98 ガギルスの怒り
俺達はギルドから少し離れた宿で食事をしていた。
どうもこちらでは食文化が未発達というよりも調味料が貴重なため薄味の料理が多いようだ。
特にこの国は結界石のおかげで魔物の討伐が進んでおらず、次第に成長して全体的に能力が高い。
しかし、これは俺達の国でも言える事でもある。
最初に世界が融合してしばらくの間、俺達の町はともかく東京や京都などの多くの町で魔物を狩る者が居なかった。
その為に魔素が濃いくなり強い個体が現れる様になってしまった。
それも今では毎日魔物を狩る者が増えているので安定し始めている。
特に先日に大量のアンデットを俺達が狩り尽くした事で日本全域の魔素濃度が下がり一気に安定に向かった様だ。
偶然の産物ではあるがこちらに来る前に日本が安定して良かったとも思える。
それはさておき、俺達は料理を食べながら周辺をマップで確認している。
それによれば、王国兵には協力者が3人はいる事が分かった。
その中には昨日サツキさんに両腕を切り落とされた男も含まれている。
どうやら、余程死にたいらしいのか懲りない性格のようだ。
せっかく拾った命なのに何故、無駄に使おうとするのか。
それ以前に結界石を壊すとこの町がどうなるかが理解できないのだろうか。
そしてギルドには現在、スタッフは一人も残していない。
危険なのもあるが襲撃をしやすくするためだ。
その代わり雇った冒険者を数名配置し警備をさせている。
そして、俺達の横には当然ガギルスとモニカも待機させていた。
目撃者、特に町から信頼のある証人が居なければ下手をすれば俺達もギルドへの襲撃者に勘違いされる可能性がある。
そして、マップを見ていると協力者三名と王国兵五人が行動を開始したようだ。
彼らは迷う事無く真直ぐにギルドへと向かっている。
ちなみに警備をしている冒険者には命を最優先にする様に伝えれあるので適当な所で逃げ出すだろう。
危なければこちらでもフォローはするので怪我はしても死ぬことは無い。
「そろそろ行きましょうか。お客さんが到着したみたいです。」
俺の掛け声で全員が立ち上がり、出口に向かって歩き出した。
そして急ぐことなくゆっくりとギルドが見える路地に隠れる。
すると、俺達が歩いて来た反対側から8人の男たちが駆けて来た。
そして彼らは即座に協力者と王国兵に別れて行動に移る。
協力者たち3人はギルドの手前で待機し、王国兵たちは手に剣を持って突撃していった。
すると中から叫び声?が聞こえて来る。
「やべーぞ。王国兵だー。」
「助けてくれーーー。」
「野郎ども、とんずらするぞーーー。」
(逃げろとは言ったが誰が三文芝居をしろと言った。ばれたらどうする。)
「ははは、雑魚共が。俺達に恐れをなしているぞ。」
「所詮は冒険者など雑魚の集まりだな。」
(((・・・。)))
雇った冒険者も酷いがあれに騙される王国兵も酷い。
俺達の誰もが呆れたように頭を抱えて危うくこちらが突撃のタイミングを間違える所だった。
見れば王国兵は協力者のギルドスタッフ3人をギルド内に招き入れている。
金庫を開けるには鍵を解除するために内部協力者が必要不可欠なので彼らに解除を任せるのだろう。
俺達は路地から出ると覗ける窓まで移動し中の様子を窺った。
すると兵士たちは周囲を警戒し、協力者たちは金庫のカギを開ける作業をしている。
鍵はダイヤル式だがそれが幾つもあり手順も決まっているそうだ。
その為に金庫を開けるにはそれなりの時間が掛かる。
「まだか、早くしろ!」
「は、はい。もう少しで開きます。」
「結界石を破壊したらどうする。」
「流石に3つ目はないだろう。我らはこの町を脱出し、この事を報告に向かおう。」
(残念だがこの町に売った結界石ならまだ数十個持っているのだよ。)
「あ、開きました。」
そして兵士たちが今後の行動を決めていると開錠を知らせる声が上がる。
すると王国兵たちは3人を押しのける様にして金庫の把手を掴み一気に開け放った。
「な!?どういう事だ。」
しかし、中には結界石の影も形も無い。
それもそのはず、結界石はモニカが持つ背負い袋に入っているからだ。
実のところ結界石は置いておかなくても起動は出来る。
ただ中心点である結界石が動けば結界の障壁も動いてしまうのだ。
場合によってはそれで在処がバレてしまうが今回は移動も最小限にしていたので余程注意深く見ない限り結界が移動している事に気付く事は不可能だろう。
特に結界の境目は町からかなり離れた所にある。
傍で見ていればともかく、今日の昼から町から出た者はいないので確認する事も不可能な状態だった。
そして俺達はこの瞬間を待ち構えていたのだ。
これなら完全な現行犯で処分できる。
そして、ここで最初に声を掛けるのは当然ここの責任者であるガギルスだ。
「お前たちネタは上がってんだ。観念しろい。」
(何だかノリノリだな。もしかして今まで鬱憤が溜まってたのか?)
