93 ボルツ ②
俺達は町に着くと門番をしていた兵士に身分証を見せる。
先程の事もあり、少し警戒したがこちらはあっさりしたものだった
「ようこそボルツへ。冒険者の方ですね。どうぞお入りください。」
「すみません。この2人は身分証を紛失してしまったのですが。」
サツキさんとキテツさんはこちらに来るのは初めてだ。
その為、身分を証明する物は所持していない。
恐らく、以前の俺の様に免許証などを出せば問題ないだろうが今は目立ちたくはないので紛失した事にした。
「それなら冒険者ギルドでギルド証を発行してもらってください。国に身分証を発行してもらう事も出来ますが、ここは中央から遠いので時間が掛かってしまいます。」
「分かりました。ありがとうございます。」
そして俺達は町に入るとそこはとても平和な風景が広がっていた。
人々は笑い、何も警戒をする事なく歩いている。
やはり結界石があるので安心して生活できるのだろう。
この光景をライラにも見せたかったが、この裏では国がライラに罪を被せ罪人に仕立て上げている。
ふとした事からライラの素性がバレると悲しい思いをさせてしまうかもしれない。
そんな事になれば俺はその町を滅ぼす事も辞さないだろう。
そして、俺達はそのまま門番に教えてもらった通りに冒険者ギルドへと向かった。
するとその場所には以前見た石作りのギルドと同じく、立派な建物が建っている。
どうやらこの国でも冒険者ギルドはそれなりに力があるようだ。
しかし俺達が中に入るとこちらでも同じく威圧が飛んで来た。
どうやらこちらの挨拶は健在なようだが残念な事に今回の旅には手加減を知らない人が混ざっている。。
「あらあら、まあまあ。こちらの挨拶は素敵ね~。」
しかし、和やかな声とは裏腹にそれを上回る威圧がサツキさんから放たれた。
しかもそれは既に威圧ではなく殺気を思わせる物だ。
そのため、それを受けた者から順に泡を吹いたり白目をむいて倒れて行く。
その光景に一早く異常を感じ取った者はその場から逃げ出し始めた。
「やっべえぞ。てめえら一旦ここから離れろ!」
「お・・う・・・。」『バタリ』
しかし、手遅れになる者が大半で、逃げられたのは片手の指で数えられる程だった。
その結果、俺達の目の前には意識を失った無残な者達が量産されてしまう。
「ヒィーーー。殺さないでーーー。」
「しゅ、襲撃ー。襲撃でーす。」
そして、それを見た受付嬢たちは震えあがり、奥へと逃げて行ってしまった。
恐らく誰かを呼びに行ったのだろう。
以前に行ったナギルタと同じ作りなら、あの先にはギルドマスターの部屋があるはずだ。
(それにしても、以前ゲンさんが放った威圧は凄いと思ったがあれでも手加減してたんだな。もしかして殺す気で放った方が効果が高いのか?)
そして受付嬢たちが逃げて1分もしない内に奥から巌の様な大男が姿を現した。
その体は歴戦の戦士の様に傷だらけだが盛り上がる筋肉に一切の衰えは感じられない。
そしてその年は以前のゲンさんと同じくらいだろうか。
こちらの人間はレベルに頼って体をあまり鍛えないと聞いていたがどうやら目の前の男は違うようだ。
男はカウンターから出ると持ち前の筋肉を躍動させながら俺達に鋭い視線を向けて来る。
その後ろでは先程ここに居たスタッフたちが様子を覗き、緊張の面持ちで成り行きを見守っていた。
「俺はここを任されているギルドマスターだ。それで、お前たちはここへ何をしに来た?」
「え、ギルドに加入しに来ただけよ。」
「は?」
「でもここに入った瞬間に素敵な挨拶をされたから丁寧に返しちゃったけどね。でもこういう挨拶は私好みだから起きたらこの子達にお礼を言わないといけないわね。」
