迫真の演技
「ねえ、もうすぐクリスマスじゃない。パーティの余興で、何か良いアイデアはないかしら?」
今しがた来訪したばかりの客人に向かって、ブロンズ夫人はそんなことを問いかける。
「昔ながらのクリスマスパーティとか、今風のでも良いんだけど、でも粗方やりつくされちゃってるじゃない? だから、今年はもっと創意工夫に満ちた出し物をやってみたいのよ」
「先月ね、マセソンさんのお宅に泊まったの」とブランシュ・ボヴェールは熱っぼく答える。
「そこの余興がね、ホント良かったの。パーティの参加者ひとりひとりが何かの役柄を演じるのよ。それも四六時中ずっとその役を演じ続けて過ごすわけ。でも、それだけじゃないわ。パーティが終わるまでに他の人が何の役になりきってるかを当てないといけないのよ。それで、一番うまく演じきった人を投票で決めて、一等に選ばれると賞品が貰えるの」
「なんだか面白そうね」とブロンズ夫人。
「私はね、『アッシジの聖フランチェスコ』を演じきってみせたの。ほら、別に性別まで一緒する必要はないじゃない?」とブランシュは続ける。
「食事の途中で席を立っては鳥に餌を投げる、それを繰り返したわ。ほら、聖フランチェスコって鳥が好きって話があるでしょ? その話が真っ先に思い浮かんだんだから。でも、察しの悪いお馬鹿さんしかいなかったみたい。みんな、私を見て『テュイルリー庭園で、スズメに餌をやってる老人』だなんて言うのよ。あと、他の人だと……そうね、ペントレイ大佐が『ディー川畔の粉挽屋ジョリー・ミラー』を演ってたわ」
「はぁ? あの大佐、どうやって演じたんだよ? 『ジョリー・ミラー』なんて民謡の登場人物じゃないか」とバーティ・ヴァン・ターンが口を挟む。
「だから、朝から晩まで笑って歌うだけよ」とブランシュは説明する。
「そりゃ、他の招待客は心底驚いたろうな。まあ、どちらにせよ大佐もディー川畔にまでは行かなかったわけだ」とバーティ。
「そこは想像力で補ってあげないと」とブランシュ。
「想像力ねぇ……ならきっと、ディー川の向こう岸には牛の姿が見えたはずだよな? そして、民謡『悲劇のメアリー』みたいに『戻っておいで』と牛を呼び続けて、そのままディー川の砂岸を渡って溺れてしまう、というわけだ。いや、そうだな、川をヤロー川に変えてもいいかもしれないな。ほら、頭の中でヤロー川を思い浮かべるだけでいい。そしたら、これまた民謡の『ヤロー川で溺れたウィリー』だとか何とか、みんな答えてくれるだろう?」
「そうやってね、茶化すのは誰だってできるのよ」とブランシュは鋭く言い放つ。
「でも、本当に面白くて楽しかったのよ。まあ、一等賞は取り逃しちゃったけど。だって聞いてよ、ミリー・マセソンたら、金持ちの女主人『バウンティフル夫人』を演じてるだなんて言うのよ。そりゃ、お屋敷の女主人はあの人だけなんだから一番上手く演じてたのは?って聞かれたら、みんな、あの人に投票するに決まってるじゃない。アレがなかったら私が一番だったわ」
「クリスマスパーティの余興にはピッタリね。ぜひ、私たちもやってみましょうよ」とブロンズ夫人。
一方、ブロンズ夫人の旦那であるニコラス卿はあまり乗り気ではなかった。
「なあ君、大丈夫か? そんな出し物をやろうなんて正気かい?」
妻と二人きりのときに、ニコラス卿が問いかける。
「マセソンさんのところだから上手くいったんだ。かなり真面目で、年齢層の高いパーティだからな。しかし、邸でやるとなると別問題だ。たとえば、ダーモット家のお転婆娘なんかは文字通り手段を選ばないし、ヴァン・ターンがどんな奴かは君も知ってるだろう。それに、シリル・スカッタリーもいる。あの小僧は、父方か母方かに頭のおかしい親戚がいたし、もう片方の祖母はハンガリー人だ」
「人を困らせるようなことをするかは分からないじゃない」と返すブロンズ夫人。
