖が体を襲う。
トレジャーハンターなどと言ってられる状況じゃない。
今すぐ逃げるべきだ。
なのに、逃げる事は、体を動かす事が出来ない。
行かなければという強い衝動に心が侵食される。
明らかにおかしい状況に、今になってようやっと来るべきではなかったと気付く。
(あの時の二の舞じゃないか!)
母様と初めて会った時の事を思い出す。
状況はその時に酷似し、しかし、それ以上に不気味だった。
脳に囁き掛ける声が聞こえて来るのだ。
――腹が空いた
―――飯の匂いだ
――――食べたい
そんな声が音が鳴ってからずっと聞こえて来る。
頭がおかしくなりそうだ。
助けて欲しい、誰かお願い、と助けを求める。
助けてくれるのなら誰でも良かった。
だが、何故だろう。
真っ先に思い浮かべたのは母様の姿だった。
(助けて、母様……!)
~絶望~
物語であれば颯爽と救いの手が現れる展開。
しかし、現実はそう上手く事は運ばない。
(イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ……)
救いを求める声に母様は現れず。
俺は謎の声に導かれるように奥へ奥へと進んで行く。
最初は何も感じなかった。
だが、進むにつれ異臭が鼻を突くようになり、異形の声が聞こえて来る。
『ギャギャ』
遠く、奥の方から聞こえてくるその声は本能的な恐怖を呼び起こす。
脚が震え、子供のように泣きじゃくりながら願う。
「だじゅげてくゅださい!じゃれでもぃいからだじゅげて!!いやだぁ、いやだぁよぅ……ははしゃまぁ!!」
大声を上げて泣きながら救いを求め続ける。
少しでも母様に届いて欲しいと願いながら呼び続けたのだ。
涙声で「ははしゃま」と幾度呼んだか、録音機のように同じ言葉を発し続ける光景は不気味だったに違いない。
しかし、喉を枯らす程に呼び掛け、救いを求めた者の姿は見える事はなく。
誰も助けに来ないと分かった時の絶望感は計り知れないほど心を締め付ける。
また、暗闇という状況も悪かった。
幾ら少し薄暗いだけとは言え暗い事に違いはない。
まるでこの世にたった1人で、元から自分には仲間などいなかったような、言葉に出来ない強烈な孤独感がその身を襲う。
もはや涙すら出なかった。
心は暗雲に包まれ、抵抗する気が失せる。
母様が現れなかった。たったそれだけで、いや、だからこそ抗った所で無意味だと、そう思ってしまったのだ。
(俺にとって母様は怖いけど、それ以上に強くて優しい人だった。どうやら俺は母様の愛情に絆されていたらしい)
1週間という期間は短いが、濃い時間でもあった。
反抗的な態度を取る俺に母様は怒るでも、睨むでもなく、ただ笑っていた。
その時は笑った理由が分からなかったが、今にして思えば嬉しかったのだろう。
母様は長いこと1人だった。この社には母様以外に人は居らず、話し相手もいなかったんだと思う。
長い孤独は母様を苦しめ、話し相手を、仲間を求めていた。
それがなぜ、俺を娘にしたのかは分からないが。
ともかく、俺という存在は母様の孤独を癒してくれる存在だった。
そう考えれば多少のやんちゃも許したくなるのも分かる。
いや、可愛かったのだろう。
母様からしたら、俺のやっていた事は親に構って欲しくて悪戯する子供だったに違いない。
今になって気付くのはどうかと思うが、気付けて良かったと思う。
母様をやっと親だと思えるようになった。
(トラウマがあって素直に親だと認める事はしなかったが、アンタも立派な俺の親だったよ)
本人を前にしたらきっと気恥ずかしくて言えない。
だが、それが本心だった。
気が付けば先程まで襲っていた孤独感は消え去り、じんわりとした温かさが心を包み込む。
死ぬとしても、今なら怖くないと思える。
なんなら例え惨たらしく殺されようと、せめて一矢報いてやる。
そんな勇気すらあるのだ。
足取りは軽かった。
逃げる事は出来ないし、死ぬことに変わりはない。
ならば、さっさと行って終わらせた方が早いだろう。
目の前まで迫る扉に触れる。
ひんやりとした感触が手を通じて感じる。
前か後ろかなんて考えない。
ただ導かれるように扉を前に押す。
ゆっくりと開かれて行った先には――――
~安堵~
まず最初に見えたのは、血飛沫であった。
すぐ目の前まで飛んで来た血飛沫に驚き、次いで見えた光景に心臓が凍り付く。
奴らは喰らっていた。仲間を喰らい、喰らわれ、喰らい合っていたのだ。
部位が欠損しようが、喉を噛みきられようが決して止まる事なく、衝動に突き動かされるように喰らうその光景は悍ましいとしか言いようがない。
異常な光景に先程まであった勇気が潰える。
声は出なかった。出せる筈がなかった。
