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84 味覚障害

俺達はあの後、幾つかの買い物をしてから家に帰ると居間に集合していた。

そこでは現在この家に住む者の全員が揃い、当然カーミラも席に着いている。

そして、今から話し合われる事は当然カーミラの味覚障害の事だ。

俺は全員が席に着いているのを確認するとさっそくカーミラに確認を取った。

一応無いとは思うが彼女がオリジンの様に異常な甘党だという可能性もある。


「カーミラ、確認したい事がある。」

「何でしょうか?」

「お前は味を感じる事が出来ないのか?」


すると俺の問いに彼女は戸惑いの表情を浮かべ肩を跳ねる所をここに居る全員が目撃した。


(これは確定か。)


俺は更に念を入れるためにメノウへと視線を向けると彼女はコクリと頷きをを返して来る。

これでカーミラが味覚障害である事は確定し裏も取れた

奴隷紋で聞き出せば簡単だがそれを使って聞き出すのと、俺達が自力で気付くとでは大きな違いがある。

恐らく奴隷紋で無理やり聞き出した瞬間から俺達の信頼は地よりも深い所まで落ちて行くだろう。

そうすれば、もう彼女が俺達を信頼する事は二度となくなってしまう気がする。

そして俺達の質問にカーミラは視線を彷徨わせたが最後には首を縦に振った。


「何時からなんだ?」

「私が親に奴隷として売られて少ししてからです。毎日、躾と言う名の暴力を受けていた時に急に感じなくなりました。周りの同じ奴隷の人たちからは殴られた場所が悪いと一時的に味覚が麻痺すると言われましたがあれから4年以上も味を感じません。幸い、匂いは感じることが出来ましたので僅かにですが味の想像が出来ます。それに今までは奴隷だったので頂いた食べ物には全て美味しいと言って言葉を返してきました。」


