恋糖(ラヴァーズシュガー)を召し上がれ
語義追加
「ヴィットリオさまぁ!いらっしゃいませぇ」
アテクシは、ふわふわピンクのお子様ドレスを身に纏い、シックな白とこげ茶の紐で飾られたお菓子の箱を受け取りました。
「やあ、ローレン久しぶり。元気そうだね」
ヴィットリオ様は、アテクシの頬にチュッとしました。それから当然のようにご自身の頬を差し出して参りましたのよ。
図々しいわね。つまんでやりましたわ。
「いたた。酷いなあ」
戯けてみせる婚約者様。
面白くもなんともありませんわ。
ナントカ公爵様の三男坊?四男坊?どうでしたかしら?
「ね、あの箱気にならない?」
ヴィットリオ様は、侍女が持ち去る小洒落た小箱を示します。
「お菓子ですかしらぁ」
「そうだよ。街で話題の恋糖さ」
ぶふっ!
ゲラゲラでしてよッ!
ラヴァーズシュガーと申しますのよ!
何がレントウ。
おほほー。
「まあー、嬉しゅうござぁますぅ」
「なんだよー」
あら、拗ねたように甘えた声を出してきました。心の中を読まれましたかしら?
油断も隙もなくってよ!
しかもアテクシの手を握りましたわよ?
そのままお庭に出て、ガーデンテーブルまで、ずっとくっついておりました。
「はしたないですわぁ」
「ローレンが僕を馬鹿にするからだろ」
嫌がらせでしたのね。
「心外でしてよぉ」
「ねぇ、一年寂しかった?」
ヴィットリオ様、脈絡ありませんわね。1年間の研修とやらでお隣の国でお暮らしでした。毎日届く魔法通信で、お会いしておりましたけども。
「ヴィットリオ様、綺麗なおめめぇ」
アテクシ、ヴィットリオ様の美しい琥珀の双眸をぐぐいっと覗き込んでやりましてよ。
「ふふ、僕の琥珀が君の夜空に映っているね」
アテクシの深い藍の眼が、ヴィットリオ様はお気に入りなんですの。
「じかに見られて嬉しいな」
「そんなに見つめちゃ嫌ですわぁ」
「ローレンが覗いてきたんじゃないか」
ヴィットリオ様がやっと手を離して下さいました。それから、緑色に塗られたガーデンチェアを引いてくださいます。
そこへ、侍女が大袈裟な飾り彫りのついた銀のカートを押してきて、子供向けの甘いココアを添えたお菓子を用意しました。
「ふふっ、ローレンは甘いもの好きだね」
ニヤニヤとこちらを見るヴィットリオ様。お子様だと仰りたいのね。小憎らしいったらありゃあしないわ。
運ばれてきたお菓子も、流行のお菓子です。こちらは、ラヴァーズシュガーと違って、王宮から発信された甘味でしてよ。各家庭の料理人がこぞってアレンジしておりますの。
甘い甘いメレンゲをカリッと焼いてお砂糖抜きの生クリームで貼り付けたお菓子なのです。お花やお家、お馬さんにお馬車まで。
形は夢の数だけなのですって。
だから、お菓子の名前は夢の展覧会さんと申しますのよ。
アクセントはソですわ。三音節なので、あんてぱえぬるてぃまー(後ろから3番目)ですのよ。複数呼格に違いありません。読み方バッチリなのでしてよっ!
それにしてもお土産をご一緒するのは失礼だなんて、つまんないマナーなのですわ。ラヴァーズシュガーは2人でいただくお菓子ですのに。
まあ、でも?
そんなこと申し上げたら、またヴィットリオ様が得意満面になってしまいましてよ。
「はぁい。大好きですのぉ」
私がにっこりいたしますと、ヴィットリオさまも輝く笑顔でお応えくださいました。
ふん。イケメンですわね。小憎らしい。
「いただいたぁ、ラヴァーズシュガーもぉ、お部屋で堪能致しますわぁ。楽しみですわぁ」
「えっ、あれそんな名前もあるの?」
「おほほー」
「ローレンお菓子に詳しいねえ」
「うふふー」
「はい、あーん」
隙を見せましたわ。ヴィットリオ様は、クリームの付いたカリカリメレンゲを差し出して参りました。蛙ちゃんのお目々ですわね。緑のメレンゲにチョコレートで黒眼が描いてござぁましてよ。
「んふふ、美味しゅうござぁますわぁ」
ありがたくカリカリ致しましたら、ヴィットリオ様は立ち上がってお隣にやって来ました。
お行儀悪いのね。
「ローレン可愛いね」
ちゅってされましたわよ?お口でしたわ?
生意気ですわね。
お返しにアテクシもヴィットリオ様のニヤニヤうごめく口元にちゅうっとしてやりましたのよ。
あら、クリームついちゃったわ。
「ほほほ!お髭ですわね!」
「ローレンだって」
まあ、そんな筈は。
「ヴィットリオ様ぁ、今度の夜会はぁ、お子様ドレスはご遠慮くださいましなぁ」
ヴィットリオ様たじろぎましてよ?急に真面目な調子を出しましたもの。してやったりですわ。
「ローレン、まだ可愛らしいドレスでも」
「キアーラもアンナもクラウディアもぉ、誰もお子様ドレスをお召しにはなりませんー」
「ええー、怖いなあ」
アテクシ、キッとしてやりましたの。
苦笑いのヴィットリオ様でした。
「アテクシが幼いままでよろしいのですかぁ」
「似合うのに」
「大人ドレスは似合いませんのぉ?」
「だったら言葉も大人になろうか」
今度はヴィットリオ様がキッと致しました。
「よろしくてよっ!耳の穴かっぽじってよぉく聞くがよろしくってよぉ!」
「ええー」
ふふん。
アテクシ、乱暴な言葉だって心得がございましてよ?出入りの方々と仲良しですもの。
「その言葉じゃ大人ドレスに似合わないなあ」
ヴィットリオ様、またニヤニヤと不愉快ですわ。はあ。仕方ありませんわね。
当分はお子様ドレスで参りましょうね。
ソムニア(白昼夢)は複数主格である可能性もあり。
ローレンちゃんは呼びかけ風の名前だと信じて疑わず。
因みに実在の単語ですが、そんなお菓子は存在しないと思います。おそらく。
お読みくださりありがとうございました!