暮らしの暦
「こんなこと、考えたことありませんか?」
ヴェラ・ダーモットがクローヴィスにこう問いかける。
「地元に根差した『暮らしの暦』を作って、そこに予言みたいな文句を一言ずつ添えるの。それが色んな人の目に留まって五十万冊も売れたら、遊んで暮らせるくらいの収入源にならないかしら?」
「そりゃ、収入にはなるかもしれないけどね」とクローヴィスは返す。
「遊んで暮らすのは無理だろう。昔から言われているように、予言者は地元じゃ懐の寂しいものと相場が決まってる。予言する相手と密接に関わりすぎるが故に、予言しても安らぎなんて手に入らないものなのさ。例えば、欧州の王族に降りかかる悲劇的な運命を予言する者がいて、その王族たちと頻繁に昼食会やお茶会で顔を合わせないといけないとしたら、予言者なんてのは快適な職業なわけがない。その上、年の暮ともなると、予言の期日が迫ってくるから、ね?」
「そうね、年が明ける前には売り出さないといけませんものね」と、バツが悪くなりそうな指摘は無視しながらヴェラは続ける。
「一冊につき十八ペンスで販売しましょう。印刷をお友達にやってもらえれば、一冊ごとにちゃんと利益が出ますもの。好奇心で皆さん買ってくれますわ。だって、予言がいくつ外れるのか、みなさん気になりますものね」
「予言が『当て』にならないとなると、困るのは君なんじゃないのか?」とクローヴィスは尋ねる。
「大外れにならないような予言を用意しておけばいいんですわ」とヴェラは答えた。
「最初の予言は『新しい年を迎えると教区の牧師が『コロサイ人への手紙』を引用して感動的な説教をするであろう』にしましょうよ。思い出してみても、ずっと同じ話ばかりだし、あのくらいのお年になると話題を変えるのは億劫でしょう? それで一月の頁に載せる予言は『この地域の著名な一家が深刻な財政難に直面するものの実害には至らないであろう』が無難じゃないかしら。この辺の人はお家の収入以上に裕福な暮らしをしちゃってるから、一月頃になると一家の大黒柱の皆さんが生活費を厳しく切り詰めないといけないと悟るはずですもの。四月か五月の前後には『ディブカスター家の姉妹の一人が人生で最も幸せな選択をする』と仄めかしましょうよ。あそこのお家はお嬢さんが八人もいるんだから、そろそろ誰か結婚したり舞台女優になったり、大衆向きの小説なんかを書いてもいい頃じゃないかしら?」
「人類史を紐解いてみても、そんな気配、あそこの娘さんたちには無かったぞ」とクローヴィスは反対してみせる。
「予言に危険は付き物なんですよ」と答えるヴェラだったが、そのままこう付け加える。
「なら、無難に済ますために、二月から十一月には使用人に関する深刻な問題についての予言を入れましょう。『この地域の優れた女主人や家政婦たちの中には、厄介な使用人問題に直面する者もあろうが、それは一時的に乗り越えることができるであろう』って」
「無難な予言ならもう一つあるぞ」とクローヴィスが提案する。
「メダルが懸かったゴルフの試合の日に合わせてこう予言すればいい。『地元の優秀な選手のうち幾人かが並外れた不運に幾度も見舞われ、妙技を見せつけて手に入れるはずであった報酬を奪われるであろう』と。少なくとも十数人くらいは、いい意味で君の予言に感銘を受けるだろうさ」
「貴方の分の新刊見本は半額にしてあげますわ。でも、お母様は定価で買っていただくよう、お願いしますわね」とクローヴィスの提案を書き留めながら、ヴェラは告げる。
「母さんには二冊買わせるよ。一冊はアデラ夫人にあげればいいさ。夫人は人から借りれるものは決して買おうとしないからね」
暮らしの歳時記は飛ぶように売れた。予言も大体ほとんどが、定価十八ペンスと謳う編集局の予言力を裏付けるのに十分なくらいには的中していた。ディブカスター家の娘の一人は病院の看護師になる決心をしたし、他の子はピアノの道を諦めたが、どちらも幸せな決断と言えるだろう。そして、使用人の問題やゴルフ場の分不相応な不運については、その年の各々の家庭やゴルフ倶楽部の中で十分に証明されている。
「七ヶ月の間で二回も料理人を変えるだなんて、この人どうして分かったのかしら」と語るのは、『この地域の優れた女主人』とは自分のことだとすんなり受け入れているダフ夫人であった。
「そうそう、地元のお庭で驚くべき野菜が見つかる、っていうのも全くその通りだったわ」とオープンシャウ夫人も続ける。