やはり彼女はここに来る前から味覚障害だった様だ。

それに話からするとストレスが一番の原因である可能性が最も高いだろう。

その証拠に今も味覚が回復している様子が無いので、これは時間を掛けて治すしかないだろう。

もし脳に何らかの障害があったとしてもそれは初日に食べた雑炊とメノウが風呂場で密かに行った治療で治っているはずだ。

なのでここで生活している内に少しは改善すれば良いが心の問題だけは俺達にも簡単に治す事は出来ない。

そして俺が悩んでいるとどうやら彼女に要らぬ誤解を与えてしまった様だ。


「ですから残飯でも食べられます。それに働いて稼いだお金もいらないのでご飯を食べさせてください。」

「それはダメだな。」


俺がそう言うとカーミラは顔を俯かせ暗い表情で力なく笑い出した。

するとそれを見たヘザーとホロが立ち上がり俺に向かって来る。

そしてヘザーは俺の頭に拳を振り下ろし、ホロはオレの肩に牙を立てた。


「アンタは言い方を考えなさい。誤解してるでしょ!」

「ご飯は大事だよ!」


ヘザーの拳骨は痛みは一瞬なので問題ないがホロの噛みつきは継続中なので地味に痛い。

するとそんな俺達を見てカーミラの表情がいつの間にか驚きに変わっていた。

俺はそのタイミングを見逃さず、彼女の間違った認識を正す。


「すまない、言い方が悪かった。以前、クリスにも言ったが家には余り物は存在しないんだ。そこのメノウとこのホロが全て食べてしまうからな。」


するとメノウは何故か胸を張り、ホロは視線を逸らして口を離した。

どうやら原因の一端が自分にあると自覚したようだ。


「だから当然、お前にも俺達と一緒に普通の飯を食べてもらう。自警団にもその事は言っておくから安心しろ。」


するとカーミラの表情が暗い物から明るい物に変わっていくのでどうやら理解してくれたようだ。

そして俺達の話はその原因の追及へと変わっていった。


「きっと親に売られた事よりも奴隷商での虐待と恐怖が原因でしょうね。」


そう言ったのは元奴隷商であるヘザーだ。

彼女が言うにはそういった子供を過去に何人か拾った事があるらしい。

しかも、生活に困った親が子供を売るのはよくある話なのだという。

親は売る相手を選ばない事が多いため、こういったケースが稀に起きるそうだ。


「その子供たちは治ったのか?」

「治るには治ったけど時間が解決してくれたとしか言いようがないわね。数か月から数年は掛かるんじゃないかしら。」


そこまでカーミラの面倒を見るかと言われれば悩み所だ。

こうなるとサツキさんに希望を託すしかなさそうだな。

彼女は何か企む・・・考えていそうなのでもしもの時は任せる事にしよう。


「と、言う事なのでカーミラには家に居る間はのんびり過ごす事を命じる。自警団の仕事はしてもらうがそれ以外の仕事は禁止だ。ただ、この国の常識を知る範囲で仕事を手伝ったり出かけるのは許可する。よし解散。」


俺は手を打って解散を告げると皆も好きな様に散って行く。

そして、テーブルの席にはカーミラのみが取り残され、どう行動して良いのか分からず周りを見回していた。

するとその視線に一早く気付いたのは先ほど彼女を庇ったホロだ。

ホロは軽い足取りでカーミラに駆け寄ると笑顔で何かを取り出した。


「これ美味しくて体に良いの。食べる?」


そう言ってホロが取り出したのは何処で買ったのかドリアンだ。

そのニオイを嗅いでカーミラは即座に俺に視線を向けて来る。

その目には明確な意志が籠っており無言なのにSOSと伝わってくるようだ。

きっと彼女も先程ホロが自分を庇ってくれたので断りずらいのだろう。

しかもカーミラはいまだに奴隷としての癖が抜けていないのでここでストレートに断る事も出来そうにない。

そして、こうして見ているこちらまで、その凄まじいニオイが漂って来ている。

この果物の原産国ではこの果物を犬が必死に食べる映像を見た事があるのできっと犬であってもホロは大丈夫なのだろう。

ここは一つ助け舟を出してやることにした。


「ホロ。」

「あ、ユウも食べたいの?」


ホロは俺に邪気のない輝くような笑顔で問いかけて来る。

しかし、俺は即座に掌を返す様にクルリと回ると背中を向けた。


「い、いや。二人で仲良く食べなさい。俺はあちらでテレビでも見てるから。」


するとカーミラはまるで裏切られたように絶望した顔をこちらに向けてくる。

そして、そんな彼女の心に二つの声が聞こえて来た。



(へへへ、いいタイミングじゃねえか。あの男も巻き込んじまえよ。)

(そんな事してはダメよ。あの人は形式上はあなたの主なのよ。迷惑を掛けちゃダメ。)


まさにカーミラの中では天使と悪魔がせめぎ合い、葛藤と言う戦いを繰り広げていた。

何故か天使の声はメノウで、悪魔の声はアデルに似ているがそれは本人の知らない所である。


(何を甘いこと言ってんだ。お前はあれを食いてえのか。)


するとドリアンから霞みの様なエフェクトが生まれ彼らを包み込んでいく。

そしてそれを吸い込んだ天使は体を震わせ次第に力を失い始める。


(うぅー!)

(どうしたんだ。苦しそうだな~。)

(そ、そんな事はないわ。ニオイはこんなだけどきっと味は・・・。)


すると天使はハッと気付いてカーミラを見るが悪魔はニヤリと笑みを浮かべた。

どうやら天使はここで初めて最大の問題点に気が付いたようだ。


(ハッハー!墓穴を掘ったな。こいつは今、味なんてわからねーのよ。すなわちニオイこそ全て。ほう~らもっとこのニオイを嗅ぎやがれ~。)


するとカーミラ自身も目つきが怪しくなり始め天使は力尽きて落ちて行った。


(む、無念~。)


そして天使は悔しそうな顔で消えていくとそこには悪魔が残され更に彼女へと声を掛けた。


(さあ、言うんだ。お前の心の声を。)


