94 ボルツ ③
俺達は部屋に入るとまずはこの少女を起こす事から始めた。
ダメージはそれ程ないので落ち方が少し悪かっただけだろう。
その為、軽く回復させて顔をペチペチ叩くと簡単に目を覚ました。
「おい、大丈夫か?」
「う、う~ん・・・。はっ!?ここは『ゴチン』きゅ~~。」
「あ、わるい。」
少女は突然起き上がり、上から覗き込んでいた俺の顔面にヘッドバットを喰らわせてきた。
しかし、俺には打撃無効があるのでダメージがあるのはあちらだけだ。
持っててよかった無効スキル。
こういう突発的な出来事の時に心底実感できる。
「う~~~・・・。」
そして俺は再び回復魔法を掛けてやり話が出来る状態に戻してやる。
この様子なら恐らくレベルが高くないか戦闘系のスキルにポイントを使っていないのだろう。
すなわち、ライラと同じ研究者か後衛タイプと言う事だ。
ライラはそれをレベルでカバーしているがそんな者は殆ど居ないのかもしれない。
それに、ライラの体は人とそれほど変わらないと言っていたが、基準がドラゴンなので最近見ていて怪しくなってきた。
最低限、胃と肝臓は遥かに人を凌駕していると思う。
「一応聞き直すが大丈夫か?」
「はい。何やら川の向こうで兄弟たちが手を振っている夢を見ましたが大丈夫です。」
(いや、それは大丈夫と言って良いのか?)
「そうか。それでお前は誰だ?」
すると少女は周囲を見て口を閉ざしてしまう。
特にその目はモニカに向けられ警戒しているように見えた。
するとモニカがこちらに歩み寄り少女に声を掛ける。
「あなたは国の施設から逃走して指名手配中のケイトさんですね。」
すると少女の肩が跳ね視線を逸らして出もしない口笛を吹き始めた。
どうやら嘘が付けない性格の様だが何処となくライラに似ている仕草だ。
「お前が答えないので今はケイト(仮)としよう。それで、お前からライラの匂いがするとホロが言ってるんだが何故なんだ。」
「それは・・・。この服がライラの着ていた物だから。昔、少しの間だけ一緒に過ごしてた事があるの。その時貰った物でずっと大事に使ってた。だから今も匂いが残ってる。そしてあなたからも匂いがする。」
そういうならそのローブは今まで洗った事も無いと言う事か。
しかし動物は気に入った相手の匂いが付いた物が好きなので少しと言っているが思い入れは大きいのだろう。
それに俺にもライラの匂いが付いていたのは出かける時にライラを抱きしめて来たからだ。
「それなら幾つか質問をするから答えてくれ。」
「何?」
「お前の知るライラはどんな奴だ。知り合いなら分かるだろ。」
「ライラは腐った物でも食べられる鉄の胃袋を持ってる。片付けも苦手で部屋によく茸が生えてた。」
「・・・・。」
(家に帰ったらメノウに確認してもらおう。)
俺は帰った後の予定を心に刻んでケイトの話に耳を傾けた。
「お酒を飲むとそこ無しで、旅の途中に会ったドワーフに酒飲みで買って武器を貰ってた。その時に仲良くなって結界石をあげてたよ。」
(どうやら先日聞いたライラの話には裏があったようだな。しかし、酒飲みで勝つとは流石はザルを上回る枠だ。帰ったら聞いてみようかな。)
「でも、ダンジョンに籠る時に私達はそこで別れたの。そこはとても危険だからって。それ以来ライラとは会ってない。でもさっき私の前に女の子が来て言ったの。」
「何て言ったんだ?」
何やらその相手が目に見えるようだ。
何故か俺の横に居てとても見覚えのある姿に思える。
「「今すぐギルドに行けば会える。」」
「・・・あーーー!この人です!」
そう言ってケイトは俺の横に立つオリジンを指差した。
どうやら啓示の相手はこの少女の事で間違いなさそうだ。
確かにライラが覚えているなら喜ぶかもしれないな。
しかし、その手は何だろうか。
先程から何かを求める様な仕草を見せているが。
