中山裕介シリーズ第8弾
「オレがアイドルヲタに見えた!?」
バラエティ番組の構成会議。裕介は総合演出を担当するアッヤー野村に「アイドルヲタに見えた」と言われる。
果たして今回裕介に与えられた仕事とは――
「YESなの? NOなの?」
人気AV女優、小玉みつみに詰め寄られる裕介。
YESかNOかの意味とは――
「良くないですねえ」
会議室で裕介がぼやく。
一体何が良くないのか――
「YESなの? NOなの?」
何処かで聞いた台詞。
裕介は在京キー局の女性アナウンサー、奥村真子に詰め寄られる。
今度のYESかNOかの意味とは一体何なのか――
中島みゆきの『ファイト!』を聴きながら、車を南青山(港区)にある放送作家事務所<マウンテンビュー>に向け走らせていると、携帯が着信音を鳴らす。
「何だよ曲に乗ってる時に……」そう思いながら車を路肩に停め、音楽を止めて画面を見ると、制作プロダクション<プラン9>の社員、下平希ディレクター殿からの電話。
「またあいつ……」嫌な予感はしたが、出ない訳にはいくまい。
「もしもし」
『もしもしユースケ、今大丈夫?』
「大丈夫だから出たんだろ」
『なら本題に入るね』
早っ! やっぱり仕事の話だったか……。
『ユースケ、アイドルが中心のバラエティって興味あるよね?』
何故決め付け?
「別にない」
はっきりと確言してやった。が――
『またまたそんな事言っちゃって。本当は興味あるくせに』
下平は歯牙にも掛けず。電話の向こうでにやついているあいつが憎らしい。
「どうせまた仕事の話だろ。早く本題に入れ」
アイドルが中心のバラエティという事は分かった。問題は何処のグループか。
『赤坂マーマレーヌが中心の『お願い! マーマレーヌ』って知ってるでしょ? あの番組にユースケも構成として携わって欲しくてね』
下平もきっぱりと確言。有無も言わせず……。
「あの番組、下平がチーフディレクターだったよな?」
『そう。だから頼むよ、お願い!!』
懇願している声色とみせかけて心中では笑っていやがんな。
「しかし君はいつも事務所を通さずに仕事を振って来るなよな」
『だってあんたは急に仕事を振った方が躍起になるじゃん』
ほらね、これが彼女の本音。
「オレに涙を呑んでお断りする権利はねえのかよ」
少し意地悪っぽく言ってみた。気持ち的には半分というか「完全」に諦めてはいるんだけど……。
『パイセンがこんなに頼んでるのに駄目なの?』
下平も意地悪っぽく反撃。
本人が言うように、下平ディレクター殿はオレより一つ年上で業界歴も一年先輩。だが理由は特にないけど初めて会った時から「下平!」と呼び捨てにしていた。それに元ヤンキーにして元読者モデル出身という、異色の経歴の持ち主。元だがモデル出身という事もあり、普段からメイクやファッションには拘りが強い。ある種「ディレクターらしくない」風体のお方だ。
『じゃあ良いよ。陣内さんに話して事務所通すから』
「陣内さん」とは、うちの事務所の社長、陣内美貴の事。
「ヤンか血が騒いだな?」
『騒いだよ、十分』
だが、社長に話すとまで言われたら仕方がない。
「分かったよ、遣るよ。携わらせて頂きます」
陣内社長に言われたらそれこそ有無も言わせて貰えない。それだけ仕事に関してはシビアな人だから……。
『やっぱりユースケ、話が早い!』
「今更ヨイショしても遅いよ」
『別にヨイショした訳じゃないけど。早速<マウンテンビュー>にオファーするから』
オレの気持ちも考えないで張り切りやがって。
「今その事務所に向かってるとこだよ」
『そうなんだ。ならこの電話の序にオファーしとく』
「はいはい。それで(構成)会議はいつから出れば良いんだよ?」
『四月の初めかな』
「四月の初めって、もう二週間もねえじゃん!?」
『だからいつも言ってるじゃん。ユースケは急に仕事をオファーした方が仕事を躍起になって遣るって』
「もう分かったよ……」
電話を切り、再び車を事務所に向け発進させた。もう音楽を聴く気にもなれない。
約十分後に<マウンテンビュー>に到着し、車をコインパーキングに停めて事務所に入る。すると休憩エリアに社長と浜家珠希が座り、二人共にやついてオレと目を合わせて来た。
「中山君、さっき下平さんから電話があったよ」
下平の奴、本当に「序で」にオファーしやがった。まあ、新たな仕事が始まる前に二週間もないからな。
「今度はアイドル番組だってね」
にやつきから欣欣然とした表情で立ち上がったこの人が陣内美貴社長。消極的なオレとは違い、明るくはきはきとした性格で、事務所のスタッフを牽引して行く社長としては適任な人なのだが、仕事のオファーが来たらそれこそ有無も言わせず強引にGOサインを出す人。正直そこが少し苦手な人でもあるのだが……。因みに社長になる前、オレが新人だった頃、教育係を務めてくれた人でもある。
「もう承諾したんでしょ? だったら分かってるよね、中山君はうちの稼ぎ頭なんだから頼むよ。今回はアイドル番組だからって手を抜かないように」
社長の表情は欣欣然としたままだが、目は笑わず念を押す。正直、また自分の時間を失うと思いながら社長の表情を見、言葉を聞いていたのだが、もう仕方がない。
「はいはい、分かってますよ。一生懸命頑張りますから」
「はいは一回で良い。本当に頑張ってくれるんだろうね」
陣内社長はオレが既に仕事を引き受けている為、欣欣然とした表情は崩さないが眼光は鋭くなる。この目も苦手なんだ……。
「もう引き受けたんですから嘘じゃないですよ」
言葉を返すのも困難。
「頼んだからね」
「社長、今度も構成の中には私も入ってますから、ちゃんと監視しときますよ」
「珠希……」
今まで黙っていたと思ったら……。
この浜家珠希、彼女が新人の頃にはオレが教育係を担当していた。だがオレの事を「ユースケ君」と呼び、話す時もタメ語。人の事を言えないがオレを「先輩」として見ているのやらどうだか。しかし彼女が「今度も」と言うように、<マウンテンビュー>に仕事のオファーを受ける時、何故か珠希と一緒になる事は多い。
放送作家が仕事のオファーを受ける時、今回のように制作プロダクションからの時もあれば、テレビ、ラジオ局から、また番組サイドからの時もあり、ケースバイケースだ。
「また一緒だねユースケ君。でも『マーマレーヌ』は私の方が「先輩」だから」
珠希は得意げなにやつき。
「もう良いよ「先輩」。監視されなくても躍起になる性格だから」
「なら宜しい!」
珠希は得意げなまま。頭を一発はたいてやろうか。
こうしてオレは下平ディレクターにも陣内社長からも有無を言わされず、『お願い! マーマレーヌ』の構成に携わる事になった。作家にとって仕事を貰えるのは喜ばしいのだが、下平との仕事はなーんか気が乗らないのも事実……。友達としては良いんだけど。
四月上旬の水曜日、「一緒の現場だから良いよね?」と甘えて来る珠希を助手席に乗せ、TV TAIYOU(テレ太)へと向かう。オレにとっては初の『お願い! マーマレーヌ』の構成会議だ。
「ユースケ君、緊張しなくて良いからね」
テレ太の廊下を歩きながら珠希は笑みを浮かべて言う。
「今更初現場に緊張なんかしないよ。何年この商売遣ってると思ってんだよ」
「それは失礼しました」
珠希は今にも「キャハハッ!」と嗤わんばかりの笑顔。やっぱり頭を一発はたいてやろうか――
A1会議室に入ると、作家の虎南さんに膳所貴子さん、ディレクターで同期のこれまた友人、大場花が集っていた。
「これはこれは「江戸川さん」もこの番組のレギュラーでしたか」
「だからその「コナン」じゃねえよ! 「虎」に「南」って書いて「コナン」だオレは!」
いきなり声を張り上げて突っ込んで来た虎南さん。オレより十年先輩の作家だが、何故だかすっかりイジられキャラ。別にナメてる訳ではないけど、「江戸川さん」とイジるのが挨拶代わりとなっている。
「ったくよお」
虎南さんはうんざりとした口振りだが顔は笑っている。これが後輩からのスキンシップだと分かっているからだ。
「ユースケさんご無沙汰してます。また宜しくお願いしますね」
「ああ、宜しくね」
微笑で挨拶して来た膳所さん。あだ名は「お貴さん」。この人、顔立ちは良くスタイルもモデル並みに抜群。しかも父親はあるIT企業を経営しており、実家は富裕。それに、「私、今まで殆ど努力しないでここまで来ちゃったんです」とか、「腕時計や時計は止まると捨てる物だと思ってました」など、浮世離れしたエピソードを多数持っている。
「ユースケ、久しぶりだな。仕事じゃ初めてだけど宜しく」
「そうだな、こちらこそ宜しく頼むよ」
満面の笑みを湛えて挨拶して来た彼女は大場花。もうお気付きの方もいると思うが、名前を音読みすると「おおばか」となる面白い名前。本人は特に意に介して来なかったようだが、この名前はディレクターのみならず放送業界全体で彼女を知っている人の中では有名。色んな人から「親は考えなかったの」と訊かれているようだが、「考えなかったんじゃないですか」と軽く返しているようだ。
そしてオレと同じで日本史好きで城好き。それで仲良くなった。
それに、女性ではあるが普段から言葉も服装も男性。胸は晒しで潰している。だからといってトランスジェンダーではなく、男とも女とも恋愛が出来る、所謂バイ&セクシャル。
「最近城巡りしてる?」
「忙しくて中々行けないんだよ、それが」
「まあな、オレも同じだよ」
「お二人さん、共通の趣味があって良いね」
珠希が茶化す。
「どうせ歴史ヲタだよ、オレ達は」
大場が微苦笑を浮かべる。
何だかんだ話している内、
「おはようさん」
「ユースケ達もう来てたんだね」
番組の総合演出、アッヤー野村さんと下平チーフディレクターの登場。
「ユースケ、今回は途中参加で申し訳ないけど、頑張ってね」
野村さんは笑みを浮かべてエールを贈る。
「そうですよ、しかも急に。何でオレにオファーしたんですか?」
「それは簡単だよ。ユースケがアイドルヲタに見えたから」
「オレがアイドルヲタに見えた!?」
「そう」
野村さんは澄まし顔で明言。
「でもオレ、別にアイドルに興味ないっていうか、AKBにも推しメンはいませんよ」
オレも明言。
「そうなの? てっきりアイドルみたいなかわいい子が好みだと思ってたんだけど。でも良いでしょ、改編期なんだから」
全く意に介さず。
「それはあなたの完全なる曲解です。それに急過ぎですよ。二週間もなかったんですよ」
細やかな反論。通常、改編期のオファーは遅くても二、三ヶ月前にはされるもの。
それに、「アイドルみたいなかわいい子が好み」というより、「インテリジェンスそうな」女性の方が好みなのですが――
「でもユースケ、あんたは急にオファーした方が仕事を躍起になって遣るんでしょ?」
下平の奴……。下平と目を合わせるとにやついていやがった。
それはそれとして、演出家のアッヤー野村さん、「アッヤー」は何処から来ているかというと、野村さんの本名が文菜だから。あるお笑いコンビの人に付けて貰ったらしいのだが、由来は「この男社会、演出家として戦って行けるように」という、意味が分かるんだか分らないんだかっていうエピソードが由来。確かに女性演出家は放送業界では少ない。
だが本名の頭の「野」と下の「菜」をくっ付けると「野菜」となる、この人も少し面白い名前の持ち主。
オレが下平を睨み付けていると――
「まあまあユースケ、そう言わずに仲良く遣ろうよ」
声がした方を振り返ると、先輩作家の中野靖子さんが笑みを浮かべて立っていた。
「中野さんでしたか。また宜しくお願いします」
「ご無沙汰。また宜しく」
中野さんは笑みを崩さず迎えてくれた。
「ユースケさんも大変ですね」
澄まし顔で言って来たのは神野彩子さん。この人、ちょいと曲者で――
放送作家と成る前の大学時代、地元愛知県のあるローカル番組の『美人さんいらっしゃい!』というコーナーで、五週連続勝ち抜くという経歴の持ち主。
「これは東京でもやって行ける」と思った彼女は、大学卒業後に直ぐに上京。モデルの事務所に所属するなど活躍の道を模索していたらしいが、結果的には挫折。「それで」かは知らないが、作家の道へと進む事になる。
まるで駆け込み寺のような放送作家業界、そこが良いとこ? 悪いとこ?