すると最初は当たり前の返しをされて呆けていたギルマスも、サツキさんが話を進めるにつれて再び立ち上った殺気と正常とは思えない目付きに喉を鳴らした。
そしてなぜかギルマスは目を逸らすと俺に話しを振って来た。
ただ本音を言わせてもらえばこのタイミングで俺を巻き込むのは勘弁してもらいたい。
それでなくてもこうなったサツキさんは何をするか分からないのに、次のターゲットに選ばれたらどう責任を取ってくれるんだ。
「おい、この危険人物は何者だ。お前はこいつらの連れだろう。説明してくれ。」
「そこでどうして俺に聞くんだ?ちゃんと本人が目の前に居るだろ。」
「そんなのお前がこの中で一番一般人ぽいからに決まってるだろう。それとも何か。俺に死ねと言うのか?」
確かに先ほどからサツキさんはギルマスを値踏みしているようだ。
このままだと命を賭けた模擬戦をする事になるだろう。
それに例え何を持たせたとしても彼女が振るえば刃物に変わる。
そうなればギルマスが重傷を負うのは確実だ。
ここは早めに説明を終わらせてお暇するのが良いだろう。
「その人は簡単に言えば戦闘大好き、戦闘狂のサツキさんだ。根は優しい人だから殺されることは滅多にない。」
「滅多にって事はあるんだろ!」
流石はギルマスと言ったところか、中々に鋭い突っ込みを入れて来る。
「まあ、何に対しても不慮の事故はある。お前もギルマスなら分かるだろ。」
「あ、ああそういう事か。それで、ギルドに入りたいのは本当か?」
「その通りだな。実は身分証を失くしてしまったんだ。変わりが必要になった。」
「分かった。そちらはすぐに作らせる。テス・・・」
俺はその時点で自分の口元に指を立てギルマスの言葉を止めさせる。
ここでテストと言ってしまうとサツキさんの模擬戦と称した地獄の100人斬りが始まってしまいそうだ。
彼女を相手に棄権するという選択肢は許されないだろう。
意識がある限り続き、相手がトラウマで戦えなくなるかもしれない。
そして、そのメインディッシュに上がるのは確実にこのギルマスだ。
それに思い至ったのか、彼も寸前の所で口を閉ざした。
「そうだな。彼女は特別にBランクとしよう。」
そう言って彼は逃げる様に奥へと向かおうとした。
しかし不意に振り返るとこちらを見て口を開く。
「そういえば、まだ自己紹介もしていなかったな。俺の名前はガギルスだ。現在この町はある理由から特殊な状況下にある。詳しい説明をしっかり聞いておいてくれ。」
そう言って彼は一人の女性に視線を向ける。
その人は先程まで居た二人とは違い怯える事無く受付に着くと用紙を取り出した。
それを見ると俺達が以前に見た物と同じ様式のようで書き込むのは難しくなさそうだ。
「私はモニカと言います。こちらに記入をお願いします。」
サツキさんはそれに目を通すと必要事項をスラスラと書いて行った。
モニカはその間に書かれている事を見ながら不備が無いかを確認していく。
「これでいいかしら。」
「はい。大丈夫です。所でこのテイムの所に書かれている2匹は何処に?」
どうやらカゲマルとロウカの事の様だ。
するとサツキさんは足元を指差し、足で地面を軽くノックする。
するとそこから3メートルはある巨大な魔物が姿を現した。
(あれ?デカくなってないか?)
そういえば食べても体に馴染むのに時間が掛かるのだったな。
恐らくはサツキさんの影の中でメガロドンの肉を完全に取り込み巨大化したのだろう。
その威圧感は最初に見た時を遥かに凌駕している。
それでもサツキさんが先ほど放った殺気に比べればまだまだ小さく感じる。
モニカもそう感じたのか驚きはしたが対応に変化はない。
(そういえば結界にも弾かれなかったな。影の中は別空間なのか?)