するとカーミラは笑顔を浮かべてユウに声を掛けた。


「ユウさん、ホロさんもこう言ってますから一緒に食べましょ。ほら。みんなで食べれば怖くないですよ。ホロさんもユウさんに食べて欲しいですよね。」



俺は名前を連呼されて振り向くとカーミラに顔を向けた。

すると顔は笑っているのにジト目のカーミラが俺をロックオンしている様に視線を固定していた。

そして今度はホロがテーブルにドリアンを置くとこちらへと駆け寄って来る。


「ユウも食べようよ~。絶対に美味しいから。」

「・・・そ、そうか。」


俺は完全に逃げ道を塞がれ、腕を引かれるままに仕方なく椅子に座り直した。

噂によればこのドリアンという果物は食べ慣れるととても美味に感じるらしい。

しかし、食べ慣れればと言う注釈が付く上にこれの原産国では公共施設への持ち込みが禁止されるほどの危険物だ。

すると向かいに座るカーミラがニヤリと笑い、ドリアンをスススーとこちらへと動かして来る。


「やはり切り分けて一番最初に食べるのは家長の特権(義務)ではないでしょうか?」


しかし、ここで俺も負けじと切り返しを行う。

カーミラの言っている事は確かに真っ当に聞こえるが、明らかに毒見役をさせるつもりだ。

それにここで引き下がっては家長としての威厳が失墜してしまう。


「嫌々、栄養満点らしいからカーミラが一番に食べるべきだろ。きっと風味も最高のはずだ。」


そして俺とカーミラの間に無言の火花が炸裂する。

すると更に横からライラが現れ、ドリアンを鷲掴みにした。


「何これ、懐かしい匂いがするわね。」


そう言ってニオイを嗅いだライラは思い出したように手を叩いた。


「そうそう、引き籠ってた研究室でよく嗅いだ匂いに似てるわ。料理って少し置いておいた方が美味しいのよね。」

(いや、それはきっと置き過ぎてるから!きっと食べてはいけない奴だからな!)


しかし、俺の心の声は届くことは無くライラはナイフを取り出すとドリアンに突き立てた。

その途端、部屋に広がる悪臭に俺は顔を顰め、ホロとライラは笑顔を浮かべる。

他の者はそそくさと逃げ出し、カーミラはまるで菩薩の様な穏やかな顔で・・・座ったまま気絶していた。


「あれ、カーミラ寝ちゃった?」

「病み上がりだから仕方ないわね。私達三人で食べましょ。」


どうやら俺はこのまま逃がしては貰えない様だ。

こういう時は気絶耐性がないカーミラを羨ましく思う。。

しかも真心なのか俺の前には最も大きく切り分けられた果肉が置かれた。

どうして普段はあんなに鋭いのにこういう時は俺の顔から内心を読み取ってくれないのだろうか。


そして俺は心で泣きながらドリアンの実を食していった。

ハッキリ言えば鼻が麻痺してくれればなんと良かった事か。

しかしこんな時にも麻痺耐性と高速再生は俺の体を万全な状態へと維持してくれる。


その横では鉄の胃と、スキルではなく慣れによる耐性を身に着けたライラとホロが美味しそうにドリアンを完食していた。

しかし、いつもは他の人の物も欲しそうに見るホロが今日は何も反応を示さない。

その為に俺は完食を余儀なくされ、気合で食べきった。

ちなみに味は良いという噂だったがニオイに耐えるのに必死で全く感じる事が出来なかった。

きっとカーミラはいつもこんな苦しみを味わっていたのだろう。


(今度同じ様な事があったらカーミラの事は真剣に助けてやろう。)


そしてここだけの話、カーミラに聞こえた声はメノウにとても似ていたそうだ。

その事に彼女が気付く事はなく、当のメノウは一早く部屋を離脱しておりこの場にはいない。

その後、この出来事のおかげでカーミラは少し子供らしい我儘を言う様になった。

どうやらこの事は彼女の心に響く小さくも大きな出来事であったようだ。

彼女の味覚が戻る日も近いのかもしれない。

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