「分からんからこそ、用心するべきだろう? もしスカッタリーが聖書の悪役『バシャンの猛牛』を演じようとものなら、そうだな、その場から逃げ出そうか」とニコラス卿。
「だったら聖書の人物は禁止にすればいいじゃないの。でも、『咆哮える獅子みたいに口を開いたバシャンの猛牛に囲まれて』って一節でしたっけ? 実際、どんな滅茶苦茶に恐ろしいことをしたかなんて、この目で見たわけじゃありませんからね。覚えているのは、どこからかやって来て、ただ口をポカンと開けてたって話だけだわ」
「君ね、ハンガリー譲りのスカッタリーの空想力が、聖書のあの一節をどう斜め読みするか分かってないな? 全て終わった後に『お前さんが演じたのはバシャンの猛牛どころじゃなかったよ』と本人に言ってやるくらいしか溜飲を下げる術はないんだよ」
「あらまあ、心配性なのね。でも、この出し物は絶対に実現させたいのよ。きっとすごい話題になるわ」とブロンズ夫人は意気込みを語る。
「そりゃ話題にはなるだろうさ」とニコラス卿は一言だけ呟いた。
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パーティの当日、夕食の席は特に活気のあるものではなかった。自分の選んだ役柄を完璧に演じてやろうとする者や、周囲の様子を見て元ネタの手がかりを何とか手繰り寄せようとする者もいた。そんな張りつめた空気を見ると、今日のパーティの盛り上がりも程度が知れるというものである。
夕食が終わって一同が軽いピアノの演奏に耳を傾けていたときに、気立ての良いレイチェル・クランマーシュタインが「一、二時間くらいは『この余興』のことは忘れましょうよ」と言ってくれたのは、当然ありがたかったし、不本意な者もその言葉には黙って従うこととなった。無論、レイチェルもピアノなら誰の演奏でも良いというわけではない。愛して止まない我が子のモーリッツとオーガスタが奏でる選り抜きの演奏で無ければ聴き入ることもなかっただろう。もちろん、お世辞抜きに二人の演奏は素晴らしいものだった。
正直に言って、このクランマーシュタイン家の御一行様はクリスマスパーティの客人としては上客も上客であった。なにしろ例年、クリスマスや新年会の頃になると、高価な贈り物を気前よくポンと配ってくれるし、この日も既に余興の最優秀モノマネ大賞の景品について仄めかしていたりもしたのだ。もし主催者のブロンズ夫人が景品を用意するという羽目になれば、あの夫人のことだ、「二十か二十五シリングくらいの小っちゃな土産物くらいが丁度いいんじゃないかしら」などと言い出しかねない。だが、クランマーシュタイン家となると話は別だ。あの様子を見るに、夫人の数十倍……数ギニーは下らないだろう。
そして、ようやくモーリッツとオーガスタがピアノから離れて、モノマネ大会の小休止にも終わりが告げられた。すると、早速ブランシュ・ボヴェールが苦しそうに跳んだり跳ねたりしはじめた。「バレリーナのアンナ・パブロワの真似だって誰か気づいてくれないかしら」という期待を胸に、そのまま早々に部屋を後にしていった。
「あれって、マーク・トウェインの、あの有名小説『跳び蛙』のモノマネじゃないかしら。だって、ピョコピョコとそっくりでしたもの」
齢十六のお転婆娘ヴェラ・ダーモットが自信満々にそう言ってのける。なるほど、この観察眼には一同も納得の様子だった。
さて、客人の中には早寝早起きの見本とも言えるウォルド・プルブレイ君がいた。潔癖な生活習慣を分刻みの時間割のように守るのがこの男の日常だった。今年で七つと二十になる、この怠惰で丸々と太ったウォルド君は、幼い頃より母親から「尋常ならざるほどの繊細な人間」と決めつけられ、甘やかしに甘やかされ、屋敷に引き籠ってばかりいたおかげで、肉質の柔らかな気難し屋に育ってしまった。途絶えることのない九時間の睡眠と、その前に行う入念な呼吸運動、そして潔癖で儀式的な生活習慣。それは、ウォルドが己に課した、欠かすことのできない決まり事の一つであった。
