91 ディスニア王国へ
俺達は食事を終えると明日に備え早めに寝る事にした。
とは言ってもこの家で行くのは俺とホロだけなので他のメンバーは食後をのんびり過ごしている。
そして、アキトとアスカも早めにマンションへと帰り、総理とサツキさんとキテツさんは道場に一泊するそうだ。
あそこはマリベルがゲートを開くポイントの1つなので総理達としても都合が良いらしい。
まあ、三人とも朝は早そうなので心配は無いだろう。
出発の時間は朝の9時と決めてはいるが今回は船で行くわけではないので遅れたからといって問題はない。
ただ、その場合は遠足前日の如く、ワクワクした顔のサツキさんから雷が落ちるのは確実だろう。
そうなれば俺達の体が無事に済みそうにないので恐らく誰も遅れることは無いと信じたい。
そして俺は部屋に入るとベットに潜り込んだ。
すると犬の姿で付いて来ていたホロもベットに飛び乗り足元で丸くなった。
一瞬視線が合うがホロは何も言わず目を閉じて眠りに付いている。
俺としてもいつもの事なのでそのまま目を閉じて眠りへと落ちて行った。
やはり、足元にホロの温もりがあるととても落ち着く気がする。
少し前まではこれが普通で、最近は以前ほど毎日一緒に寝ていないので特にそう思うのかもしれない。
(でも、それは俺の我儘だよな。ホロも人と同じようなモノになったんだからプライベートくらい欲しいだろう。)
実際に今回の旅でもホロを同行させるのは完全に俺の我儘だ。
本当は危険な事が確定している旅なのでホロは置いて行かなければならない。
しかし、俺にとってホロとは喫煙者の煙草。
麻薬常習犯の麻薬と同じくらい手放したくない存在だ。
それにホロには中毒性も周辺被害も無いので周りに迷惑を掛ける訳ではない。
しかしこれは極度の犬好きにしか分からないかもしれない。
(でもホロも獣人になったからそろそろ俺自身もホロ離れを考えないとな・・・。)
しかし、そんな事を考えながら寝たからか、今日は久しぶりに夢を見た。
俺は何処かの地下室にいて胸までの深さまで水に浸かっている。
水は冷たく俺の腕の中にはホロが犬の姿で水に濡れて震えていた。
どうやらこのホロは普通の犬であった時のホロの様だ。
なので、不意な事で暴れてしまい俺の手の中から水に向かって飛び込んでしまった。
ホロは泳ぎの訓練なんてした事ないので当然泳げずに溺れてしまう。
俺はすぐに抱き上げようとするがその直後、急に水が部屋から排出され始めた。
するとホロは水に流され排水口に飲み込まれてしまう。
俺は追おうとするがそこの大きさは俺では通れない大きさだった。
そして、俺の見ている目の前でホロは流され姿を消した。
その途端、頭に最悪の結果が浮かび酷い損失感と絶望が沸き上がる。
しかしそこでようやく目が覚め、時計を見るとまだ深夜の1時過ぎで朝まではまだまだ時間がある。
足元を見ればそこにはホロが腹を向けて穏やかな寝息を立てていた。
以前ならすぐに起きていたが最近はかなり眠りが深いようだ。
ただそれだけ安心して寝ていると言う事だろう。
するとホロは急にパチリと目を開けるとゴロリと回転し、俺の横に移動すると胸の上にチョコンと顎を乗せて再び寝始めた。
この位置なら手も届くので俺はホロの存在を確認する様にその頭を優しく撫でてやる。
すると先ほどまで感じていた損失感も絶望も消え去り心が落ち着いて来る。
これなら次には良い夢が見れそうだと俺は再び目を閉じた。
(本人には悪いがしばらくホロ離れは出来そうにないな。)