奴らに気付かれたくなかったのだ。
体を縮こまらせ、気付かれませんようにと願う。
しかし、忘れていないだろうか。
どうしてここに来てしまったのか。
共食いをしていた奴らは此方に気付き、目を向ける。
1人、2人の話ではない。部屋の中にいた全ての視線が一斉に此方を見たのだ。
奴らは出っ張った腹と子供程の多きさを持ち、肌は緑色であった。
その特徴は餓鬼を彷彿させる。
いや、餓鬼なのだろう。
餓鬼は永遠に満たされない飢えに苦しむという。
であるなら、その飢えを満たすために共食いをするのは何らおかしな事ではない。
後退る。少しでも餓鬼から離れようとしたために。
そんな俺の姿を見て、餓鬼達は顔を見合せギャギャと何かを話し始める。
言葉の意味は分からない。だが、脳に響く声が会話の内容を教えてくれた。
『女狐?』
『違う』
『小さい』
『娘?』
『餌』
『復讐』
『美味』
疑問に思う者もいれば、食べたくて仕方がない者もいた。
てんでバラバラな餓鬼達だが、共通している事もある。
『人質』
『誘きだす』
『喰らう』
『捨てた報い』
『味わわせる』
『泣き』
『叫び』
『後悔』
『美味』
『復讐』
俺――いや、母様に対しての敵意だ。
餓鬼と母様の間に何があったのかは分からない。
だが、このままでは俺は人質にされた上で惨たらしい目に合う。
会話の内容からそれを察し、体が竦む。
逃げないと、そう思うのに腰が抜けた状態では立つことが出来ない。
張って逃げようかと考えるが、いま背中を向けるのは恐ろしくて仕方がなかった。
目尻に涙が溜まる。今の俺の姿が情けない。
(何が一矢報いるだ!覚悟も決まってない癖にそんなこと言うなよ!!)
覚悟を決めたつもりで決まっていなかった。
今も逃げることばかりで、立ち向かうことなんて考えていない。
そんな自分が情けなくて、涙が溢れ落ちる。
「何を泣いとるんじゃ、ナツキ」
「えっ?」
頭にポンと置かれた温かな手の平に、ここ最近ですっかり聞き慣れた声。
まさか、いや、そんな、困惑とも驚きとも言えぬ感情が沸き上がる。
慌てて上を見上げれば、そこに居たのは紛れもなく母様で。
呆けた声で問い掛ける。
「はは、さま……?」
「なんじゃナツキ、妾の事を忘れてしもうたのか?」
そうじゃないと首を振る。
俺が聞きたかったのは、なぜ母様がここにいるのかという事だ。
そう言いたいのに、喉に物が詰まったみたいに声が発せない。
嗚咽交じりの涙声が出るだけで、言葉が出ないのだ。
涙で視界がボヤける中で気付く。
(……あぁ、安堵だ。母様が来てくれただけで俺はとても安心しているのか。母様ならなんとかしてくれる。根拠もないのにそう思っちまう)
気が付けば俺は母様に縋り付いていた。
ごめんなさいと、もう悪い事はしないと謝罪の言葉を口にする。
その言葉は涙声で聞き取りづらかったにも関わらず、母様は耳を傾けてくれた。
最後まで俺の言葉を聞き届けた母様は頷く。
「うむ、しっかり反省して偉いぞ。今度からは気を付けるのじゃよ」
「ぁ――――――――!!!」
優しい笑顔。反省できた我が子を慈しむその笑顔にダムが決壊したように涙を流し、大声を発しながら母様に抱き付く。
抱き付いた事で強く感じられる母様の匂いは俺の恐怖を溶かし、安らぎえと導いてくれる。
その心地好さに、疲れた俺の意識は落ちて行く。
あの時とは違う。母様の温もりに包まれて眠りに付くのはこの上なく幸せであった。
~過去~
眠りに落ちた我が子を抱き上げる。
その顔は涙によって赤く張れていた。
「これは後で冷やしてやらんと、痕になったら大変じゃ」
敵を前にして余裕の態度だ。
だが、それも致し方なし。
この者にとって目の前の敵など敵とさえ認識していない。
人が蟻を潰すように、その者にとって餓鬼は蟻同然。
故に構える事さえしない。
餓鬼達もそれを理解しているがために、攻撃も出来ずに親子のやり取りを見てるしかなかった。
「待たせたのぉ、蛆虫。よくも妾の可愛いナツキを悲しませてくれたな」
空気が変わる。
先程までの優しげな雰囲気はなく、そこに居たのは恐ろしいまでの殺気を放つ怪物。
餓鬼は飢えを忘れ、恐怖によって後退る。
彼らは思い出す。あの時植え付けられた恐怖を。
「相変わらず反省しないのぉ、喰うことしか考えておらん。妾は悲しいぞ」
悲しい、本当にそう思っているのか疑問に思うほどその声は平坦だった。
彼らは思考をしない。いや、出来ないのだ。
本能に囚われ過ぎた彼らにもはや、かつて人であった時の事を思い出せない。
ただ、それでも覚えている事がある。
初めて禁忌を犯した時の背徳感と高揚感、討たれた時の苦しみ、それらは色濃く彼らの記憶に焼き付けられている。
