92 ボルツ ①
俺達は草原を歩いて街道を目指していた。
そして、周囲を探るとそれなりに魔物の反応がある。
エルフの国ではかなり少なかったが比べると単純に見て3倍は居そうだ。
草原という見晴らしが良い場所の為、遠くからでも俺達が見えるので襲われる回数もかなり多い。
今もオオカミの様な魔物、プレイリーウルフという可愛らしい名前の魔物に絶賛襲われ中だ。
しかし、名前は可愛いがその姿はあまり可愛くない。
灰色と緑のぶり柄でまるで見た目はハイエナの様だ。
大きさはどれも2メートルを超えていて素早さもある。
キテツさんにはかなりキツイ相手だ。
そして、こうして俺達が襲われているのには大きな理由がある。
それは俺達全員が気配を押さえて弱者を演じているからだ。
獣系の魔物は感覚が鋭いので通常は敵わないと思う相手には襲い掛かる事は少ない。
そしてこうしている理由はキテツさんのレベルを上げるためだ。
その結果、俺達の前でサツキさんが嬉々として剣を振るっている。
恐らく若返った体の試運転も兼ねているのだろう。
そして魔物を倒し終わると、とてもいい笑顔を浮かべて俺達の前に戻って来た。
「若いって良いわね。関節も痛くないしイメージ通りに体が動くわ。古傷も治ってるしメノウちゃんに後で何かお返ししないとね。」
どうやら機嫌は上々の様だ。
それに彼女の場合、あれだけ厳しい訓練を今までして来たのなら傷は絶えなかっただろう。
当然その中には後遺症が残る物もあったはずだ。
それらが治れば今までと体の動かし方も変わるだろうがこの草原での戦闘はいい調整になっているみたいだ。
「それなら何か美味しい物を食べさせてあげてください。家だとどうしても家庭的な料理になってしまいますから。」
家はメノウとクリスが料理上手なので最近外食をしていない。
特にレストランなどの洒落た所にはいかないので何処が美味しいのかさえも分らないのだ。
「それなら帰ったら皆を美味しいお店に招待するわね。」
そして、話している最中にも戦いの音と血の匂いに誘われるように魔物が集まって来ている。
これは朝から来て正解だった。
時差もあり、現在は日もかなり高くなっている。
サツキさんが戦闘狂なのは知っていたがここまでとは思わなかった。
そして、途中からは総理、じゃなかった。
ゲンさんとキテツさんも戦闘に加わりながら近寄る魔物を全て駆逐する勢いで狩り続けた。
そしてそれは街道に出てからも続き、結局俺達は車に乗らずに歩いて移動している。
しかし、ここまで魔物が居るのにこの国の人間はどうやって街道を移動しているのだろうか?
そんな事を考えていると道の先から鎧を着た兵士の様な者が5人でやって来た。
そして俺達の前に止まると馬から下りる事無く声を掛けて来る。
「貴様ら、そこで何をしている!」
何やら偉そうに問いかけて来るがそんな相手にゲンさんは笑顔で返事を返した。
さすが嫌いな相手でも笑顔を絶やさない日本の総理大臣だ。
「何と言われても旅をしているだけだよ。魔物にも襲われているから身を守るための戦闘もしているがな。」
「怪しい奴らめ、身分証を見せろ。」
そう言って来たので俺達はギルドカードを彼らに見せる。
するとそれを確認した兵士は舌打ちをした後に居る兵士たちへと指示を出した。
「こいつ等にはスパイの疑惑がある。捕らえて尋問する。」
そう言って兵士たちは馬を下りるとサツキさん、アスカ、ホロに手を伸ばした。
「お前らは俺達が特別に尋問してやる。ありがたくその体で奉仕するんだな。そうすれば他の者も無事に解放されるかもしれんぞ。」
(ああ、そういう事か。こいつらの目的は最初からこの三人だったと言う事か。)
しかし、アスカはSランク冒険者だ。
それでもこの扱いと言う事はこの国の兵士は何を考えているのだろうか。
「はは、お前そんな年増で良いのか。俺はこっちの茶髪の女にするか。こいつは良い声で泣いてくれそうだ。」
(まあ、いい声で鳴くだろうな。しかし、マナーの悪い奴は嫌いだ。飼い主に声もかけないとは。)
俺は剣を抜くと手を伸ばす兵士に無言で振り下ろした。
すると兵士の腕は綺麗に切断され放物線を描いて宙を舞い街道の端にドサリと音を立てて転がる。
すると少し遅れて腕を失くした事に気付いた兵士の口から悲鳴が湧き起こった。
「ああーーーー!俺の腕がーーーー!」
するとそれを見ていた他の兵士が剣を抜くと襲い掛かって来る。
その動きは鋭いが今の俺の相手をするにはあまりにも遅すぎた。
やはり、こいつらはどうやってこの国内を移動しているんだ?
