魔力がないからと勘当されたので、これから平民として慎ましく暮らすはずだったのですが
ざまぁ系ではありません
ご了承の上で閲覧下さいませ
この瞬間に、この先の人生が決まるから、くれぐれも、頑張ってね。
歳の離れた友人の言葉を思い出しながら、魔力測定のための機械に手を触れる。
計測結果を示す水晶は、紫の字で『1』と示した。
ざわ、と会場がどよめく。
そこかしこで、信じられないとでも言いたげな言葉が交わされていた。
魔力測定を取り仕切る神官も、この結果に言葉をなくし、普通であれば声高に読み上げるその声を、上げられずにいる。
ツカツカと歩み寄る、怒気混じりの足音。乱暴に腕を掴まれ、引き倒された。
「この、恥晒しが!!」
落とされる、罵声。
曲がりなりにも血の繋がった実の祖父は、もはや赤を通り越してどす黒く見えるほどに顔に血を昇らせて、怒り狂っていた。
「親が親なら子も下賎か!それでも息子の忘れ形見と育ててやったものをこんな無能を晒しおって。お前のような能無し、我が孫ではないわ!勘当だ!!」
捲し立てられた言葉に、逆らう余地はない。
はいと頷いて従おうとした、そのときだった。
「なに?」
困惑の声を上げたのは、会談で訪れたついでにと魔力測定を見学していた魔王さま。
「無能?能無し?どうして?」
意味が分からないと言いたげな魔王さまに、案内として付き添っていた王女殿下がまるでわたしを憐れむような表情を造りながら言う。
「魔族や獣人と異なり、我々普人は頑強な身体を持ちません。魔力がなくては、なにもできないのですわ」
「強い身体や魔力がなくても、工夫次第で出来ることはいくらでもあるだろう。それにそもそも、」
あ、やばい。
それを言われてはまずいと、周りに気付かれないように小さな水の飛礫を飛ばして魔王さまの注意を引く。
目を見開いてこちらを見下ろした魔王さまに、ぶるぶると首を横に振って言うなと伝えた。
「……能無しとして勘当されて、彼女はどうなる?」
「平民に、落とされることになるでしょう。と言っても魔力1では、働き口もありませんので、修道院に身を寄せるか、救貧院に行くか、」
王女殿下が言いよどんだのは、いちばん確率の高い、娼館行きか奴隷行きのことを口に出せなかったからだろう。
まあわたしはどれでもなく、平民の自由な立場を活かして世界旅行にでも、
「そうか」
どうして魔王さまは、わたしから目を離さないのだろう。隣の美しい王女殿下は、明らかにあなたのお顔にめろめろだって言うのに。
「ならば、彼女は私が貰おう。ちょうど、普人の言葉や文化の教師を探していたところだ。元貴族なら、申し分ない。勘当された平民と言うなら、家の許しもいらないだろう。どうだろうか。なに不自由なく暮らせるよう、取り図るよ」
最後はわたしに向けた言葉だった。口ほどにものを言う目が、断れば話すと脅している。
ねえ隣の王女殿下が、すごい目でわたしを睨んでいるんだけれど。
「そんな、畏れ多い」
「そうつれないことを言わないでくれないか。実を言うと、ひと目見た時から気になっていたんだ。私にあなたを、救わせてくれ」
『ひと目見た時から』『気になって』ね。
王女殿下、絶対にあなたが思っているような意味の言葉ではないよ。
「わかりました」
「ありがとう」
魔王さまがにっこり微笑んだと思ったときには、近付いた魔王さまに腕を引かれて立たされていた。
「では、あなたの気が変わらぬうちに国へ戻ろうか。家はどこだい?荷造りを、」
「いいえ」
首を振る。魔王さまの乱入は予想外だったけれど、元々家は追い出されるつもりだったのだ。残しているものなど、なにもない。
「すでに勘当された身。家も持ち物も、なにひとつありません」
「そう。それなら行こうか。ララ」
「ここに」
「あとは任せた。私は先に戻る」
「御意に」
上機嫌に笑った魔王さまが、わたしの手を引いて歩き出す。
「あの、」
「なあに?まさか着ている服すら脱いで置いて行かなければなんて言う?それなら私の着替えを貸すけれど」
「いえ、これはわたし個人の私財で買ったものです。そうではなく、王女殿下に別れのご挨拶をされなくて、よろしいのですか」
すごく睨まれているんだけれど。わたしが。