それはともかく、神野さんは今でも忙しい中、週五でエステに通うなど「美」に関しては拘りが強いお方。スタッフの女性の中でも自分が一番「美人」だと思っている。
「神野さんもご無沙汰。また宜しく」
「宜しくお願いします」
神野さんは笑顔一つ見せず最後まで澄まし顔。何とプライドの高いお方……。
「ユースケさんお久しぶりです。宜しくご指導の程お願いします!」
元気に挨拶してくれた主は作家の宮根君。
「おう! 宜しく」
オレも彼に合わせて元気に返したが、この宮根君も中々の曲者で――
宮根君は作家に成る前、バンドを組んでボーカルを担当していたという。だがメンバーの脱退などでこちらも挫折。その後、アルバイトをしながら何か定職に就こうとしていた矢先、放送作家の事務所の求人案内を見、面接を受けた所、見事今の事務所に合格。最初は企画書の書き方すら分からなかったというが、最近になって漸く分かって来たという。しかし、それもどうだか……。
でも、また放送作家業界は駆け込み寺状態。果たしてこれで良いのやら――
やがてチーフプロデューサーの大村さんも「皆お疲れー」と言いながら会議室に入って来、「役者」が揃った所で会議開始と思いきや――
「さあ、会議を始めたいんだけど、下平と島田は最近上手く行ってるの」
野村さんが下平に問い掛ける。
「もう別れたんですよ」
下平は真顔でキッパリ。
「そうなんですよ! もう別れたのに席が近い!」
島田智也ディレクターは微苦笑を浮かべながら破局を認めた。下平と島田君が交際していた事はオレも知ってはいたが――
「あんた達いつの間に別れたの。喧嘩別れ?」
野村さんは心配というより興味津々。
「別に喧嘩別れじゃないんですけどね。只仕事に対しての見解の相違っていうか。割と円満な別れでしたよ」
下平は淡々と別れた理由を説明する。だが下平は喧嘩っ早い性質だからなーんか怪しい。
「そうなんですよ! 仕事を離れれば良い友達ですよ。でも席が近いから席を替えてくださいよ!」
確かに下平と島田君の席は間に野村さんを挟んだだけ。
「何なのこの番組。そりゃあさあ、スタッフがこんなんだからPTAも観るなって言うよ」
中野さんは苦笑。
『マーマレーヌ』は毎週土曜日十六時から十六時五七分までの放送。中野さんが言うように、ワースト番組にも入っている事も事実。
「でも良い友達だったら今の席順でも不満はない筈だよ」
野村さんは歯牙にも掛けない。
「だから「仕事を離れれば」の話ですよ」
島田ディレクターは声のトーンも落ち、懇願というより諦め顔。さっきまでの勢いはどうした? どうせ破局した時から今日野村さんに訊かれなければ、とっくに諦めが着いていたのだろうて。
「それより智也、ユースケは今日が初めてなんだから例の挨拶してやんな」
下平から促された島田君は、
「ああそうだな」
席替えを要求した時とは打って変わった笑顔になり、
「ユースケ君、今日から宜しくお願い島田!」
両腕を頭の上に上げ合唱するという独特なポーズで挨拶して来た。これはもしや――
そう思ったオレは、
「こちらこそ宜しくお願いユースケ!」
島田君と同じポーズで挨拶した。が――
「全然掛かってねえよユースケ」
「そうだよユースケ君、島田君とは違うよ」
虎南さんと珠希に立て続けに突っ込まれ、会議室は失笑に包まれた。
「まあオチも付いた所で、会議を始めよう」
野村さんの号令により、やっと会議は始まる。
ここでちょっと遅くなったが『お願い! マーマレーヌ』とその主役グループの説明。まずは番組の主役、赤坂マーマレーヌ。日本のAV女優やグラビアアイドル、モデルといった多業種の芸能人で構成された女性アイドルグループである。リーダーはAV女優の瀬戸ゆみ。今から四年前の四月、第一回目の『お願い! マーマレーヌ』のレギュラーで結成された。アイドルだからといっても恋愛禁止という制約はなく、飲酒、喫煙なども個人の自由。週刊誌に撮られても「自己責任」である。モットーは「エロく、正しく、美しく」だそうだ。
赤坂マーマレーヌの「赤坂」は何処から来ているかというと、番組の総合演出でグループをプロデュースするアッヤー野村さんの事務所、<オフィスNomura>が赤坂にあるから。が――
初日の会議の後で訊いた。
「最寄り駅が赤坂っていっても、実際は赤坂見附(港区赤坂三丁目)じゃないですか」
こう野村さんに突っ込むと、
「赤坂見附マーマレーヌじゃ語路が悪いじゃない」
と軽く往なされた。
序に「マーマレーヌは何から来てるんですか? マーマレードなら知ってるけど」
負けじと突っ込むと、
「ああその事ね。それはちょっと頭を捻ったよ」
野村さんは思わせ振りな表情。
「マーマレーヌは夕方の番組だから、子供にも観て貰いたかったから」
「じゃあ「ヌ」は何を捩ったんですか」
少し意地悪っぽく追及してみる。
「それは簡単だよ。うちの事務所のスタッフの一人が「何?」を「なぬ?」って言うの。理由は分からないけどね」
「面白い人がいるんですね」
「そう。その「ぬ」をカタカナにしたらかわいくなって使えるんじゃないかと思って採用したら、見事大当たりだよ」
野村さんは得意げな表情。でも、特に「頭を捻った」発想でもないと思うのですが――
「……そうだったんですね」
自分から追及しておいてこれくらいしか返す言葉が見付からず。
だがグループ結成までは苦労したようで――
グループ名を思い付いたまでは良かったのだが、色んな在京キー局に企画を持って行くものの、予算の都合上中々企画が通らず苦戦したそうだ。
最初は純女性アイドルを企図していた野村さんだったが、赤坂マーマレーヌの中にAV女優、グラビアアイドルなど多業種の女性を投入してみたら面白いのではないかと画策し、再度キー局に企画を提出。
しかし、やはり「予算」がネックとなって中々企画は通らなかったらしいが、TV TAIYOUの大村プロデューサーだけは「これは面白い!」と直ぐに食い付き、やっと企画が通ったそうだ。半ば諦めかけていた矢先の事だったという。
「志を諦めなかったんですね。流石は男勝り」
少々皮肉。だって男勝りな性格は本当だから。
「どうしてもアイドルをプロデュースしたくてね」
野村さんは「男勝り」の言葉はスルーして満面の笑み。余程アイドルプロデュースの志が叶った事が嬉しかったのだろう。その気持ちが嫌でもひしひしと伝わって来る。
こうして毎週土曜日夕方に放送される『お願い! マーマレーヌ』はスタートされた。最初は六人で誕生した赤坂マーマレーヌだったが、隔週金曜日にオーディションを行い、一人から二人ずつメンバーを増やして行き、オレが構成に加わった時にはメンバー二十人の大所帯となっていた。だが、現在はオーディションは終了している。
次に『お願い! マーマレーヌ』の説明。先にも言ったが、毎週土曜日の十六時から五七分にTV TAIYOUと大阪の準キー局、太陽テレビ他で放送されているバラエティ番組である。MCはお笑いコンビのTEAM―2の岡村君と益田君の二人。通称は『おねマ』。
主なコーナーは、『マーマレーヌソング』。赤坂マーマレーヌがダンスと歌を披露する。別にマーマレーヌの新曲だけではなく、他の歌手、バンドといったマーマレーヌと直接関係のない人の曲も披露するとの事。
『教えろ! マーマレーヌ』。マーマレーヌのアンケートの真偽を明らかにするコーナー。マーマレーヌ達の極秘に実施されたアンケート回答に嘘偽りがないか、スタジオで公開チッェクさせる。
『NEWS Reo』。報道番組風のコント。モデルのReoがメインキャスター、TEAM―2の益田君がコメンテーターとなり、赤坂マーマレーヌメンバーの近況を報告する、ファンには堪らないコーナーだろう。多分……。
『夏目そらのダメ出しドキュメント』。AV女優で初代リーダーの夏目そらのドキュメンタリー番組風のコント。夏目が収録中に気になったメンバーの言動に対し、収録後にダメ出しをする姿の一部始終をドキュメンタリー風に演じる。
例えば、収録中メンバーの一人が益田君としりとりをした際、「ゲゲゲの鬼太郎」と益田君は答えた。しかしメンバーの一人は「ロンパリ!」と回答。
益田君は「最後は「う」だよ!」と突っ込む。勿論、オンエアの際には「ロン
パリ」の部分は「ピー音」隠し、口元は番組ロゴで隠れていたが、その言葉は問題視され収録後、夏目はメンバーの下に訪れ、「何であんな差別用語を言ったの!?」とダメ出しというより叱り付ける。
所が問題発言をしたメンバーは苦笑しながら、「ごめーん。あれが差別用語だと知らなかったの」と反省しているのかいないのやら……。「ロンパリ(またピー音で隠す)は立派な差別用語なんだよ! 今度から気を付けて!」。「はーい。分かりました!」メンバーは苦笑したまま。「本当に分かってる?」夏目は呆れる。今回はダメ出しを「ドキュメンタリー風に演じる」のではなく、本気の説教だった。
四月中旬の木曜日。テレビだけでは番組のテンションが分からないと思い、初めて『おねマ』の収録を観に行く事にした。
「あらユースケ、今日はどうしたの?」
野村さんは現場に作家が現れた事に少々驚いている様子。放送作家が現場に現れるのは、出演者との打ち合わせがある時くらいなもの。
「ちょっと番組の雰囲気を学びたいと思いましてね」
「そう、勉強熱心だね」
「ね? 野村さん、急にオファーした方が躍起になるでしょ。ユースケは」
下平はいたずらっぽくにやつく。またそれか……。
「別に急にオファーしなくてもいつも一生懸命だよ、オレは」
細やかな反論。
「それなら良いけど」
下平はにやついたまま。こいつの頭も一発はたいて遣りたくなって来た。
「まあ躍起になる事は結構だけど、今日は容赦しないよ」
野村さんの眼光が鋭くなる。てっきり自分に言われたかと思いきや、野村さんはサブ(副調整室)を出て行きスタジオへと向かう。「容赦しないのはオレではなかったのか」そう思いながら、野村さんがスタジオへ通じる鉄階段をハイヒールで『カンカンカンッ!』と鳴らしながらスタジオへ降りて行く姿を見送った。
スタジオにはTEAM―2の二人とマーマレーヌのメンバー達は既にスタジオ入りしている状態。一体何を容赦しないのか? モニターを観ながらスタジオの様子を見守っていると、野村さんはあるメンバーに近付いて行く。
「ねえ山田、また事前アンケートを未記入で出したね。どんなバラエティでも出演者のアンケートは凄く大事なんだよ! ここから番組を作って行くから私達スタッフも真剣に目を通すの!! それを白紙で出すなんてこっちからしたら考えられないよ!」
野村さんは山田に雷を落とす。山田は「済みません……」と返すのみで神妙としている。
「全く。今度から気を付けてよ」
「はい……」
野村さんの眼光の鋭さに山田は根負けした様子。
「流石は野村さん。演出家として鬼の顔も持ってるな」
「あの子これで三回目なんだよ。一回目はあたしが注意したんだけどね。何でも良いから書いて出してって」
下平もうんざりしている。
「まあな。事前アンケートは如何に取っ掛かりを作れるかの元だから、それを白紙で出されたらオレ達作家も困る」
山田の事は少しかわいそうだとは思うけど、番組制作には「鍵」となる重要なものだから。
野村さんの説教も終わり、改めて本番。
「さあ今週も始まりました。『お願い! マーマレーヌ』。皆さん張り切って行きましょう!」
「はーい!!」
岡村君の一声とメンバーの威勢の良い返事と共に収録は始まった。その中で気になった事が――
この日はメンバーで東京都内で食べられる激辛麻婆豆腐を食すという企画があったのだが、ロケに出たメンバー二人はスプーンで一口食べると「辛い辛い!」「ヤバいこれ!」と、激辛麻婆豆腐に悶絶していた。その麻婆豆腐がスタジオに運ばれて来て――
「瀬戸も食べてみなよ」
益田君が促す。
「ええっ!? 私もですか?」
瀬戸は戸惑いながらもセットのセンターに出て行く。サブで観ていたオレは、
「あんまり嫌そうじゃないな」
誰ともなく呟く。
「瀬戸は番組の元気印だからね」
「元気があるのは大変良いんだけど、元気があり過ぎるのも玉に瑕だよね」
下平と野村さんはモニターを見詰めたまま思わせ振りの口振りで返す。聞こえていたか。だが、玉に瑕なのは直ぐに分かった。
激辛麻婆豆腐をスプーンに取り一口食べた瀬戸は、
「ああっ! 辛い辛い!」とVTRに出演したメンバーと同じリアクションをするのだが、その時のリアクションが大き過ぎて、マーマレーヌ特性の制服のミニスカートがはだけてパンツ丸見えとなってしまう。
「おい瀬戸、またパンツが見えちゃったぞ」
益田君が突っ込む。
「そうですか? それは失礼しました」
瀬戸は謝るものの、その後も――
TEAM―2のトークに「アハハハハっ! ウケる」と足を大きく開きまたパンツ丸見え。『マーマレーヌソング』のコーナーでも、振りが大胆過ぎてまたパンツ丸見え。約二時間の収録中、瀬戸は四回もパンチラを見せた。
「元気印とはそういう事か。でもAV現場じゃなくて、ここでストレスを解消してるようにも見えるな」
「違うよ。あの子はAVの現場だけじゃなくて、何処の現場でもあんな感じ。元気が良過ぎるんだよ」
今度は下平が呟くように言う。
「また編集大変だね。下平と林、頼んだよ」
野村さんの指令に下平チーフディレクター殿と林ディレクター殿は、うんざりとした口振りで「はい」「分かってますよ」と答える。瀬戸がパンチラ状態となるのは、一回や二回じゃないのだろうて。
だが、これで番組のテンションは分かった。後はどうやって番組を構成して行くかだ。
それはそれとして――
「ユースケ、番組の雰囲気は今日で分かっただろうけど、六月にライブがあるの。その雰囲気も感じ取って」
野村さんが今度はオレに指令を出す。
「えっ!? ライブまで観なきゃいけないですか」
素朴な疑問。
「虎南や作家達も一度はライブを観てるから」
野村さんの爽やかな笑顔。有無も言わせないな……。
「分かりました。ライブも観に行きますよ」
自腹で。
「ユースケにももっとマーマレーヌの事を知って貰わなきゃね」
野村さんの期待する顔と下平のいたずらっぽい笑み。打ち合わせがなくても、作家はそこまでしなきゃいけないって事かいな?
