96 ケイトとの再会
家に帰るとこちらでは日が沈むのにかなりの時間がありそうだった。
(そういえば時差がかなりあるんだったな。)
そして俺達の周りには既にライラ達が集まり俺の背中に乗るケイトに視線を向けていた。
俺はケイトをソファーに寝かせるとライラが俺の横に膝を付いてその顔を覗き込んだ。
「この娘があのケイトなのね。確かに国から逃げてる時にスカイパンサーと一緒に旅をしたわね。まさか別れた後に捕まってるなんて知らなかったわ。」
そう言ってライラはケイトの頭を優しく撫でる。
するとその手がくすぐったかったのかケイトは寝返りを打つとライラの手を掴みペロペロ舐め始めた。
それを見てライラはクスリと笑うと優しい目をケイトに向ける。
「昔も寝てる時に撫でると同じように私の手を舐めてたわね。私の手って美味しいのかな。」
そんな事を言いながらライラは俺に視線を向ける。
その顔を見るに何か聞きたい事がありそうだ。
「何か気になるのか?」
「ちょっとした確認なんだけど。本当に些細な事よ。」
そう言ってライラは顔を赤くしながら何度も念を押して来る。
「ケイトから何か私の事を聞いたかな~っと思ってね。この子とは色々な所に行ってるから。」
(そういえば知り合いかを確認した時に色々言ってたな。)
「ああ、些細な事を聞いたぞ。腐った物でも食べられる鉄の胃袋を持ってるとか。ドワーフに酒飲みで勝ったとか。部屋に茸が生えてるとかな。」
俺がケイトから聞いた事を一つずつ話す内に彼女の体から怒りのオーラが沸き上がり始める。
そしてライラの手は素早くケイトの頬を摘まむとグリグリと捏ね始めた。
「ちょっと、起きなさいケイト。乙女の秘密をバラすなんて何してくれてるの。」
するとケイトは再び目を開くと素早く起き上がった。
しかし、ライラはそれを読んでいた様に素早く躱すとその額をパチコンと軽快に叩きつける。
「痛いですライラ・・・!?」
すると昔からされている叱り方なのか、ケイトは起きてすぐにライラの名前を口にした。
しかし、すぐに視線がライラに向けられると目から涙を溢れさせながら胸に飛び込んだ。
「・・うう・・・ライラー・・ひっく。・・・会いたかったですライラーーー。」
恐らく色々と沸き上がる感情が一気に爆発したのだろう。
そして、ケイトの姿は次第に人から獣の姿に変わっていき、今では群青色の豹の様な姿に変わる。
大きさも2メートルくらいまでになっているが仕草と鳴き方がニャーニャーなので大きな猫の様に見える。
しかし、感動の再会に水を差すようにライラの怒りは収まっていない。
乙女の秘密を暴露するとはそれだけ重い罪と言う事なのだろう。
ライラは毅然とした態度でケイトを座らせるとその目を見詰めた。
「ケイト。」
「ニャー?」
「あなた、私の事をユウに話しましたね。」
「ニャ!ニャニャニャー!」
「言い訳は聞きません。罰としてあなたにはしばらくここで生活をしてもらいます。他所に居ると私の築いて来た威厳が破壊されそうです。」
確かに少し前までは威厳?は微妙だが頼れるお姉さんという位置付けだった。
でも今は最初に会った時と同じ残念お姉さんに再度降格している。
株なら買い時だがこれが人となると手放し時を考える者も居るかもしれない。
(まあ、それでもやはりライラはライラなので手放す気は全く起きないがな。彼女にはそれを大きく上回る魅力がある。)
そしてライラに言われた事を理解したケイトは再びニャーニャー泣き始めた。
これで居候がもう一人?一匹?増える事になったので必要な物の買い出しは飼い主であるライラにお願いしておく。
「それじゃあ、明日にでもクリスの部屋を準備してやってくれ。任せても大丈夫だよな。」