「いらない。時間の無駄だ」
言った魔王さまがわたしを馬車に引き上げ、扉を閉める。魔王さまとわたしを乗せて、馬車はすぐさま走り出した。
「それで?」
わたしの前に腰掛け、魔王さまが脚を組む。広い馬車は、向かい合って座って魔王さまが長い脚を組んでも、十分に余裕があった。
「さっきのはどう言うこと?」
「さっきの、とは?」
「わかっているだろう?」
わかっているとも。
「なぜ、あなたは無能扱いされた。さきの計測結果は、紫の1。つまり、赤橙黄緑青藍紫白黒のうち、上から三つ目の階級だ。確かに階級内として最低の値だが、ほかは高くて黄の100。比べるまでもなくあなたが最高値だ」
「そうですね」
やはり魔国では、正しく測定結果が認識されているのか。
「そもそもなぜ、その人物の能力を測る場で、あの測定器なんだ。あれは瞬間的な魔力量を測るものであって、能力を測定するものではないだろう」
「ええ」
「確かに測定機器は高価だが、国家予算に比べれば微々たるものだ。ほら」
魔王さまが懐から出したものを放る。反射で受け取れば、ピピっと音が響いた。その意味を把握する前に、魔王さまがわたしの手からそれを奪う。
「これは簡易だから正確ではないが、おおよそで良ければ十分だ。黒の4687。あなたがどうして無能なんだ?黒なんて、魔国でも数えるほどしかいないよ?しかも四桁。私が知る限りで私とあなたともうひとりだけだ。故人で良いなら母と祖父もだが」
「やはり魔国の王となると魔力も高いのですね」
「話を逸らさないで貰えるかな。あなたをひと目見た時から、その魔力の高さは一目瞭然だった。測定結果でも示された。なぜ無能と罵られる。あの国は魔力の高さで優劣を決めるのだろう。ならばあの場で、最も優れていたのはあなただ。私を除けば、だが」
測定器は、色と数値で魔力の高さを示す。下から、赤橙黄緑青藍紫白黒の十段階。数値は1から10000まで。つまり紫の1をすべて数値に直すと、60001になる。黒の4687ならば、84687だ。
ため息を吐いて、ポケットから小さな機器を取り出す。ボタンを押せば、示される数値は藍色で9999。さっきの水の飛礫の分減っている。
「強い魔法を持つものが、逃げ出せるように、です」
5000以上の数字を出しては駄目。亡き母の代わりにわたしを愛してくれた母の妹は、そうわたしに言い含めた。高い魔力があると、思われてはいけないと。
だからって1は攻め過ぎだけどね。
苦笑する友人の声が頭に浮かんで、思わず笑みがもれる。
「魔力測定をご覧になっていたならばおわかりかと思いますが」
いや、見なくても魔王さまならばわかっていたと思うが。
「この国の人間は、並べて魔力が低い」
人口の九分九厘が、橙の1000から9999の間、さらに言うなら九割は、橙の2000から5000の間に収まる。が。
「稀に生まれる高魔力の子供は、魔族と普人が分かたれる前の先祖返りと」
前髪を持ち上げて瞳に日の光を当てる。室内では暗い灰色の瞳は、日光を反射して金に光った。
「なるほど?」
興味深そうに、魔王さまが顔を寄せて来る。その顔が影となり、瞳はもとの灰色に転じた。
「ああ、私が近付いては駄目なのか」
残念そうに離れる魔王さまに、やはり魔族にとってはこの程度、忌むべきものではないのだなと思う。
前髪を戻そうとすると思わずとばかり、手を伸ばして耳に掛けられた。
「気に入ったから出しておいて」
「わかりました」
前髪が影を落とさない世界は少しまぶしい。けれど母国では忌み嫌われるこの目を、気に入ったと言われるのは嬉しかった。母と、同じ色だから。
「上の相手の魔力は、二色も差があればわからなくなります」
つまり黒であるわたしの魔力は、同じ黒かその下の、紫か白でなければ感じ取れないと言うことだ。強いかどうかはもちろん。あるのかさえも。
「つまりわたしのような先祖返りの魔力は、この国の一般的な国民には感じ取れません。無いと偽っても、気付かれない」
「だが、強い魔力があれば高い地位を得られるのでは?」
「地位など」
嗤って首を振る。
「捕まえて使い潰すための鎖です。この国で高い地位を得るより、他国に逃れた方が、よほどまともな暮らしが出来る。十分な、魔力があるなら」