「でもチケットは買わなくて良いからね。こっちで席を用意するから」
「そうですか。ありがとうございます」
っていうか、スタッフなら当たり前。これで車のガソリン代だけ自腹で済む。
六月中旬、オレは赤坂マーマレーヌのライブ『そうだ! いろんなトコロへ行ってみよう!!』の横浜公演に出向いた。総合演出者に明言されたら従うざるを得ぬ……。
ライブ会場に着いてスタッフ出入り口から会場に入る。まずは野村さんに挨拶。
「あらユースケ、来てくれたんだ」
野村さんは満足げな笑み。
「ライブに来いって言ったのは誰ですか」
「ああ、私だったね。さあこっちに来て」
野村さんは悪びれる事もなく、オレをステージ裏へと案内する。
「ここでライブを観て」
そこはスタッフ用控え室。
「ここでライブを観るんですか?」
「そう。スタッフはここでね。ここでモニターを観てライブの様子を観るの。大丈夫だよ、番組で反省会をする予定だから、カメラは三台あるし」
「そうですか……」
オレの目の前には26インチのテレビが置かれていた。虎南さん達も「生」でライブを観るのではなく、この扱いだったのだろう。
中規模のライブハウス。観客は約五千人。赤坂マーマレーヌも随分売れたものだ。そう思いながらライブをモニターで観ていた。だがやはり、リーダーの瀬戸は振りも大きく曲の所々でパンチラを見せている。そこを狙って携帯で写真を撮影するファンもいるくらいだ。それだけファンの間では瀬戸のパンチラは有名だって事。
「瀬戸は相変わらず元気が良いですね」
少々皮肉っぽく言ってみる。
「そうなんだよ。瀬戸には元気があるのは結構なんだけど、パンチラにはミニスカートなんだから気を付けてって言ってるんだけど」
左隣に座る野村さんは諦めの表情。この日のライブの衣装は、見えても良いパンツをメンバー全員着用してはいたのだが……。若いって素晴らしいという事か。
新曲二曲、アルバムの曲七曲を歌い上げた所で、メンバーは衣装替えの為、一旦ステージ裏へ移動。会場は休憩となる。
「この間にトイレに行って来ます」
「うん」
野村さんに告げ、トイレへと向かう。
用を足し終え控え室に戻ろうと通路を歩いていると、若い女性の後ろ姿が目に入った。しかも全裸……。ここはスタッフも利用する通路。男性は無論、女性スタッフも何も言わないが、顔は困惑。その彼女の正体は瀬戸ゆみ。パンチラだけかと思ったら全裸も見せるのかこの女は――
他のメンバーは無論更衣室で着替えをしている。が、瀬戸だけは通路で着替えをしているのだ。豪快なんだか羞恥心がないのやら……。
「ゆみちゃん、着替えはここじゃなくても更衣室はちゃんとあるんだよ」
思わず声を掛けてしまった。
「あら、あなたは誰ですか?」
瀬戸は怪訝な表情を見せる。そういえば彼女はオレの顔も名前も知らないんだっけ。
「これは突然に失礼。番組作家の中山です」
「そうでしたか。作家さんなんですね」
そう言いながら瀬戸は着替えを続ける。
「どうして更衣室に行かないの」
当然の疑問。
「だって更衣室まで行くの面倒臭いじゃないですか」
平然とした答え。
瀬戸はオレが見ているのも気にせず着替えを続ける。やっぱり男は見てしまう。
「そうなんだ……」
これくらいしか返す言葉も見付からず……。
「ええ。私はスタッフさんなら見られても平気なんで」
「分かりました」
そこまで言われたら仕方がない。オレはそれ以上は何も言わずスタッフ控え室に戻った。
「今瀬戸が通路で着替えてましたよ。「更衣室まで行くのが面倒だ」って言ってね」
野村さんに愚痴るというかぼやく。
「あの子そんな事もしてるの!?」
野村さんも知らなかったようだ。「信じられない!?」といった口振り。
「ええ。男性も女性スタッフも困惑してましたよ」
「あの子ってパンチラだけじゃなくて本当に奔放」
野村さんはこれ以上言葉が続かない様子。心底呆れている。
そんな事を話している内に、ライブの二部が始まった。
ライブが終わって二週間後。野村さんが週刊誌のインタビューに答え、演出論を熱く語ったそうだ。オレは読んでいない、というか読むつもりもなかったが、事務所にその雑誌が送付されて来た。
「中山君に贈り物だよ。これ読んで勉強しなさいって事じゃない」
陣内社長が送付されて来た雑誌を微笑を浮かべながら手渡して来る。
「勉強ねえ」
仕方なく雑誌を受け取った。インタビュー記事を読んでみる。
『男性が席巻する放送業界でありながら、その過激な作風で「深夜番組の帝王」と呼ばれるテレビディレクターのアッヤー野村。
現在は夕方放送のAV女優を起用したアイドルユニットを手掛ける氏が、視聴者には分かり辛いバラエティに於ける「演出」の役割について語ってくれた』
初めはこんな感じ。別に「勉強しなさい」という意図じゃなくて、「私は勝ち得たよ」と自慢したいだけで送付して来たんじゃないか? こう思いながら続きを読み進めて行く。
『確かにマーマレーヌは背負っているものは大きいですよね?』
「マーマレーヌは背負ってますよー。AV女優っていうのは、やっぱり「差別」はされないけど「区別」はされてしまうカテゴリーですからね。あの子達はその事を凄く分かっているんですよ。でも逆にそれを糧にして水を得た魚のようにステージで輝いていますから」
『ある意味、普段お世話になっている男性から「区別」を受ける訳ですもんね?』
「そうですよ! 世の男性にとってはありがたい存在じゃないですか。それを区別するんじゃない! って気持ちで彼女達は臨んでいる。だからライブでも凄く人の心を打つんですよ。
人前に出ようなんて子は一癖も二癖もありますよ。で、何処で身に付けたか知らないけど、ダメな知恵ばっかり持っている」
『ダメな知恵(笑)』
「クラスでウケたネタレベルの事を突然言って来るから、そういうのは根こそぎ剃ってやりましたよ」
「何何? 野村さんから送られて来た雑誌読んで勉強してるのユースケ君」
そこに珠希がニヤニヤしながらオレのデスクに近付いて来る。
「勉強してるというより、「読まされている」感の方が強いよ」
「そうなの」
珠希が雑誌を覗いた。
「これ以上はもう良い。こんな事雑誌で読まなくても直接聞ける」うんざりしながらそう思い、雑誌を珠希の方へ「ほら」と言って向ける。
「もう良いんだ。何処まで読んだの?」
「「根こそぎ剃ってやりましたよ」までだよ」
「そうなんだ。『怖いなあ』」
珠希が声に出して読み出す。
「「大変と言えば大変なんですけど、それをやらないとそこら辺にいるバカなユニットと一緒になっちゃうから。一年くらいじゃ「何で私怒られてるの?」って感じでしょう。結局、番組を成功させるかは培った信頼関係と年輪があってこそ。よそから拝借して来たようなツマラナイ事言って来たら速攻でシバきます!」っか。何か怖いね、野村さんって」
「演出論を語るとな。根は優しい人なんだけど」
野村さんの名誉の為に言っておく。
「根は優しいねえ。確かに普段からテンションも高いしそうだとは思うけど」
珠希は苦笑した。
「珠希が苦笑するなんて珍しいな」
珠希はいつも元気が良く、苦笑なんてしない子。
「本当に怖いなって思ったから」
珠希は真顔で言う。
「大丈夫だよ珠希、野村さんと四年も仕事してるんだろ?」
「まあ普段は優しいけどね。でもこの記事を読むとちょっと」
珠希がニヤリとした。これが本当の珠希。口では「怖い」と言いながら全く物怖じしていない。
「珠希、君は大物になるよ」
「何急に?」
「いや、単純にそう思ったから」
「ホント! ありがとう」
珠希は破顔。ほらね、この女はそういう奴なんだ。
後日、『おねマ』の会議に顔を出すと、
「ユースケに珠希、私の雑誌読んでくれた」
開口一番に訊かれた。
「ええ、読みましたよ。最後まで」
嘘。
「私も読みました。最後まで」
こちらも嘘。
「本当、色々勉強になったでしょ」
野村さんはご満悦。
「やっぱりそうか、ユースケ達の所にも郵送されて来たか」
虎南さんは微笑を浮かべる。虎南さんは野村さんと同期だから、別に野村さんの演出論で勉強する必要はないと思うんだけど。
「「江戸川」さんの所にも送付されて来たんですか」
「だからオレはその「コナン」じゃねえよ! 「虎」に「南」と書いて「虎南」だオレは!」
虎南さんは声量を上げて突っ込んで来る。
「これは失礼。でも虎南さんにも「勉強しなさい」って意味で郵送したんですか?」
「いや、虎南には自慢したくってね」
野村さんはニヤリ。
「やっぱり只の自慢かよ」
虎南さんはうんざり。
そこにお貴さんが「おはようございます」と挨拶しながら会議室に入って来た。
「おはよう。お貴さんの所にも野村さんがインタビューに答えた雑誌、送られて来た?」
「はい送られて来ましたよ。「一応」最後まで読みましたけど」
「「一応」って何よ? 膳所」
野村さんはやや不機嫌な表情。
「だって郵送されて来たら最後まで読むしかなくないですか」
お貴さんは平然とした表情。でも、お貴さんも最後まで読んでいないな、多分。
嘘と自慢をない交ぜにして、この日の会議は始まった。
八月上旬の会議での事。
「初代リーダーの夏目そらが卒業する事になったから」
野村さんから発表された。
「そうですか、何でですか」
別に訊くつもりもなかったが、訊いてしまった。
「彼女はAV女優でしょ? まだまだ活躍の舞台はあるよ。それに本人の要望もあったんだよ」
野村さんはライトな答え。
「それもそうですね。本人からの要望じゃ仕方がない」
こう応えるしかあるまい。
そしてこの週の木曜日の収録で、
「今日の放送を持って、夏目そらちゃんが赤坂マーマレーヌを卒業します」
岡村君から告げられた。
「ええっ! 何か寂しくなっちゃうね。それも初代リーダーだし」
益田君は泣き真似をする。果たして本心なんだかギャグなんだか分かり辛いのが益田君。
現リーダーの瀬戸から花束が贈られた。
「これからも頑張ってね」
瀬戸は涙を流し、これには夏目も貰い泣き。つられてか知らないけど、メンバーの中にも十数人泣いている子がいる。こちらも本心なんだかどうなんだか……。
「それに序と言っちゃあ何ですけど、森野知沙ちゃん、佐藤奈々ちゃん、外種田結ちゃんの三人がマーマレーヌと兼任しながら、The Butterに移籍する事も決まりました」
岡村君は淡々とした口振りで告知。
「最後にそらちゃんから一言どうぞ」
益田君も淡々とした口振り。やっぱりさっきの「寂しくなっちゃうね」はギャグだったか?