「サービスしてあげたんだからユウも少しはお返しがあっても良いんじゃないかしら?」
(・・・・・・・。確かに珍しく良い仕事をしてくれた気がする。なら今後の事を考えて少しお返しは必要だろう。これも先行投資と考えれば悪い気はしない。)
俺は結論を出すと一つ目として蜂蜜を取り出した。
これはクリスマスの時に貰って来た物でちゃんと予備もある。
それにもう食べきっているのだろうから長持ちする物を渡しておく。
「まずはこれを渡しておく。今度は大事に食べろよ。」
「流石ユウね。ちゃんと準備してくれてたようで嬉しいわ。それで次は。」
当然オリジンは俺の考えを読んでいるし口でもそう言っている。
1つではない事は分かっているので次を聞いて来るのは当然だな。
「次はこの無花果のタルトはどうだ。」
「こ、これは・・・。干してない生の無花果・・・。こんなものまであるなんて!」
どうやら無花果はこちらにもあるようだがかなり反応が良い。
それに無花果は長持ちしないので昔は干したものが主流だったらしい。
生も季節物なので手に入れるのは難しいだろう。
日本には冷凍技術が進んでいるので手に入るが旬の時期にもう一度頼んでみるか。
「それと今はこのプリンでも食ってろ。これだけあれば満足だろ。」
そしてオリジンは俺の言葉に頷くとプリンを開けて食べ始めた。
これでしばらく静かになりそうだ。
俺は横で涎を垂らしそうなホロにもプリンを渡してケイトに視線を戻す。
すると彼女も同じように今にも涎を零しそうな状態で二人がプリンを食べるのを見詰めている。
仕方なくもう一つプリンを出すとそれをケイトに差し出した。
これ位はしても大丈夫だろう。
「食べても良いの?」
「食べるのは良いがお前はケイトで合ってるな。」
するとケイトはブンブンと首を縦に振りプリンを食べ始めた。
「うみゃ~~~い!」
そしてケイトはプリンを一心不乱に食べ始める。
どうやら気に入ったようだが急いで食べると咽てしまうのでゆっくり落ち着いて食べる様に注意しておく。
しかし、そんな時である。
出入り口から怒鳴り声がこの部屋まで聞こえて来た。
「ここに指名手配中のケイトが居ると聞いて来た。今すぐに大人しく差し出せ。それと重罪人ライラの情報を持つ者も居るらしいな。その者も即刻差し出すのだ。」
俺はケイトに視線を向けるが彼女はプリンに夢中で外の声なんて聞いちゃいない。
これはしばらく放置するしかなさそうだ。
そしてオリジンに関してはプリンを食べ終わった途端にその姿を消していた。
あちらはいつも通りだが戦闘に参加しないのは分かっているので気にする事ではない。
そして俺達の中で最初に動いたのは先程から待ちわびていたサツキさんだった。
彼女はスキップしそうな軽やかな足取りで扉から出ると声を出した者達の前に立ちはだかった。
そして俺達もそれに付いて行くとそこには先ほど街道で出会った兵士たちと同じ装備をした兵士が待ち構えている。
そしてその横には先ほど出て行ったギルドスタッフと思しき者が並んでおり胡散臭い商売人の様に手揉みをしながら声を掛けていた。
「あ、アイツ等が先程話した奴等です。」
「そうか、よくやった。この事は中央にもしっかり報告しておくからな。近々移動の知らせが来るだろう。」
「これで俺も中央の仲間入りだぜ!」
そう叫んだ男は俺達の後に付いて来たモニカを見つけてその口元を釣り上げて笑みを浮かべた。
まあ一緒の職場なので顔見知りなのは確かだが、なんだか見下した様な顔をしているな。
「あ、モニカさん。すみませんが手柄は頂きましたからね。でも恨まないでください。俺はこんな田舎から出て本当の町で生活するんですから。」
どうやら、この男は俺達の情報を兵士に売ってその報酬として出世するつもりの様だ。
確かに国とギルドが癒着しているのならそれも可能だろう。
それにしてもギルマスも今のやり取りを見聞きしているのだが大丈夫なのだろうか?
