87 お泊り?
俺達はアンデットの群れを一掃し、一度河口から岸へと上がっていた。
かなり戦闘に時間を掛けたため、潮が満ちて来たからだ。
そして集まると全員でマリベルのゲートで家に移動していった。
「それじゃあ、俺達は帰るからな。」
「ああ、今日は助かった。海の中の魔石はマーメイドたちの生活資金にでもしてもらってくれ。」
「分かった。イソさん達にはそう伝えておく。彼女達なら海を荒らさずに魔石を回収してくれるだろう。」
そう言ってアキトも自分の拠点に返って行った。
これで日本のアンデット騒動も少しは落ち着くだろう。
そして俺はアキト達を見送り居間に戻るとそこにはライラ、アヤネ、ホロ、メノウ、アリシア、ヘザー、ヴェリルが椅子に座って俺を待っていた。
ちなみにクリスは一人で頑張って夜食を準備し、カーミラは何故かソファーに座り、点けてもいないテレビを凝視している。
まるで何かが起きるのを感じてこちらを見ない様にしているみたいだ。
そして俺は残った椅子に座るとヴェリルを除く全員の視線が一糸乱れぬ動作で向けられた。
流石にそれには俺ですら息を飲むほどの威圧感がある。
すると皆を代表してライラが話しを切り出した。
「ユウはこの娘の事をどれくらい知っているの?」
「ん?先日メガロドンを釣り上げた時に偶然助けて群れに返した位だから殆ど何も知らないな。」
するとライラは頭を抱えると話を進める。
しかし、今の質問の何処に悩む部分が含まれているのだろうか?
「なら言い方を変えるわ。マーメイドの事をどこまで知ってるの?」
「そう言われれば何も知らないな。人間に友好的なことくらいか。」
するとライラは周りに視線を巡らし最後にヴェリルで視線を止める。
そして今度は彼女に向かって話しかけた。
「あなたも存在に関わる事なのだからちゃんと話さないとダメよ。このままだとあなた自分がどうなるか分かってるの?」
するとヴェリルは視線を泳がせて俺を見て来る。
しかし、口は閉ざしたままで一向に何も言ってこない。
それを見てヘザーが代わりに口を開いた。
「ユウはセイレーンは知ってるわね。」
「ああ。マーメイドに似た魔物で人を惑わして殺して喰う海の魔物だろ。」
すると俺の言葉に何故かマーメイドであるヴェリルが顔色を悪くして肩を跳ねさせ反応を返した。
どうも話が見えないがこの二つの種族に何かあるのだろうか?
「実は、その習性からマーメイドとセイレーンは違う種族とされてるけど本当は同一の種族なの。」
「何!?」
俺はヘザーの言葉に驚くしかなかった。
今まで出会ったマーメイドは全員が理性的で、とても人を食うようには見えない。
なら、どうしてそんな違いが生まれるのか。
恐らくは今から聞かされる話にその理由があるはずだ。
「流石に驚くわよね。知ってる人は少ないけどマーメイドは一生で一度だけ恋をすることが出来るわ。」
「一度だけ?どうしてなんだ。」
「それはね。恋が実らなかったらマーメイドは悲しみで理性を失い、セイレーンと言う魔物に変わるからよ。そしてこの子は今、恋をしているの」
俺は言葉を失うしかない。
すなわち、ヴェリルの恋が実らなければもう二度と彼女には会えないと言う事だ。
せっかく仲良くなった相手と会えなくなるのは寂しさを感じてしまう。
最悪、俺の敵として現れる事も考えれば彼女の恋が実るのを応援するしかない。
「それで、私達は彼女の恋を応援する事にしたの。当然ユウも応援してくれるわよね。」
(何を言うのかと思えばそんなのは当たり前だろう。)
「ああ、俺もその意見には大賛成だ。」
すると周りから安堵の息が零れ笑顔に変わっていく。
そして、その中でも一番輝いているのは何故かヴェリルだった
(もしかして彼女の恋の相手は俺の知り合いの誰かなのか?)
「そういう事なので今日からヴェリルもこの家に住む事になりました。明日は彼女の為の買い物と年末年始に向けての準備を行います。朝からお出かけになりますので今日は早めに寝てください。」
そう言って最後に締めたのはメノウだが俺はその言葉に疑問を感じた。
どうして初恋の相手がいるのに我が家に住む事になるんだ?
「一応確認なんだが、その相手って誰?」
すると再び全員から視線を受ける事になってしまった。
そしてヴェリルを見ると赤い顔でこちらをチラチラと見て来る。
流石に鈍い俺でもここまであからさまなヒントをくれると分かると言う物だ。
俺はあらゆる逃げ道を塞がれヴェリルがこの家に住む事を了承するしかなかった。
「分かった。ならヴェリルがこの家に住む事を許可する。反対意見がある人は今の内に言ってくれ。」
「「「「「「「「・・・・・」」」」」」」」
どうやら既に彼女たちの間で話し合いは終わっているようだ。
家主こそ俺だがこうなると俺に拒否権はない。
シロウさんに知られると笑顔で肩を叩かれそうだが今はいないので置いておこう。
「それなら、ヴェリルの仕事も探さないといけないな。また、総理にでも相談してみるか。」
そして彼女の仕事は意外な所から声が掛かるがそれはもう少し先の話である。
その後、俺達は夜食を食べると順番に風呂に入り眠りに付いた。
どうやら人魚も風呂には入れるようだ。
魚はお湯に弱いので心配していたが大丈夫なようで安心した。
そして、俺は部屋に帰るとそのまま眠りへと落ちて行く。
しかし、頭の中では先ほどのアンデットの事が僅かに残っていた。
メノウの話だと、あのアンデットの核となった人々はライラに強烈な恨みを持っていたらしい。
恐らく国の情報操作で騙された犠牲者たちなのだろうがあいつらが何と言ってライラを罵倒しようが、俺は彼女の言葉を信じる事にしている。
それにライラは俺が金額を言わなければ馬鹿みたいに安い値段で結界石を提供していただろう。
既に無償で提供している技術や情報もあり、多くの国や人々から感謝されている。
そんなお人よしのライラが奴らが言っていた事をするはずはない。
それに最後の奴は国から聞いたと言っていたそうだ。
それに奴らの言いようはどうも人から聞かされた印象を受ける。
そこがライラが他人から隔離されて結界石を作っていたという話と符合する。
(あの国は一度行ってみる必要がありそうだな。現状を考えれば連れて行けるのはアキトと総理とサツキさんくらいか。それ以外は立場や実力に不安がある。)
そして俺は気が付いたら眠っており、次に目を開けると既に朝になっていた。
なんだか気分的には寝た気はしないが体も気分もスッキリしている。
昨夜、寝る前に考えていた事も頭に残っているので問題ないだろう。
後は皆が納得してくれるかだな。
そして一階に下りると俺は食事を取り、皆と出かけて行った。
今は年末と言う事もあり、大安売りに売り尽くしなどの字が飛び交っている。
そんな中で俺達はいつものコースでヴェリルの生活に必要な物を購入していく。
ちなみにカーミラとヴェリルの二人には昨日の内にマフラーを作ってプレゼントしている。
ライラに急かされて作ったのだがやはり一緒に住んでいる者同士でお揃いが良いのだろうか。
二人とも喜んでくれたので細かい事は気にしないでおこう。
そしてデパートではライラがお揃いのカップを購入し数を増やしていた。
こういう時には量産品は揃えやすくて助かる。
「一緒のがあって良かったな。」
「ええ、でも念のために予備を買っておこうかな?量産品でもこちらだと商品の移り変わりが早いから。」
(それは俺がもっと人を増やしそうだからという意味だろうか。それとも壊れた時の予備と言う意味だろうか?なんだか聞くのが怖い・・・。)
そしてライラは嬉しそうにニコニコしながら籠にカップを丁寧に入れて行く。
しかし、あの時には居候はもう増やさないつもりだったのにまさかこんなに増えるとは思わなかった。
(ん?恋人が3人になったからあの時に比べると人数は変わらないのか?)
そして今度は1階の食品売り場だ。
ここの精肉店には以前アリシアを助けた時に知り合った牧場主のゴウダさんの所の牛肉が置いてある。
いつもは牧場近くの精肉店で購入するが面倒な時はここで購入している。
食料に関してだが、今のところは問題なく供給されているようだ。
魔物は肉は積極的に食べたがるが野菜は興味を示さないようで、おかげで野菜も問題なく店に並んでいる。
そのため、この辺りはアヤネの結界石を購入してくれる顧客だったりする。
最初は試しにライラの結界石を送っていたのだが、設置した場所とそうでない場所の畑に違いが無いため、途中からは変更させてもらった。
今では食料関係は牧場などの生き物の所はライラの結界石で守り、農家はアヤネの結界石で守っている。
今のところ、国が無利子のローンや補助を出しているので販売は順調だ。
しかも他国に情報を売って資金も十分に確保している。
それに普通の結界石は5万円程度しかしないので殆どの人が現金で買って行ってくれる。
数年後には殆どの家に置かれて規模も縮小されるだろうが、その時には鍛えられたスキルで今度は魔道具の作成が待っている。
既に歴史の転換期と言われるパラダイムシフトはライラが起こしているので後は専門家しだいだろ。
ライラの知識もシステムの一部としては優秀だがその周辺の技術がそれに追い付いていない所が多い。
そのため、こちらの世界の進んだ技術がそれらをカバーすれば更なる向上が見込める。
特にお隣の国では冬に石炭を燃やすために大気汚染が深刻な事になっている。
これを魔力機構に変えるだけでもかなりの改善が見込めるだろう。
その技術自体は既に伝わっているのでこれも後はその国の頑張り次第だ。
そして、こちらの世界で今一番面倒な問題が俺達に迫っていた。
それを知らせる様に俺のステータス経由で電話が鳴り響く。
俺はそれに出ると電話の相手はいつもの様に話しかけて来た。
「アキトだがまたテロの声明が出た。」
「分かった。探してみる。」
俺はマップの検索で日本人を除外し周囲を探す。
すると数カ所に外国人が集団で固まり何かをしている。
俺は千里眼で覗くと一組だけ怪しい動きをしている者を発見した。
全員が大きなリュックを背負い、神妙な顔で歩いている。
そして俺の罠発見と直感に反応が示された。
「分かったぞ。そいつらは今このビルの地下に居る。人数は3人。大きな黒いリュックを背負っている。リュックに罠があるかもしれないから気を付けろよ。」
「分かった。すぐに処理をしてくる。お前はそのまま警戒に当たれ。」
そう言ってアキトからの回線は切れて俺達は一旦集合した。
そして別に大きな動きを見せる事無く普通に買い物を続けていく。
すると再び連絡があり処理が完了したと告げられた。
俺はこの処理が何を示しているのか聞いたことは無い。
しかし、俺にとって大切なのは彼女達なので他が死のうが国外追放になろうが知った事ではない。
ちなみにこの中でいつも狙われるのはメノウだったりする。
彼女は現在最も注目を浴びる天使なので宗教的な関係で狙われることが多い。
そして2番目に注目を浴びているのは昨日テレビの前で歌を披露したカエデになる。
そのため、今朝会った時、翼の数が3対になったと無表情ながら喜んでいた。
アキトとアスカはカエデの表情があれで分かるらしいのだが俺には全く分からない。
(お前ら、もう結婚してしまえ。そしてカエデを養女にでもしろ。)
そして俺達は食材も買い終えると家路についた。
今日も俺達にとっては平和な一日が過ぎて行く。
早くこれが日常的で恒久的な物になる事を祈っている。




