05. シュンちゃんは同組
※ 2025/6/17 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
翌週、梅雨の合間の晴れた朝。
月曜日の第一中学校。
一年四組の教室のドアが開く。
担任の若い男性教師と瓶底メガネの背の低い少年が、連れ立って入ってきた。
少年を見てざわめくクラスメートたち。
「!!」
私は、教壇に立っている先生と来た男子に釘付けになった。
黒縁の瓶底メガネ、髪の毛は少しだけ前髪長めの濃い茶色。色白の小さな顔。
男子の中では、とても背が低く黒の詰襟の制服。
制服がだぼついてて少し不恰好に見えた。
──シュンちゃんだ!
シュンちゃん、私と同じクラスになったのね。
窓際の三列目に座っていた私は、思いがけない喜びで、ほっぺたが上にグニグニと異常に上がるのが自分でも良く分かった。
日直の女子が「起立!」と大きな声をかける。
クラス中の生徒が全員、その場で席を立つ。
「礼!」と再び日直が声をかける。
「「「先生、お早うございます」」」
全員が先生に向かって挨拶と礼をする。
「着席!」
ガタガタと椅子を動かして、席につくクラスメートたち。
先生は教室を見回してにこやかに言った。
「お早う、みんな。今日は転校生を紹介する」
と、黒板にチョークで“北野 俊一”と大きな字でコキコキと書いた。
「北野俊一君だ。彼はお父さんの仕事の関係で長年海外にいて、最近帰国したばかりだ。なので不慣れなこともあるかもしれない、皆でいろいろと教えてあげてくれ」
「へえ、海外帰りだってさ、あれ何ていうんだっけ?」
「帰国子女っていうのよ」
「外国帰りって、ちょっとカッコいいね」
「でも、あの眼鏡、変じゃない?」
転入生が珍しいのか、クラスメートたちはザワザワしだした。
「ちょっとうける。いまどき瓶底メガネって初めてみた」
「背がちっこいな、制服がブカブカじゃん!」
「まだ中一だもん。俺だってブカブカだぜ」
後ろの席の、ヤンキー系の男子たちが、お互いの顔を見ながらシュンちゃんを見て、にやにやと嫌な笑いをしていた。
この男子たち、まるで“いいカモが現れた”かのような、意地悪い眼つきだ。
私は教室の嘲笑してるヤンキー系男子たちに、ムッとした。
「北野、簡単でいいから自己紹介しなさい」
担任の先生が「ポン」とシュンちゃんの肩を軽く叩いた。
「はい……おはようございます。ぼくの名前は北野俊一です……よろしく……お願いします」
シュンちゃんは、とっても小さな声で、頬を赤らめながらたどたどしく挨拶をした。
──わあ、シュンちゃん。すごく緊張してる。
私はシュンちゃんが、小さき声しか出ない男子だって知ってるから、心臓がバクバクしてドキドキしだした。
多分、シュンちゃんの挨拶は、真ん中から後ろの席の子たちには、聞こえるか、聞こえないくらいの小さき声だ。
「ええ~、何言ってるのか聞こえませ~ん!」
「メガネのぼくちゃん、もっと大きい声で!」
「あれで男の声か? まだ声変わりしてないんじゃん!」
「わははは──!」
どっと、クラス中から笑いがでた。
シュンちゃんの顔が、みんなから笑われて、真っ赤になってうつむいた。
「お前たち、静かにしなさい!」
先生がひやかすクラスメートたちに注意した。
「北野、悪いが、もう少し大きな声で挨拶できないかな?」
「あ、はい先生。ぼく……北野……俊一です……その……」
駄目だ、シュンちゃんはクラスの雰囲気に萎縮しちゃって、ますます小さき声になった。
「先生!」
思わず、私はスっと右手をかかげた。
「ん、なんだ南──?」
「先生、北野君は元々大きな声がでないんです。だから余り北野君を困らせないでください。ただでさえ転校生は緊張するんです。どうか無理強いしないでください!」
「!?」
クラスメートが、私の発言にびっくりしたのか、ザワザワしてた声が消えて、突然「シーン」と教室が静まりかえった
そしてみんなの視線が一斉に私に向くのを感じた。
下を向いてモジモジしていたシュンちゃんも、私が教室にいることに初めて気が付いたのか、私を見た。
私は瓶底メガネのシュンちゃんと、カチッと目があった気がした。
『シュンちゃん、大丈夫よ、私がいるからね!』と云わんばかりの、私の中ではとびきりのスマイルをした。
その時、シュンちゃんがちょっと私に微笑んだように見えた。
おまけに担任の田中先生までもが、なぜか顔を赤らめた。
「お……おう、南、すまなかったな。先生はそんなつもりじゃなかったんだ。その、南は北野と知り合いなのか?」
「はい、五歳の時からの幼馴染です」
「「おお!」」
「ちょっと聞いた? 南さんと仲良しですって!」
「おい、嘘だろう? なんでセリカ姫と……」
「ぐやじぃ……なんで南さんとあんな変てこ眼鏡が……」
私と先生とのやりとりに、突然ザワめく教室内のクラスメート。
「そうか。なら最初は南の隣の席がいいだろう。北野、悪かったな。南の横がちょうど開いている、クラスに慣れるまでは色々と南に教わりなさい。みんなも転校生だからって、余所余所しくしちゃだめだぞ。いいな、北野が困っていたら、みんなで助けるように!」
「「「は~い!」」」
と、たいていの生徒たちが先生に返事をした。
「よし、北野、席につきなさい」
担任の田中先生はシュンちゃんに向けてニコッと笑った。
田中先生は、まだ三年目の若い男の先生だが、頭の良い悪い関係なく、分け隔てなく生徒たちに接する先生で、性格も明るく朗らかで生徒たちからも人気があった。
「はい、分かりました」
シュンちゃんは、トコトコと私の隣の席にきて「セリちゃん、よろしく」と、か細い声でいった。
「うん、シュンちゃん。同じクラスになれて嬉しいよ。よろしくね!」
私は右手で、手招きしてシュンちゃんに席に着くように促した。
席に着いたシュンちゃんは、私が隣にいるせいかにこっと、片エクボを見せて笑ってくれた。
──ああ、いつものシュンちゃんの可愛いエクボの笑顔だ。
私はシュンちゃんが隣の席にきてくれて、心の中は有頂天だった。
上手く言えないけど、今まで自分の周りの世界が普通だったのに、キラキラと異世界みたいな“ひっくり返したおもちゃ箱”のように私の世界が輝き始めた。
これからは一緒に夏と秋と冬、そして来年の春までは、シュンちゃんと同じ教室で一緒に学べる。
私は力がみなぎってきて、苦手な授業や退屈な授業も、なんだか楽しめそうな気がした。
だけど──後ろから何やら痛い視線を感じた。
ちらっと私は後ろを振り返った。
私とシュンちゃんのやり取りを見ていた、後ろの席のイケメン系の男子がブスッとふて腐れた表情と、斜め右横、つまりシュンちゃんの後ろの席のボーイッシュな女子が、あ然とした表情をしていた。
この大柄でクラスでも目立つ二人は、小学生時代からの私の幼馴染だった。