03. 梅雨の日の再会(1)
2025/6/17 修正済み。
◇ ◇ ◇ ◇
小学生になって、家族は東京近郊のA市に引っ越した。
東京といっても少し歩けば、森林公園や田んぼや畑がたくさんある、田舎の風景がまだ色濃く残っている新興住宅街。
自然が多く空気も澄んでいる。
それでいて都心からも電車通勤通学が近い。
そんな場所の住宅街に家を購入した両親。
多分、私の体のこともあるのだろうと、子供心に思った。
二階建の新築の一軒家。
小さいながら庭もあり自分の部屋もあった。
お兄ちゃんたちは三人共同部屋だった。
でも十二畳もある広い部屋だったから、誰一人文句は言わなかった。
お兄ちゃんたちは二歳ずつ離れてて、年が近いせいかとても仲がいい。
お父さんが「家のローンが大変だから、もっとがんばらなくちゃな!」と張り切っていった。
お母さんも私が小学四年生になると、下校時間が遅くなったので、以前お勤めしていたお仕事に週四日だけど準社員として復帰した。
お母さんは仕事を始めてから、私を前ほど心配しなくなった。
そのおかげもあって、お母さんとの仲は以前よりは、上手くいくようになった。
ただ、相変わらず三人の兄たちは、私に過保護だけど。
「セリ、お菓子あげるオジサンについていっちゃ駄目だぞ!」と長男の大地。
「セリは可愛いから、クラスでちょっかい出す子がいたら俺にいえ、空手チョップしてやるからな!」次男の弘兄。
「弘兄ちゃん、大丈夫。学校では俺が見張ってるから!」と三男の拓人兄。
『大地兄、弘兄、拓人兄、うるさいよ。セリはもう大人だよ!」
「「「いーえ、セリはまだまだ子供!」」」
「そうだぞ、セリはまだまだ子供!」
──あ~煩い三兄弟とお母さんとお父さんまで。
やっぱりうちの家族は私に過保護過ぎる。
◇
中学に入っても、スポーツ部には入らなかった。
喘息は治ったが、足が少し早いくらいの普通の運動神経だし、兄三人と違い私は余り、スポーツが好きではなかった。
何より、かけ声や大声を発する“上下関係の世界”がとても苦手。
なので「大声大好き」体育会系の兄たちは、私の前では気を使って、わざわざ声のトーンを下げてくれる。
普通の声で話せば問題ないが、平常時から三人の声はとても大きくてやかましい。
三人が好きなお笑いやスポーツの試合を、テレビで見てると楽しいのか、どんどんやかましさがヒートアップしていく。
側にいた私が「うるさい」と両手で耳を押さえるしぐさをすると、兄たちは一斉に小さな声でぼそぼそと話すのだ。
私も兄たちみたいに、お笑い見て大笑いできればいいのに何故か出来ない。
──どうして自分はこんなに他の人と違うんだろう?と時々考える。
騒々しい場所の中にいると、とても居心地が悪い。
喧騒の中に、居続けるのがとても苦痛だ。
だから、兄たちの試合もイヤホンをして応援に行く。
不肖な妹でごめんね。
◇
私はスポーツ部の代わりに園芸部に入った。
花や植物に興味があったから。
本当は生物部でも良かったが、部活には男子ばかりで、家族から大反対された。
生物部に入りたかったのは、カエルやおたまじゃくしを観察したかったから。
そう、おばあちゃんの住んでいる里の村で知り合った、幼馴染のシュンちゃんを思い出すから入った。
シュンちゃんはあの頃、私と背丈が同じ男の子だった。
喋る声もとても小声で心地よかった。
今は、すっかり大きくなったかな?
もし、大声で話す逞しい男子になってたら、ちょっとがっかりするかも。
中学に入ると小さかった私も背が伸びて、前から五番目くらいになった。
それでも、大柄のお兄たちと比べると小さい。
ある日、通学の帰り道に、私は一人の男の子に目が止まった!
◇
それは、家の近所に紫陽花がたくさん咲いている公園だった。
公園は春は桜、GWはツツジ、そして梅雨の今頃は紫陽花が見ごろだった。
中学校から家までの通学路だと、公園を通るのは遠回り。だけど私は紫陽花が見たくて寄り道した。
あれから、シュンちゃんとは一度も会っていない。
シュンちゃんも翌年に村里から両親と引越しをして、おばあちゃんだけ村に残ったらしい。
その後、海外へお父さんのお仕事で転勤したと、シュンちゃんのおばあちゃんから聞いた。
私は小学生の時、夏休みに二度三度と、おばあちゃんの家に遊びに行ったきりで、あれから里の村へ入っていない。
お父さんとお母さんもお仕事で忙しくなり、中学生になった今なら一人でも行けるけど、シュンちゃんがいない里の村へは行く気がしなかった。
「シュンちゃんどうしているかな?とても会いたいな。あの片エクボが出る可愛い笑顔が見たい……」
私は独り言をいいながら、銀色の雨の降る中、公園へと向かった。
◇ ◇
しとしとしとしと、しとしとしと、雨、
しとしとしとしと、しとしとしと、小雨、
しとしとしとしと、しとしとしと、時々雨。
「あ、また雨が強くなってきた!」
私は空に手をかざして、持ってきた傘をぱぁっと広げた。
しとしとしとしと、雨の舗道を歩くのは好き。
しとしとしとしと、雨水がポツン、ポツンと傘に当たって落ちていく。
まるで空が雨音でピアノの調律をしているみたい。
優しいピアニッシモのように、音符の記号がポツンポツンと空から、とつとつと落ちて来る。
私は、心地良い雨音を聴きながら、お気に入りの白地に水玉模様の傘をさして歩いていく。
銀の粒のように降ちてくる、初夏の雨たち。
むせ返る霧のように、白く煙る梅雨がとても好きだ。
ちょうど今の時期は、濡れた紫陽花が青から赤紫へと変わりつつあった。
私は青紫の紫陽花が一番好き。
あの染物のような、にじんだ碧色と紫の色合いの美しさが見事で子供心に風情を感じた。
今、まさに公園の紫陽花は青紫色で満開だった。