第53話 いざ救出へ
「イゴル・ボルスト捜査官」
と、黒装束姿が言う。
意識を保っていたことがバレていたようだ。
「……お手上げだよ。正直言って」
そう言って、俺は起き上がった。
「解毒魔法らしき魔法を発動していたタイミングから、意識を保っている可能性は非常に高いと判断した。この毒を受けても尚、抵抗を止めようとしないその姿勢は褒めてやる。イルザにとっても自慢の兄だろうな? 」
俺の家族関係について、あまり他人に口を出してもらいたくないものだが、変に反論するのは止めておこう。
「それで? 俺はこうして元気なわけだ。止めを刺さないのか」
単なる余裕から、いわゆる「舐めプ」をしているのかは判らないが、その点は気になるところだ。
「特別に、お前が一番知りたい情報をくれてやろうと思ってな。まあ、我々としてはもはや大した情報でもないしな」
「……情報だと? 」
一体、何を教えてくれるのだろうか。
「オーガストを殺したのは、我々だ」
「なっ!? 」
オーガスト惨殺事件の犯人は、こいつらだったのか……。
いや、何らかの理由で嘘をついている可能性もあるし、まだ怒るべき時ではない。今は、冷静に情報を聞き出そう。
「動機を聞かせてもらっても良いか? 」
「それは、奴を殺したとき、既に奴はハンターだった。それが動機だ」
「なんだと? 」
思わず、そう聞き返す。
要するに、オーガストがハンターだったから殺したのだと、黒装束姿は言っている。簡単な解釈では、これで良いだろう。とはいえ、含みのある言い方だが一先ず置いておこう。
そして、少なくとも黒装束姿の連中がハンターと敵対関係にあるということが、今ここではっきりした。
「奴がハンターだったことに戸惑っているのかね? 残念ながら、これ以上は教えられない。そして、ハンターの件から手を引くのだ」
「そう言われても、国家憲兵隊は正式にハンターについての捜査を開始した。俺も上司からの命令がある以上、勝手な判断で手を引くわけにはいかないな」
それが建前だが、個人的にも手を引くつもりは無い。
オーガスト惨殺事件の犯人が判ったからと言って、今さら手を引けるものか。イルザやロミーナたちも、もはや積極的にハンターに関する事件を解決しよう頑張っているのだ。
今この場で、勝手に手を引くと、決められるわけがない。
「……なるほど。ならわずかな間、引き続きお前に動いてもらうとしよう。これから、我々はちょっとした事情で王都ムーク市から出れないし、それに一定の成果を出せば、お前の上司も喜ぶだろうしな。ちょうど良い手土産にはなるだろう」
黒装束姿は、そう言うと1枚の紙を取り出したのであった。
※
まだ、夜は明けていない。
俺はイルザやロミーナたちを連れながら、王都ムーク市を出て、ある場所を目指していた。
「本当に、『脱兎の耳』のメンバーがそこで拘束されているの? 」
と、イルザが訊いてきた。
「それは判らんが、何もせずにいられない性分だから、こうして奴らの駒として動いているんだ」
あれから、俺は黒装束姿から提案を受けてイルザたちを解毒魔法で治療した。『脱兎の耳』メンバー救出には、人手がいるというからだ。尚、黒装束姿は憲兵たちも数名連れていけと言ったが、起こすと面倒なので放置している。始末書が必要なら、後でいくらでも書いてやる。
そしてイルザたちは意識を取り戻し、今に至るわけだ。
念のため、同行するか確認したが彼女たちは全員同行する意思を示した。黒装束姿の連中に一方的にやられて疲労困憊だろうに、大したものだな。
ところで、ピエールや応援部隊が来ることもなかった。十中八九、黒装束姿の連中にやられたのだろう。
「それにしても、あのような者たちと取引をするなんて……やっぱりイゴルさんの怪しさオーラは、そういうところからきているんですね」
そう言うロミーナである。
彼女からすれば、今でも俺が怪しい男として映るのだろうか。
俺は、黒装束姿の連中と何とか戦い続けて、取引を持ち掛けたことにしている。俺1人では劣勢な状況を覆すことはできないため、デニス宅から手を引く代わりに、情報提供を要請したというストーリーだ。
実際のところは、今後ハンターの件から手を引く代わりに、『脱兎の耳』メンバーの救出はしても良いという内容のものである。しかも、冒険者大会に出ることさえ禁じられた。
「しかし、黒装束姿の連中にとっては些細な情報なんだろう? 」
と、イザークが言う。
「まあな。所詮は、俺のちょっとした抵抗で得られた情報だ。奴らにとっては、どうでも良い情報に違いない」
嘘は嘘でも、重要な部分は共通している。
本当は取引など無かったが、一方的にやられていた俺にお情けとしてくれた情報であって、奴らにとって、そこまで重要な情報ではないはずだ。
「しかし、『脱兎の耳』メンバーの居所という情報が、連中にとってはどうでも良い情報だなんて……とんでもない連中であることは改めて痛感した」
イザークの言うとおり、黒装束姿の連中はとんでもない連中であることは、俺も痛感している。その連中が市警を助けるらしいが、その点も含めて調べたいところだ……。
先へと進むこと数十分。
俺たちはようやく、地図に示されている場所に辿り着いた。
何も言わずとも、皆が臨戦態勢を整えている。
「あの建物が怪しいな」
直ぐに、一軒の建物があることに気づいた。気配の感じる方向を中心に、視線を向けていたからだ。
如何にもという感じだが、あの建物にだけ気を取られてはならない。例えば、重要な拠点の周囲に伏兵が潜んでいるなんていうことは、戦地ではよくある。
現に、建物外からも数人の気配を感じるわけだ。
一定の間隔で2人1組という配置であることから、恐らく見張りの類だろう。今のところ気づかれた様子はない。
「早速突入するか? 」
と、イザークが言う。
「いや、付近に見張りがいる。ここは俺が始末してくるから、イザークたちは3人でここで待機していてくれ」
「1人で? 」
イルザが、鋭い視線を向けてそう訊ねてくる。
「黒装束姿の連中にはしてやられたが、見張りの類をこっそり始末するのは、俺の十八番だ。ここは俺に任せてくれ」
「なるほど、一応理由にはなるわね」
一応、イルザも納得してくれたようだ。
「一通り始末したら戻って来るつもりだが、もし俺が戻ってこない状況で、空に向かって、青い閃光が連続して3回あったら、あの建物に突入して欲しい。同じく、赤い閃光が連続して3回あったら俺を置いて至急撤退欲しいのだが、良いか? 」
念のための措置である。
国民衛兵軍時代も単独行動しようとするとき、このように予め何をするかを決めていた。大抵は部下に対してだったのので、よく忠実に聞いてくれたもんだ。
「貴方が帰ってこないということは、余程のことなのだろうし、言いたいことは判ったわ」
一先ず、納得してくれたと判断して良いだろう。
「それじゃあ、早速行動する。お前たちも警戒を怠るなよ。あの建物自体が罠かもしれないし、危なくなったら俺の判断など待たず、直ぐに撤退するんだ。良いな! 」
そう言って俺は単独行動を開始した。
1つ気がかりなのは、建物内には3人の気配しかないことだ。俺の知る限り、『脱兎の耳』のメンバーはもっといる。
だがまあ、今は置いておくとしよう。