「ええ、大丈夫よ。今夜は私の部屋で寝かせればいいから。それに罰もかねて今夜のご飯は煮干しと鰹節にするわ。メノウ、それでお願いね。」
するとライラの言葉にメノウは了解を返し、ケイトは訳が分からず首を傾げている。
そして、ライラが家での基本を教えているとあっと言う間に夜が訪れた。
しかしテーブルに並ぶ料理の横でお皿に盛られた煮干しと鰹節を見詰めるケイト。
凄くこちらを羨ましそうに見ているが全員がこれはケイトへの罰であると認識しているので誰も目を合わせてくれない。
(しかし、ケイトよ。日本の乾物技術を甘く見るなよ。その二つの食材は日本を代表すると言ってもいい程のポテンシャルを秘めているからな。)
そしてケイトは肩を落としながら舌で舐める様に食べ始めた。
しかし口に含んだ瞬間、ケイトの目に輝きが灯る。
そして最初は嫌々舐めている様に見えた動きが今では大切そうに舐めている様に変わる。
その見た目は苦い薬を我慢して飲むのとソフトクリームを食べているほどの違いがあった。
どうやらこの猫には旨味と言う物がちゃんと理解できているようだ。
しかし、あまりに美味しそうに食べているので勝手に食べない様にしっかりと言っておいた。
流石のメノウもいちいち煮干しの数までは数えていないだろう。
そう思って彼女に視線を向けると何故かニヤリと返されてしまった。
(え、もしかして把握してるの?マジで・・・。)
まあ、メノウは天使で俺達とは少し外れた所にいる存在なのでそういった類の不思議パワーを持っていてもおかしくはない。
その後、俺は風呂に入ると自分の部屋まで戻って行った。
明日からはしばらく帰ることは無いだろう。
そう思い扉を開けるとそこには何故かホロが待ち構えていた。
しかもその姿は以前ライラ達が着ていたような艶めかしい下着を付けている。
ここまで来ると俺も覚悟を決めるしかなさそうだ。
先程コントラクトで死ぬまで一緒に居ようと誓ったばかりだしな。
俺は扉を閉めるとそのままベットに入った。
ホロはライラ達と違い意識は完全に家族としていたのでなんだか不思議な気持ちだ。
俺の中では一番近くて一番遠い存在。
それでも俺達は互いに求め合うように体を重ねて行った。
朝になり、目を覚ますと腕の中には人の姿をしたホロが寝息を立てている。
いつもは犬の姿で寝ているので起きてこの顔を見るのはとても新鮮だ。
何だか嬉しい様な恥ずかしい様な気持ちが湧いて来る。
するとホロも目を覚まして視線を交わすと笑顔を見せてくれた。
そして俺の胸に顔を埋めて再び目を閉じると穏やかな顔で二度寝を始める。
しかし、このままのんびり眠らせてやりたいが向こうではみんなが俺達の帰りを待ちわびている。
そろそろ起きて戻らなければならないだろう。
こちらは朝でも、時差の関係でそろそろ昼を過ぎている時間だ。
今から向かえば次の町への移動は出来なくても合流は簡単にできる。
そう思って俺はホロを起こして服を着ると一階へと降りて行った。
するとそこにはライラが何やら小動物を膝に乗せてテレビを見ている。
「ライラ、その小さいのは・・・ケイトか?」
よく見ればそれは子猫サイズになったケイトだった。
俺はライラの横に座りその姿を確認しているとライラがどういう事か説明をしてくれる。
「あれ、知らなかったの?変身スキルを使いこなせるようになったらサイズもある程度なら変えられるのよ。てっきりホロから聞いてると思ってたけど。」
「な・・に・・・。」
俺は初めて聞いた新事実に頭に雷が落ちたような衝撃を受けた。
すなわち子犬姿のホロを再び見られると言う事か!
俺の携帯のメモリーにはホロの成長記録が書ける程、大量の写真がある。
それでもやはり実物の可愛らしさには敵わない。
まさかあの姿をもう一度見られるというのか!!