「ほらここに書いてあるでしょ。『かねてより素晴らしい花が咲くと近所で評判の庭園が、今年は野菜で驚くべき成果を挙げるであろう』って。うちのお庭はみんなの注目の的だし、昨日はヘンリーがニンジンを持って帰ってきたんだけど、そうね、品評会でも見劣りしない出来だったわよ」
「あらまあ、でも、それってうちのお庭のことじゃありませんこと?」とダフ夫人。
「うちのお庭だって、いつもお花のことで褒められてますし、今年はグローリー・オブ・ザ・サウス種の白人参が過去最高に良い出来ですのよ。家族みんなで長さを測って、フィリスに写真も撮ってもらいましたわ。もうこの本、来年も出るなら絶対に買いますわ」
「私なんて、もう注文したわよ。家のお庭のことを予言してくれたんだから、そうしなきゃって思うでしょう?」と返すオープンシャウ夫人。
暮らしの歳時記は、発想が素晴らしいという点や、どちらに転んでも当たりそうな予言ばかりをよくぞ集めたという点で好評だった。だが、一方で予言している事のほとんどが、どんな年でも何らかの形で起こり得るものだと指摘する批評家もいた。
そして、十二番目の月も終わりに差し掛かろうという頃、ヴェラはクローヴィスにこう語る。
「特定の出来事を、あまりはっきりと書きたくはなかったんですけど……自業自得かもしれませんが、ジョセリン・ヴァナーのことで困ってるんですの。本の中で、あの方に向けて『十一月から十二月の狩猟場は安全な場所ではなくなるであろう』って仄めかしてたでしょう? だって、あの方、障害を飛び越えるのに失敗したり馬が暴れて逃げたり、そんなことばっかりだから何月でも狩猟場は安全とは言えないじゃないですか? ですけど、あの方ったら私の予言を気にして、狩りには徒歩でしか行かなくなったんですの。そうなっちゃうと、深刻な事態なんて起こるはずないですもの」
「狩猟の季節だっていうのに、ジョセリンにとっては散々だったな」と返すクローヴィス。
「散々なのは本の評判の方ですわ」とヴェラ。
「今回ばかりは絶対に外れてしまいますわ。あの方のことだから、何かの拍子に落馬でもして、そのまま雪だるま式に大事故を起こすと踏んでましたのに」
「残念だけど、馬に乗って踏みつけろとか、猟犬に狐と間違えさせてバラバラにしろなんてのは出来ない相談だからね」と答えるクローヴィス。
「そりゃ確かにそうできれば、君は僕に永遠の愛でも誓ってくれるんだろうけど、それでも、うんざりするような一悶着があるだろうし、将来的には僕の猟犬をみんな買い替えないといけなくなるだろう? そうなると、とてもひどく都合が悪いんでね」
「貴方のお母様も仰ってたけど、貴方って自分勝手の塊ですのね」とヴェラが一言添えて返した。
それから一日、二日後のことだった。自分勝手ではないところを証明する機会がクローヴィスに訪れたのである。逃げる狐を追う猟犬を連れて、クローヴィスが森の長い窪地の奥へと馬の足を進めていると、ブラドベリー水門の傍でジョセリンにバッタリと出くわしたのである。
「狐の臭いは薄いし、隠れる場所はうんざりするくらいあるからね。こりゃ、何時間も待ちぼうけのまま狐に逃げられちゃうかもな」とクローヴィスが鞍上で愚痴ってみせる。
「せっかくだから何かお喋りしましょうよ」とジョセリンが悪戯っぽく言う。
「じゃあ、質問なんだけどさ」とクローヴィスが暗い調子で問いかける。
「こうやって僕と話しているのを誰かに見られると不味いかもね? 君を巻き込んじゃうかもしれないしさ」
「何なのよ、一体? 巻き込んじゃうってどういうこと?」とジョセリンは息を飲んだ。
「ブコウィナって知ってるかい?」とクローヴィスは淡々とした様子で尋ねる。
「ブコウィナ? 小アジアか……ええと、中央アジアか……それともバルカン半島のどこか? ちょっとド忘れしちゃったわ。本当はどこだったかしら?」と当てずっぽうで答えるジョセリン。
「あそこは、もう革命の一歩手前まで来てるんだ」と、さも重大そうに語るクローヴィス。
「そのことで、君に忠告しておきたい。ブカレストの叔母様を訪ねたときのことなんだけど……(人がゴルフ歴を盛って話すのと同じように、クローヴィスという男は惜しげもなく叔母を量産する癖がある)。知らないうちに、僕は事件に巻き込まれてしまってね。叔母様の家にはお姫様がいて……」