「ガギルス!クソが騙しやがったな!」
そう言ったのは昨日ここで腕を斬り落とされたギルドスタッフの男だ。
そいつは懐からナイフを取り出すと血走った目でガギルスに切り掛かった。
どうやら腕は無事に治ったようだが、その指示を一番に出してくれたのが誰か知らないのだろうか。
これは明らかに恩を仇で返す行為でしかない。
「お前はせっかく助かった命を無駄にしやがって!」
するとガギルスは拳を握ると目を吊り上げ鬼の形相へと変わる。
そして腕に魔力を纏うとナイフごと男を殴り付けた。
恐らくは俺が持っている鉄拳と同じスキルだろう。
男は拳にナイフを弾かれ、その胸にそのまま突き刺さると背中まで貫通し心臓を破壊された。
その姿を見れば後ろからでも男が即死した事が分かる。
やはりギルドマスターだけあって唯者ではなかった様だ。
「貴様らも覚悟は出来てるな。町の財産にして心の拠り所である結界石に手を出そうってんだ。生きて明日の朝日が拝めると思うなよ。」
ガギルスは拳を振るって腕にぶら下がる男を払い落すと赤く染まった拳を握った。
それを見て残りの2人は涙と鼻水で顔をグシャグシャにし、床を這う様に後ずさった。
「ガ、ガギルスさん。俺達騙されただけです。結界石を安全な場所に移動させようと言われて。」
しかし、その言い訳を聞いたガギルスは怒りの咆哮を上げた。
「馬鹿野郎ーーーがあーーーー!」
その声は威圧を伴い、建物を揺るがす程の威力を秘めていた。
恐らく咆哮か何かのスキルを同時発動しているのだろう。
その声を聞き、残り二人のギルド員を含め王国兵まで体を震わせている。
「そんな言い訳が通る段階はとっくに過ぎてんだよ。それに冒険者ギルドの最大の規約は自己責任だ。お前らも何時だって冒険者に言ってるだろうが。それはお前ら職員に適応されないと思ってんのか!」
そしてガギルスは言い終わると一歩を踏み出した。
それと同時に目の前の7人も更に下がる。
しかし、既に後ろが金庫という絶対の壁なので下がれるのはそこまでだ。
そしてガギルスが次の一歩を踏み出した時は既に彼らの真ん中で拳を振り上げていた。
「最後の慈悲に苦しむ事が無い様に送ってやる。」
そして彼が拳を振るうと二人のスタッフの頭は風船のように破裂し血肉を撒き散らした。
その光景を見て王国兵たちは恐怖に剣すら構えられない。
しかし、ガギルスはそんな事は意に介さないという様子で更に蹴りを放つ。
それだけで鎧を着た兵士たちは体を切られたように両断され、恐怖の中で死んでいった。
(これは綺麗にしてもしばらく気分が悪いだろうな。)
そして彼らの指揮を執っていた男が最後に一人だけ残された。
ガギルスは血に濡れた拳を構えると大きく息を吸い込んだ。
「貴様らが余計な事をしたせいで俺の部下が3人も死んだ。その落とし前はキッチリ払ってもらうぞ。」
「何が落とし前だ。自分で殺しておいて何を偉そうに・・・ヒイ・・・。」
王国兵はなんとか言い返すがガギルスの一睨みで言葉は悲鳴に変わる。
これは既に戦いと呼べるモノではないがガギルスには引けない戦いとなっていた。
「俺はこの町のギルドマスターだからな。部下が馬鹿をやれば責任を取らなければならない。貴様らの様に威張ってるだけじゃ務まらないんだよ。」
そう言ってガギルスは両手を腰の位置で構えると魔力を最大に高めて行く。
(まさか、か〇はめ破か!?)
