未来への翼
握った操縦桿が震えるのは機体が軋んでいるからだ。彼はそう思おうとした。
この足の震えも恐れているからではない。そうだ、自分は何も恐れてはいない。祖国のためならば命など惜しくはない。そう思い、志願したのだ。特攻隊員に。
……そうせざるを得なかった。そんな空気、いやそんなことはない。自らの意志で、国の未来、子孫のために憎きあの侵略者の船に向かって――
『聴こえますか? もしもし、聴こえますか』
「え?」
『あ、聴こえたみたいですね。良かった。ちょっとミスしたかと思っちゃいましたよ』
「無線、いや、とうに壊れているんだった。幻聴か? 馬鹿な。俺は死など恐れない」
『あ、はい。ええと、これは未来からの声です』
「未来? そんなことが――」
『はい、あのほら、未来に影響がないように死ぬことが決まっている人にのみ、こうして通信を、あっともう時間もないので、さっそく質問させていただきますね』
「死ぬ……」
『はい。えっとですねぇ。今どんな気持ちですか?』
「な、それは、国、祖国のためにこの命を――」
『あの、時間がないって言ってるじゃないですかってははは。そんなの当人が一番よくわかってますよね。
あ、今の音、被弾した音ですか? いいですね! 臨場感あるぅ!
あ、でですね。質問にはもっと短く、建前とかいいんで率直な気持ちでお願いしまっす』
「な、そ、そもそも君は何だ?」
『だから時間がないって言ってるじゃないですか!
質問に質問で返さないでくださいよぉ!
ああもう! 未来からの声ですってば! それでいいでしょ!
で、どうなんですか? 今の気持ちは?
生の声が聞きたくてわざわざ繋げたんですから早く早く!」
「そ、それは……」
彼は瞼を閉じた。思い起こされるのは幼き頃の記憶。尤も、まだ若く、短い人生。されど――
『ちょっともしもーし! あれ? もう死にました? おかしーなー、まだランプは点いてるけどなぁ』
「……怖いさ」
『はい? あ、もう一度お願いします』
「すごく怖いよ。死ぬことも、そしてこれが未来に勝利に何も影響がないんじゃないかとか、そんなことを考えてしまうんだ」
『あーまあまあ、うっす』
「君は、未来の日本の……それもその口調からして子供だね?
ふふ、この時代の子とは大違いだ。正直、少々癪に障りもしたがしかし、それが未来が、日本が平和で――」
『あー、いいんでそういうの。えっとすごく怖くてションベンちびってたと。
やっぱ怨んでたんすかねー政治家とか軍の偉い人を。
まあ、怨まれてもって話ですけどね、ははは。断ればよかった話だし。
あ、僕のパパ、ふふっ、あなたがそれこそマジでションベン漏らしちゃうほど、えらーい人でねぇ。まだ研究段階のこの装置も特別に使わせてもらってるんですよ! 夏休みの自由研究になんか役に立つかなーって。
まあパパの秘書に手伝ってもらうんですけどね。何人もいるし。
ははははははは、僕もやがてこの国の、あれ? 聴こえてるー? もしもーし、ま、いいや次いこ次』
突如、一機の零戦が向きを変え、戦線を離脱した。
既にエンジンは止まりかけている。運よく不時着したとしてそこは海上。さらに運よく、どこかの島に流れ着いたとしても生き延びられるかどうか。
しかし、このままでは駄目だ。生き延びて未来を、国を変えなければ……。
たった一人の想い。それで何が変わるのか。何も……。
などと言えようものか。