その上、この男の大小様々な要求を聞かされる周りの人たちも、これまた数えればキリが無いほどの小さな決まり事を課されているのであった。例えば、滞在先の屋敷であろうとも、ウォルドは寝覚めのお茶を煎じるための特別製ティーポットを、寝室係の使用人に厳かな態度で手渡すほどだ。ただ、これまで誰一人として、この貴重な茶器を完璧に使いこなせた者は無いのだが……まあ、それでも「お茶を淹れるときは注ぎ口を北向きにしつづけなければならぬ」という言い伝えの発端がバーティ・ヴァン・ターンであることだけは間違いなかった。
しかし、このパーティの晩、ウォルド君のかけがえのない九時間の睡眠は尽く台無しになってしまった。深夜とも夜明けとも言えぬ中途半端な時間に突如として、音を忍ばせることも無く、ウォルドの部屋に押し入ってきたパジャマ姿の人影のせいで……。
「どうしたんだ! 何か探しているのか?」
驚いて目を覚ましたウォルドの瞳がゆっくりと捉えたのは、失せ物を忙しなく探しているヴァン・ターンの姿だった。
「羊を探してんだよ」
「羊だとぉ!?」
ヴァン・ターンが答えるとウォルドは叫び声を上げた。
「そう、羊だ。お前まさか、俺がキリン探してるように見えんの?」
「羊でもキリンでも、そんなもの、僕の部屋にいると思ってるのか?」と青筋を立てながらウォルドは発した。
「もうこんな時間か。言い争ってる暇は無いんだ」
バーティはそう言うと、また忙しなく箪笥を漁り始め、シャツや下着が床の上に飛び散っていく。
「ここには羊なんていない、そう言ったろ!?」
ウォルドはまた悲鳴を上げた。
「ああ、確かにそう言った。俺もそうだと信じてる」
寝具を全て床に払い落としながらバーティは続ける。
「でも、何か隠してなきゃ、お前もそんな慌てたりしないだろ?」
この瞬間からウォルドは、ヴァン・ターンの気が狂って、わけの分からぬ譫言を嘯いているのだと悟り、それ以降はヴァン・ターンの機嫌を取るために神経をすり減らすこととなった。
「ほらさ、大人しくベッドに戻りましょうよ。そしたら朝には、君の羊も元気になって出てきますからねぇ」と嘆願するウォルド。
「でもよ、あいつら尻尾を無くしてるぜ、きっと」と鬱々とした声でバーティは言った。
「マン島の猫みたいに尻尾の無い羊を大勢引き連れてったらよ、俺はとんだ大馬鹿野郎と思われるじゃねぇか!」
そんな未来への苛立ちを強調するように、ヴァン・ターンはウォルドの枕を洋服箪笥の真上に投げ飛ばした。
「で、でも、どうして尻尾が無いんだい?」
恐怖と怒りと肌寒さで歯をカチカチと鳴らしながら、ウォルドが尋ねてみる。
「おいおい、お坊ちゃんよぉ。『リトル・ボー・ピープ』の子守唄、知らねぇのかよ? リトル・ボー・ピープの羊が迷子、やっと見つけた心が痛む、尻尾をどこかに置いてきた~♪って唄うだろ」
バーティはニヤニヤと笑っていた。
「俺はな、ずっと演じてたんだよ。パーティの余興だろ? 迷子の羊を探しに行かなきゃ、誰も俺が何を演ってるか分かんねぇだろうが。そら、泣くなよ、いい子だ、ねんねしな、おい、お坊ちゃま、いい加減にしないと怒りますよ」
母親宛の長い手紙の中でウォルドは事の顛末をこう綴る。
「この夜の睡眠時間を埋め合わせるために、僕が羊を何匹かぞえる羽目になったのか、それはご想像にお任せします。誰にも邪魔されることのない九時間の安眠が、健康で過ごすためにどれほど重要かはお母様もご存知のことだと思います」
一方、眠れない間は、バーティ・ヴァン・ターンへの怒りと激情を吐き出すことに躍起になっていた。
