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90 新年会

俺達は家に帰ると椅子に座り早速いが餅とたい焼きを取り出した。

それぞれの前には取り皿が置かれ先程いが餅を食べた三人の皿にはたい焼きが置かれている。

まるでその様子は俎板の鯉の様で何やらたい焼きの顔に哀愁を感じる事が出来た。

しかし、三人にとってはそんな事よりも食欲の様で、たい焼きを手に取ると止めを刺すように頭から遠慮なくムシャムシャと食べ始めた。

そしてその顔を同時に綻ばせると競うように食べ始める。

これではまるでたい焼きの踊り食いだ。

美味しいのはその顔から伝わって来るがもう少し落ち着いて食べて欲しい。


そして、いつもの事だがテーブルの上に食べる物が無くなってから彼女らの手が止まった。


「お前らもう少し落ち着いて食えないのか?」

「「「周りに合わせてるだけ。」」」


そして、俺の言葉に三人は口を揃えて同じ答えを返して来た。

しかし、いつも食べる事で白熱の闘いを繰り広げているが争った事は一度もない。

そのため仲は良いのだろうが譲る気が無いので今の様な状態になっている。


(まあ、それを踏まえた上で多めに購入しているから問題はないか。)


「それなら喧嘩はするなよ。喧嘩になったら一回に付き一回オヤツ抜きな。」

「「「え!?」」」


すると今度は俺の言葉に三人ともこの世が終わったような顔になり、何処かの試合に負けたボクサーの様に項垂れてしまった。

別に喧嘩しなければ良いだけなのだが、どうしてそこまで燃え尽きるのだろうか。

ここは何か言葉を掛けても良いが何やら良い感じに釘が刺せた様なので甘やかすのはよしておこう。


俺達はその後1時間ほどのんびりして眠りに付いた。

そして目が覚めたのは日がかなり高くなった頃だ。

時間を確認すると朝の10時を少し回った所だった。

誰も起こしに来なかったと言う事は昨夜はそれなりに遅い時間だったので今日は起きる時間がみんなバラバラだったのだろう。

今起きているのはメノウにクリス。

この二人は既にキッチンで今日の準備をしているみたいだ。

それ以外は部屋で寝ていたりのんびり過ごしている。

今日はクリスマスの時と違い準備する物は食事くらいなので仕事は少ない。

二人に任せておけば問題は無いだろう。

後は連絡を待って迎えに行くだけだ。


そして今日、家に来るのはアキトたちの他には総理達が四人。

特にアスカの両親は前回の鍋には来ていないのでとても楽しみにしているらしい。

若干、料理が目的でない人もいる気もするがあの肉を食べれば要らない考えは吹き飛んでしまうだろう。

後はオリジンと精霊王たちくらいだろうか。


今回は人数だけならそれなりに落ち着いたパーティーになりそうだ。

しかし、今日はいったい何を作ってくれるのやら。

それによってはクリスマスを上回る修羅場になるかもしれない。


そして時間と共に太陽は空を進み、山の向こうへと隠れようとしていた。

現在、我が家にはマリベルに連れられて出席者が集まっている。

しかし、そこに一人だけ予定外の人物がやって来ていた。


「そちらはどちら様ですか?」


俺の前には総理に連れられ彼と同年代に見える男が立っていた。

その人は白髪交じりの頭に鋭い眼光。

鍛えられた体に冬だというのに日焼けしたような肌をしている。

すると男は表情を緩めると右手を差し出して来た。


「私はこいつらの剣を打っている鍛冶師の北山キタヤマ 鬼鉄キテツと言う者だ。」

(ああ、この人が俺達と一緒にディスニア王国に行く鍛冶師の人か。)

「初めまして。俺は最上 夕です。ユウと呼んでください。」


俺も名を名乗り、彼の差し出してきた右手を掴み握手を交わす。

するとその手からはまさに職人という感触が伝わってきた。

その手はオーラを纏っている様に熱く、硬く、力強い。


「さすがは職人ですね。良い手をしています。」

「分かるのか?」

「俺の父も技師をしていましたから。」

「そうか。その人は?」

「病気で死んでしまいました。今の世なら助かったのですが・・・。」


しかし、その時の事を嘆いても仕方がない。

きっと俺の様な境遇や思いの人はもっと沢山いる筈だ。

それよりも今助ける事の出来る命に付いて考える方が賢明だと思う。

するとキテツさんは残念そうな顔になり握手していた手を放した。


「そうか。それは悪い事を聞いた。」

「いえ、気にしないでください。今の世の中でも死ぬ時はあっさり死にます。それで、総理達と一緒に付いて来るのはあなたで良いのですか?」


俺は話題を逸らす意味も込め本題に入った。

既に過去の事として気持ちの整理も付いているので暗くなりそうな話は早々に終わらせるに限る。

それに、今は家族の様な存在が一緒に居てくれるので寂しくも悲しくもない。


「そういう事だな。今はサツキさんに付いてレベルを上げていたのだが少し疲労が溜まってしまってな。それで今日の食事会で精の付く物が食べれると聞いて頼んで連れて来てもらったのだ。」


どうやら、この人はサツキさんの訓練に耐えられるほどの猛者の様である。

感じる気配からもタダ者ではないだろうとは思ったが、どうやら俺の勘は当たっていたらしい。


「それなら遠慮せずにしっかり食べて行ってください。今後も生き残るために・・・。」(チラ)

「ははは、そう言ってくれるとこちらもありがたい・・・。」(チラ)


俺とキテツさんは思いを一つにして一瞬サツキさんの方に視線を向ける。

すると彼女はこちらの視線に合わせて微笑みを浮かべた。


「フフ、これでまた訓練が捗りますね。昨日も追加の新人が来たばかりですし楽しくなりそうね。」


ちなみにその新人とはベルドたちの事だ。

昨日マリベルに彼らをサツキさんの所に送ってもらったのだが、彼女の一声により数分後にはその場で屍の様に倒れ伏した。

その言葉とは。


「あなた達の実力を見たいので真剣で掛かって来なさい。」


サツキさんはそれに対して木刀を出すがその威圧に当てられたベルド達の目に油断は無い。

しかし、それでも数分後には死なない程度に切り刻まれ、重傷を負ってその場に醜態をさらした。

しかもその目はいまだに暴れ足りないと次のターゲットを探していたので俺は素早くその場を去り家へと帰っている。

あとコンマ数秒でも判断が遅かったら再び命を賭けた訓練に参加するはめになっていただろう。

あの後、彼らがどうなったかは知らないが生きている事を願うしかない。


「と、ところで出かけるのは何時が良いですかね。俺の意見とすれば早い方が良いと思いますが。」


こうなれば早く彼女が暴れられる所に連れて行くしかない。

俺はそう思い、キテツさんに同意を求める。

すると彼もそれに気付き急いで相槌を打った。

さすがは鍛冶師という所かとても反応が早い。


「そ、そうだな。私は明日からでも構わないぞ。」

「ははは、気が合いますね。俺もそう思っていた所です。どうですか。サツキさん達の都合が合わない場合でも一足早く向かって異世界に慣れておくというのは?」

「それは良い!凄く良い考えだ!お願いできますかな。」


これで彼も辛い訓練から解放される・・・。


「良いですね。それなら私も付いて行きましょう。初めての異世界です。楽しませてもらいましょう。」


そう言ってサツキさんは俺達の会話に加わって来る。

流石、常在戦場の一族だ。

いつでも出撃の準備は出来ていると言う事か。


「ゲンジュウロウさんも構いませんよね。」


すると総理もそれに頷きで応え了承を示した。

そして、そうなるとアキトは護衛として、アスカはSランク冒険者として同行が決まっている。

そのため、強制的に二人も明日から出発する事が決まり、後は俺とホロの二人が加わって計七人での旅立ちとなった。

急遽予定は決まってしまったが、この中でそれに異論を唱える者は居ない。

正確にいえばサツキさんに意見できる猛者が居ないと言うのが正しい。

そして、話がきりの良い所でメノウが俺達の前に料理を並べ始めた。


すると珍しくオリジンが料理を前にして席を立った。

そしてそのまま歩き始めカーミラの前に立つとその顔を見詰める。


「あ、あの・・・。」

「えい。」


そしてカーミラが声を掛けようとしたところでオリジンは彼女の額を指で軽く小突くと何も無かったかのように席に戻った。

それを見てカーミラは頭に『?』を浮かべるが小突かれた額を摩りながらテーブルに視線を戻す。

するとそこには黄金色のとろみのあるスープに繊維状の塊が入っている。


(もしかしてこれは)。

「まずは一品目はフカヒレスープにしてみました。」


どうやらメガロドンから取れた2メートルを軽く超える巨大フカヒレを使用したようだ。

俺達はそれを口に運び歯を立てた。

すると押し返されるような歯応えと共にスープの優しい味わいが口いっぱいに広がって来る。

しかし、流石メガロドンというべきか、その生命力を示すようにまるで血が滾る様な力強い活力が漲って来る。

まるで若返ったような・・・。

若返ったような・・・気が・・してくるんだが・・・?