「今、岡村さんから発表がありましたけど、移籍、兼任。正直頭の整理が出来ていません」
夏目は新体制を完全には理解していない様子。
The Butterは今年十月に結成される予定の、赤坂マーマレーヌの姉妹ユニット。森野、佐藤、外種田の三人は何れもファッションモデルで、顔もスタイルも申し分ない。オレ達も八月上旬の夏目が卒業すると発表された会議で初めて聞かされた。一体野村さんは何がしたいんだか。そう思い、
「どうしてですか」
単刀直入に訊いた。
「あの子達はもう二十代前半、半ばでしょ。しかも森野と佐藤は借金があってね。外種田はもう三歳の子供がいるシングルマザーなんだよ」
「そうなんですか、それで?」
「そんな訳ありな女性を集めたアイドルグループがいても面白いんじゃないかって思ってね」
野村さんはニヤリ。
「へえ……。確かに面白いかもですね」
そう応えるしかあるまい。この業界は人の「夢」を「金」に換える商売でもあるから。
「野村は色々と冒険したい性分なんだよ」
最後は虎南さんが「仕方ない」といった表情で締めた。
話は収録へと戻る。
「私が卒業した後は、十数人で色んな困難を乗り越えて、楽しさを分かち合い、より良いグループになって行く。そんなメンバーのライブや成長を陰から見守って、「流石私の教え子!」とニヤニヤした生活を送る。当たり前のようにそんな未来が来ると思ってましたけど……」
後日、
「やっぱり夏目は複雑な心境っぽかったですよ」
野村さんにいたずらっぽく言ってみる。
「だってしょうがないでしょ。もう決めっちゃったんだから」
野村さんはまたしてもライトな応え。まあ確かにそうだけど……。
「まあ上手く現実を受け取れないようですけど、赤坂マーマレーヌは今後も存続して行きます。残ったメンバーを引き続き応援してあげてください」
岡村君は柔和な顔付で夏目を諭す。
「はい、そのつもりです」
夏目は泣きっ面に笑みを浮かべて誓った。
それにしても「訳あり」のThe Butter。果たして売れのやら否や――
夏目が卒業してから二ヶ月が経った十月下旬の収録での事。
「ユースケは頻繁に収録の現場に来て、本当に勉強熱心だね」
野村さんは感心しているようだが――
「だから言ったでしょう野村さん。この男は仕事を急にオファーした方が躍起になるって」
下平はからかう笑み。またそれか。こいつは……。頭ではなく顔をぶん殴りたい衝動にかられた。だが、ここはグッと我慢して今日も収録が始まる。
この日の番組後半はReoが主役の『NEWS Reo』のコーナー。
「では今日の特集です」
「今日は何だろう」
コメンテーター役の益田君が期待した口振りで言う。
「当番組にて度々指摘されている、赤坂マーマレーヌのリーダー瀬戸ゆみのパンチラですが、あれは彼女の大きなおっぱいが原因ではないかと思われます」
Reoは「ニュースキャスター」らしく真顔で言及。
「Hカップのおっぱいが原因ですか。只単にオーバーな動きだけな気がしますけど」
益田君は「コメンテーター」らしく微笑を浮かべて否定する口振り。
「いや、私はおっぱいが因子だと思います。このVTRをご覧ください」
ReoのV振りにより、瀬戸の過去のパンチラVが流れる。
オレはサブでVを観ていたが、トーク、歌の振り付けと瀬戸のパンチラ映像がパンツの部分は番組ロゴで隠されていた。確かに瀬戸は胸に両腕をぶつける度にパンツを見せている。だが――
「まあ、両腕がおっぱいに当たる度にパンチラはあるけど、ただ両股を高く上げてるだけだからじゃない? 僕はそんな気がするんだけど」
益田君のコメントを受け、
「オレもそう思うんだよなあ」
心の声が口から出てしまった。
「いいえ、あれは絶対におっぱいが原因です」
Reoはキャスターを演じ切り真顔で頑な。まあ、台本通りではあるんだけど。
だから、
「違うよユースケ。因子はおっぱいで結論が出たでしょ」
「以下同文」
野村さんも下平も頑な。
「まあそういう事にしておきましょう」
益田君は折れる。これも台本通り。
「はい、それでは次のニュースです」
Reoが続ける。
本当にHカップの胸だけが因子なのか? 釈然としないがオレも作家の端くれとして従うしかない。
時は移ろい十二月、年内最後の収録が行われた。
オレはスタジオには行かず、文京区内の自宅マンションで年明け一回目の放送を録画し、帰宅してから二三時過ぎに観たのだが、この日のコーナーは益田君メインの『男性をシビレさせる告白の言葉を教えて!』。
メンバーに事前アンケートをし、特に良かった回答を益田君が発表して行く。その中で特出した内容だったのが、グラビアアイドルの中田明世。彼女の回答は、「私を窓辺に飾ってよ。良い花咲くよ」だった。何か男勝りでクールでカッコ良い。
スタジオでも、
「何これ! 自信がないとこんな事言えないよ」
岡村君が驚愕すれば、メインの益田君も、
「男でもこんなクールな事言えないな」
と感心する。
確かにオレも「オレを窓辺に飾ってくれよ」なんて台詞は言える度胸はない。
「これ相当勘考したんじゃないの」
益田君が訊く。
「いや、特に。只想い付いた言葉を書いただけです」
中田は笑みを浮かべているが淡々とした口振りで答える。
他のメンバーからも、「明世ちゃん凄い!」「私には言えない」と感嘆な声が上がっていた。
「今年は中田の年になるか?」多分勝気な性分だろう中田の姿を観ながら、期待半分呆れ半分でその後は言葉も出なかった。
一方、番組MCのTEAM―2、岡村君と益田君はマーマレーヌのメンバーに対する対応は対照的である。
益田君は番組中、「Reoがかわいい」とか「中田とは付き合っても良いな」番組開始当初からニヤニヤしながら言って贔屓していたそうだ。
益田君がその一言を発する度、Reoは「ありがとうございます!」。中田は「イヤー!」と拒絶したり「ごめんなさい、彼氏いるんです」と応えていたという。
反面岡村君はマーマレーヌのメンバーに対し、「全く興味がない」と明言していたそうだ。
だが、メンバー二人を贔屓している益田君、メンバーに興味がない岡村君は疎かメンバーからの土産を受け取らず、番組忘年会にも出席していない、正に距離を置いた関係。
年明け一回目の収録でその事が気になり、二人に訊いてみた。
「野村さんやプロデューサー、ディレクター達も出席してたのに、何で忘年会に来なかったの」
「忘年会なんかに僕らが呼ばれたりすると軽く見られたりするじゃないですか」
岡村君は至ってクール。
「そうそう。写真週刊誌に狙われたり色々面倒な事が起こるかもしれないし」
益田君はニヤニヤ。トラブルが起こる事をそんなに警戒していないんじゃないか?
「そうなんだ。お二人共色々大変なんだね」
TEAM―2の二人がそこまで考えているのなら、「土産を受け取れ」とか「忘年会に出席しろ」とは言えない。
二月上旬のある日。オレは人気AV女優の小玉みつみから、元カノ、チハルが経営するバー<AIR>に電話で『今日会えない?』と呼び出された。みつみはチハルから紹介された新たな彼女候補。
チハルは数年前までキャバで働きながら、AVの企画女優(単体では売っていない女優)のアルバイトも遣っていた。
オレがまだ新人作家だった頃、ある番組の取材でAVの撮影スタジオへ行った時の事。捲りで覆われたパネルの後ろに全裸の女性が立ち、一般的には簡単なクイズが出題されて行く。不正解の場合は捲りが一、二枚ずつ剥がされて行き、正解数に応じてイケメンの男優、不細工、又は中年の男優とSEXするという内容だった。オレはチハルの番になった時、近くに置いてあったスケッチブックでちょっといたずらをした。
MC役のスタッフが、
「関ヶ原の戦いで徳川家康と対決した武将の名前は何でしょう」
とチハルに問題を出す。答えられない彼女に、オレは「小栗旬」と書いてチハルに見せた。「そんなアホな!」という答えだが、チハルはあっさり読んで見事不正解。腹のあたりの捲りを二枚剥がされた。
これが彼女との出会い。結果的には、チハルはイケメンの男優とSEX出来たのだが、それだけ当時のチハルは「おバカキャラ」だった。しかも、憤ったチハルは撮影終了後、「お詫びにデートに誘え!」と理解不能な要求をして来る。一応約束は果たしたが、それ以来、芳縁が続いていた。だが――
ある番組で閑職に回されたオレは、気分が鬱屈し、彼女のブランデーを無断で、しかも午前中から飲んでしまった。当然呆れられたが、その後も「無許可」でチハルの酒に手を出してしまい到頭大喧嘩。挙句の果てに、彼女の両頬に力一杯平手打ちをするという暴力を振ってしまい、愛想を尽かされてしまった。
もう顔を合わせる事はないのだろう、そう思っていた矢先、ある共通の友人から和解した方が良いと促され、半ば強引にチハルのバーに連れて行かれ約一年ぶりに彼女と再会した。
初めはお互いよそよそしい態度だったが、チハルもオレも酒が進むにつれ徐々に緩和。和解する事に成功した。それは良かったのだが、今はチハルとのいきさつを語っている場合ではない。
チハルとみつみはAVのバイトをしていた頃に知り合い、友達となった。チハルはその後、弟バレにより女優を引退するが、みつみは女優業を継続。端正な顔立ちとハードなプレーが着々と話題を呼び、一躍単体の人気AV女優の仲間入りを果たす。そこまでは良いのだが――
「ユウ久しぶりだね。元気だった?」
チハルはにこやかにオレを迎えてくれた。接客業だから当然か。
「まあ身体だけはね」
「それは何より」
チハルはにっこり微笑む。
「ユースケ君、私がメールしてもあんまり返してくれないんだよ」
「ユウ、それはいけないよ。ちゃんと返信してあげなきゃ」
みつみはチハルに告げ口。
「ごめん、仕事が忙しくてつい」
「仕事のせいにするのは良くないよ!」
今度はみつみから叱咤された。
「本当にごめん……」
謝る事しか出来ず。
それはそうと、今日のみつみの服装は真冬なのに袖もなく、胸元が開けた真紅のワンピース、というよりドレス。「これは何か伝えたい事か訴えたい事があるな……」咄嗟に背筋に寒気を感じた。
「所でユースケ君、私達出会って一年以上経つよね」
みつみはドレスと同じ赤いカクテルを一口飲み、真顔で切り出す。
「食事に行ったり映画を観に行ったり色々デートもしたけど、それ以上の進展はないわよね」
みつみの語気が強まる。
「そうだね……」
ほらね、何かあると想定していた事が現実になってしまった。
「あんた達まだそこまでしか行ってないの!?」
チハルは目を丸くする。
「そうなの。曖昧な関係のままなの。ユースケ君、私と交際するつもりはあるの?」
「うーん……」
中々言葉が見付からない。確かに今の状態では「彼女」というより「曖昧な関係」のままだ。
「YESなの? NOなの? はっきり答えて。チハル、カクテルお代わり」
「ああ、はいはい」
チハルはシェイカーの中にメジャー・カップで酒を計量し、シェイカーを『シャカシャカ』と振り始める。
その間にも、
「ユースケ君、YESなの? NOなの?」
みつみの追究は続く。
オレは彼女の迫力に堪えきれず、
「NO!」
と言ってしまった……。
「NOなのね。身体の関係もあったのに?」
「はい、カクテルお待ち遠さま。ユウ、みつみとの交際「NO」なの? 折角紹介してあげたのに」
「しかもSEXもしたんだけどね」
みつみはギロッと目を合わせて来る。確かに一度だけではあるが身体の関係もあった。
あれは出会って二、三ヶ月経った頃。みつみのマンションに招待されて唖然とした。何と彼女のマンションはラブホテルを改装したリノベーションマンションで、外観はピンク。だから浴室もガラス張りで丸見えだった。
肉じゃがやみつみ自ら捌いた刺身とか手料理を振る舞って貰ったが、部屋が部屋だけに落ち着けず、味わう事が出来なかった記憶がある。
食事が終わると二人でシャワー。みつみはAV女優だけあってスタイルは抜群。オレは彼女が脱いで行く度、「あそこ」はどんどん勃って行く。やっぱり身体と心は正直だ。「ユースケ君勃つの早くない?」みつみに嗤われたっけ。
シャワーで互いの身体を洗い、それが終わったらベッドへ向かい二人共全裸で抱き合い初キス。だが前歯がみつみの前歯に『カチ』っと当たってしまい、「慣れてないね」とまた嗤われてしまった。
でもプレー中みつみは「職業病」で髪で顔が隠れる度に髪を耳で留め、常に顔を出そうとする。これにはオレが嗤った。
しかもみつみは「あん、あーん!」と喘ぎっぱなし。
「そんなに喘いで隣近所に迷惑にならないのか」
思わず訊く。
「あん! 大丈夫。ここラブホをリノベーションした部屋だから」
なるほど、元ラブホだから防音対策はバッチリって訳ね。でも窓から漏れるんじゃねえの? こうも思いながらSEXを続けた記憶が走馬灯のように思い起こされる。そんな事もあったっけ……。
「ユウは何でみつみとの交際「NO」なの? 紹介した私のメンツにも掛かるんだけど」
確かに。でもチハルは別に責めている表情ではない。
「うーん……。何か本格的に交際するとみつみの性格に甘えちゃうと思うんだオレ」
嘘。只みつみの勝気でハイテンションな性格が苦手なだけ。
「別に甘えて貰っても良いんだけどね。私尽くすタイプだから」
みつみはやや不満そうにカクテルを一口。
そういえばオレ、来店してから何もオーダーしてないんだっけ。
「みつみには本当に申し訳ない」
「もう良いわよ、答えははっきりしたから」
みつみは尚も不服そうな口振り。
「まあ今回は仕方ないね。ユウがNOって言ってるんだから」
チハルが慰めの笑みを浮かべその場をフォローする。彼女の笑みが唯一の救いだ。
「所でユウ、何か飲む?」
やっとオーダーかい! チハルがメニュー表を持って来る。
「じゃあオレはコロナ(メキシコのビール)で良いや」
「コロナね。少々お待ちを」
チハルが一旦厨房へと向かう。
その間みつみとの会話は一切なし。飲まなきゃ遣ってられないよ、今日は――
みつみとの交際「NO」から一ヶ月が経った三月下旬。オレは自宅マンションで二月下旬に収録された『おねマ』を観ていた。今日は某キー局での会議が長引いた為、また録画していたのだ。
オンエアされたものを観ていると、番組前半は事前アンケートによるトークコーナー。
その中に、
「自宅マンションの電気を止められた事がある!?」
岡村君は大いに呆れながらうっかりというか間抜けなエピソードを読み上げた。
「誰なのこれ?」
益田君も流石に呆れ顔。
手を挙げアップとなったのは、リーダーの瀬戸ゆみ。
「私です!」
本当にこの子、元気があるのは宜しいが奔放な子。っていうかおバカか?
