14. 進路を決めたセリカ
◇ ◇ ◇ ◇
4月──。
シュンちゃんが転校してきて、二度目の春が訪れた。
私たちは三年生になった。
今日は進路相談で私は職員室の個室に、担任の田中先生といた。
「先生、無理は承知です。でも、どうしても千葉県のSIB高校に行きたいんです。私の成績でなんとかならないでしょうか?」
「南、お前の偏差値だとちょっと学校推薦は厳しいな、だがまだ4月だ。今から受験の対策をしっかりとすれば受かる確率は高いぞ」
「え、本当ですか!」
私は少しだけ驚いた。田中先生からてっきり「お前の成績では厳しい」と反対されるとばかり思っていたから。
「ああ、二年生の三学期から苦手だった数学や英語の成績も上がってきたし、これなら大丈夫だ。ただ」
「ただ……何でしょう?」
「この学園は、千葉県でも南東部で海に面していてとても環境はいい。だがここからだと通学は無理だ。合格すれば学園の寮生活に入るが、親御さんたちは了承してるのか?──ほら南の家はご両親もそうだが、お兄さんたちが⋯⋯とてもその、南に干渉しすぎというか、なんというか……」
田中先生は言いずらそうに、鉛筆でぽりぽりと頭を掻いた。
先生は初年度の拓斗兄の副担だったので、兄たちの私への過保護を良く知っている。
「先生安心してください。その点は大丈夫です。これから父母や兄たちを、絶対に説得します!」
「おお、そうか。あれだな。その……北野が既に推薦でSIB高校決まっている。彼にもいろいろと学園の受験対策教わるといいな」
「はい、そのつもりです」
と私はとびっきりの笑顔になった。
「そうか、いい笑顔だ。先生も応援する。がんばれよ」
田中先生も嬉しそうに笑った。
ありがとう先生。
田中先生も担任として私と北野俊一こと、シュンちゃんとの関係をよく承知して、影ながら応援してくれてる。
そう、シュンちゃんは成績が良くて、二年生の二学期以降は、幼馴染のツトム君やキミちゃんを押しのけて、クラスで一番の成績になった。
この二人は、バスケットやバレーの部活の、両立もあるので当然といえば当然だ。
余談だが、最近この二人は部活が終わると、一緒に仲良く帰宅している。
二人はひた隠しにしているが、クラスメートも私も、ツトム君とキミちゃんが付き合ってるのは知っていた。
最初、キミちゃんたちが付き合ってると私はびっくりした。
だって、ツトム君とキミちゃんて、小学生の頃から喧嘩ばかりしてたんだよ。
一体いつの間にそんな間柄になったのか……
あれかな?
よく『喧嘩するほど仲がいい』って言うことかな。
でも二人は背も高く、見た目はシュッとしたツトム君と、スタイルのいいキミちゃんはとってもお似合いだな、と前から思ってはいたんだ。
私は幼馴染のキミちゃんが、頬を赤らめて、バスケの試合で応援してる姿を見て可愛いなと素直に思った。
余計なお世話かもしれないが、このまま二人の関係がずっと続いていけばいいなぁ。
◇ ◇
シュンちゃんは一年生の夏から、生物部に入って楽しそうに生物を研究していた。
去年『日本カエルの絶滅寸前のレッドリストについての考察』と、シュンちゃんが書いた研究論文が『中学生の部』で夏の全国生物論文応募作の中で『最高論文賞』という高い評価を得た。
シュンちゃんの快挙は『地方新聞』にも載ったくらいで、クラスどころか学校中、その日は受賞の話で持ち切りになった。
それまではのんびりと学生生活を送ってきた私だったが、この春、シュンちゃんが千葉のSIB高校特待生として合格の推薦を確定したと聞いて、いてもたってもいられなくなった。
どうやらシュンちゃんは、この生物や地学と物理で有名な高校に入る為に、海外から転校してきたというのだ。
その話を聞いてから、今まで私は高校もシュンちゃんと、近くの公立高校にいくものと漠然と思っていたから、突然、地の底に突き落とされたみたいにショックだった。
──嫌だ、シュンちゃんとお別れするのは二度と嫌!
高校進学に呑気すぎた私の心は一変し、考えた挙げ句、一大決心をする。
私もシュンちゃんと同じ高校に行く!
たとえ家族が大反対しても、千葉へ行くつもりでいた。
だがお母さん、お父さん、拓人兄が揃った家族からは意外な反応がかえってきた。
二人の兄たちは、大学生になって家を出ていていなかった。
「セリカが千葉の高校へ行くなんて……でもなんとなくそんな予感はしてましたよ」
「え、お母さん、そうなの?」
「だってあなたは中学生になって、ずい分明るく元気になったわ。おまけに良くしゃべるようになったし、楽しそうに笑うし……お母さんはとっても嬉しかった。それも北野君、シュンちゃんといるからでしょう」
「うん、そう。シュンちゃんのおかげ。だからシュンちゃんと同じ高校に行きたいの」
「セリカ、最初お父さんは、千葉なんて遠いから反対したんだがな。お母さんから北野君のことをいろいろ聞いて驚いたよ。でもとてもいい子だな。それにセリカがこうと決めたら梃子でも動かんからな。仕方がないよ」
「俺も諦めたよ、お前が口開くときは“シュンちゃん”の話ばっかりだからな。もう耳にタコができたぜ。まあさ、あいつは真面目だし将来も有望。チャラい奴とはほど遠く素朴ないい男だよ。俺はお前たちを応援する!セリカもあまり無理せずに受験勉強がんばれよ!」
「お父さん、拓人兄、お母さん、ありがとう。ありがとう!」
私は思いがけない家族の言葉に感極まったのか、自分でもびっくりするくらい、素直に泣いていた。
家族たちからも
「いつも無口で何を考えているのかわからない、大人しい子」といわれた一人娘はそこにはいなかった。
三人は、私の頭を優しく撫でてくれた。