そんな事を考えていると扉を引っ掻く様な音が聞こえて来た。
そういえば、昔はホロが部屋から出入りしたい時はこんな音をたてて扉を引っ掻いていたな。
そんな事を思いながら扉を開けるとそこには小さな子犬がチョコンとお座りしていた。
しかし、その姿は今も俺の網膜に焼き付いて離れない幼い時のホロの姿だ。
俺は震える手でホロを抱き上げるとまるで綿飴を扱うように優しく胸に抱く。
そして扉を閉めてソファーに座ると至福の表情で茫然と抱きしめ続けた。
すると横からそれを見ていたライラが話しかけて来る。
「もしかして、そうなると分かってたからホロはその姿にならなかったんじゃない。それはどう見ても我が子を抱く父親って感じよ。」
俺はライラの言葉にハッとなりホロに視線を落とした。
するとホロは可愛くコクリと頷き俺の腕から飛び降りる。
実際に子犬ならこれで骨折の可能性もあるがホロに限ってその心配はない。
そして外から見えない場所に移動すると人の姿になり服を着て俺の横に座った。
「あの姿でいるとホロはずっとユウと結ばれないでしょ。だから昨日までは秘密にしてた。でも今日からはあの姿にもなるよ。体が小さい方が沢山食べた気がするから。」
どうやらホロは、花と団子を天秤にかけて花を選択していたようだ。
その健気な選択に俺は嬉しくなってホロの頭を撫でてやる。
それなら近日中に服を買いに行かないといけないのか?
そう考えているとホロの次の言葉がその心配を解消してくれた。
「それと服にはライラがサイズ調整の付与?をしてくれたから大丈夫だよ。」
便利な付与だな。
まさにこの世のお母さんの悩みを解消する素敵な能力だ。
俺も付与を持ってるから出来るのかな?
まあ、今度試してみればいいか。
そして俺達は朝食をとるとマリベルにゲートを開いてもらい再びあちらの大陸へと移動していった。
しかし、出かける時に見たケイトは完全に猫化していたが魔物としてあれはどうなのだろうか。
家の犬枠はホロが埋めているので問題は無いのだが。
そして再び俺達はボルツへと向かい走り出した。
今回は気配を押さえていないので昨日の様に襲って来る魔物は少ない。
魔物も飢えて襲ってきている訳ではないので普通はこんな物だろう。
そして程なく前方に目的地であるボルツが見え始めた。
しかし、どういう訳か町には昨日まであった結界が張られておらず、俺達は入り口で警戒をしている兵士に声を掛けた。
「どうしたんだ。昨日まであった結界が無い様に見えるが。」
「ああ、それがな。国の兵士が結界石を破壊してこの町を出て行ったんだ。何でもギルドで何かあったらしくてな。その腹いせの行動らしい。」
その何かをやらかしたのは俺達の事だな。
しかし、結界石を破壊するとは思い切った事をする。
それにしても制作者がいない状況で予備はあるのだろうか。
スケルトン事件の時に聞いた話だと結界石が壊れて滅んだ村もあるようだ。
もしかするとこの辺境の町は見捨てられる可能性があるな。
「分かった。俺達も今からギルドで確認してみる。」
「そうしてくれ。俺達はここから動けないからな。町の中で魔物を見つけたら討伐を頼む。」
俺は頷くと町に入りギルドへと向かった。
町の中は昨日と違いかなり人の通りが少ない。
しかも歩いている人の目には怯えと不安の色が垣間見える。
(日本も世界が融合してすぐはこんな感じだったな。)
そしてギルドに到着するとそこには数人の冒険者とサツキさん達が横の酒場で待機していた。
そして俺が入って来るのを確認すると受付にいたモニカは奥へと走って行く。
恐らくはここのギルマスであるガギルスを呼びに行ったのだろう。
ただ俺が近づくとサツキさん達は気楽に手を振って出迎えてくれた。
モニカが慌てていたので一瞬心配になったが、今の時点では大きな問題は起きて無さそうだ。
「お帰りユウ君。それでケイトは問題なく受け入れられたの?」
「はい。今は我が家で完全に猫化してます。俺が帰るまでは大人しくしてるでしょう」
「そう。それでこの町の話は聞いてる。」
これは結界石の事だろう。
その事は門番から聞いているので頷いて返しておく。
「国の兵士が結界石を破壊して逃走したと聞いています。」