すると追加で次の兵士が俺に襲い掛かって来た。
「貴様ーーー!俺達はこの国の兵士だぞ!」
俺は何だか訳の分からない事を言って切り掛かる兵士の攻撃を躱し顔面に拳を叩きつける。
別にスキルを込めている訳でもないのに兵士はその一撃だけで足を縺れさせその場に倒れて意識を失ってしまった。
これでどうやってSランクであるアスカを好きに出来ると考えられるのだろうか。
これならここに来てすぐのキテツさんでも勝ってしまいそうだ。
そして、横で呻く男の傷を適当に癒すと顎を蹴りぬいて意識を刈り取った。
すると残りの兵士から更に怒声が投げつけられる。
「お前たち、国を敵に回すつもりか!?」
「いや、敵になるも何もお前たちが襲ってきたんだろ。もしかしてお前ら馬鹿なのか?」
すると兵士たちは剣を抜くと全員が戦闘態勢に入った。
そして周囲では血の匂いに誘われた魔物たちが集まり、襲い掛かるチャンスを窺っている。
恐らくは俺達が殺しあう姿から人数が減るのを待っているのだろう。
しかし、そんな俺達の中で1人だけ深海の様に暗く、そして粘りつくような殺気を放っている人物がいた。
その者は笑顔を浮かべながらも兵士たちの前に行くと小太刀を両手に立ちはだかる。
そして、その手に持つ刀を見て横にいたキテツさんが声を漏らした。
「サツキさん、それを使うのか?」
「ええ、こんなゴミなら問題ないでしょ。そろそろこの【吸血丸】と【血喰丸】に血を吸わせてあげないと。」
そう言ってサツキさんは赤い刀身をきらめかせた。
すると兵士たちは標的をサツキさんに変えて同時に切り掛かって行く。
見た目が華奢な女性に見える彼女なら簡単に勝てると考えたのかもしれない。
しかし、彼女が素早く刀を横に一閃すると兵士たちの剣はいとも容易く切り取られた。
そう、折れたや砕けたのではなく斬れたのだ。
その余りの切れ味に兵士たちも一瞬理解できなかったようで自分の手の中にある短くなった剣に視線を落とした。
しかし、次の瞬間にはサツキさんは次の攻撃を放ち彼らの首を飛ばし、すかさず二つの死体となった心臓に小太刀を突き刺す。
すると首から噴き出していた血が止まり刀身が更に赤味を増していくので、まるで血を吸っているようだ。
すると決着が付いた事に気付いた魔物たちが動き出そうと足を上げた。
しかし、そんな彼らにサツキさんは極限まで研ぎ澄まさせた殺気を叩きつける。
それにより殆どの魔物は動く事も出来ず意識を手放すものも現れた。
さらに魔石に変わる魔物までいたので心臓が停止してしまったのだろう。
そして動く事も逃げる事も出来なくなりまるで狂王に仕える臣下の様に震えながらその場に伏せた。
「良いでしょう。こいつらの処理は任せます。私達が居なくなった後に食べなさい。骨も残さないように。それとそこのお前。」
そう言ってサツキさんは一匹の魔物に視線を向けた。
そこにはこの中でただ一匹だけ、周囲とは違う魔物が隠れる様に頭を垂れている。
その魔物は以前に毛皮だけの状態で見た事があるインビジブル・シャドーウルフだ
隠密行動に優れ、影に潜んだり影移動も使いこなすかなり特殊な魔物である。
俺のマップで探してもこの草原に居るのはこの一匹を含めて2匹だけだ。
「私にテイムされなさい。反論は許しません。」
するとインビジブル・シャドーウルフは前に出ると一声鳴いた。
その声を聞き、ホロがサツキさんに向かって話し掛ける。
「その子旦那さんが居るって言ってる。」
「ならその旦那も一緒にテイムしましょう。すぐに連れて来なさい。」
そして20分ほど待つとその旦那というインビジブル・シャドーウルフがヒョコヒョコと今にも倒れそうな動きで現れた。
どうやらかなりの傷を負っているようで前足などは既に折れているというよりも取れかけて腐り始めている。
このまま放置すればテイムしても遠くない内に死んでしまうかもしれない。
すると旦那の方は既に逆らう気が無いのかその場に倒れる様に体を横たえた。
恐らくここまで来るだけでも大変だったのだろう。
そんなインビジブル・シャドーウルフにサツキさんは歩み寄り声を掛ける。
「生きたいですか?」
するとその目はもう一匹のインビジブル・シャドーウルフに注がれる。
