13. 相原貴美子(キミちゃん)サイド(2)
2025/6/17 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
街の公園の中に、ツトム、セリカ、瓶底メガネの北野がいた。
桜の花ビラが散って花吹雪でむせかえる中、木の木陰で、傘もささずにツトムが隠れてセリカたちを覗いていた。
遠方でセリカが桜木の下、北野の頭についた花びらをとってあげたりして、二人は楽しげに笑い合っていた。
セリカは北野といると、とっておきの笑顔を惜しみなく出すんだ。
この一年近くクラスのみんなからも“北野はセリカの特別な男の子”って認知された。
最初男子はダサい北野に、嫉妬やら羨望やら複雑な感情をもって絡んだ奴もいたけど、ヤンキー男子たちも、いつしか諦めの境地になった。
なによりクラス中の男子は、滅多に笑わない貴重なセリカの笑顔が見たくて、二人のイチャイチャを黙認した。
それに北野は、体育はからっきしダメだけど、理科や算数や英語がクラスで一番なんだよね。
頭のよい秀才はクラスのみんなも一目置く。
最初は自慢の成績を抜かされて、あたしとツトムは憤慨したけどさ。
英語が少々苦手だから流暢に英文を読む北野に、“帰国子女”はだてではないと降参した。
それに北野は大人しいが、とにかくいいやつだ。
頭がいいことを偉ぶったりしないし、学校を休んだ子に頼まれれば、授業中のノートを気軽に貸してあげる優しい奴だった。
とかさ、あたしがこうやって考えてる最中に、あろうことか、セリカが北野の頬っぺたを突っついた。
その後で、北野の頬っぺたに顔を近づけて、チュチュと可愛いキスをしだした!
──うわぁ、なになに?
あれって一応、ラブシーンしてんじゃん!と、びっくり仰天した。
北野は案の定、キスされてびっくりした顔で、もじもじと俯いているけど⋯⋯あ〜セリカの奴!
セリカよ、お前たちは、おままごと遊びしてんじゃなかったのか!
このあたしですらキスなんてしたことないのにぃ。
あたしは二人に釘付けで心がドキンドキンしたり、歯ぎしりした。
ふと──。
そうだ、ツトム!
あたしは気が付いてツトムを見た。
案の定、ツトムも、モノの見事に撃沈してるうううううぅ!!
ツトムの背中ががブルブルと震えていた。
やばい、あれは失恋のショックで相当来てるわ。
ワナワナと震えてかわいそうに……あれツトム、もしかして泣いてんの?
ツトムが最初、気の毒に思えたが、だんだんおかしくなってきて「くすくす」と笑ってしまった。
だってあの図体で普段は強いツトムが、体を震わせて木の陰で、めそめそ男泣きしてるんだもん。
「ヒィィィ〜!」
ククッ、悪いけどツトム、あんた笑える──。
あたしは声をださないで笑ったのでお腹が痛くなってきた。
はあ、だけどこれがツトムの一面なんだよな。
結構モテるのに、大好きなセリカには告白どころか何も手出しが出来ない。
セリカの三男のお兄さんに「いいなツトム、うちの大事な妹だからな!指一本触れんなよ」と、お守り任されてそれで満足してるから、あんな軟弱なメガネの転校生に、突然カッさられるのよ。
あ、でも北野はセリカと、五歳から知り合いだったから仕方ないのか。
それでもあたしはいじいじずっと泣いているツトムが可哀そうになってきて、あいつのかがみ込んでる背中をポンと叩いた。
「よ、ツトム!」
「う……何だよキミ! おまえ見てたのか?」
振り向いたツトムの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「あ〜あんた泣いてんの?」
「うるせーよ!」
と、ツトムは学ランの袖口でゴシゴシと目をこすった。
「あ〜駄目だよ、目を擦ったら。あんた、昔からすぐに”ものもらい”になるじゃん。ほれほれ、これで拭きなよ。まだ手を付けてないハンカチだよ!」
といって、お気に入りのヌヌーピーのハンカチを渡した。
「…………」
ツトムは黙ってハンカチを受け取って、目にそっと当てた。
ツトムの目はうさぎのように真っ赤だった。
ああ、よっぽど泣いたんだな。
「ツトム、あんたの初恋は残念だけど爆沈したね」
「うっせーよ、男女!」
と、くやしげに吐き捨てた。
ツトムは、よくあたしに勉強で負けると決まって『おとこおんな』となじる。
図星すぎて、負担は無性に腹立つけど今日は、なぜだか腹が立たなかった。
「北野とセリカって本当に仲良しなんだな。ツトムも、そんなにショックだったなら、もっと早くセリカに告白すれば良かったんだよ。今までいくらでもチャンスがあったろう?」
「キミ、頼むから俺に絡むな! 俺の心はいま、堪らなくロンリーハートで辛すぎる。告白なんてとても無理だ。そりゃ俺だってセリカのこと……ずっとずっと好きだった。だけど、もし……セリカに断られたら、俺は友達ですらいられなくなる……ううだから俺は……」
と、ツトムはまたメソメソと涙ぐんだ。
「ああ、わかるよ。あたしだって同じ気持ちだもん」
「え? お前もやっぱりセリカのことが?」
「は、あんたバカ? 一応これでも女! あたしの好きな子はセリカじゃないよ」
「お前、好きな奴いたのか?」
「そうだよ、ツトム、あたしはあんたが好きなの!」
「ああ、俺か……お前でもやっぱり男が好き……え、俺?」
とあたしの顔を、真っ赤な目をしたツトムが凝視した。
あたしは、なんとなく気まずくなって頬が赤くなった。
「そうだよ、ツトムが昔から好きだった。でもあんたは昔からセリカばかり見てたし⋯⋯あたしのことぜんぜん眼中ないもんな」
「キミ…………」
「あ~突き指したから病院にいかなくちゃ。そのヌヌーピーのハンカチは、ツトムの失恋記念日であげるよ! あたしのお気に入りだから大事にしてね!」
とあたしは自分でもなんだか、どさくさまぎれに告白したことが、急に恥ずかしくなってきて、そのまま凄い勢いで走った。
──ヤバい!ヤバい!
なんとなくツトムの顔みたら、思わず普通にコクっちゃったよ!
どうするんだよ、明日ツトムと顔併せるの恥ずかしいじゃんか!
ああ、あたしのバカ~!
走りながら、あたしはどんどん胸が高鳴っていって、心臓バクバク爆ついてたまらなくて、更に走りを加速した。
気になって後ろをちらっと振り向いた。
ツトムはまだハンカチを持って呆けて突っ立っていた。