「なるほどね、そういった事件って大抵は美しくて魅力的なお姫様が付き物だものね」と、知ったような顔で話を合わせようとするジョセリン。
「東欧でよく見かける地味で面白味のない女性だよ」とクローヴィスは答えた。
「昼食の前に訪ねてきて、晩餐会の準備になるまで居続ける類の女性さ。ええと、話を戻そう。どうもルーマニアのユダヤ人が、とある鉱物の採掘権が手に入るのなら、革命の資金を提供すると言っているらしい。採掘権の書類の運び人を誰に任せるのが安全なのかということで、そのユダヤ人が帆船に乗ってイングランドのどこかの沿岸近く航海しているらしいから、お姫様はその役を僕に任せようと決意したらしい。すると叔母様が僕の耳元で『お願いだから、お姫様の言う通りにしてちょうだい。さもないと、この人、夕食まで居座り続けるわよ』と囁くんだ。その瞬間、どんな危険な目に遭うことになろうとも、ソレよりはマシだと思ったのさ。だから、僕はここにいて、胸のポケットは状況を打破するための書類で膨らんでるというわけさ。僕の命も時間の問題なんだよ」
「だけど、イングランドにいる限り安全なんじゃないの?」とジョセリン。
「見えるかい? あそこの栗葦毛の馬に乗った男が」とクローヴィスは、黒い口髭をたくわえた男を指さしながら尋ねる。おそらく隣町の競売人あたりだろうが、いずれにせよ、この狩猟場では見かけたことのない男だった。
「僕がお姫様を馬車に乗せようとしたとき、叔母様の家の近くにいた男だ。ブカレストを発つ時の駅のホームでも見かけたし、イングランドに着いたときも桟橋のところにいた。どこへ行くにも、あいつがすぐ近くにいるんだ。今朝の集会で見かけても、もう驚かなくなっていたよ」
「でも、あの人に何ができるって言うの? 人殺しなんてできるわけないじゃない」とジョセリンが震えながら問いかける。
「誰かに見られるわけにはいかないからね、できることならそれは避けたいと思ってるはずだ。機会を伺ってるんだ。猟犬が狐を見つけて人の視線が散り散りになる瞬間を狙ってるのさ。今日こそ書類を手に入れようという心づもりだろう」
「でも、どうして貴方が持ってるって分かるの?」
「いや、僕かどうかの確信は無いはずさ。だって、こうして話している間に、君にこっそり渡しているかもしれないからね。好機が訪れたとき、僕と君のどちらかに襲い掛かるか考えあぐねているんだろうな」
「私も? なに言ってるの……?」と悲鳴まじりに尋ねるジョセリン。
「だから、話しているのを見られるのは危険だ、って忠告したんだ」
「でも、そんな、怖いわ! どうしたらいいの?」
「猟犬が動き出したらすぐさま草藪の中に逃げ込もう。そして脱兎のごとく走り抜けろ。助かる道はそれしかない。あと、これだけは忘れないでほしい……逃げ切れたとしても、何も話してはいけないよ。今日の話を一言でも漏らしたら、多くの命が巻き添えになってしまう。ブカレストの叔母様だって……」
その瞬間、窪地の方で猟犬がクンクンと鳴き出し、散り散りに待っていた馬上の狩人たちががザワザワと波紋のごとく動き出した。それから、もっと大きくて、ハッキリとした騒ぎ声が谷の方から聞こえてきた。
「見つけたかッ!」
クローヴィスはそう叫んで、その騒ぎに加わろうと熱っぽく馬を走らせた。それから聞こえてくるのは、樺の雑木林と枯れた蕨の繁みの中を、誰かが足早にそして猛然と通り抜けようとするような、ドンガラガッシャンと押し潰される音……先ほどまで一緒にいた同行者についてクローヴィスが覚えているのは、それで全部だった。
あの日、ジョセリンが狩猟場で遭遇した恐ろしい危機については親友ですら詳しく知ることはできなかったが、それでもこの話は『暮らしの暦』が三シリングという新たな価格設定で売り上げを伸ばすくらいには十分に知れ渡っていた。
原著:単行本未収録「The Almanac」(1913年のThe Morning Post紙に掲載)
原著者:Saki (Hector Hugh Munro, 1870-1916)
翻訳者:着地した鶏
底本:「Saki: The Complete Novels and Stories [145 novels and short stories] (The Greatest Writers of All Time)」(Book House Publishing, 2017)(Kindle版) 所収「The Almanac」
初訳公開:2022年12月18日