そして、俺はホロの感触を感じながら今度こそ深い眠りへと落ちて行った。
『特殊スキル、予知夢を習得しました。』
『このスキルにより、あなたの見た夢には意味がある様になります。』
「・・・・・。」
『この度の夢を記録。』
そして朝になり俺は目を覚ますとホロを起こして部屋を出た。
人から犬になる時は良いが、その逆は問題がある。
犬から人になると裸になってしまうので、注意が必要だ。
そして、一階に下りるとまだ7時だというのに皆も起きていて俺を待っていた。
「おはよう、ユウ。」
「おはようライラ。今日は早いんだな。」
いつもは俺を含め、後1時間は部屋に籠って出てこない。
例外は朝食の準備をしているメノウとクリスくらいだ。
「おはようございます。昨日の夜に皆でお見送りしようって決めて早めに起きたんです。」
「おはようアヤネ。そうだったのか。まあ、もう少し時間があるから朝食にするか。」
キッチンからは先程からパンを焼く良い匂いが漂ってきている。
それに昨日は夕食がいつもより早かったのでお腹がペコペコだ。
すると丁度クリスがサラダなどを並べ始め、メノウが焼けたパンを運んでくる。
「朝食の準備が出来ましたよ~。」
するとテレビを見ていたカーミラが颯爽と立ち上がり素早く椅子に座った。
(そういえばカーミラは昨日、味覚が戻ったんだったな。)
カーミラの顔は見るからにウキウキしており、子供らしい表情を浮かべている。
そして、その横では同じような顔で並ぶヴェリルの姿もある。
彼女は今まで海で生活していたため料理という物に縁がなかった。
しかし人の姿になれるようになり、メノウたちのご飯を食べてからはその虜になっていた。
朝食などはあまり手を加えた物は無いが、それでもジャムやドレッシングなどはそれなりの種類が準備してあるので毎朝楽しそうに食事をしている。
まだ家に来て日の浅い二人を置いて行くのは心配だが、もしもの時は自衛隊組の4人に、自警団も居るので大丈夫だろう。
もしもの時は精霊王と一応オリジンもいる・・・と思う。
そして食事を取りながら俺は心の中でメノウに話しかけた。
(メノウ、未来って決まってると思うか?)
(ある程度は決まっています。時の流れには強制力があって、その未来に向けて修正させる性質がありますから。)
(どの程度なら変えられるんだ?)
(例えば誰かが躓いてこけるとします。躓く事は変えられませんがこけるという結果は変えられます。)
(根本から変えられないのか?)
(その為には特殊なスキルが必要になります。これは覚えた人にしか教える事の出来ない物です。)
メノウはここで勇者なら覚えられるとは教えなかった。
しかし、勇者ですら特殊スキルはスキル欄には載っていない。
ポイントで習得が不可能なこの手のスキルは本人の才能、条件、強い思いが必要になって来る。
しかし、それらを無視して習得させてしまうのが勇者の成長力促進の特徴であった。
(それだけ分かれば十分だ。)
そして俺も話を切り、何食わぬ顔で食事を続けた。
こんな事を聞いたのも、出発前にスキルの確認をしている時に予知夢というスキルを習得しているのに気付いたからだ。
俺は起きても夢を覚えているタイプなので昨夜の事が頭を過りメノウに確認を取ったと言う訳だ。
そして待ち合わせの時間になりマリベルは総理達を迎えるためにゲートを開く。
するとそこからは見覚えのない男女の3人組が姿を現した。
何処かで見た気がするが誰だっただろうか?
