02. 秘密の場所
◇ ◇ ◇ ◇
おばあちゃんの家にやってきて、一ヶ月もたたない内に私の喘息は、みるみる内に良くなっていった。
ヒューヒューする辛い咳もほとんどでなくなった。
おいしい空気と綺麗なお水。
のんびりとした村の人々。
騒がしい都会の街の集合住宅の生活とは違う。
何よりも時間がゆったりと進んでいるように思えた。
私は、朝から晩までシュンちゃんと遊んだ。
村の子供が少ないのもあったけど、シュンちゃんは男の子だけど、私のお兄ちゃんたちと違って、お部屋で遊ぶ“おままごと”や“絵本読み”に付き合ってくれた。
「ほら、おやつだよ!」とおばあちゃんが二人を呼ぶ。
シュンちゃんと一緒に、縁側で食べる冷たいスイカや、おばあちゃんの手作りヨモギまんじゅうが美味しかった。
天気が良く外へ出る日は、鬼ごっこや缶けりをしたり、小川でオタマジャクシやカエルなど見たりもした。
シュンちゃんは生き物が好きで、特に“カエル”が大好きだった。
都会にいた頃は“カエル”や“オタマジャクシ”なんて名前すら知らなかったのに、シュンちゃんといると両生類や昆虫の名前まで覚えて観察したりして楽しんだ。
シュンちゃんは小さいのに、セミやクワガタを取るのもとても上手だった。
◇
ある初夏の日、お母さんが久しぶりにやってきた。
私を心配して月に二,三日、時間を割いてわざわざ新幹線に乗って来る。
私は、お兄ちゃんたちのお稽古事で忙しいから来なくていい……と内心思った。
『もう、私のことは放っておいてよ!』
その日も案の定、お母さんは過保護でうるさい言葉に、私はキレて家を飛びだした。
ほんとうはお母さんが好きなのに、どうしても素直になれない。
──でも、どうしてお母さんは、心配してばかりいるの?
私もお兄ちゃんたちと同じように、悪いことしたら叱って欲しいのに。
いつもいつも「セリちゃん大丈夫? セリちゃん平気? セリちゃんごめんね!」ていうんだもん。
なんで心配ばかりするの?
なんであやまってばかりなの?
病気になったのはお母さんのせいじゃないのに!
◇
夕ぐれ時、日が沈みかけてきた。
目一杯走って、走って、走った。
ふと、気がついた時には、いつもよりも大分遠くに来ていた。
──あれ? こんなに走っても息が切れない、咳もでない。
今では同じ年の子供より、かけっこが早いくらい?
いつのまにか丈夫になったんじゃない?
私はちょっと嬉しくなった。
だけど、周りを見渡すと、人っ子いない田んぼのあぜ道。
「カァ……カァー」とカラスの群れが夕暮れ、山の遠くで鳴いている。
ええ、どうしよう、帰り道がわからなくなっちゃった。
困ったな……もう少しで夜になる。怖い、道も暗くなる。どうしよう。
仕方ない、来た道を戻ってトボトボとうつむいて歩いていたら……
「セリちゃん……」
途方に暮れてる私の前で小さき声がした。
顔を上げたらシュンちゃんが、目の前で息を切らして立っていた。
「ぜーぜーはーはー」と、とっても苦しそうなシュンちゃん。
「シュンちゃん!」
びっくりしてシュンちゃんに近づいた。
「なんで、どうしたの──?」
「セリちゃ……追い……かけ……てきた……」
とかすれそうな小さな声で、息も絶え絶えに話すシュンちゃん。
「シュンちゃん、大丈夫、ごめんね、ごめんね!」
思わず、シュンちゃんの小さな背中をゆっくりと擦った。
その後、私は何度もシュンちゃんに謝った。だって、シュンちゃんがとっても、苦しそうだったんだもの。
シュンちゃんの顔をみたら可哀そうになっちゃう!
あ?
お母さんも、もしかしたら、私にいつもこういう気持なのかな?
私は、初めてお母さんの気持が、分かった気がした。
「うん……セリちゃん、ありがとう。もう大丈夫だよ……」
またしてもシュンちゃんは、小さな聞き取れないくらいの声。
シュンちゃんは普段、とっても声が小さい。
耳の少し遠い、私のおばあちゃんは「え、何?」って、何度かシュンちゃんに聞き直すくらいの小さき声。
「セリちゃん、足が早いね。ぼく、もう少しで見うしなうところだった」
シュンちゃんの汗まみれの笑顔がキラキラ光る。
ああ、片エクボがとっても可愛い。
「シュンちゃん、ありがとう」
私はシュンちゃんが追いかけてきてくれて、涙があふれた。
だってとっても嬉しかったんだもん。
夕焼け空から日が沈んで、夜のまくらな闇がやってきた。
村の電灯の少ない道路っ端。
一人ぼっちだったら、きっと怖くて途方に暮れていた。
でも平気、ちっとも恐くない──。
シュンちゃんと、二人で手を繋いで帰る道だから。
シュンちゃんが
「セリちゃん、ちょうどこの右に曲がった橋の下に、ぼくの“ひみつの場所”があるからセリちゃんに見せてあげるね」
「ひみつの場所?」
「うん、この時期しか見れないひみつの場所なんだ」
シュンちゃんが連れて行ってくれたのは、川沿いの橋からホタルが飛びかうのが見える絶好の場所だった。
そう、私が描いた「詩」の場所だった。
ゆらゆら、ゆらゆら、光りながら飛びかう源氏ホタルたち。
源氏ホタルは飛んでいるだけなのに、まるで地上のおほし様のように、ふわりふわふわと浮かんでいるみたい。
「わああお、シュンちゃん、ホタルってキレイだね~!」
「うん、セリちゃんに、ぼく、ホタルを見せたかったんだ!」
おお、珍しく声が大きいよ、シュンちゃん。
「シュンちゃん、ひみつの場所、おしえてくれてありがとう」
「うん、セリちゃん、また来年もいっしょに来ようね!」
「うん、来ようね!」
と、シュンちゃんと私は約束した。
だけど、私の喘息が良くなって、お母さんたちが「来年は小学生になるから」と、都会の少しだけ郊外に家を購入した。
秋のある日突然、私は都会へ戻されてしまうのだった。