ブロンズ邸の朝食は基本的には「お好きなときにどうぞ」という方針だったので、みんなバラバラに取って、お昼時に一堂集まり昼食会をすることになっていた。しかし「余興」が始まった翌日はどうにも欠席者が目立っていた。例えば、ウォルド・プルブレイは頭痛で休んでいるそうだ。大量の朝食と清潔さが売りのA.B.C.製のパンが、ウォルドの部屋に届けられたが、生身の姿を見せることは無かった。
「きっと何かの役を演じてるんだと思いますわ。ほら、モリエールの戯曲で『病は気から』ってありますでしょ? あれのつもりで、死んだふりでもしてるんじゃないかしら」とヴェラ・ダーモットは語る。
他にも八つか九つほどの候補が挙げられて、ヴェラの提案もその中にきちんと書き加えられた。
「クランマーシュタインさんたちは、どうしたのかしら? いつもは遅れることなんて全然ないのに」とブロンズ夫人が尋ねる。
「多分だけどさ、あの人たちもイスラエルの『失われた十支族』の役になりきって、本物と同じく姿を消しちゃったんじゃないの?」と答えるバーティ・ヴァン・ターン。
「でも、十支族じゃ数が合わないわ。あのご一家、三人しか来られてないもの。それに、お昼だって食べたいはずでしょ。誰か何か見てないのかしら?」
「あんた、クランマーシュタインさんたちを車で連れ出したでしょ?」とブランシュ・ボヴェールがシリル・スカッタリーを問い詰める。
「ああ、朝食の後すぐにね、スロッグベリー湿原へ連れ出したよ。ミス・ダーモットと一緒に」
「あなたとヴェラが帰ってきたのは分かってるわ。でも、クランマーシュタインさんたちの姿が見当たらないのよ。どこか近くの村にでも降ろしてきたの?」とブロンズ夫人
「いいや」とスカッタリーは短く答えた。
「じゃあ、どこにいるの? どこで降ろしたの?」
「スロッグベリー湿原に置いてきましたわ」とヴェラが平然と言い放った。
「スロッグベリー湿原? 三十マイルも離れてるじゃない! どうやって戻るって言うの?」
「思いついちゃったら止められなくてね」とスカッタリー。
「車が動かなくなったってことにして、クランマーシュタイン御一行様にはちょいと降りてもらって、そのまま全速力でトンズラきめたのさ。だから、連中はあそこに置いてっちゃった」
「なんてことしてくれたの? この人でなし! もう雪が降り始めてるのよ。」
「一、二マイルも歩けば小屋か農家くらいあるんじゃない?」
「なんで、こんなことになってしまったの!?」という疑問符を皮切りに、憤慨や困惑の大合唱があちこちで巻き起こった。
「その質問だけには答えられませんわ。だって、私たちが何を演じてるか教えちゃうことになりますもの」とヴェラが答える。
「だから用心しろと言ったろう?」と、悲愴感を顔に浮かべながらニコラス卿が妻に向かって呟いた。
「僕らのはね、スペイン史が関係してるんだよ。まあ、ヒントくらいはさ、出してあげよう」
スカッタリーがそう言いながらサラダを美味しそうに頬張ってると、バーティ・ヴァン・ターンが面白おかしそうに笑い出した。
「なるほど! カトリック両王のフェルナンド二世とイザベル一世の『ユダヤ教徒追放令』だな! おい、面白いなぁ! 優勝はこの二人に決まりだな。他の追随を許さぬほどの徹底ぶりだ」
クリスマスパーティは、ブロンズ夫人が期待に胸を膨らませていたとき以上の、予想もしないほどの大きな話題になり、記事にもなった。その中でもウォルド君の母親から送られてきた手紙が唯一、夫人の記憶に残ったことだろう。
原著:「Beasts and Super-Beasts」(1914) 所収「A Touch of Realism」
原著者:Saki (Hector Hugh Munro, 1870-1916)
翻訳者:着地した鶏
底本:「Beasts and Super-Beasts」(Project Gutenberg) 所収「A Touch of Realism」
初訳公開:2022年8月20日