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04. 梅雨の日の再会(2)

◇ ◇ ◇ ◇




雨の公園は人がチラホラといた。


私みたいに紫陽花を愛でる人も、けっこういるらしく、大人が数名ほど雨の公園にいた。


大人たちは、色とりどりの傘をさして、立ち止まって紫陽花をカメラで写したり、二人組で花を愛でてお話したり楽しんでいた。



その時、奥の方の紫陽花(あじさい)を見ている一人の男の子に目が止まった。



私くらいの身長で、傘を差していなかった。

枯草色(かれくさいろ)のチューリップハットの帽子を被った、Tシャツでうす茶のズボン姿の男の子。



どうして遠目でも男の子だとわかったのか。


彼は黒ブチの瓶底メガネ(びんぞこめがね)をかけていたから。


今どき、黒ブチ瓶底メガネ(びんぞこめがね)を駆けている女の子は見たことがない。

たまに、おじいさんとかいるけど、男の人や少年でも珍しかった。


「あれ?」


その男の子のまとっている雰囲気が、どこかとても懐かしさを感じた。


男の子は紫陽花をじっと静かに観察している。


いやいや紫陽花だけでなく、葉っぱにくっついた雨蛙を見ているのかも?


この時期、小さな緑色に変化した雨蛙が紫陽花の葉っぱにたくさんたくさん引っ付いてる。


“ぴょん”と葉っぱや茎に飛び移る小さき蛙はとっても可愛いんだよ。



──あれあれ、あの男の子?


どこだっけ、どこかで見覚えがあるような……



その時、男の子は雨に濡れたレンズがくもったのか、瓶底メガネをそっと外した。


「!」


小さい頃、何時もみなれた記憶の横顔──。


男の子はハンカチでキュッキュと、眼鏡を大切そうに拭いている。



「あああ……!」



私は思わず大声をあげた。


あの子、シュンちゃんに似てる?


思った瞬間に、私の足は無意識にすごいスピードで走りだしていた。



紫陽花の花へ──。

いや、シュンちゃんに似た男の子の許へ!



息も荒く、男の子のすぐ傍までいった。


チューリップハットの帽子が雨で濡れていた。 


男の子が私をポカーンとした顔で見つめる。

奥二重の細い目、色白い小さな顔。


そして──。


「シュンちゃん? シュンちゃんだよね? 私のこと覚えてる? セリだよ、セリ!」


はあ、はあ、と息せきって私は言った。


「…………」


瓶底メガネをかけなおした男の子は、しばらく無言で唖然とした顔で、私を見つめた。



「…………」




──あれ? もしかして違う子だったのかな? 


や~だ、違う子だったらどうしよう?


男の子が沈黙しているから私は、似た人と間違ったかと思って顔が赤くなった。



その子は更に、じいいっと瓶底メガネの奥で私を凝視していた。


「あ、もしかしてあの……セリちゃん……南セリカちゃん?」


「あ、そう、そうだよシュンちゃん! 南セリカだよ!」


私はとても嬉しくなって、お気に入りの傘を振り捨ててシュンちゃんにガバッと抱きついた。


「わ、わ、あへぇ……!」


シュンちゃんはびっくりしたのか、変な声をだした。


「しゅんちゃん、会いたかった!」

「セ、セリちゃん……」


私は顔をあげて、クシャクシャの笑顔になった。


「わああ、シュンちゃん、変わらないからすぐわかった!」


「あ、セリちゃん。あの~その~僕から離れてくれるかな……」


シュンちゃんは真っ赤な顔をして、とても困った顔をしている。


「あ、ゴメン。やだな〜私、子どもみたいだ。ごめん、つい嬉しくて……」


「ううん、僕のほうこそ……はい傘……」


と、シュンちゃんは私が地面に落とした水玉模様の傘を拾ってくれた。


「ありがとう!」


シュンちゃんの細い眼と私の眼が見つめ合う。



「セリちゃん……その……随分キレイになった……ね」


シュンちゃんが、ぼりぼりと頭を掻いて朴訥(ぼくとつ)に話す。


「え、そうかな?」


急に褒められて、頬がぽっぽと火照ってるのが自分でもわかった。



──変なの、お母さんやお兄ちゃんたちにいつも「可愛い」「キレイ」って言われ馴れてて無視してるのに。



「最初……誰か良くわからなかった。髪も長いし知らない女の子が抱きついてきたから、僕、びっくりしたよ」


シュンちゃんは下を向いて、また瓶底メガネを外してハンカチでキュッと拭きとっていた。

なんだか手持ち無沙汰のような、モジモジしたしぐさだ。


私はシュンちゃんと再会して少々興奮状態だ。


「ねえ、どうしてここにいるの?」

「うん、一昨日(おととい)引っ越してきたんだ」

「え、そうなの。だったら中学は公立の第一中学校?」


「うん、昨日お母さんと転校の手続きしたばかり。来週から行くよ!」


「やった~! 一緒だ!」


私は嬉しくて雨の中、またしてもシュンちゃんに抱きついた。


「あ~セリちゃん、あの……離れて……」


シュンちゃんの顔と、今度は耳タブまで真っ赤になった。


「ごめん、ごめん⋯⋯」


不思議、自分がこんなに興奮して大声をあげてるなんて……


私の家族がみたら卒倒しそうだ。



どうやら人間は、誰もがびっくりしたり、とびきり嬉しいことがあると、大きな声がでちゃうんだって私もわかった。


これからはお兄たちの大声も、平気になるかもしれないな。




しとしとしとしと、しとしとしと、雨の中、

しとしとしとしと、しとしとしと、小雨、

しとしとしとしと、しとしとしと、時々雨。



まだまだ雨は降り続いていた。

帰り道、私のお気に入りの傘をさしてシュンチャンと歩く。



シュンちゃんが傘を持ってきてないといったから、私はシュンちゃんの家まで送っていった。


シュンちゃんは、思いがけなく「僕が持つよ」と言って私の傘を持ってくれた。



「あは、シュンちゃん、大人になっているなぁ」

「えへへ、そうかな」


シュンちゃんは、瓶底メガネの奥の目がなくなる笑いと、片エクボは昔のままだった。


私はシュンちゃんの片エクボが見れて大満足だった。





家に帰った私は、夕ご飯の時、始終にこにこしっぱなしで、お母さんとお兄ちゃんたちが不思議そうな顔をしていた。



その夜、久しぶりに私は、幼いシュンちゃんと二人で、おばあちゃんの里の村で、オタマジャクシや雨蛙と遊ぶ夢を見た。




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