「そうなのよね。私としてはこういう緊張感は好きだけどその原因を作った身としては何かしてあげたいのよね。」
それは俺も考えていた事だ。
しかし、それだけではこの状況は解決しない気がする。
恐らく、俺達が結界石を与えたとしてもまた壊すか奪いに来るだろう。
破壊したのは持って逃げる時間が無かったか、又は結界石を破壊した事を町の全員に見せつける為だ。
ここ数年の平和で町の中に住む者は完全に腑抜けてしまっている。
こんな状態ではこの先で何かあったら生き残れないだろう。
それにここで国が新たな結界石を設置し俺達を敵と公表すれば彼らは確実にあちらになびく。
助けなくても俺達が結界石を破壊した事にして町が滅んだ情報を流せば、真実を知らない全ての人間が敵と認識してしまう。
相手の戦力も分らないままにこの状況はあまりよろしいとは言えない。
そんな事を考えているとステータス経由で俺に電話がかかって来た。
「何か電話がかかって来たので少し待ってください。」
俺はステータスを開くと誰かを確認する。
しかし、知らない番号なので切る事にした。
今のこの状況で変な相手との通話はハッキリ言ってしたくない。
しかし、俺の直感が出た方が良いと告げていた。
罠感知にも反応は無いので最低限、変な業者ではないだろう。
俺は仕方なく通話を押して電話に出る事にした。
「誰ですか?」
『久しいな小僧。』
「トゥルニクスか!どうして俺の番号を知っている。てか、なんで電話が掛けられる。」
『フッフッフ。驚いたか。愛しのアリシアちゃんが俺にプレゼントしてくれたのだ。世界が変わってステータスの機能が拡張されたのには俺も驚いたがこれは便利だな。』
どうやらアリシアが俺の個人情報を漏らしたようだ。
しかし、それよりもなぜこのタイミングでこいつから連絡が来たのかと言う事だな。
こいつは阿保で変態な所はあるが馬鹿じゃない。
必ず理由があるはずだ。
「それで連絡してきたのには理由があるんだろう。義理の息子の声が聞きたいとかは無しだぞ。」
『ああ、その通りだ。実は最近その国が各国にちょっかいを出していてウザいのでな。そろそろ痛い思いをさせておこうと考えた訳だ。それでだ。お前は今その国の東にいるだろ。』
「・・・ああ。何でもお見通しか。」
『この情報は愛しのオリジン様から聞いた話だ。と話が逸れそうだな。それで我々はその国の西側に面している。だからその国の注意をこちらで引いてやろう。』
すなわちこちらに目を向けさせないために囮になると言う事か。
「それで、そちらは何を要求しようってんだ。」
『お前たちが一部に結界石を設置したから少し困っているのだ。その解消のために結界石を安く売ってほしい。そうだな。半額で売ってくれるならこれから直ぐに出兵しよう。ただ出兵はするがあくまで囮だからな。戦闘はしない。』
「分かった。それで十分だ。アイツは優しいからな。こんな事で死人が出ると悲しむだろう。こちらから連絡しておくからアリシア経由で20分後くらいにあちらに連絡してくれ。値段は知っているな。」
『ナギルタの町で金貨200枚で売ったらしいな。あまりの安さに驚いたぞ。』
「そこからまだ半額に値切る奴が言うな。しかし、今回は助かった。」
そして俺は電話を切るとゲンさんに顔を向けた。
どうやら俺の話からある程度の予想は付いたようだ。
「トゥルニクスがこの国の西から陽動してくれるそうです。その代わり結界石を半額で売る事になりました。」
「気にするな。別に結界石の輸出で儲けようとは思っておらん。」
そう言ってゲンさんはニヤリと笑いを返してくれる。
狸ながらこのギャップが周りの人を引き付けるのかもしれない。
そしてその後、ライラ達に連絡を入れてトゥルニクスの事を話すと快く了承してくれた。
元々ライラは今の金額の10分の1以下で売ろうとしていたので問題はないそうだ。
数と種類は後で話し合ってもらう事になるがアリシアがいるので大丈夫だろう。
そして話が終わると先ほどから待っているガギルスに顔を向けた。
これでこの町に結界石を設置すれば俺達は移動が出来る。
その前に幾つかやる事はあるがそれはこの町を平和にしてからでも大丈夫だろう。




