09. 蛙とトシちゃん(1)
※ 2025/6/17 修正済み
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見事な快晴日。
今日の体育は、女子はグラウンドのトラックを四周するマラソン。
男子は走り幅跳びや高跳びの授業だった。
体育の先生たちは、二年になったばかりの生徒たち、体力測定を測っているようだ。
マラソンをしながら。私とキミちゃんはお喋りしながら走っていた。
親友のキミちゃんが「セリカと北野は、おままごとみたいな感じだから、心配性のツトムも安心したんだよ」
「なによ、キミちゃん? シュンちゃんと私のおままごとって?」
「だ~から~、恋人以前の仲良しごっこってことだよ。セリカもだけど北野はチビだし、話し方も小声で、まだ小学生に毛が生えたように子供じゃん!」
「ちょっと、キミちゃん!いくらキミちゃんでも、いっていいことと悪いことがあるよ!」
私はカチンと頭にきた。
──キミちゃんて、さっぱりしてて好きだけど、自分が背が高いからか、時々シュンちゃんを小学生呼ばわりするのが癪に障る。
とはいえ昔から飄々として“我が道を行く”ような、おおらかさのあるキミちゃんを私は尊敬してる。
何より捻くれ者の自分と、幼馴染だからというだけで仲良くしてくれる女の子はとてもありがたい存在だ。
キミちゃんがいなかったら、私は学校で、女子の間でボッチだったかもしれない。
「あ、ゴメ〜ン。つい本音が出ちゃった──ほら~、セリカはちんたら遅いから合わせるの無理。先にいくよ~!」
とキミちゃんは“ギューン”と加速をつけて走り出した!
まあ速い、速い。
何でしょう、あっという間にトップの女子の仲間入りをしてしまった。
さすがだよ、キミちゃん。
バレーボールで鍛えてるだけのことはある。
私はあんな早く走れないよ、はあ、はあ、はあ……
最初は前のほうだった私だが、四周目には、とうとうペケ組の女子たちの中に紛れてしまった。
短距離は去年の秋の運動会では、リレーの選手になれたけどマラソンは大の苦手。
それでも、幼少の喘息持ちの頃よりは、全然強くなったよなと自分に言い聞かせた。
ようやくゴールしたけど、私は汗だくで、もうヘトヘトになって地べたに座り込んでしまった。
「セリカ、がんばったね、お疲れ!」
とっくにゴールしていたキミちゃんが、冷たいペットボトル水を、私の頬にちょこんと当てた。
「ひやっ、冷たい!」
「ふふふ、気持ちいいでしょ!」
「もう、キミちゃんたら……でもサンキュ!」
と受取り、早速キャップを開けてごくごくと飲む。
冷たい水が五臓六腑に染み込むような、トクトクと身体の中を通り過ぎていく感じがたまらなかった。
「はああ、おいしい!」
「ねえ、セリカ、ちょっと見てみなよ!」
とキミちゃんが、私の体操服の裾を引っ張って促す。
「何……あ?」
男子の体育の授業だ。
グラウンドの真ん中で、高跳びを練習していた。
一人の男子が高跳びのバーを、身体ごとぶつかって撃沈していた。
──ああ、あんな高いバーじゃ無理だよね〜。
だけど、その高いバーを跳ぼうとしている男子が、たった一人だけ残っていた。
他の大勢の男子たちは既に跳べなかったのか、地べたに座り込んでいた。
あのスポーツ万能のツトム君でさえ座っていた。
その最後に残っている男子。
引き締まった筋肉がカッコいい太もも。
短パン姿の男子は、ゆったりとしたフォームから、片手を大きく上にあげて弧を描き助走をつけて“ふぁっ”と軽く背面ジャンプした!
──あ、跳んだ!
私が思った通り、彼はぎりぎりバーを跳び超えた!
まさに、青空に向かって跳び超える見事なジャンプ!
そんな羽根がついたような、軽やかな美しさだった。
「わぁ、とっても綺麗!」
「すごいね!」
「あの子、もしかして、例のクラス替えの君?」
キミちゃんと私以外にも、男子の高跳びを見ていたクラスの女子たちが歓声をあげたり、ひそひそと噂しはじめた!
バーは微かにフルフルと揺れたが、それでも成功だった。
「オーッ!スゲーッ!」
男子たちの輪の中でも歓声が上がった!
飛び越えた男子は「お前らみたか!」と超然とガッツポーズをする
この、かっこよく高跳びのバーを越えて、跳んだクラスの男子は東原敏国君。
愛称はトシちゃんだ。
トシちゃんは、一年生の時は一組にいた生徒で、二年になってからクラス替えで、四組を希望して来た移動組の男子だった。
更に彼は私と同じ小学校の同級生だった。
私も歓声を挙げている女子たちと一緒に、思わずパチパチと拍手をした!
トシちゃんは私たちに気がついたのか「サンキュー」と大きく手を振ってくれた。
「あ⋯⋯」
私はトシちゃんを見ていた男子の中に、瓶底メガネのシュンちゃんがいたことに気付いた。
シュンちゃんは、眩しそうにトシちゃんを見つめていた。