そう思っているとガギルスは前に出ると鋭い視線を男に向けた。
「お前は自分がしている事の意味が分かっているのか?」
すると男は何食わぬ顔でガギルスを見ると鼻を鳴らした。
それはどう見ても自分よりも立場が上のガギルスを馬鹿にしている様にしか見えない。
「俺はお前とは違う。この町の出身でもなければ義理も無い。それにアンタでも中央の命令には逆らえない筈だ。俺の中央への移動は決まったも同然だな。」
するとガギルスは溜息を吐いた。
そして何も言わず近くの椅子に座ると頬杖をついてまるでつまらないショーを見る様な表情を浮かべる。
そして話が終わったのを見て俺達は動き始めた。
「サツキは参加か。儂は思う所はあるが今回は遠慮しておこう。」
そう言って今回ゲンさんは引き下がるようだ。
すると今度はアキトが軽く手を上げた。
「俺とアスカはケイトの護衛に付く。」
そう言ってアキトはアスカを連れて先ほどの部屋に戻って行った。
しかしそれには当然、理由がある。
俺のマップには別動隊がケイトの部屋に向かっているのが映し出されているからだ。
恐らく目の前の兵士が大声を出したのも陽動の一種だろうが俺達が気付かないはずがない。
しかし、陽動にしては貧乏くじを引いたな。
こちらはサツキさんが相手をするだろうから彼らの行き先は地獄しか存在しない。
そして、敵と認識されればそれが非戦闘員だろうと彼女が手加減することは無い。
ギルマスであるガギルスはそれが分かっていてああやって座って見届けようとしているのだろう。
「ユウ君はどうするの?」
「俺は思う所があるので参加しますよ。ホロはそこで大人しく待っておくように。」
「はい。」
ホロは俺の指示に従いゲンさんの所まで下がり「がんばってね~」とエールを送って来る。
俺はその応援を背中に受け苦笑を浮かべた。
するとサツキさんがクスリと笑い声を掛けて来る。
「愛されてるわね。」
「まあ、飼い主ですから。」
「違うわよ。アレはあなたを男として応援してるのよ。早く気付いてあげないとホロちゃんが可哀そうよ。」
俺はサツキさんにそう言われてホロに視線を向ける。
するとどうやら聞こえていたのかホロは俺を見ながら頬を赤く染めた。
(今まで考えない様にしてたけど、そろそろ本気で考えないといけないかもしれないな。)
しかし、それよりも今は目の前の兵士たちだ。
こいつらはライラを重罪人として高々と大きな声で宣言をした。
恐らくこいつらはライラが何をしたのか知っているはずだ。
その恩恵を受けていながらあんな事を言うならその結果がどうなっても構わないと言う事だろう。
俺は挑発を込めた声で彼らに話しかける事にした。
「ライラの事を知りたいなら俺に聞け。居場所から好きな食べ物に至るまで何でも知っているぞ。」
「貴様が情報にあった男か。ならばその手足を切り取ってゆっくりと質問する事にしよう。お前らも油断するなよ。」
その声に従い兵士たちは抜剣すると俺達を逃がさない様に包囲し始める。
そして、俺達の前には10人ほどの兵士がいるが外にはその10倍はいて、この建物を包囲していた。
周りを見れば冒険者たちは既に見当たらないので俺達が応接室にいる間に移動させたようだ。
こちらとしては邪魔にしかならないのでありがたい。
そして、俺は片手に剣を持ちサツキさんは先程の二本の妖刀を構えた。
どうやら、ここ最近溜まっていた鬱憤を少しは晴らす事が出来そうだ。