「そんなライフラインの料金を払い忘れたの」
岡村君は呆れ顔のまま訊く。
「ホントに払い忘れちゃったんですよ。請求書もどっかになくしちゃって」
瀬戸は満面の笑みを浮かべて答える。
「普通請求書が届いたら期限内に払うでしょ」
益田君も岡村君と同様。
「いや、忘れちゃうんですよ。皆もあるよね?」
瀬戸はメンバーに同意を求めるが、Reoも中田も「ないない」と否定。他のメンバー達も「私は銀行口座から引き落とされるから」と、瀬戸の問い掛けには賛同しない。
「ええっ! 皆忘れた事ないの」
瀬戸は全く納得していない様子。それどころか不思議がっている。
「これが普通の子の意見だよ」
岡村君は諭すような口振り。
「でも私、電気代の払い忘れ二、三回はあるんですけど」
瀬戸は意に介さずまたも爆弾発言。
「えーっ!!」
これにはメンバーも呆れ顔。
「二、三回もあるの?」
岡村君は呆れ果てて言葉も出ない様子。
「止められたのは電気だけ? ガスとか水道とかは」
透かさず益田君がフォローする。
「ガスと水道はちゃんと払ってます!」
「きっぱりと言ったけど、何で電気だけ……」
オレも益田君に同感。
「それは私にも分からないんですよねえ」
瀬戸はまるで他人事の様。
「まあ大変面白いエピソードですけど、ライフラインの料金はちゃんと払いましょうね。じゃあ次のエピソードに行きましょう」
これ以上トークしても埒が明かないと判断したのだろう、岡村君は進行する。
それにしても瀬戸ゆみ。まだまだ爆弾エピソードがあるな――
同月下旬。メンバーでAV女優の南野明が赤坂マーマレーヌ代表として、キー局の討論バラエティ番組の出演が決まる。改編期の一回だけの放送。放送日時は金曜の二四時四五分からニ六時十五分(深夜零時四五分から二時十五分)までの一時間半。
番組から野村さんに「マーマレーヌから一人だけ」とオファーが来た時、野村さんは「だったら自分の意見を確り持っていて、AVの仕事も誇りを持って遣っている南野しかいない」と、即決したという。別に他のメンバー達もAV、グラドル、モデルの仕事を誇りを持って遣っている子は沢山いると思うのですが――
それはともかく、野村さんは生放送当日の夕方、南野に直接会い、「出演者は並みいる強豪ばかりだけど、何とか爪痕を残して来れるように頑張って来なさい!」と激励を贈り、南野も「はい! そのつもりでいます」と返したそうだ。
その出演者は、MCは局の看板女子アナ中田みな子アナ。論客はお笑い芸人、女性タレント、演出家、若手評論家、女性アイドルグループから二名(南野も含む)の計六名で生放送される視聴者参加型の討論番組である。
番組は論客各々が一つずつテーマを発表、視聴者は番組公式ツイッターまたはホームページからテーマに「YES」か「NO」か、意見がある場合はその声も訴える事が出来るという仕組。
オレは赤坂マーマレーヌの番組に携わる作家の一人として、テレビで南野の姿を見守った。他のスタッフは知らないけど。
番組が始まって約一時間後、やっと南野の番がやって来た。さあどのような討論テーマを出すのか?
南野が席を立ち、センターに移動。
「私はAV女優でもあり、アイドルグループの赤坂マーマレーヌのマンバーでもある南野明と申します。こういった場には慣れていないのでカンペを持たせて頂くのはご愛嬌」
南野は笑顔一つ見せず、淡々とカンペを読んでいる。
「ズバリお訊きします。世の中の男性の方はAV女優、地下アイドルの女性と交際する事が出来ますか?」
「AV女優は別としても、地下アイドルは恋愛禁止だったりするだろう」
男性芸人が難色を示す。
「飽く迄も「仮に」という質問です」
南野は動じない。
「赤坂マーマレーヌってAVとかグラドルの寄せ集めグループですよね?」
あるアイドルグループのメンバーが口走ってしまった。
南野は席に戻るなり抗弁。
「何ですかその言い方。赤坂マーマレーヌをバカにしてるんですか」
「いや、そういう訳じゃないですけど……」
アイドルメンバーはあからさまに困惑。南野の凛とした態度に圧倒されている。
「まあまあ南野さん、早速メッセージが届きましたよ」
中田アナは南野を慰める口振りで進行。
「南野明様、いつもお世話になっています。南野さんの作品には騎乗位が多いですよね。何故ですか? というメッセージを頂きました」
「ああその件ですか。それは簡単です。私がAV女優に成って三年目の頃、彼女が騎乗位ばかり求めて来て、しかも動きが激しく「あそこ」から血が出た。だから騎乗位はその彼女と別れてから嫌いになった。っていうアルバイトの男優がいたんです。だから私は敢えて「優しい騎乗位もあるんだよ」という想いを込めて騎乗位でSEXをしてあげました」
「それでどうなったんですか?」
アイドルメンバーだけ興味津々。
「そしたらこんな騎乗位もあるんだ。騎乗位がちょっとだけ好きになったって言ってくれました。AV女優もたまには性欲以外で役に立つ事もあるんですよ」
南野がアイドルメンバーと目を合わせる。他の出演者は皆失笑。
「そうなんですね……」
メンバーは納得したのかあっけに取られたのか分からないが、言葉が出ない様子。
そして注目のアンケート結果は――
「南野さんのアンケート結果が出ました」
中田アナが告げる。
「さあどうなったか」
さっきは難色を示していた芸人も結果には興味を持つ。
「集計結果はこちらです」
YESが六八%。NOが八二%という結果だった。
「YESと答えた人には願望とか下心もあるんでしょうけど、純粋に恋愛感情だけで交際したいって想っている人も入っているって信じたいですね」
南野は願い、分析する。
「NOと答えた人は単純に病気が怖いとかファンのままでいたいとかが理由ですか」
南野の問い掛けに、
「そうですねえ……でもそれだけじゃないんですよ。「僕の中ではAV女優や地下アイドルの子達は高嶺の花。だから易々と手を出す事は出来ません。勿論お付き合い出来るとなれば嬉しい限りですが、僕らファンにとってはとても大切な存在です」という意見もありました」
中田アナは淡々と読み上げた。
「その男性は真剣に考えてくださったんですね。まあ、私も嬉しいです」
南野は「嬉しい」と言いながらも真顔。『おねマ』でもクールなメンバーだ。
野村さんの激励通り爪痕を残せたかは知らないが、インパクトはあり、赤坂マーマレーヌの知名度を上げるのに貢献した事は確かだろう。
南野明の影響があってかなかってか、五月上旬の木曜日の収録後、赤坂マーマレーヌは都内某所で記者会見を開く。だが全メンバーは「ジャケット撮影を行う」と告げられただけで、会見を開く事は全く知らない。
溯る事一日前の構成会議での事。
「皆会議冒頭に唐突で申し訳ないけど、赤坂マーマレーヌのアジアツアーが決まったの」
野村さんは欣欣然とした口振り。
「嬉しいのは分かりますけど、マーマレーヌってアジアでも人気があるんですか?」
「ユースケ、仮にも赤坂マーマレーヌに携わってるんだからそんな野暮な質問しないでよ」
「済みません」
野村さんは自分がプロデュースするグループがアジアツアーまで行えるまでに成長したのだから嬉しく、顔が綻びっぱなし。その気持ちは分かるが、綻んだ顔で苦言を呈されるのは何か憎たらしっ!
「マーマレーヌはデビュー当時から新曲とかメンバー個人個人での本業の動画をSNSに流して来ましたから、そこそこネット上でも顔は知られてると思いますよ。それに日本からの追っ掛けファンもライブに駆け付けるでしょうしね」
神野さんは澄まし顔で解説。その姿も憎たらしっ!
「そうだね……」
でも反論出来ないオレの弱さ。
「それで、アジアツアーはいつからなの」
中野さんが訊く。
「六月中旬に香港で二日間遣って、七月上旬に台北で一日遣る事で調整してる」
「ウキウキする気持ちは分かるけど、ライブが無事に終わる事も祈ってやれよ」
虎南さんは注意喚起。
「それは勿論なんだけど、まだあの子達アジアツアーの事を知らないんだよ」
「えーっ!!!」
会議室にいた野村さん以外のスタッフは驚愕。まるでテレ太の社屋自体が飛び上がるような声を出してしまった。
「ツアーは来月なんだろ!?」
虎南さんが念の為といった様に確認する。
「そう。だから明日の収録後に会見を開いてその場で発表するつもり。だから皆今の話はオフレコにしといて」
「分かりましたけど、僕らメンバーの連絡先とか知らないですよ」
「私も知らない」
珠希も同調。
「だから、メンバーのブログにコメントするとかツイッターに呟くとかは止めてって事。勿論自分のブログに書く事も駄目だよ」
念押しして来る気持ちも分からなくはないけど、アジアツアーまで一ヶ月。しかも当事者達はまだその事を知らない。アッヤー野村の演出恐るべし――
そして会見当日――
集まった取材陣は約三十名。カメラマンを入れると相当な人数だ。会見のMCは野村さん自身が担当するという。
会見場にいる番組関係者はオレを入れて二名。
「「江戸川」さんも今回の件に注目してるんですか?」
「その「コナン」じゃねえって言ってるだろ」
虎南さんは場所が場所だけに小声で突っ込む。
「興味本位じゃないからな」
「でも会見場に来てるじゃないですか」
「野村がどういう感じでアジアツアーの事を発表するのか見たいだけだよ」
それを「興味本位」っていうんじゃないのかい?
虎南さんとオレは取材陣の邪魔にならないように、会見場の隅で会見を見守る事にした。
まずはメンバーの登場。「ジャケット撮影」と聞かされているメンバー達は取材陣やカメラマンを見て、「あれ?」と全員動揺している。しかも会場には金屏風が置かれ、「赤坂マーマレーヌ 緊急記者会見」と書かれた看板まで取り付けられている。
「えっ!? 会見するの? 何の?」
思わず声を出したのは瀬戸だ。
「まあ、まだ何も知らないんだから当然の反応だよな」
虎南さんは苦笑。
「でしょうね」
そして最後に登場したのが野村さん。直ぐにマイクの前に立つと、
「さあ皆、もう落ち着いたでしょ。定位置に座ってください」
早速会見開始。まだメンバーの気持ちは落ち着いていないと思いますけど。だがメンバー達は動揺の表情を浮かべながらも雛壇に着席して行く。
「では記者の皆様方、本日はお忙しい中お集まり頂き、誠にありがとうございます。何故本日会見を開かせて頂いたかというと……」
言葉を切った野村さんに、
「勿体ぶるなああいつも」
虎南さんは渋い顔。
オレは失笑しながら、
「そうですね。あれもメンバーや取材陣に対する演出なんじゃないですか」
一応フォローした。
「赤坂マーマレーヌのアジアツアーが決定致しましたので、この場を借りてご報告させて頂きます」
途端にメンバー達の反応を押さえようとカメラのシャッターが切られ、会場内はフラッシュの嵐に包まれた。
当のメンバー達は――
「嘘でしょ!?」「ええっーー!!」「マジで!?」と歓喜の嵐。
「アジアツアーはいつからですか」
記者の質問に、
「六月と七月を予定しています」
野村さんはあっさりと答える。
これにはメンバー達も、「ええっー!? 時間なくない!?」「アジアツアーは嬉しいけど……」と戸惑いの表情。が、瀬戸ゆみだけは、「マジで嬉しい!」と一人だけ号泣し絶句。メンバーの反応を捉えようと再び会場はフラッシュの嵐に包まれる。
「では、まだ興奮しているメンバーに質問をどうぞ」
興奮させたのは野村さん、あんただよ。
「今回のアジアツアーをどのような公演にしたいと思っていますか」
記者は問い掛けるが、リーダーの瀬戸は感涙したままで代わって中田明世が答える。
「時間は一ヶ月しかありませんが、赤坂マーマレーヌのアジアツアーが決まり、大成功するように頑張って行きたいと思います」
南野明は、
「このツアーを機会に赤坂マーマレーヌをアジアで有名にしたいです」
と語った。
またReoは、
「心臓がバクバクしてます。大丈夫かなって緊張や不安もありますけど、アジアでもマーマレーヌらしいコンサートが出来たら良いなと思って頑張りたいです!」
と熱く意気込みを語る。
「取り敢えず「会見」は成功だな」
「ですね」
動揺、歓喜、戸惑い、熱い意気込み、メンバー達の色んな表情を見届けて、虎南さんとオレは会場を後にし、各々の仕事先へ向かった。
翌日の一部のスポーツ紙では、一面で満面の笑みのメンバーが写った写真と共に、『赤坂マーマレーヌ アジアツアー決定!』と見出しを彩っていた。
アジアツアーから二ヶ月が経った七月下旬。アジアツアー凱旋公演、『そうだ! いろんなトコロへ行ってみよう!!』が開催された。赤坂マーマレーヌも海外公演に日本公演と忙しいものだ。
「お陰様で」とは野村さんの台詞だが、アジアツアーは六月中旬の香港公演で日本からの追っ掛けファンも入れると五千人を動員。七月上旬の台北公演で六千人を動員した。野村さんもそりゃ「お陰様で」と嬉しそうに言う訳だ。
公演は事故もなく、マーマレーヌはこれまでのヒット曲に八月発売予定の新曲も披露。Reoが言っていたように、赤坂マーマレーヌらしいコンサートとなったようだ。
因みにネットニュースやスポーツ紙数社では、『日本を代表するセクシーアイドル』という記事が載っていた。野村さんやメンバー達もさぞや喜んだ事だろう。
そして今回の凱旋公演。東京を皮切りに横浜、全国各地で行われる予定だ。第一弾となる東京ライブでは三千人、横浜は昼、夜と二部あるライブとあって二千人を動員。開演前の入場口には長蛇の列が出来、男性に混じって女性ファンも多数見られた。
「女性にも支持されてるんだな」
「多分、スタイルとかカッコ良さからじゃない?」
番組で扱うVTR撮影の為に東京公演に来ていた下平ディレクター殿は、こう分析する。
「カッコ良さかあ」
「だってあの子達はライブで繰り広げるパフォーマンスは皆真剣に取り組んでるし、セクシーでカッコ良くてパワーもあるじゃん。身内としては甘いかもしれないけどね」
下平はスタッフ控え室のパイプ椅子に座り、両手を後頭部に乗せて真顔で言う。
「まあ確かにな」
オレも下平の右隣のパイプ椅子に座った。ディレクターとして認める所は素直に認めるって訳か。
それも然る事ながら、オレも東京公演に見学というか、番組構成の役に立たないかと思い、時間が空いているこの日に出向いた。でも作家はオレとお貴さんだけ。お貴さんこと、膳所貴子が会議や打ち合わせ以外で現場に来るのは非常に希。
これは下平も、
「ユースケは勉強熱心だから来るだろうと思ってたけど、貴子ちゃんまで来るとはね」
目を丸くしていた。
「私もマーマレーヌのライブを久しぶりに観てみたいと思って」
お貴さんは笑みを浮かべて言う。多分というか絶対、お貴さんは興味本位なだけで会場に来たに違いない。だって彼女は放送作家を「ファー」とした気持ちだけで遣っている人だから。「勉強の為、番組の構成に役立てよう」とまでは考えていない。そんな序論の考えもなく就けて仕事が出来る放送作家、そこが良いとこ? 悪いとこ?