するとモニカは以前にライラが渡したテイム証と同じ物を取り出した。
どうやらライラの仕事にぬかりは無い様で安心する。
無ければこちらで渡そうと思っていたがその必要は無さそうだ。
「こちらを従魔に付けてください。それと、安全のためになるべく影から出さないでもらえると助かります。ここ数年は結界石のおかげで魔物と関わっていない者が大半ですので。」
サツキさんはそれに頷いて返すとテイム証を二匹の首に取り付けた。
やはり魔道具の様で付いている紐はサイズが自動で変わり、テイム証は二匹の首にベストフィットする。
そして彼女の説明はそれからも続いていった。
「この町には東にスラムがあります。皆さんなら心配ないと思いますが気を付けてください。そして、つい先日、国の施設で爆発があり、そこのスタッフが逃げ出しました。」
(ああ、それなら犯人はここにいますよ。名乗り出たりはしないけど。)
しかし彼女はその後、表情を歪め予想外の事を話し始めた。
「国はその逃げたスタッフを捕まえ、斬首刑にして破壊された施設の前に首を晒しています。必要なければ近づかない事をお勧めします。在らぬ疑いで捕まればギルドでも助けることが出来ません。」
それはおかしい気がする。
以前トレスから聞いた話ではギルドは国に従う必要は無いと言っていた。
あのトレスですら、何かあればエルフの国から組織ごと撤退すると言っていたのにどういう事だろうか。
「俺が以前聞いた話と違うな。どうしてそんな事になっている。」
するとモニカは顔を近づけ小声で説明し始めた。
どうやら声を大きくしては言えない何か事情があるようだ。
「ここのギルド本部は国王様ととても仲がよろしいとの事です。そのためギルドはこの国に便宜を図っているとか。」
すなわち、賄賂を受け取っていて撤退指示を出す上層部は国に抱き込まれていると言う事か。
しかし、それならギルドの人間も肩身が狭いだろう。
国を捨てて出て行ったりはしないのだろうか?
その事を聞くとモニカは周囲の者達を見回した。
「当然、余所者は出て行きますね。しかし、故郷を守るために残る者も居るのです。ここで寝ている彼らはこの町の出身の者達ですから、この状況で見捨てて出て行く事が出来ないのでしょう。」
それなら納得できる。
俺も自分の住む町を守るために自警団に協力している。
それに自警団の奴らもここに倒れている者達と同じ考えだろう。
故郷や家族、大切なモノを守るために日々努力している奴ばかりだ。
そして、俺達が話をしていると入り口の扉が激しい音と共に開けられ何者かが駆けこんで来た。
その姿は頭からスッポリとフード付きのローブを被り確認も取れない。
しかし、その目は俺へと一直線に向けられているのは分かる。
そしてその人物はその勢いのまま俺に飛び付いて来た。
すると、それを阻止する様にホロが俺の前に立ち素早く相手の手を取ると綺麗に床に投げ飛ばした。
「ギャニャーーー!。」
しかし相手は突然の事に受け身も取れなかった様だ。
その人物は肺から息を吐き出してその場に倒れて動かなくなる。
そんな相手にホロは珍しく鋭い目を向けると声を荒げた。
「ユウは私のだからダメー!」
そして俺はどうしたのかと思えば倒れた者のフードが重力に従いパサリと落ちて顔が露わになると納得した。
倒れている少女は群青色の髪に尖った耳が生えていた。
ただ耳は横ではなくホロと同じく頭の上だ。
どうやら何かの獣人か魔物が人に変身した者なのだろう。
身長は165センチと少し大きめだが体は細く何やら猫を思わせる顔立ちだ。
もしかしたら元は猫系や豹系なのかも知れない。
そしてその顔を見たモニカは突然カウンターを華麗に飛び越えるとフードを掛け直して顔を隠した。
「皆さんはこの方とはお知り合いですか?」
「いや、初対面のはずだ。」
するとホロは目の前の人物の匂いを嗅ぐと首を傾げる。
「何だかこのマントから少しだけライラの匂いがするよ。」
するとホロの言葉にモニカは目を見開いた。
そして俺達を見回すと意識の無い少女を抱えて奥へ来る様に促してくる。
「すみませんがこちらにどうぞ。詳しい話は奥でお聞きします。」
俺達はそれを聞き、仕方ないかと溜息をつくとモニカに付いて奥の応接室に入って行く。
しかし、俺達がその場から消えた後に一人のギルド職員が建物から駆け出して行った。
そして俺達は奥の応接室に入ると事態が動き出すのを話をしながらのんびり待つのであった。
ちなみにサツキさんだけはアトラクションを待つ子供の様にウキウキしていた事だけは明記しておく。