(総理とサツキさん。それにキテツさんも見た目が何だか若く見えるんだが・・・。いや、きっと肌の艶が増してるだけだろう。)


次に出たのはハンバーグだがその間には何かが挟まっている。

恐らく肉の部分はホロやアヤネが頑張って骨から削ぎ落した肉をミンチにした物だろう。

なら、間に挟まっているのは何だろうか俺は箸で切るとそれを口に放り込んだ。

するとメガロドンの肉と共に芳醇な甘みが口いっぱいに広がる。

そしてメノウが食べながらそれが何なのかを教えてくれた。


「これは肝臓です。ライラさんにお願いして少しだけ分けてもらいました。それにしても流石メガロドンですね。味がとても芳醇で臭みが全くありません。」


俺はハンバーグを食べながら説明を聞いているとある一点に視線を向けた。

そこではカーミラがスプーンを手に固まっている。

どうしたのだろうかと思い声を掛けようとすると彼女は額から一筋の汗を流しながらハンバーグにスプーンを突き立て小指の先ほど掬い取ると恐る恐る口に入れた。

すると彼女の動きが止まりハンバーグを凝視する。


(まさか口に合わなかったのか?でも、カーミラは味覚障害で味を感じる事が出来ない筈なんだが。)


そして、カーミラは再び動いて食べ始めるがその速度は次第に早くなり同時に目からも涙が流れ始める。

そして次の瞬間、彼女の口から予想外の言葉が洩れた。


「美味しい・・・。凄く美味しいです!」


そう言って彼女は皿まで舐めそうな勢いで料理を食べ始める。

するとその言葉に、事情を知る多くの者は驚き彼女に駆け寄った。


「本当に味がするの!?」

「うん。こんなに美味しい料理は初めてです!」

「どうして急に・・・。」

「分かりません!でも味を感じるというのはこんなに幸せなんですね!」


どうやら本当に味覚が戻ったようだ。

そして俺はつい先ほど怪しい行動を取った人物へと視線を向けた。


(オリジンが何かしたのか?)

(切っ掛けだけね。彼女の不安材料はあなたが解決したでしょ。そうでなければこんなに上手くはいかなかったわ。)

(そうか。そう言えば総理が美味しいお菓子を沢山くれたからサービスしておこう。)

(や、約束だからね。嘘ついたら許さないわよ。)

(ああ、約束だ。それとありがとな。)

(良いのよ。少しは返しておかないと何も貰えなくなると困るでしょ。)


そう言ってオリジンは顔を赤くしてソッポを向いた。

するとそれを見た精霊王たちはクスクス笑い楽しそうに食事を継続させる。

ちょっとしたサプライズはあったがその後も食事は続き、ベーコンサラダにソーセージ。

肉巻きおむすびに最後にはビーフシチュー・・・。

メガロドンシチューが俺達の前に姿を現した。


そして、それを口に入れた瞬間。

俺達は言葉を失い無言でスプーンを動かした。

見方によってはまるでお通夜の様な静けさだが全員の顔には笑顔が浮かんでいる。

そして、食べきった時には誰もお替りを要求する者はいなかった。

まさに一杯で食べた者を満たすだけの力がこの皿に凝縮されている。

その為、ホロやオリジンですら席を立とうとはしない。


今も余韻を楽しむように口元に笑みを浮かべ満ち足りた表情となっている。

しかし、それも一人の少女によって木っ端微塵に粉砕された。


「それでは二杯目をいただきますか。」


そして、一早く再起動したメノウはお皿を手にキッチンへと戻って行く。

どうやら彼女には製作過程の味見により耐性を獲得していたようだ。

するとそれを見たホロとオリジンが、いつかのシチューの様に慌てて動き出した。

しかし、周りの者は既にお腹一杯の様で動ける者は誰もおらず、3人の後姿を見送っている。

その後、いつもの激しい戦いとなるが、今回は三人が5杯ずつ食べて丁度いい分量が作ってあったようだ。

その為、誰も悲しむ者はおらず、平和?に食事は終了していった。

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