まあ頭を切り替えて、お貴さんはオレの右隣の椅子に座り三人で中央に設置されたモニターでライブを見守る事になった。
下平はインカムを使いカメラマンに対し、「そこ中田のアップ狙って」「はいReoから全体のパーン」「ここで瀬戸のアップ……ああ、パンチラがあるだろうから上半身だけにして」と指示を出して行く。
約一時間半経った所で全メンバーは衣装替えの為、一旦ステージ裏へと下がる。会場は休憩となった。
「私この間にトイレに行って来ます」
お貴さんが席を立つ。
「あたしも行っとこうかな」
下平も後に続いた。
二人がトイレに立って約十分、戻って来た二人は下平はうんざりとした表情、お貴さんは微苦笑を浮かべて席に座る。
「何だよ二人共、何かあったの」
訊くと下平は、
「何かじゃないよ。瀬戸がスタッフも遣う通路で着替えをしてたの」
「しかも全裸になってね」
二人共うんざり、微苦笑の表情を崩さない。
「まだ直ってなかったか。オレも以前目撃して注意したよ」
オレも、微苦笑……を浮かべないと仕方がない。
「多分あの子、アジアツアーでもやってるね。更衣室で着替えてって注意したんだけど、面倒臭いとか言って全然動じないし」
下平はうんざりを通り越して呆れている。その気持ち、同感。
「大胆というのか羞恥心がないというのか」
お貴さんも流石に微苦笑から苦笑に変わる。それも、同感。
だが――
「瀬戸は奔放な性格って事なんだよ」
「奔放だけで片付けられる?」
下平は反論するが、「奔放な性格」と理解する以外手立てはあるまい。
九月中旬の会議での事。
「皆、来月の初めにまた新曲が発売されるの。それで番組でも何か企画を考えたいんだけど、何か良い案はない?」
野村さんは会議に出席しているスタッフを見渡す。因みに今日は会議前に仕出し弁当を皆で食べながら雑談し、ウォーミングアップしている状態。でもだからといって――
「良い案ねえ……」
直ぐに出て来る訳も、なし。
「こんな時はお貴さんの「セレブ提案」とかユースケの「大改造提案」とかあるだろ」
あるディレクターが促す。
「「セレブ提案」は直ぐに出て来るものじゃないですよ」
お貴さんは苦笑。
「あまりオレ達を買い被るなよ。それに「大改造提案」なんかないよ。虎南さんの「大爆笑提案」とか神野さんの「ビューティー提案」ならあるけどね」
人に押し付けた。
「大爆笑提案なんかねえよ!」
「そうですよユースケさん。ビューティー提案もありません」
そうは言いながらも、神野さんは「ビューティー」という言葉に満更でもない様子。ある種正直な人。
「神野、ここで爪痕を残しておいた方が、作家として株が上がるんじゃないの」
野村さんは促すが、
「そんな事言われても……」
神野さんは困惑しているが何かを勘考している様子。さあ何が出るか?
「でも、もう新曲を出すんですか? 先月出したばっかりなのに」
「アイドルはどんどん新曲を出さないと陳腐しちゃうでしょ」
「なるほどね」
「それで今回の新曲のタイトルは何なんだよ」
虎南さんが訊く。「大爆笑提案」を回避出来たからか口振りは落ち着いている。
「『ハニートラップ』ってタイトル。振り付けも今までのかわいらしさと違ってカッコ良いよ」
野村さんの嬉しそうな顔。まだヒットするとは分からないのに。
「タイトルを聞いて思い付きました」
真顔の神野さんに、
「面白いんだろうね」
野村さんは釘を刺す。
「多分面白いと思いますけど」
神野さんは凛とした表情を崩さない。
「多分じゃ駄目でしょ」
宮根君が突っ込むが、神野さんは宮根君を睨み付ける。
「相当自信がおありのようだね」
下平は呆れた笑み。
「それで、思い付いた案は何なの」
野村さんが訊く。
「オリコンチャート十位以内に入らなければ罰ゲームとして、心霊スポットに一泊二日する。っていうのはどうでしょう」
神野さんは自信たっぷりの表情で言う。が――
「ビューティー提案って……」
「ベタだねえ」
下平に先に言われてしまった。
「ビューティー提案って振って来たのはユースケさんじゃないですか!」
神野さんは「ベタ」といった下平ではなく、オレを睨み付ける。
「まあ確かに振ったけど……」
ここで訥弁になったら負けだ。
「ごめん。でも心霊スポットは何処にするつもり?」
「八王子城とかはどうでしょう。あそこも御主殿の滝が三日三晩、血で赤く染まったっていいますし」
「八王子城かあ……」
確かに心霊スポットではあるし、御主殿の滝には多くの霊が宿っているとは聞く。しかし――
「オレ八王子城跡に行った事あるけど、何もなかったよ」
大場の言葉に、
「オレも同じ」
と続くしかなかった。
「それは昼間ですよね?」
神野さんの自信は揺るがない。
「まあ、昼間ではあったけどさあ……」
言葉に詰まっていると、
「タイトルを聞いて思い付いたって言ったけど、ハニートラップと心霊スポットって何か掛かってるの」
野村さんが訊く。
「それもそうですよね」
人に押し付けたけど、一番気になる所。
「トラップって「罠」って意味じゃないですか。夜の八王子城跡にメンバーが怖がるような罠を仕掛けるんです」
神野さん、あんたの自信は最後まで揺るがないね。
「そんな死者を冒涜するような事したら罰が当たるんじゃない?」
珠希がやっと口を開く。
「それもそうだよな。オレ達じゃ責任取れないぞ」
虎南さんも難色を示す。仕方がない。
「八王子城跡には御主殿の滝から離れた所に石垣で造られた、御主殿跡の芝生が張られた広場があるんですよ。そこだったら問題ないんじゃないでしょうか」
オレが肉付けした。
「そんな場所があったの? 私行った事ないから知らなかったけど、だったら八王子市に許可貰えば行けるかもね」
「御主殿跡の広場にテントとか張ってね」
野村さんと下平の考えが軟化して来る。
結果、新曲が今まで獲得した事がないオリコンチャート七位に入らないと罰ゲームとしてメンバーがくじを引き、当たった三人が八王子城の御主殿跡で一泊二日のキャンプをする事。スタッフは神野さんが言ったようにトラップとしてテント近くに待機し、爆竹や足音などを立ててメンバーを怖がらせる事が決まった。
神野さんの「ビューティー提案」から発展した案ではあるが、肉付けして行ったのは彼女以外の作家やディレクター達。でも彼女の口からは子供でも言える五文字の言葉すら一切なかった。所謂「ありがとう」。
そして迎えた十月上旬木曜日の収録後。新曲『ハニートラップ』発売発表記者会見が、そのまま収録スタジオで行われた。
オレの隣にいるのは、
「たまにはスタジオに顔出さなきゃね」
と言ってオレの車の助手席に乗って付いて来た珠希。それにお貴さんも顔を出すと言っていたのだが、いない。
「今日お貴さんどうしたの」
珠希に訊くと、
「福岡でジュエリーの展示会があるんだって」
とライトな答え。
「あの人、仕事の事は二の次っか……」
「みたいだね」
何ともお貴さんらしい。笑って許せてしまうんだから人徳だ。
二本録りを終えた二十時二五分、集まっていた取材陣がスタジオ内に入って来る。雛壇中央に座ったのはTEAM―2の二人。今日の会見は二人が番組と同じくMCを務める。
「本日はお忙しい中集まって頂き、ありがとうございます」
岡村君の第一声で始まった。
「本日は幾つかの発表があります」
益田君も第一声。
メンバー達は笑みを絶やさない。
「まずは赤坂マーマレーヌ初のラジオレギュラー番組、『赤坂マーマレーヌのラジオもお願い!』が、今月の水曜日二五時から、FM KANTOUでスタートします」
岡村君から発表された。
「ラジオの事は聞いてないよな」
「多分、私達は構成に携わってないからじゃない」
そういう事、にしておきましょう。
瀬戸ゆみは、
「私達はラジオのレギュラーは初めてなので、喋る事を勉強して頑張って吸収したいです! 女の子っぽさもありつつ、ちょいちょいエロも交ぜて、スマートなエロを挟んで行きたいです」
こう意気込みを語る。
「ラジオだと中田はモデルだけど、結構下ネタとか言うの」
岡村君の問い掛けに、
「そういう事もあるかもしれないのでお楽しみに」
と意味深なコメント。
「これはエロい番組になるぞ」
「テレビじゃ放送出来ない事も喋っちゃったりしてね」
オレと珠希も自然と意味深な笑みになってしまう。
ラジオ番組はメンバー四、五人が週替わりでパーソナリティーを担当するとの事。
「もう一つの発表です。明日ですが、新シングル『ハニートラップ』が発売されます」
岡村君から発表されると、メンバーは「イエーイ!」と歓声を上げた後、自ら拍手をし始める。
「正に狂喜乱舞だなこりゃ」
「今の所はね」
今度は珠希だけが意味深な笑み。本当、あの子達後の事も知らず――
瀬戸は、
「PVも今までとはガラッと変わって、良い意味でマーマレーヌらしくない所を出しちゃった感じです」
とコメント。
Reoは、
「ムチャクチャ良い感じだと思います。振りとかも凄くカッコ良い感じで、今回ソロパートもあります」
こうアピールした。
中田は、
「女の子はいついつでも小悪魔ちゃんなんだよって曲。女性にも共感して貰えるし、男性にも刺激を与えられると思います」
と艶っぽくアピール。
と、ここまでは既にメンバーにも発表済みの情報の為、皆安心の表情でコメントしていたが――
「最後にもう一つ発表があります」
岡村君から告げられると、メンバー達は「えっ?」「何何?」と戸惑いの表情を見せる。
「もし、『ハニートラップ』がオリコンチャート七位以内に入らなければ、メンバーにくじを引いて貰い、三人に心霊スポット八王子城跡で一泊二日のキャンプをして貰います!」
益田君が発表した。
それを聞いたメンバー達はこれまでの満面の笑みも忘れ――
「キャッ!」「えーっ!!」「やだあ!」などと悲鳴がスタジオ中に響く。隣の子と肩を抱き合って恐がる子もいれば床を踏み鳴らす子、首を左右に激しく振って「無理無理! 一泊なんて本当に無理です!!」と拒否反応を起こす子もいた。
「ちょっと皆、一旦冷静になろう」
岡村君が促すと、一応悲鳴は終息する。
「改めてゆみちゃん、今回の罰ゲームをどう思う」
益田君の問い掛けに、
「どうって言われても……心霊スポットには本当に行きたくないので、行かないようにしたいなというのが一番なんですけど、もし行く事になったとしたら、全員が無事に帰って来られれば良いなとは思います」
戸惑いの表情を見せながら答えた。瀬戸よ、あんたが行く羽目になるかもしれないんだぞ。
両足をバタバタさせながら嫌がっていたReoはというと、
「明ちゃんは本当にヤバいんですよ。超霊感が強くてね?」
南野に振る。
「無理です! 日帰りでも一杯霊を連れて来ちゃった事があるんですよ。泊りだったら私が持って行かれちゃうかもしれません」
いつも凛としている南野が珍しく怯えていた。
「明ちゃん、あんな一面もあったんだ」
「一つの発見だけど、七位以内に入らなかったら絶対キャンプはやって貰わなきゃ困る。八王子市に許諾を得るの大変だったらしいからな」
「「心霊スポット」って言っちゃてるしね。三、四回掛け合ったらしいね」
「ビューティー提案にも参ったよ。下平も疲れたって言ってたし」
「ふーん」
笑顔から恐怖の表情に変わったメンバー達の姿を見届けて、オレ達はスタジオを出た。
そして『ハニートラップ』が発売されて一週間後、ランキング結果が番組内で発表される。今日は十月中旬の木曜日。メンバー達も雑誌やテレビで結果は知っているとは思うけど。テレビを観ていても、心なしかTEAM―2の二人以外、皆顔が強張っているように見える。
「オリコンチャートの結果が出ました!」
「さあ初登場何位だったのか!」
テンションが高い岡村君と益田君に対し、
「もう分かってますよ。早く発表してください」
「ゆみちゃん、分かってるって言っちゃいけないよ」
益田君が瀬戸を突っ込む。
「じゃあ早速行きましょう。結果はこちらです」
岡村君がパネルに貼られたシールを剥がす。
「オリコンチャートで十五位、ウィークリーで十三位、デイリーで六位でした」
「という事で心霊スポット八王子城跡で一泊二日のキャンプ決定!」
岡村君と益田君の発表にメンバー達は、
「えーっ! 頑張ったのに」「行きたくないマジで!」「デイリーで六位だったじゃないですか!」と抵抗の嵐。
「確かにデイリーで六位だったのは健闘したと思うけど、会見で「デイリーで」とは言ってないじゃん。さあ皆くじを引いて」
岡村君がくじが入った箱を持って来る。メンバーは渋々といった表情でくじを引いて行く。
「さあ罰ゲームは誰になるのか!?」
益田君が発言した所で、メンバー達はくじを引き終えた。
「じゃあ皆、くじを開いてください」
岡村君の号令で皆がくじを開く。すると途端に――
「やったあ! 私じゃなくて良かった」「私も行かなくて済んだ!」と、白紙のくじを引いて大喜びするメンバーもいれば、「キャーッ! やだあ」「あーあ。当たりを引いちゃった!」「……」落胆、無言のメンバーもいる。