「だから、不適切な計測器と、不完全な知識を、あえて渡していると」
打てば響く会話。魔王をやっているだけあって、賢い方なのだろう。この国の為政者とは、違って。
「ええ」
「国に貢献しようとは?」
「貢献する価値がある国だと?」
首を傾げれば、魔王さまは気まずげに目を逸らした。
「もちろん、国のために残る者もいます。それでも、この伝統が消えていない。それが答えではないでしょうか」
国のため、あるいは、大切な誰かのために、もしくは、やむにやまれぬ事情で。
国に残ったものですら、国のために嘘を暴こうとはしなかった。だから今こうしてわたしは、自由な身を獲ている。
「私がやったことは、お節介だったかな」
そうだと言えばこの魔族は、わたしを逃がしてくれるのだろうか。
「無能と知れば勘当されるだろうとは、予測しておりましたので」
高い魔力で貢献するものが出れば、それだけ家としての力が上がる。
あの男がわたしを無理矢理養母である母の妹の許から奪い去った理由なんて、それ以外にない。あれは偉そうに育ててやったなどどのたまっていたが、育ててくれと頼んだこともなければ、教育のひとつも与えられたこともない。使用人用の部屋と食事を与えられ、小間使いとしてこき使われただけだ。給金も払われずに。
「家から解放されたら、国を出て、自由に世界を回ろうかと考えておりました」
直接的に、余計なことをとは言わない。けれど、言外にそうだと言ったようなものだった。
魔王さまはその答えが意外だったのか目を丸めたあとで、ふと微笑んだ。
「なるほど。それならちょうど良いな」
「はい?」
今度はわたしが予想外の答えを喰らって、間の抜けた声を出す。
「近々クーデターの予定がある」
「クーデター」
「そう。それで私は退位することになるから、余生は外遊三昧で外交に貢献しようかと考えていた。あなたも一緒に来ると良い」
クーデターで玉座を追われたあとに、そんなに自由がある目算なのだろうか、この方は。
いや、それよりも。
「わたしは普人の文化や言葉を教えるために、連れて来られたのでは?」
「そうだよ」
魔王さまはあっけらかんと頷く。
「旅先でね。あなたは賢い。世界を旅行しようと考えていたなら、文化や言葉は学んであるのだろう?」
「それは、まあ、ひととおりは」
「ほら」
なぜそこで、どや顔になるのか。
「私も国交がある国のことならばひととおりは押さえている。が、普人の国とは疎遠だ。知識もなければ情報もない」
確かに、魔国と関わりがあるのは獣人や魚人、ドワーフやエルフと言った亜人で、そう言う亜人の国を仲介に置いて以外で、普人の国との関わりがない。今回、この国に来ていたことが、異例中の異例なのだ。だから、魔力測定のことも知らなかった。
対して、この国は、普人の国のほとんどと国交を持つ、一大貿易国家。奴隷や娼婦ですら当たり前に複数の言語を使いこなす、文化のるつぼだ。普人の文化を学ぶにはこの上ない環境。独学で、いくらでも知識は食い荒らせる。亜人の国のことも、かなりの情報は得られた。だが、魔国についてはわからない。
お互いの知識を足せばちょうど良いと言うのは、納得出来なくもないが、したくない。
「うん。理解が早いものは好きだな」
したくない、が、それを許してくれるほど、魔国の王は甘くなかった。
「安心すると良い。なにもふたりきりでとは言わない。護衛も側仕えも付ける不自由はさせない」
「わたしは、お受けする、とは」
「おや?」
下から伸びた手に、顎を捕らえられた。
「魔王の馬車に乗り込んでおきながら、逃げられるとでも?あなたは大抵のものならば、力押しで退けられる魔力があるけれど、残念だったね」
にこ。と、魔王さまがとびきり美しく嗤った。
「私の方が、あなたより強いんだ」
ああ、詰んだ。
閉じたまぶたの裏で、友人がどんまいと手を振っていた。
魔力がないからと勘当されたので、これから平民として慎ましく暮らすはずだったのですが。
なんの因果か、魔王さまに捕まってしまいました。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました




