85 アンデット ①
昼過ぎには酷い目に、・・・いや。
刺激的な目に会ったが俺は無事にそれを乗り切りカーミラと共に自警団の集会場へと向かっていた。
出る時は徹底的に魔法で臭いを消し、うがいに歯磨きを2回しているので大丈夫だろう。
何かカーミラと心の距離は縮まった気はするが物理的距離が遠のいている気がする。
「カーミラ?」
「ふぁい。」
彼女は何故か先ほどから鼻を摘まんで俺の横を歩いている。
臭いは完全に消えているというのに酷い扱いだ。
これがお年頃の娘を持った父親の気持ちと言う物だろうか。
今朝までの健気な彼女はどこへ行ってしまったんだ。
しかし、これでは俺が臭い様なのでそろそろ止めさせた方が良いだろう。
「そろそろ集会場だから冗談は終わりにしないか?」
「冗談?」
(いや、そんな真顔で首を傾げられても困るのだが。)
「ああ、初対面の人の前でそんな態度をとると嫌われるぞ。」
するとカーミラは鼻を摘まんでいる手を見つめると、なんだか渋々といった感じで手を下ろした。
「それなら仕方ありません。失礼の無い様にしないといけませんね。最初の印象が大事だとライラさんとメノウさんに言われていますから。」
確かに第一印象は大事だが、出て来た名前を聞くと心配しか湧いて来ない。
特にライラに関しては余計な事を教えていないか不安までも感じる程だ。
そして俺達が集会所に到着するとそこには入りきらない程の自警団員でごった返していた。
中には皮鎧を着た者や私服の者も居るがただ言える事は全員が何かを持参しており、まるで花見に向かう集団の様だ。
ただその数は100を超えており、これで何かイベントをするならそれはもう小さな祭りの様なものだろう。
それにここの前にはお誂え向きに大きな空地がある。
そこは近所の人が所有者で自警団が訓練などもしている場所だが、この人数で入っても十分に余裕はあるだろう。
そしてそこでは、既に何人もの人員がコンロや炭などの準備を行っており、今から宴会が行われるようだ。
すると集会場からツキミさんが姿を現し、皆を誘導し始めた。
「食料を持って来た者はこちらに集まってくれ。道具を持参した物は訓練場で準備を頼む。」
「了解!」
「火起こしなら魔法の出番ね。」
するとツキミさんは指示を出しながら周りを見回し誰かを探す様な素振りをしている。
そしてカーミラを見つけるとこちらに向かい歩いて来る。
「待っていたぞ。今夜の主役はお前だからな。」
そう言ってツキミさんは戸惑うカーミラを連れて広場へと向かって行った。
俺はその場に取り残され茫然としていると一人の男性メンバーが駆け寄って来る。
「ユウさんですね。お話は聞いています。それであなたは何を持参されましたか?」
「持参?」
「はい、この集まりはカーミラさんを迎えるイベントなので彼女は無料ですが他の方は食べ物や道具を持参しなければなりません。聞いていませんでしたか?」
俺は今日の朝からの事を思い出すが言われた記憶がまるで無い。
恐らくはツキミさんが言い忘れたのだろうが俺が顔を向けるとそれを否定する様にニヤリと笑った。
(あの野郎~。わざと教えなかったな!)
俺は一瞬怒りを覚えたがそこである事を思い出した。
そういえば俺のアイテムボックスにはまだ有り余るほどの食材が入っている。
見渡せば道具の数に対して食材が足りなさそうだ。
まだ予備はあるかもしれないがここはカーミラの歓迎会である事を考慮して食いきれない程の食材を提供しようではないか。
「大丈夫だ。それで、食材を提供したいが何がいい?肉か、野菜か?」
「そうですね。男性が多くて肉が全く足りていません。豚でも牛でも鳥でもいいのでいただけますか?」
俺はニヤリと笑うと彼に手で抱えるほどの鳥を取り出して渡した。
羽は毟ってあり、内臓も取り除いているがその姿はまさに巨大な七面鳥だ。
更に牛っぽい足も追加して渡しておいた。
これだけあれば十分だろう。
ちなみにこの足は牛っぽいだけで牛ではない。
あちらに行った時に貰った肉なのだが確かミノタウロスだった気がする。
まあ、牛の様な味なので食べても分からないだろう
そして俺はニヤついたままツキミさんに顔を向けた。
すると彼は俺を見て鼻で笑うとその口角を釣り上げた。
(は、計られた!あれは俺を挑発するためだったのか。確かに最初から知っていればここまでの事はしなかった。そこまで計算して・・・。)
実際にバーベキューをすると金額が一番掛かるのは酒と肉だろう。
その一つを俺が解消してしまったので自警団の財布のダメージはかなり軽減された事になる。
しかも見れば台に置かれている物は酒ではなくソフトドリンクだ。
恐らくこの歓迎会が終わった後で巡回も行うのだろう。
(くそ~。こうなれば俺も腹を括ろうじゃないか。)
俺はツキミさんの元に行き声を掛けた。
「どうしたのかねユウ君?(ニヤリ)」
「いや、差し入れの追加をしようと思いまして。」
そう言って俺は大量の酒類を取り出した。
それを見てツキミさんは手を出して押し返して来る。
「今夜も警戒はしないといけないからな。アルコールは除外しているんだ。」
そして今度は俺がニヤリと笑う番だ。
俺のマップなら彼らの巡回している地域は全てカバーできる。
そして、今日の巡回は俺が引き受ければ問題ない。
「それなら俺に任せてください。ツキミさん達は今日くらい楽しむと良いですよ。あ、でもそいつは未成年だから飲まさないでくださいね。」
「良いのか?かなりの広範囲だぞ。」
流石に心配になったのかツキミさんは確認を取って来た。
しかし、最初の頃は町中を走り回り魔物を全滅させた事もある。
あの頃に比べ今は飛ぶこともできるので楽な物だ。
「大丈夫です。だから今日は楽しんでください。俺はお暇するからカーミラの事は頼みましたよ。」
「ああ、それなら任せろ。今日はあの三人も来てるからアイツ等にも言っておく。」
そして俺は追加で大量の酒と肉を渡してその場から立ち去った。
残っても良かったが俺は部外者だし、一人だけ警戒のためにアルコールを控える者がいてはのんびり酔う事も出来ないだろう。
俺はスキルによる警戒の範囲を広げると家に帰って行った。
そして家に帰ると俺は皆にも今の事を伝えておく。
先日、勝手に家を出てライラとホロを怒らせたばかりだからだ。
あの時とは少し状況は違うが今夜の事は言っておいた方が良いだろう。
後でアキト達にも連絡しておかないといけないな。
その後、今日は早めに食事を終えるとクリスを残して俺達は出かけて行った。
ちなみにこうして巡回を引き受けたのには理由がある。
それを今からアキトに電話して伝えようと思う。
「アキト、話がある。おれの直感に反応があった。今夜何かが起きるかもしれない。自警団には悪いが近所の広場で宴会をしてもらっている。彼らだと死ぬ可能性があるからな。すまないが頼んで大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。俺も似たような事は感じていたので準備は整えてある。だが、勘などと言う曖昧な物では警察も自衛隊も動けん。俺達でどうにかするしかないだろうな。」
どうやらあちらも既に準備万端の様だ。
こちらとしても都合が良いのでアキト達にも動いてもらう事にした。
あちらには山側を巡回してもらい、俺達は海側へと向かう。
最も直感の反応が強いのが海の方向だからだ。
そして俺はマップを見ながらその不自然な状態に確信を強めている。
すると横にいるアリシアが声をかけて来た。
「ユウさん、他を見回らなくても大丈夫なのですか?」
確かに、彼女が言う様にいつもなら至る所にランダムで魔物が発生する。
しかし、今日は魔物が一体も発生せず、静か過ぎる時間が過ぎていた。
まるで世界が融合する前の様だが今となってはこの状況は異常としか言いようがない。
それに俺の目には沖合に渦を巻く様に魔素が流れて行くのが見えていた。
まるで、今が嵐の前の静けさの様だ。
(どうやら俺の直感は正しかったみたいだな。)
俺は千里眼でその渦の中心を確認しアキトに連絡を送った。
「アキト、こちらが当たりの様だ。」
「分かった。すぐに向かう。」
そしてアキトは数分でこちらに到着すると沖合に目を向けた。
そこには既に目で見える異常が起きており、幾つもの光が飛び回っている。
あれが蛍なら綺麗と思えるのだが、魔素が集中している事からそんな穏やかな代物ではない。
「あれは・・・もしかして。」
「ああ、ゴーストの大群だ。海底にはスケルトンもいる。この周辺は埋め立て地で上がれるところは2カ所だけだが俺が挑発を発動して一カ所に集める。先日メガロドンを釣り上げた河口に向かうぞ。」
俺達は川に向かうとそこは丁度潮が引き、河口付近まで砂浜になっている。
そして俺が挑発を使うとゴーストの群れがこちらへと進路を変えた。
どうやらこちらの釣りは思っていた以上に楽そうだ。
釣果としては食う所が無いので数に入れない事にしよう。
俺にとって釣りとは釣った相手を責任を持って食べる事で完結する。
その為、食べられない魚は釣らないし、食うために釣りをしている。
まあ、もともと魚じゃないからノーカンかな。
そしてゴーストと共にスケルトンも俺達を感じ取り上陸してきた。
その数えられない程多く、河口にはスケルトンとゴーストが埋め尽くしている。
そしてそれはアマゾンで起きるという川が逆流する現象のポロロッカの様だ。
スケルトンとゴーストは我先にと押し合い圧し合いしながら川を遡り、こちらへと向かって来る。
その様子から統率は取れていない様なので上位種はいないのだろう。
しかし、この数が町に入れば被害は甚大な物になる。
それにアンデット系の魔物には他の魔物には無い習性がある。
それは生きている人間を殺そうとする質の悪いモノなので、必ずここで食い止めなければならない。
そしてアキトはここでサブマシンガンを取り出した。
恐らく俺達の中で最もアンデット系と相性のいいのはアキトの能力だろう。
彼の放つ魔弾は正確にスケルトンとゴーストを打ち抜き魔石に変えて行く。
しかし、それを埋める様に新たなスケルトンとゴーストが現れ穴を埋める様に少しずつ近づいて来た。
すでにアキトは数百は倒しているだろうが一向に数が減らない。
恐らくここ数百年分の亡霊が集まって来たのだろう。
それを示す様に軍服を着ている者から鎧の残骸を身に纏っている者も居てバリエーションは豊富な様だ。
しかしそうなると何万匹いるか想像もできない。
今も浅瀬にはスケルトン達の赤い目とゴーストたちの仄かに光る体が無数に存在している。
俺達はアキトに正面を任せるとその更に外周を削る事にした。
「アリシア、アクアを召喚してくれ。相手は水中にいる。他の精霊はあまり力を発揮できないだろ。」
実際精霊王たちが本気を出せば水の中でも問題なく攻撃は出来る。
しかし、フレアが本気を出せばこの周囲の海水が沸騰させてしまいそうだし、シルフィーが本気になると余波で津波が発生する恐れがある。
そしてテラだと周囲に岩礁が乱立してしまいそうだ。
それにアンデットには回復魔法も効果があるので得意分野だろう。
「任せてください。清らかなる水の精霊王アクア。我が前に集う不浄なる者達を救う為に力をお貸し下さい。」
するとアリシアの前に水柱が上がり、その中からアクアが現れた。
その目が海に向くと津波の様に迫って来る魔物を見て苦笑を浮かべる。
「凄い事になってるわね。これは少し厄介そうよ。」
そしてアクアは海を見詰め珍しく弱音を吐いた。
恐らくは今の段階で補足しているスケルトンやゴーストですら極一部なのだろう。
俺の目にもいまだに無数のアンデットが海底をこちらに進軍しているのが見えている。
しかし俺達の前でアンデットは新たな動きを見せ始めた。
それに最初に気が付いたヘザーはそちらに指をさして声を上げる。
「奴等、何か始めたわよ。」
俺達がそちらに目を向けるとスケルトンたちが纏まり、融合を始め骨格を形成していく。
すると、そこに周囲からゴーストが集まり次第に一匹の魔物へと変化していった。
そしてその姿は鬼の顔を持つ八本足の蜘蛛。
日本では古来より海の不浄が集まり生まれたとされる妖怪、牛鬼の様な魔物に見える。
その大きさは10メートルを超え、今も増え続けていた。
一匹では雑魚でも数十数百の魔物の集合体であるこの魔物はかなりの強敵だろう。
そして俺はその内の一匹に風の刃を放った。
予想が外れていれば良いが、もし予想通りなら更に面倒な事になる。
俺の風刃は牛鬼に命中し、一本の足を切り取った。
しかし、すぐにスケルトンとゴーストが傷に群がり失われた足を再生させる。
「やっぱりか。回復力を持たないアンデットでもこうやって傷を回復させるみたいだな。これは可能な限り一撃で倒すしかなさそうだ。」
ちなみに魔物を一撃で倒す最も早い方法は魔石を破壊するかその体から抜き取る事だ。
俺の看破の目には既に牛鬼の魔石の位置が見えているので問題はない。
しかし、あれは複数のアンデットが集合した魔物なので破壊しても元に戻る可能性がある。
最善は抜き取る事を考えた方が良いだろう。
俺は先日、自称勇者が使っていた魔法剣を手にして牛鬼に切り掛かった。
体には聖装を纏い剣にも適度に魔力を与える。
すると俺が剣を振ると自動的に風刃が発生し牛鬼を真っ二つに切り裂いた。
「あの時貰っておいてよかったな。こいつのお陰でかなり楽が出来そうだ。」
厳密には貰ったのではなく奪った物だがそんな事は些細な事だ。
そして予想通り、真っ二つにしただけではこの魔物は死なないようで左右の足を動かして次第に傷同士を合わせて塞いでいる。
「させるか!」
俺はもう一度剣を振って体を切り離すと魔力の最も高い場所。
すなわち魔石のある場所に手を突っ込み魔石を取り出した。
すると牛鬼はあっさりと塵に変わり、消滅していく。
どうやら牛鬼の対処法はこれでなんとかなりそうだ。
しかし、いまや河口はアンデットたちではなく巨大な牛鬼たちで埋め尽くされようとしている。
これは急がなければ収拾が着かなくなるだろう。
俺は魔物の群れに突撃すると更に数体の牛鬼を葬る。
すると俺の横に更に1人の影だ現れた。
「アキト、お前は後方の方が良いんじゃないか?」
するとアキトはニヤリと笑うと銃を仕舞い、現実では初めて見る武器を取り出した。
「今回は試作品だがこれで戦わせてもらう。ある知り合いが教えてくれたがガンソードと言う物らしいな。スキルの検証の結果、魔弾を放つのに重要なのは銃身ではなくトリガーのようだ。これなら打ちながら戦える。」
(その知り合いはきっとオタクだな。)
そしてアキトの出した武器は真直ぐな直剣でトリガーとナックルガードが付いている。
刀身は60センチ程度と短いがおそらくはこれはアスカとの稽古を意識しての事だろう。
試作と言う事なので恐らくはドワーフの国に行くまでには形状を確定させるつもりでいるようだ。
そしてアキトも戦い始めたがその強さにさらに磨きがかかっていた。
牛鬼は魔刃で切り裂き、周囲に群がるゴーストとスケルトンはアキトが剣を向けてトリガーを引くと、サブマシンガンの様に魔弾が発射され薙ぎ払うように倒している。
しかし、それでも魔物の数は一向に減る気配が無い。
まさに無限ではないかと言える程の数がこの海に犇めいている。
アクアもアンデットを浄化して倒しているが彼女が浄化できるのはスケルトンとゴーストのみ。
牛鬼は浄化仕切れないので動きを鈍らせる事は出来ても倒すまでは至っていない。
このままでは潮が満ち初め、俺達が不利になるのは目に見えていた。
しかしその時、沖から何隻もの船のエンジン音が聞こえて来る。
そしてそこには思いがけない者が乗っていた。
「ユウー、手伝いに来たわよー。」