「あの、あなた達は誰ですか?」
俺は率直に質問をぶつけた。
もしかすると総理達は都合が悪くなったので彼らを代わりに送って来たのかもしれない。
初対面だからと急に攻撃するのは失礼だろう。
それに俺の見た感じではどこにも隙が見当たらない。
まるで総理とサツキさんを前にしているようだ。
「ははは、やはり驚いたか。儂らも朝になってビクリだ。まさかこの様な姿になっていようとは夢にも思わなかった。」
俺の前にはまるで30代前半の様な男が二人に女性が一人いる。
そしてマップで確認するとそこには総理にサツキさん、それとキテツさんが並んでいた。
どうやら何かが原因で若返ってしまった様だ。
しかしそんな事を起こす原因は一つしか思い浮かばない。
それは昨日食べたメガロドンだ。
俺はメノウに笑顔で顔を向けるとその傍に歩み寄った。
「これはどういう事か詳しく説明プリーズ。」
俺は両手に拳を作るとメノウの側頭部に添える。
もし変に誤魔化した時は早朝の小鳥と一緒に存分に鳴いてもらおう。
「こ、これはですね・・・。えーと・・・。テヘ。ノー、冗談です。冗談。ヘルプミーーーー。」
俺はメノウがはぐらかした時点で拳に力を籠め、グリグリと万力の様に締め上げた。
するとメノウはジタバタと痛みに暴れ始めるが俺は容赦する事無くその足が床から離れ宙吊り状態になっても更に拳に力を込めて行く。
「ごがああが・・・。ご・・ごめんなさい。・・・まさか・・・ここまで・・・効力があるとは・・・思わなくて。」
メノウは涙目で声を洩らし謝罪を口にしたので俺も手を放す。
流石に別の物も漏らすと困るのでこの辺にしておいた。
するとメノウはその場にバタリと倒れ込み頭を摩りながら回復魔法をかけ始める。
「絶対におかしいです。どうしてユウさんの攻撃は私にここまでのダメージが来るんですか。普通ならあり得ません。」
メノウは何かブツブツ言いながら回復が終わると立ち上がり説明を始めた。
最初から素直に言えば痛い思いをしなくて済むのにどうして学ばないんだろうなこの天使は。
「メガロドンの内臓には回復効果があります。しかも肝臓には特に体に作用する成分があり若返る効果があるのです。でもそんなの10年若返れば良い方なんですがどうしてこうなったのかは私にも・・・。」
するとクリスがここで手を上げた。
その顔を見ると何か思い当たる事があるようだ。
「実は皆さん最近の激闘でかなり疲れていると思い、セージの代わりに秘薬に使うレコべリーの葉を使いました。もしかしたら相乗効果があったのでは。」
すなわち、総理達の体は細胞が若返りながら回復した事で、体の皺や機能低下が無くなったと言う事らしい。
老化のシステムは現代でも解明されていないので何が起きてもおかしくは無いが・・・。
そういえば俺も体の調子が良い様な気がする。
まるで20代前半の頃の様に朝もスッキリ起きられた。
最近、鏡を見るたびに白髪が減っている気がしたがメガロドンが原因だった様だ。
そしてメノウを見ると何か訴える様な目を俺に向けて来る。
どうしたのだろうかと声を掛けるとチラリとクリスに視線を向けた。
「あの、なぜ私は制裁を受けてクリスには無いのでしょうか。」
そう言われても、メノウは確信犯だがクリスは善意からだ。
しかも知らなかった者を罰する法はこの家には無い。
だが、何も言わないのも問題があるだろう。
俺が家に居ない間に蟠りが生まれるのはまずい。
「クリス。」
「はい・・・。」
クリスは恐々と前に出ると頭を向けて来る。
俺はその額に一度だけデコピンをお見舞いして声を掛けた。
「今度からはしっかりメノウと相談しながら料理を作ってくれよ。」
するとクリスは少し涙目になりながら頷くと額を摩りながら下がって行った。
そんなに痛いのだろうかと思い周りを見ると経験者であるカーミラが青い顔でこちらを見ている。
どうやら先日の事を思い出したようだ。
何はともあれ、原因は判明した。
そして起きた事は仕方がないし、当事者である三人はなんだか嬉しそうだ。
