優しい嘘と君
読み終わった後、足元を見てください。
百円玉が落ちてますよ。
*
「桜ちゃんが、死んだ…?」
お母さんが、電話で誰かと話しながらそう呟いた。たまに聞こえる受話器の向こう側の声からすると、多分、桜ちゃんのお母さんだろう。
「…そうですか」
お母さんはぷるぷる震える声でそう相槌を打った。
私は、聞こえなかったふりをした。
だって、信じたくなかったんだもん。私の大好きな桜ちゃんが死んじゃったなんて。
桜ちゃんは、カッコよかった。女の子なのにカッコいいなんて変だと思ってるけど、桜ちゃんは本当にカッコよかった。私が泣いてる時は慰めてくれて、私をいじめてきた男の子たちからも守ってくれた。髪の毛はアニメの女の子みたいに長くてツヤツヤ、顔もすごく可愛かった。私の、憧れであり大好きである人。
『大人になったら、ケッコンしようね』
桜ちゃんに言われた言葉が、頭の中をぐるぐる回った。その時の桜ちゃんの笑顔、にっと白い歯を見せて笑った顔が、忘れられない。
「…桃」
お母さんが震える声で、私の名前を呼んだ。逃げ出したい。死んじゃったなんて事実、聞きたくない。私は、お母さんに返事をしなかった。お母さんの足音が、近づいてくる。私は耳を塞いだ。
「大丈夫よ」
お母さんが、私を抱きしめた。頭を撫でられると、急に悲しくなってしまい、私は声をあげて泣いた。十年前の、春のことだった。
*
「いってきます!」
今日は四月の始まりの日。太陽が燦々と照りつけるお昼前。私は高校の友達とお花見をする約束をしていた。場所は駅近くの大きな公園。私は電車に乗るために、最寄りの駅まで走って行った。
「おはよー」
公園に着くと、既に友達のアカリがいた。アカリは真面目で、成績は学校トップ。メガネをかけたポニーテールの女の子だ。今日も、待ち合わせ場所で参考書を開いている。
「おはよ」
「サキとショウコは?」
「まだ来てないよ、桃が一番」
よかった、間に合ったみたい。腕時計をチラッと見ると、集合時間の五分前だった。サキはいつも時間ぴったりに来るから、そろそろかな。ショウコは遅れてくることが多いから、十分後くらいかな。
そんなことを考えてると、サキがやってきた。集合時間の一分前。サキはロングスカートを靡かせて、モデルのような足取りでやってきた。
「おはよ」
「おはよ〜」
サキは眠たそうに目を擦った。一つ一つの動作が綺麗に見える。サキは顔もスタイルもいいから、アニメの主人公のように見える。サキが主体のアニメだったら、きっと私はモブBだろうな。
ショウコが十分遅れでやってきたので、私たちはショウコと合流した後に場所取りを始めた。春休みだから、人が多い。私たちは公園の少し奥の方にある木陰にレジャーシートを敷いた。
「じゃーんっ」
ショウコが大きなお弁当を広げて、レジャーシートの真ん中に置いた。唐揚げ、おにぎり、卵焼き、ポテトサラダ、ハンバーグまで入っている。
「ハンバーグ!美味しそう」
「昨日の夜から作ってたんだ!煮込みだよー」
ショウコは料理がうまい。きっと、いい主婦になるんだろうな。私たちはお弁当をつまみながら、桜を眺めた。
満開だ。でも、桜はすぐに散ってしまう。私は散っている桜をじっと見つめた。
「わっ、見て見て!」
サキが興奮したように私たちにお茶の入ったコップを見せてきた。中にはお茶の上に浮かぶ桜の花びらが。
「すごい!奇跡だよ〜」
「ね!投稿しちゃお」
サキはスマホを取り出し、写真を撮った。そういえば、昔に好きだった子の死因は溺死だったな。川で溺れちゃったんだっけ。
また、会いたいな。
そう思い、私は満開の桜に目を向けた。桜の花から覗く太陽が、チカチカと目を焼いてくる。眩しくなったので私は、視線を落として散っている桜を見渡した。綺麗、だな。
「ちょっと向こうで写真撮ってくる」
そう友達に言い、私は桜の木がたくさん咲いているところへ向かった。そこに着くと、たくさんの花びらが散って、カーペットを作っていた。そのカーペットを踏みしめて、私は奥へと進んでいく。突き当たりには、小川が流れていた。小川を覗き込むと、ちょろちょろと流れる音と流れる桜の花びらに包まれた。花見に来た人たちの声が、遠く感じる。私は目を瞑り、小川の音に耳をすませた。
「久しぶりだね」
隣から、声が聞こえた。慌てて目を開くと、そこにはある人物がいた。
「桜、ちゃん」
桜ちゃんは私の隣で、私と同じように小川のせせらぎを聴いていた。風が吹き、いつものロングヘアーが靡いた。私は、そんな桜ちゃんに釘付けになった。
「なんで…死んだんじゃ…」
「うん、死んだよ」
桜ちゃんはそう、静かに言った。じゃあなんでここにいるんだろう?その考えが頭の中でループする。静かな時間が、二人の間を過ぎ去っていった。
「死んでから数えて十年に一度だけ、この世の人と会えるんだ」
桜ちゃんは続ける。
「今日はね、死んでからちょうど十年が経った日。だから私は、桃に会いに来たの」
私は息を呑んだ。
「本当に大切な人、桃。私はずっと見てきてたんだよ。」
「わ、私もずっと桜ちゃんのこと考えてた…!」
私は咄嗟に、そう言った。桜ちゃんは私を一瞥し、再び小川に視線を落とした。
「嬉しいな、ありがと、桃」
桜ちゃんはふっと笑って私にそう言った。私は今にも桜ちゃんが消えてしまいそうで、慌てて言葉を続けた。
「桜ちゃんのこと、ずっと好きだったの。私、桜ちゃんに憧れてて、ずっと桜ちゃんのこと考えてて、それで…」
私が慌てて連ねた言葉を遮るように、桜ちゃんは私の唇を押さえた。私は驚いて、そのまま固まってしまった。
「ふふ、そんな早口で喋ったら聞こえないよ」
桜ちゃんはそう言って、私にキスをした。柔らかい唇が溶けるように優しく、私を包み込んだ。ふわっと香った桜ちゃんの匂いは、かすかに桜の香りがした。私は瞬きも忘れ、桜ちゃんの綺麗な顔を見つめた。川のせせらぎも、聞こえない。
「…また、十年後。じゃあね」
桜ちゃんは、消えた。風に吹かれて、消えていった。
。⚪︎◯
やっと、一人きりになった。
私はずっと見てきていた背中に駆け寄る。案の定、気づかれていないみたいだ。私は、彼女の隣に並んだ。
「久しぶりだね」
口を開き、彼女にそう言った。彼女は驚いたように普段よりもまんまるに目を見開いた。ああ、なんで可愛いんだろう。
それから、彼女に告白された。なんで幸せなんだろう。
嬉しくなって、ついついキスをしてしまった。ごめんね、急に。
「…また、十年後。じゃあね」
嘘だよ。もう、会えない。
もう、行かなきゃいけない。
だから、これは私の最初で最後の嘘。
優しい嘘だったかな。
さよなら、優しい君よ。
桜が、美しく散っていく。
読んでくれてありがとう。
エイプリルフールなので、この物語を。
あ、前書きは嘘です。