くじを引いた結果、キャンプに行くのはReo、中田明世、そして霊感が強い南野明の三名。無言だったのは南野だ。多分彼女の事だから「仕方ない」とでも思ったのだろう。
「皆無事に帰って来てね」
益田君から「演出」として空のボストンバッグを渡された三人は、「嫌だあ」「何も起きなきゃ良いけど」「ああ、また霊を連れて来ちゃうかも」と言いながらスタジオから出て行った。三名の顔は諦めと恐怖が入り混じった表情だ。
翌週木曜日の収録日、歴史に全く興味がないReo、中田、南野の三名は、初めて八王子城御主殿跡を訪れる。時刻は十七時半、もう薄暗い頃だ。
「お城の跡ってこんなに広いんだ」
中田は今の所近くにスタッフがいる為笑顔。
「何かもう誰かいそう」
「明ちゃんもう何か感じちゃった?」
神妙となった南野をReoが気遣う。
「じゃあ三人でここにテントを張ってください」
スタッフからテント機材を渡され、広場中央に三人で四苦八苦しながらテントを張って行き、約一時間で何とか完成した。ADがテントの中にCCDカメラを取り付ける。
テントを張ったら夕食。キャンプなのでカレーと行きたい所だが、文化財内で火は遣えない為、
「これで我慢してください」
スタッフから渡されたビニール袋の中には――
「えーっ! コンビニのカレー?」
「まあ仕方ないですね。まだ温かいですし」
「あんまり食欲ないんですけど……」
三人は一応納得はしてカレーを完食。
三人がテントの中に入ると、
「何があっても絶対にチャックは開けないでください」
スタッフはこう言い残して一旦テントから離れる。
そのまま何も起きずに約三時間、ここでスタッフが爆竹を鳴らす。三人はテントの中で「キャーッ!!」と悲鳴を上げるが、スタッフの指示を守り誰もチャックを開けようとはしない。
次に爆竹から一時間後、今度はスタッフの一人が『サッサッサ』と大げさに足音を立てながらテント近くまで歩く。これにも「キャッー!」「誰か来る!」と悲鳴を上げるが、南野だけは本当に怖いのか腹が立ったのか、チャックを全開にする。
「開けないでって言ったでしょ!」
スタッフの言葉に対し、
「もう何遣ってるんですか!? 心霊スポットでそんな事したら罰が当たりますよ!」
スタッフを一喝。
どうやら感情は怒りの方だったようだ。
その後は何事もなく一泊二日のキャンプは終了。とんだ茶番劇だ。
十一月上旬の会議。『ハニートラップ』がオリコン十五位だった事を、
「初登場であんな順位だったのは正直悔しい。今までとは違うテイストだったのに」
野村さんはぼやく。
「でも最高八位まで行ったじゃねえか。デイリーでも六位だったし」
虎南さんがフォローするも、
「初で八位じゃなきゃ意味ないよ!」
全く納得しない。
「まあまあ野村、アジアツアーも成功したし、凱旋ライブも二千人を動員したし良いじゃないか」
大村プロデューサーが慰めると、
「まあね。それは良かったけど」
やっと野村さんのぼやきが止まる。
「じゃあ会議を始めましょう。今日は皆にお願いしたい事があるんです」
大村さんが口火を切った。
「何ですかあ。また新しい企画を考えろと?」
「ユースケ君ご名答。何かもっと番組を盛り上げる企画はないかと思ってね」
「番組を盛り上げるっか……」
虎南さんは宙を見詰めて言う。
「やっぱり、その事でしたか」
「私も塞ぎ込んでる場合じゃないね。皆! 何とか面白い企画を考えて煮詰まるまで行くような案を出してよね」
野村さん……頭の切り替えが早い事。
「煮詰まるような企画って言われても……」
今度はお貴さんがぼやく。
それに対し――
「冒頭から消極的でどうするの! 大体最近の作家は「考える」事をサボってるんだよ!」
「確かにそれは言えるな」
「私もその考えは否定しない」
虎南さんと中野さんは野村さんに同調。
「冒頭から説教されても」
「だって事実じゃないユースケ。私もプロデューサーや総合演出の人に企画をボツにされて何度泣いた事か」
「オレも同じだよ中野」
中野さんと虎南さんは若手時代の悔しさを回想している様子。
「そんなに厳しかったんですね、昔は」
「私も初めて聞いた」
お貴さんと珠希は他人事。神野さんに至っては携帯を弄っている。
「あんた達は序論の知識もないの? それでも作家に成れちゃうんだもんね、この業界は。ユースケ、もっと教育してあげなよ」
中野さんに名指しされ、「済みません」としか返せず。でも、何でオレが怒られるの?
「そうですよね。バラエティはパロディーばっかだし。まあうちもパロディーコントを遣ってはいるけど」
下平もぼやき始める。この状況で面白い企画が生まれるのか?
確かにバラエティ番組はパロディー企画を遣ってはいる。中には「演出」と称して「やらせ」を遣っている番組もあるけど。
「パロディーコントを既に遣ってるんですから、パロディー企画を遣ってみたらどうでしょうか」
たまに出るお貴さんの「セレブ提案」。
「だから! またパロディーじゃん」
下平の鋭い突っ込みが飛ぶ。
「今さっき「考える事をサボってる」って言われたばっかりじゃん」
中野さんも突っ込む。だが――
「あのメンバー達が、日頃相手の事をどう思ってるのか、その心中をランキングにしたら、きっと面白くなると思うんですよね」
お貴さんは折れない。某キー局の某人気バラエティ番組の企画をパロディーする……っか。しかも――
「またパロディーだけど、確かに面白いかもしれないな」
島田智也ディレクターまでも同調。
「島田まで何? 最近は作家だけじゃなくてディレクターも考える事をサボってるみたいだね」
野村さんは島田君じゃなく下平をジロッと睨む。
「あたしはもう関係ないですよ!」
当然の抗弁。が――
「でもグループから十人を選出してメンバーでランキングしてみたら、案外面白いかもしれませんよ。数字が悪かったら止めれば良いんですし。一回遣ってみる価値はあると思いません?」
島田ディレクターも折れない。そして――
「「思いません?」って言われてもねえ。それに数字が悪ければ止めれば良いって安直な……でも……演出家としては不本意だけど、一回遣ってみる価値はあるかもね」
野村さんが折れ始める。
「さっき人に注意しておいて、まさか遣ってみる気じゃないでしょうね?」
「そのまさか。だってここまでごり押しされたら、面白いかなっとも思えて来るよね」
やはり……屈服したか。「作家は考える事をサボってる」との言葉は一体何だったの? ほんとに――
「野村がそれで良いんなら、オレは反対しないけどな」
「私も良いと思うよ」
虎南さんと中野さんも然り。この二人も……。あなた達に逡巡の気持ちはないのかい。
こうして――
『番付するメンバーたち!』とタイトルが決まり、後日スタッフだけでシミュレーションを遣ってみようという事になり、発案者のお貴さんとMCを務める事になった。でもどうしてオレがMCに? 野村さんに訊いたら、「ユースケはいつも落ち着いてて安定感があるから」だそうだ。別に落ち着いてる訳じゃなくて、オレも小心者なんだけど。
因みに、『番付――』にしたのは、「全てをパロディーにしないように」という野村さんの意図から。企画内容からして所詮分かると思うんだけど。
「ユースケさん、今日はご覧のようにお花を飾ってみました」
MC席、それとスタッフの都合上、七名の女性席の前には鉢植えの花が飾られている。
「良くないですねえ」
「何が良くないんですか?」
お貴さんはきょとんとしている。
「パロディーというより丸パクリじゃないですか。これじゃ」
「どの局でも人気企画をデフォルメした事遣ってるんですから、別に良いんじゃないですか?」
お貴さん、その屈強な心。ある意味リスペクト致します――
「今回は「二股をかけられそうな女」で番付したいと思います」
何も気に留めず進行するお貴さん。仕方がない。
「さあ、誰が一位になるのか。今回は東京都内で働くディレクター、放送作家百人にアンケートしました。皆さんの事を良く知ってる人達ばかりです」
「私達の事を知ってる人なら安心ですね」
神野さんは今の所余裕の口振りと表情。
「あんた自分は大丈夫だと思ってるみたいだけど分からないよお」
中野さんが忠告しても、
「私今まで二股なんて掛けられた事ないですから」
歯牙にも掛けない。
「それじゃあ早速番付発表に参りましょう」
気にせず続ける。ホワイトボードには七位までの番付が書かれており、シールで隠されている。オレは番付とその理由が書かれた薄い台本を持ち進行。因みにお貴さんもMCだけど彼女に台本はなし。高みの見物という事だ。
「第七位! 枦山ディレクター」
「キャーッ! やったあ!」
「理由に行きます。一見おっとりしていて二股を掛けられ易いかなと思うが、その代わり愛嬌があり、守ってあげたくなる。大切にしたい女性だから。という事です」
「うわー、凄く嬉しい!」
枦山ディレクターは身体を振わせて喜ぶ。
「もう一度言いましょうか、大切にしたい女性だから」
「うーん!」
枦山ディレクターの震えは止まらない。存分に嬉しさに浸って頂きましょう。
「では六位。TK桜井さん」
「ああ良かったあ!」
「何だTKかよ」
中野さんのつまらなそうな顔。
「別に良いじゃないですか。TKだって立派なスタッフですよ」
「ありがとうございます、認めてくれて。早く理由が聞きたい!」
桜井さんは満面の笑み。
「はいはい理由です。いつも元気があって明るく、しかも一生懸命尽くしてくれそう。そんな女性に二股を掛けたら罰が当たりそう」
「罰が当たりそうなんて、そんな風に想っててくれてたんですね!」
桜井さんは枦山さんと手を握り合い、お互い満面の笑みで喜ぶ。
と、ここまでは穏やかだったのだが――
「私全然呼ばれる気配がない」
珠希がぼやく。
「私も呼ばれてないけど、珠希ちゃんには負けてないと思う」
神野さんはキッパリ。
「ちょっとそれどういう意味!?」
「私は珠希ちゃんよりかわいいっていうか奇麗だって事」
「そんなの自分が勝手に思ってるだけでしょ!? 彩子ちゃん何年生まれ?」
珠希が興奮して来た。
「一九○×年生まれだけど」
「私と一緒だけど何月?」
「六月」
「はい! 私は三月生まれで年上ですう」
「それは番付と関係なくない?」
「そうだな。今のは神野さんの方が正しい」
場を落ち着かせようとしたのだが……。
「目糞鼻糞を笑うだな。私もまだ呼ばれてないし」
中野さんは呆れている。
「あたしもまだ呼ばれてないんだからね!」
下平も興奮。やれやれ、これでは事態を収められそうにないな。まあそれがこの企画の面白さでもあるんだけど。
「あたしは二股掛けられたら終わりなんだからね!」
「はい続いて五位!」
興奮している三人は放っておいて進行する事にした。
「第五位、中野靖子さん」
「こんな所に入ってたか」
中野さんは喜ぶでもなくがっかりする訳でもなく、クールに流す。
「理由に行きます。一見勝気な性格に見えるが、半面か弱い所もありその意味では守ってあげたくなる。ここから悪い理由も入ります」
「何とでも言えよ」
「だがそのか弱さが仇となり、二股を掛けられる可能性もあるかもしれない」
「大きなお世話だバーカ!」
中野さんは真顔で負け惜しみ。
「ユースケさん、私は何位ですか?」
「そうだよユースケ君、結果は分かってるんだから教えてよ」
神野さんと珠希が急かす。
「それは順位発表がルールなので教えられません」
「そうですよ、ルールなんですから」
お貴さんも続く。
「全くもう!」
神野さんはじれったい様子。
「あたしだってまだなんだからね!」
下平は尚も興奮状態。
「はい四位行きますよ!」
三人の事はスルーして進行する。だって切りがないから――
「第四位、浜家珠希」
「ああ、やっと出て来た」
珠希は安堵の表情。
「えーっ! 私珠希ちゃんにも負けちゃうんですか!?」
神野さんは不服。
「だって私の方が先に呼ばれたんだもん。仕方ないでしょ」
「珠希ちゃんより私の方が断然奇麗だもん!」
「奇麗か不細工かは関係なくない?」
珠希よ、自分で不細工と言っちゃうのかい。けど――
「そうだな、今度は珠希の方が正しい」
すると神野さんは悔しい表情を浮かべるが、「クソ!」と言って黙る。「美」に拘りのある方が下品な事。
「静かになった所で続けますよ。ここからは悪い理由になります」
「えーっ。良い理由ないの?」
珠希も不服。
「はい、ありません。誰に対してもフレンドリーでいつも明るいが、その分軽く見られそう。明るさの中に闇がありそうにも見える」
「何とでも言えバーカ!」
珠希は苦笑し、中野さんを真似る。
「闇がありそうなんて気にする必要ないよ」
中野さんは明るくフォロー。
「そうだよ珠希ちゃん。気にしない気にしない」
「枦山さんは良い事しか言われてないじゃないですか!」