その為、これ以上何かを言うのはよしておく事にした。
「それでは総理、そろそろ行く準備を整えますか。」
「少し待て。」
しかしすぐに総理から待ったが掛かった。
早くしないとサツキさんの我慢が限界に達してしまうのだが、それを知らない総理では無いだろう。
曲がりなりにも何十年と一緒に居るのだからその危険性も熟知しているはずだ。
「今回は相手に正体がバレると困る。それにそろそろ、その呼び方を止めい。」
「ならどう呼びましょうか?ゲンジュウロウさんは長いですよ。」
「本音が出ておるぞ。そうだなゲンさんとでも呼んでもらおうか。」
「分かりました。」
どうやら原因は俺にあったようだ。
それに確かにそれなら呼び易くて覚えやすい。
そして総理は何やら小さく溜息をついて視線を時計に向けると俺も釣られて時計に視線を向ける。
するともうじき8時半になろうとしていてアキト達が来る時間だ。
マップを見ると既に家の前まで来ているので俺は玄関の前に行くと扉を開けて外に声を掛けた。
「時間ピッタリだな。」
「ああ、遅刻すると命が無いからな。」
どうやらアキトも俺と同じ考えだった様で額から緊張の汗を流している。
ちなみにカエデも来たのはアキトがいない間は家で面倒を見るからだ。
これから各地を回るにしてもその方が都合が良いので了承した。
俺は三人を家に上げると居間へと戻って来た。
するとそこには既に大きめの魔石が積まれ出発の準備が整っている。
確認した所では魔石の補助が無くても今のマリベルならゲートを繋げられそうだと言っていた。
しかし、回復に時間が掛かるとの事なので不測の事態に対応できない。
そのため今回は安全性を考慮して魔石を使う事になった。
これで直ぐにとはいかないが夕方くらいには再びゲートを繋げられるまでは回復するそうだ。
今のこのメンバーなら高ランクダンジョンのスタンピードでもない限りは問題ないだろう。
「それではゲートを開きます。何か問題があればすぐに戻って来て下さい。ゲートに人がいれば感覚で分かりますから。」
そしてゲートは開かれ俺達はそこに入っていった。
現在。このゲートを使えば東京まで3歩で到着している。
そして今回俺達は早足で進み百歩程で出口に到着した。
長距離で歩幅も一定とは言えないが単純に計算して3万キロ以上移動した計算になる。
アリシアの故郷であるエルフの国は日本よりにあったのでその更に向こうの計算だ。
そしてディスニア王国は同じ大陸の東側にあるらしいのでもしかしたらハワイが近いかしれない。
俺達はゲートから出ると即座に周囲を見渡し状況を確認した。
するとそこは周囲に何も無く、草原が広がっているだけだ。
他に目ぼしい物は無く、人や町も視界内には存在しない。
「ここがディスニア王国ですかね。」
「恐らくはそうだろうな。ユウ、最も近い町は何と言ったか?」
今回、最初の目的地は転移で爆弾を送り返した場所の近くを指定している。
各国が協力して信号を調べた結果、この大陸の東端にある町で信号が発信された事が判明したからだ。
ちなみに町の名前はアメリカからの情報でボルツというらしい。
その為、俺達はオリジンの啓示の事もあり、この場所を最初の目的地に指定する事に決めた。
もしこれで何も無ければ軽く観光をして次の町に行く予定だ。
「オリジンの啓示にもあったボルツという町です。少し離れた東の方向に町があるみたいですね。」
俺はスキルのマップにこの位置をマーキングしながら方向を告げる。
こうしておけば戻ってくる場所も簡単に分るからだ。
「そうか。しかし、ここで車は少し無理そうだな。道を探してそこで乗り換えるか?」
そう言って来たのはアキトだ。
走っても良いが、キテツさんが苦しいだろう。
彼はサツキさんの訓練を受けたとは言っても短期間だけでレベルはさほど高くない。
聞いた所によればまだ10の半ばとの事なので移動は車が一番だ。
「それならあっちに少し行くと道があるみたいだな。そこから車に乗り換えるか。」
そして、俺達は初めてのディスニア王国への一歩踏み出した。