怪物に植え付けられた恐怖だってそうだ。
その中でも特に色濃い記憶がある。
それはかつて、まだ人の身であった頃、酷い裏切りにあった話だ。
当時、強い日照りが村を襲った。
日照りにより作物は枯れはて、獣は逃げ出す。
僅かに得られた食糧と水でどうにかするしかなかった時代だ。
生きていけるのかも分からない。
命が惜しい者は村を捨て、外へと逃げ出す。
誰も止めなかった。出来るなら一緒に逃げたいとさえ思っていた程だ。
だが、出来なかった。
彼らはこの村に生まれ、この村でしか生きてこなかったのだ。
今さら外に行く勇気が彼らにはなかった。
それに祖先が築いた村を捨てるなんて事が出来なかったのだ。
それが失敗であり、過ちであった。
長く続く日照りにより最初の死者が出たのだ。
病気を患っていた者だ。
病に臥せっており、長生きしないのは元から分かっていた。
だが、この日照りによる死というのが彼らに強い焦燥感を抱かせる。
彼らは今まで以上に生き急ぎ、少しでも出来る事をして生き延びようとした。
その中には無論、神頼みだってあった。
地に頭を擦り付けて全員で拝み、願う。
『どうか、この村に雨を降らしてくださいませ!』
その願いはしかし、神に届くことはなく、死者は日に日に増えて行くばかり。
増して行く焦燥と恐怖。その限界は遠くない内に迎えた。
数ヶ月に渡り続いた日照りにより、村人の数は片手で数えられる程に減り。
日々、飢えに苦しんでいた。
その日もまた、新たな死者が出た。
それもちょうど目の前でだ。
またか、いつもであればそう思った。
だが、何故だろう。目の前の死体が美味しそうに見えるのは。
彼らは知らず知らずの内に涎を垂らす。
腹は空腹を訴え、食い物を寄越せと言う。
だから、仕方なかった。
腹を満たすためだ。もう死んでるのだし良いだろう。
そんな言い訳をしてその日、彼らは――――人を辞めた。
「ギャギャ」
――どうして儂らを助けてくれなかった。
「ギャギャ」
――どうして儂らを見捨てた。
「ギャギャ」
――どうして儂らを………殺さなかった。
記憶を思い出した事で彼らは人らしさを取り戻す。
その声には恨みはなく、ただ疑念だけが宿っていた。
「ふむ、そうじゃの………強いて言えば、試練に近いのぉ」
『試練?』
「そうじゃ。お主らは何かある度に妾を頼ってくる。やれ水害だ、火災だ、等と。妾は――神は、人の、生物の繁栄を見守る存在だと言うのに、な」
そこにあったのは自嘲とも、嘲笑とも取れる神の笑みだった。
彼らは口を噤む。思い当たる節があったからだ。
人であった頃、神の言う通り幾度となく救いを求めた。
だが、それ自体が神の存在意義に反するとは考えた事もなかった。
だが、それで「はい、そうですか」と納得できる訳がない。
『しかし、あの日照りは神のお力でなければ解決出来なかった!!分かっていた筈だ!!!』
「本当にそうか?」
『ッ!!』
心を見透かすような目。
本当にそう思っているか問い掛ける目だった。
だが、何度問われたって答えは同じ筈だ。
あの日照りは神でなければ止められなかった災害だ。
そうだ、その筈だ。それ以外の方法はなかった。そう何度も自分に言い聞かせる。
もし、それ以外の方法があったのなら自分達のやっていた事は何だったのか。
犠牲になった者は、自分達の人生とはいったい何だったというのだ。
否定されるような言葉に我を忘れる。
「ソノ方法以外二ナアァアアイィイイイイイ”イ”イ”イ”!!」
「やれやれ、相変わらずお主らは考えもせぬ――――だから、死ぬのじゃ」
一瞬だった。体から血が溢れだす。
胸を抉られたような痛みが彼らを襲う。
神は一歩も動いていない。
では、何が彼らを襲ったのか。
簡単なこと。下を見下ろした彼らはきっと驚いただろう。
何せ、自らの腕が心臓を貫いていたのだから。
「………? ァアアアァアア”ァ”ア”ア”ア”!!!」
理解出来ぬ光景に困惑し、次いで激しい痛みが彼らを襲う。
喰らい合う時の痛みを越え、体を蝕む痛みは気絶寸前まで彼らを追い込む。
だが、しかし、気絶はできない。
どのような力によるものか、彼らは気絶も出来ぬまま己が体が消失して行く感覚を痛みと共に味わい続ける。
果たしてそれはいったいいつ頃終わるのか、それはまさしく神のみぞ知る事であろう。
「救えなかった事は申し訳なく思っとるが、ナツキを傷つけた事は許しておらん。精々、苦しみながら死を待つが良い」
もはや声は届かぬと知りながら神は言った。
何十もいる彼らの悲鳴はまさしく阿鼻叫喚。
地獄の如きその光景に神は笑い、我が子に目を向ける。
「すぐに看病してやるからのぅ、ナツキ」