そして小さくコクリと頷きを返した。
人の言葉を理解しているので知能は高いのかもしれない。
「ならこれを飲みなさい。」
サツキさんはポーションを取り出して口元に持って行く。
そしてそれを飲み干した瞬間、サツキさんは刀を一閃しその腐りかけた足を切り離した。
「ガアーーー!」
その瞬間インビジブル・シャドーウルフは悲鳴を上げてその場で気を失ってしまう。
しかし、その傷口からは既に肉が盛り上がり足が生え始めていた。
どうやらサツキさんが与えたポーションはエルフの秘薬最新版の様だ。
(あの秘薬はまだ試した事が無かったが凄い効果だな。)
「ユウ君。悪いけどメガロドンのお肉をちょっともらえない。」
「構いませんよ。」
俺は肉を取り出すとそれをサツキさんに手渡した。
ちゃんとフリーザーパックに入れていた物を渡しているので手は汚れない様にしてある。
しかし、それでも匂いを感じ取ったのか気を失っているにも関わらずその鼻がヒクヒクと動き始める。
そして袋を開けた途端に意識を取り戻したのかその目をクワッと見開いた。
するとその口からは滂沱の如く涎が溢れ出している。
そんな二匹のインビジブル・シャドーウルフにサツキさんは均等に分けた肉を皿に乗せて差し出した。
しかし、2匹はまるで待てをされた飼い犬の様に尻尾を振るがそれ以外は微動だにしない。
「食べなさい。」
すると二匹はその声に従うように肉を食べ始める。
体が大きいためあっと言う間に食べ終わってしまうが食べた後の変化は歴然だった。
その体毛はまるでシルクの様に艶を放ち、その目は蜥蜴のように瞳孔が縦に割れている。
口からは鋭く長い牙が2本生え、まるでサーベルタイガーの様だ。
そして頭には一本の黒い角が生えその姿は肉を食べる前とは別物になってしまった。
どうやら、遥かに上位の魔物の肉と魔素を取り込んだことで進化したようだ。
(それにしても角か。少し良いかも。)
そんな事を考えているとホロは自分の額を撫で始めた。
それを見て俺はホロの頭に手を乗せて撫でながら笑いかける。
「ホロに角は要らないからな。そんなのあったら撫でる時に困るだろ。」
「そうだね。私も撫でられるの好きだから角は邪魔。」
そして俺はホロを撫でながら二匹の様子を窺う事にした。
すると二匹はその場に伏せると従順にその時を待っている。
そしてサツキさんは手を翳すと笑顔を浮かべテイムは無事に成功したようだ。
「サツキさん。名前は決めていますか?」
「え、一と二じゃダメなの?」
その言葉に周りからは冷たい視線が向けられたのは言うまでもない。
もしかしてシロウさんの名前ってそのままの意味なのか?
何かで4番目だったからとか?
「いや、インビジブル・シャドーウルフですから影丸とか狼華とかあるでしょう。」
「ああ、ならそれで。」
何とも適当な流れだが旦那の方がカゲマル。
奥さんの方がロウカと決まってしまった。
まあ、ダンナーとかオクサーンとかにならなくて良かったと思う。
そして、その後2匹はサツキさんの影に入ると姿を消した。
俺達は次に兵士たちの体を漁り持ち物を確認する。
するとその懐からは結界石の様なプレートを発見することが出来た。
どうやら鑑定した結果、結界石の劣化版の様だ。
恐らくライラの結界石を解析して作ったのだろうが効果が低すぎる。
これで防げるのはこの草原の魔物程度だろう。
ダンジョンの階層で言えば15階層がいい所だ。
まあ、地上に強力な魔物が現れる事は稀なのでこれでも大丈夫なのだろう。
そして、俺達は調べる事も終えたのでその場を離れる事にした。
すると周りの魔物たちは次第に兵士たちに近づいて行くのが分かる。
そして後ろから悲鳴が聞こえた気がするが俺達は足を止める事無くそのまま町に向かう事にした。
ちなみに、彼らが乗っていた馬には罪は無いので連れて来ている。
どうやら馬に乗れないのは俺だけの様なのでホロをサツキさんの後ろに乗せ俺だけ走る事にした。
そして町の傍まで来ると馬を離し、町へと向かって行った。
(あの調子なら大丈夫そうだ。しばらくしたら町に帰るだろう。)
そして、俺達はこの国で初めての町、ボルツに辿り着いたのだった。