「獅子咆哮破ーーー!」
そしてガギルスが両手を突き出すと手に溜まっていた魔力がまるで牙を剥いた獣の様な姿を象る。
王国兵はそれを正面から受けると完全なミンチになって後方へと飛んで行った。
しかもその後は背後にある石の壁を突き破り大きな穴まで作り上げてしまう。
「あ!やり過ぎちまった・・・。」
すると焦ったガギルスを見て先ほどから後ろで見ていたモニカが前に出て来る。
そして壊れた壁を確認するとガギルスに視線を向けた。
「修理代は給料から引いておきます。ギルマスだろうと自己責任のルールは守ってもらいますからね。」
するとガギルスは肩を落として大きな溜息を吐いた。
そこには先程まで鬼の様だったギルドマスターはいない。
どうやらモニカの言葉はかなり堪えた様だが何処となく力関係が浮き彫りになるやり取りだ。。
しかし、周囲は血と肉片で凄い惨状になっている。
ある程度は魔法で綺麗になるが肉片や骨片は自分たちで処理しなければならない。
(まあ、この惨状を見せつけておけばギルド職員から裏切り者が出る事はしばらく無いだろうな。)
しかし、戦えなかったサツキさんが熱い視線をガギルスに向けている。
恐らくは戦ってみたいと思っているのだろうが落ち込んでいるので勘弁してあげて欲しい。
「それじゃ、俺達そろそろ宿に戻るから後よろしく。」
「ああ、色々感謝する。もうじきギルドの奴らも集まって来るから片付けはやっておく。明日には町を出るのか?」
「そのつもりだ。すぐに動かないと西で犠牲者が出るかもしれないからな。」
俺は細かい所は省いて告げると皆と一緒に宿へと向かう。
そしてベットに入るとそのまま眠りへと落ちて行った。
次の日の朝。
俺達がギルドに入るとスタッフが未だに掃除をしていた。
あれだけの惨状なので仕方ないが誰もが顔色が悪いので良い薬になっているようだ。
俺達はガギルスとモニカに軽く挨拶して町から出ると車に乗って次の町へと走り出した。
この道を進むと村や町があるという話だが俺達は最短でこの国の首都へと向かう事にしている。
今回の事で俺達が居ると要らぬ問題が発生すると分かったからだ。
それに宿に泊まってもあまり料理が美味しくない事が大きい。
やはり庶民的な考えとして旅の醍醐味とは上手い飯と温泉。
それなら食事は外で済ませて宿では寝るだけで良いだろうという事になった。
俺のアイテムボックスには食材に調味料、アウトドアで使える料理道具が揃っている。
簡単なモノならすぐに作ることが出来るので昼食などや三時のオヤツに関する問題もない。
(ああ、何処かに温泉でも湧いていないだろうか。)
しかし、こんな時ほどトラブルとはあちらからやって来るものだ。
そして、それに最初に気付いたのは俺達の中で一番耳の良いホロだった。
ホロは何かを感じたのか耳を犬のものに変えてピンと立てると周囲を探る。
現在俺達が乗っている車は魔力機構を搭載した車なのでとても静かに走行している。
ライラのフライングボードの技術も取り入れている為走りは滑らかで文句のつけようがない。
しかも燃料はサツキさんが大量に魔物を討伐したので有り余るほどだ。
そしてホロは感じた事をすぐに俺へと伝えて来た。
「人の声が聞こえる。」
ホロはそう言って傍にある山を指差した。
俺はすぐにマップを確認するとそこには数人の人間が森の中にいるのが映し出されている。
しかも、すぐ傍まで魔物が接近しており、もうじき接触する所だ。
そして千里眼で確認するとそこに居るのは何処から見ても老人ばかりで戦士らしい者も武装している者も居ない。
知らなければそのまま放置して通り過ぎるが気付いた以上は放置はしたくない。
後の事は助けてから考えれば良いだろう。
そう思い、俺は車から飛び出すと彼らの元へと向かった。
距離にして500メートルほどなのでホロが如何に耳が良いと言っても声が聞こえたのは奇跡的な距離だ。
これも何かの縁と思い俺は車座に座る彼らの中心に飛び降りた。
「ここで何をしているのですか?」
するといきなり現れた俺に最初は驚く老人たちだが、すぐに落ち着きを取り戻すと笑みを浮かべた。
どうやら、唯の森林浴の為にここでのんびりしている訳ではなさそうだ。
「儂らは死ぬのを待っておるのだよ。君はまだ若い。儂らの事は気にせず行きなさい。もうじきここには儂らを狙った魔物が来るじゃろう。」
見れば彼らは全員がかなり痩せた体をしている。
この事から俺はある事が頭を過った。
(もしかして姥捨ての様なものか!?)
すると森の中から魔物の呻き声が聞こえ始める。
それは次第にこちらへと近づき木を薙ぎ倒す振動と共に俺達の前に姿を現した。
そして現れたのは胴回りだけで1メートルはある黒い大蛇だ。
しかも口からは遅効性の神経毒を滴らせている。
俺達の世界ではフグが持つ神経毒が有名で麻痺から始まり最後は呼吸が止まってしまう恐ろしい毒だ。
そして俺が大蛇を観察していると座っていた老人達が立ち上がり大蛇の前に進み出た。
「サーペントか。楽には死ねそうに無いのう。お若いの儂らが囮になるから早く逃げなさい。奴は獲物を食うのに時間を掛ける。この人数ならお前さんが逃げる時間は十分稼げる。」
どうやら自分たちを犠牲にして俺を逃がすつもりの様だ。
しかし、そうなると明日からの目覚めが悪くなりそうなので俺は剣を抜いて老人たちの前に出た。
「まずはこいつを倒してから他の事は考えよう。あんたらは少し下がっててくれ。」
「ちょ、待つのだ。こいつはこのあたりの主として恐れられている魔物じゃぞ。普通の人間が勝てる相手ではない。」
俺は剣を構えたまま口元に笑みを浮かべ、視線をサーペントに固定して戦う準備を始める。
それにしてもデカい蛇だ。
木々のせいで体の大半が隠れているため大きさの見当もつかない。
でもこれなら大量の肉が手に入りそうだ。
「それは良い事を聞いた。それならこいつを倒せばいい肉が手に入るかもしれないな。メガロドンとどっちが美味いか今から楽しみだ。」
俺は聖装を纏い剣に魔力を注ぎ込んで強化する。
メガロドンの時には耐えきれずに武器が折れてしまったが今回はどうなるか。