珠希の言葉にも枦山さんはまだ喜びを噛み締めている様子。説得力がなさ過ぎ。
「はい、第三位に行きますよ」
「ああ、ちびりそう」
下平が小声で言う。突っ込もうかとも思ったがこれもスルー。
「第三位、原田ディレクター」
「ああ、二位一位じゃなくて良かったあ」
原田ディレクターは一応安心しているが、
「もう悪い理由しかありませんよ」
「ああ、そうだったあ」
直ぐに落胆。
「理由。見てくれは清楚だが、二股を掛けられても気付かなそう」
「気付くよ!」
細やかな反論。
「目から額を見ていると、ピーターに見えて来る。ハハハハハッ!」
思わず笑ってしまう。
「ちょっと何それ!?」
「池畑慎之介さんですよ。言われた事ない?」
「言われねえよ! もう分かってない!」
原田ディレクターは悔しさを滲ませる。
「さあ残るは二位と一位ですが、同時に開けましょうか」
「そうですね。その方が面白いですし」
「貴子ちゃんは良いよ! MCだから呑気にしてられて」
「そうだよ。私は下平さんにだけは負けたくない!」
「ちょっと神野、それどういう意味!?」
「私は美容を保つ為にOラインの脱毛もしてるんですからね!」
「あの済みません。これ放送されないけど、一応十六時台の番組なんでOラインという単語は止めてください」
「Oラインを脱毛してる事と、二股を掛けられそうって事に何の関係があるの!?」
「だから!」
オレの言葉は二人には届かず……。
「さっきも言ったけど、あたしは二股を掛けられたらもう交際は終わりなの!」
「私だって終わりですよ! もし私が二股を掛けても彼氏には私だけを見ていて貰いたい」
「何それ? 理不尽じゃね?」
下平と神野さんは売り言葉に買い言葉。だが、下平がオレ達男が思う事を代弁してくれた。
「はい! もう発表に行きますよ」
もう埒が明かない。
「二股を掛けられそうな女、第一位は……」
下平も神野さんも手を合わせて、「お願い。お願い」と言いながら拝んでいる。今更順位は変わらないのに。
「……下平希!」
「ああ……」
一人は落胆。一人は安堵の溜息と共に机に突っ伏す。
「まずは神野さんの理由から行きましょう」
「どうでも良くねえ!?」
下平が立ち上がる。
「大きい声出すなよ。君にとってはどうでも良いかもしれないけど」
「ちょっと待ってくださいよ下平さん」
神野さんは不服な表情ながら落ち着いてはいる。
「もう泣きそう……」
下平が椅子に座りやっと大人しくなった。
「続けます。美しさについては拘りがあるのは分かるが、その分プライドも高く男は逃げそう。二股掛けられ顔だから」
「何だその顔!?」
神野さんが目を丸くする。すると珠希は目の前の赤い花を摘み、神野さんに向けフラワーシャワーを浴びせた。満面の笑みを浮かべて。
「珠希どうした?」
「祝福してるの。おめでとうって」
「カッチーン!」
「神野さんも古いな」
笑ってしまう。珠希は理由にもあったように誰に対してもフレンドリーな子。だが例外な人もいたか――
「はい下平、お待ち遠様」
「やっとあたし?」
「そもそも彼女なんて思ってない!」
「ハッ!?」
「楽勝でしょ」
「ハッ! それどういう意味!?」
「下平に二股を掛けるのは楽勝って意味じゃない」
「何でよお!? 確かにあたしは、昔は軽かった!」
両腕を鉄腕のように開く。
「はい、オチがついた所で……」
「ユースケ! ここで終わらせようとしてるでしょ!?」
「今のポーズが面白かったですから」
お貴さんは「フフンッ」と鼻で嗤う。
「そうですね。もう十分楽しまさせて貰いました」
「貴子ちゃん入って来んな! 昔は軽い女だったけど、今は鉄のように固い女なの!」
「はいはい、分かりましたよ」
「全然分かってねえだろ! バカにしやがって!!」
「バカにはしてないけど、さっきの「軽かった!」ってポーズ待ち受けにしたいくらい面白かったよ」
「ほんとに」
お貴さんも同調。すると――
「ふざけんな! ふざけんな!」
下平はこう言いながら、机にセッティングされた鉢植えの花を両手で散らし始める。結局二鉢が床に落ちた。
「駄目だよ下平。本番でも使うかもしれないし、片付けるのADなんだから」
「そんなの関係ない!」
下平は意に介さず。それどころか隣の枦山さんに抱き付いて「イヤー!」と言いながら到頭泣き出してしまう。
この女、そんなに純真な所があったのか……仕方ない。
「二股なんて掛けられないよ下平。リアルには掛けられないって」
慰める事にしたが、下平は泣き止まない。
順位発表の様子を向かいの席で見ていた野村さんは、
「中々面白かったよ」
と満足している。こっちの気持ちも知らずに……。
とはいえ、無事に企画は通り、十二月中旬の年内最後の二時間スペシャルで『番付するメンバーたち!』の収録が行われた。予想番付発表はくじ引きによりReoに決まる。番付されるのは瀬戸、Reo、中田、南野などの主要メンバー十人。
Reoは瀬戸ゆみを一位と予想。瀬戸は「えーっ! 何でよお?」と不服そうだがReoは、
「元気が良いのは大変良いし男の人も喜ぶだろうけど、結局おっぱい目当てだと思う」
と理由を説明。瀬戸は「そんな事ない!」と抗弁するが、MCの岡村君は「案外あるかも」と同調した。
不服な表情のままの瀬戸は置いておき、早速街行く男性が選んだ番付を発表。世の男性が選んだ「二股をかけられそうな女」第一位は南野明だった。理由は「気が強そうで、男が他の女に逃げそうだから」。
これに対し南野は、
「私くらいで気が強そうって言うんなら、世の中の男の人が気が弱過ぎるんですよ」
と抗弁。最後まで強気だったが、罰ゲームとしてデーモン閣下の扮装をし、新曲『爆走アイドル』を街中で一人で歌い、CDを手売りする事が決定。
「何で罰ゲームがあるんですか?」
南野はまた反論するも、
「だって一位だったじゃん」
「そうそう。ルールだからしょうがないよ」
岡村君と益田君の順で説得される。
このルールを加えたのは野村さん。「演出」として。
「最悪。最&悪過ぎる」
とは言いつつ、南野は渋々罰ゲームを承諾する。南野はデーモン閣下のかつらを被ってメイクをし、服装も真似ているが、声は真似ず『爆走アイドル』を熱唱。その後は、「赤坂マーマレーヌの新曲です」と集まったファン、見物客にCDを手売りし、淡々と罰ゲームをこなした。
その甲斐あってか、年明けの一月中旬、オリコン、ウィークリーランキングで『爆走アイドル』は自己最高位の六位を獲得。それを祝し、一月下旬の年明け一回目の収録後、
「皆、新曲六位おめでとう! 良く頑張ったね。乾杯!」
野村さんの掛け声で全員が「乾杯!」と嬉しそうにコップを上に上げる。遅めの新年会と祝賀会だ。未成年者は当然ジュースかウーロン茶。そしてこの場には無論、TEAM―2の二人はいない。「新年会」と聞いて「オレ達はいいわ」と言ってスタジオを出て行った。だが野村さんはいつもの事なので全く気にせず、
「皆、来月の初めには楽曲のシングルDVDも発売される予定だからね」
この発表にはアルコールが入っていようがいまいが、「イエーイ!」「やったあ!」「信じられない!」とメンバー達は狂喜乱舞。別にシングルDVDを出すのは今回が初めてじゃないのに大袈裟な。
とにかく元気が良いというか元気が良過ぎる新年会となった。
二月中旬のある日、大きな「事件」が起きる。番組の作家の宮根君が、まだ十六歳だった女子高生モデルに手を出してしまい、その件が『放送作家 赤坂マーマレーヌ未成年メンバーと淫行か!?』と週刊誌に掲載されてしまう。週刊誌が発売された週の水曜日、会議室には重苦しい雰囲気が漂っていた。
「ねえ宮根、何でメンバーの子に手を出したの」
野村さんが訊く。別に怒っている訳ではなさそうだ。
「単純にタイプだったからです」
このあっけらかんとした答えに、会議室は重苦しい雰囲気から一挙に失笑の雰囲気へと変わる。
「最初は「私二十歳です」って言ってましたし」
宮根君の言う通り、女子高生モデルは「自分は二十歳だ」と逆サバ読みをし、オーディションを受けていた。
「タイプだったからって、スタッフがメンバーに手を出すのは御法度だろ」
虎南さんの咎めに、
「済みません……でも十六歳だと分かった時からは、もう二人では会ってませんし」
宮根君は何とか許しを請うとしている様子。
「まあ人を好きになるのはある意味自由だけど、未成年と分かったきっかけは何だったの」
オレの問い掛けに、
「勘だったんです」
またもあっけらかんとした答え。失笑してしまった。
「勘ねえ……」
二の句が継げない。
「恋愛になって来ると、相手が嘘付いてる事があったり、本当はこうなんだと見えて来ません?」
「問い掛けられても、十六歳だとまだ顔があどけないなとか思わなかったの?」
「それは全くありませんでした」
「ごめんねユースケ、私達も騙されたから」
野村さんが苦笑して言う。軽はずみな発言だったか……。
「別に騙された方が悪いという趣旨ではないので」
もう遅いか。
「それで、「勘」でその後どうしたの?」
「何か嘘付いてる事ないって訊いたんです」
「そしたら?」
「返答されるまでに少し間があったんで、何かない、本当にないって繰り返し尋ねたんです。それで彼女の口から出たのが「実は十六歳なんです」だったんです」
「なるほどねえ」
「週刊誌のインタビューにあんたの知人女性から、SEXもしてたみたいですってあったけど、あれは事実?」
言葉が続かないオレに代わり、今度は野村さんにバトンタッチ。
「あの子が自宅マンションに泊まりに来た事は正直ありますけど、肉体関係はありません」
宮根君は今度ははっきりと断言。
「そう。事務所からはどんな処分が降ったの?」
「作家としての仕事は全部キャンセルです。番組もイベント事も」
宮根君はしんみり。
「そうなんだ。じゃあうちの番組も暫くお休みね」
「はい。無期限謹慎が降りました。これから暫く事務所で事務職や電話番などが主な仕事です」
「ふーん。ちょっと寂しくなるね」
「「ふーん」と「ちょっと」って何ですか!?」
宮根君に元気が戻る。空元気か?
「ごめんごめん。でも寂しくなるのは事実だから」
「ユースケさんそれ本心ですか?」
「本心だよ」
笑顔で言う。今度はオレが空元気。
「ありがとうございます。それじゃあ僕、事務所の仕事があるんで失礼します!」
宮根君が会議室から出て行く。すると――
「おい宮根、お前は何も悪くないからな。元気に帰って来いよ」
虎南さんが声援を贈る。
「ありがとうございます! 今は与えられた仕事を一生懸命頑張ります!」
だが神野彩子だけは、
「さようなら。未成年に手を出した作家さん」
明らかにテイストが違う。
「こら神野さん、あなたも「作家さん」なんだから」
一応咎めはしたけど。宮根君は神野さんの発言には苦笑いで応じ、会議室を後にした。
「話は変わりますけど、二十歳と偽ってた子はどうするつもりですか」
野村さんに訊く。
「私達にも嘘付いてたんだから、脱退させるしかないよね」
野村さんは苦渋の表情。
「宮根君みたいに無期限謹慎じゃ済まないんですか?」
「嘘付いて無期限謹慎だったら、赤坂マーマレーヌのブランドにも傷が付いちゃうでしょ」
野村さんは厳しい表情を崩さない。赤坂マーマレーヌに愛着があってこその言葉だろう。
「それもそうですね」
十六歳のモデルをフォローしてあげたいけど、ぐうの音も出ない。
こうして「自分は二十歳」と公言していたメンバーは、野村さんにより脱退が宣告された。脱退を言い渡された時、メンバーは「済みませんでした」と涙ながらに謝罪したという。しかし番組内での卒業式も脱退の報告も一切なく、公式サイトからも急に名前と顔写真が消えてしまった。所謂「大人の事情」ってやつだ。
しかし記事は週刊誌だけに留まらず、ネットニュースでは『未成年メンバーと放送作家が淫行疑惑 赤坂マーマレーヌは解散か!?』という記事が載ってしまう。だが野村さんは特に気に留める様子もなく、
「何のこれしきだよ!」
と笑い飛ばす。
が――
ある日の会議での事。
「最近は敏腕ディレクターや作家に近付て来るタレントや、アイドルの卵と思しき女性も沢山いるんだよ。特に虎南や島田は気を付けなさいよ」
野村さんは注意喚起。
「何でオレ達だけ!?」
虎南さんと島田ディレクターはユニゾンの突っ込み。
「だってあんた達は言い寄って来る女に直ぐ手を出しちゃいそうだから」
「オレは長年の勘からそんな女には手を出さねえよ!」
「オレもそんなにチャラくないですよ!」
虎南さんと島田君は当然の抗弁。
「なら良いけど。他の皆も気を付けてね」
野村さんは再度注意喚起。もしかしたらオレもヤバいかも。
その後、赤坂マーマレーヌは解散する事もなく、人気も落ちなかった。そして三月以降も番組の継続が決まる。これに対しても野村さんは、
「これっぽっちの事でくたばるグループじゃないよ」
と強気発言。
後半は下巻に続く――