82 スケルトン
この町のそれほど古い歴史はない。
しかし、大戦時は軍港だったため多くの船を送り出し沢山の戦死者を出している。
山にはそういった者を悼んだ骸なき合同墓地や慰霊碑が並び郊外の至る所には大きな墓所もたくさん存在する。
さらに近場では大戦時に強力な爆弾が使用され、キロ単位で多くの死者も出ている。
空爆も激しく俺が子供の頃の教科書には空襲後の風景が乗っていたほどだ。
それによるとこの辺りは一度更地になる程の攻撃も受けている。
そんな土地柄なためにこの町の歴史を知る者が世界中を騒がせているアンデットの大量発生に警戒しない筈はない。
それは自警団も同じであった。
彼らも最近は墓所を中心に巡回を行い警戒を強めている。
そして、その兆しがとうとう彼らの前に姿を現した。
「やっぱり、夜の墓って不気味だよな。」
「ああ、動物も時々いるから目に反射した光が鬼火みたいで驚かされる。」
「あなた達シャンとしなさい。早く異常を見つければそれだけ被害も小さくなるのよ。」
彼らは先日から二人一組を変更し3人一組で巡回を行っている。
もし、大量発生が起こればそれでも危険だが、それを知らせる時間は稼げるとの判断だ。
そして彼らは次第に墓所の奥へと進んで行った。
すると目の前から二つの光がゆらりゆらりと近づいて来る。
「なんだあれは。」
「また犬か猪じゃないか。最近の奴は神経が図太いからな。」
「だから油断しないって言ってるでしょ。」
そして彼らはその姿を確認するために魔法の光を増やし光量を高めた。
するとそこには赤い鬼火の様な光を眼窩に浮かべる白い白骨の魔物がゆっくりと向かって来ており、その手には単純な棍棒も持っている。
すると彼らの中で唯一の女性が急いで指示を飛ばした。
「本部にすぐに連絡して。スケルトン発見。・・・早くしなさい。」
「は、はい。」
「あなたは周囲を警戒して。異常があったらそれを教えて。魔物が複数になり次第撤退します。
「分かりました。」
すると女性はアイテムボックスからメイスを取り出してそれを構えた。
スケルトンは斬撃、刺突に対しては高い耐性を持つが、打撃については耐性が低いと既に講義を受けていたからだ。
「くらえ!」
そして彼女は慎重に間合いを詰めるとメイスで殴り付ける。
するとスケルトンの腕は呆気なく砕けて片腕をもぎ取る事が出来た。
「やった、思ってたよりも脆いじゃない。」
しかし、普通の魔物はこの時点で怯むがスケルトンは違う。
彼女はあまりの呆気なさに油断しスケルトンからの攻撃を許してしまった。
「きゃああーーー!」
彼女はスケルトンの攻撃を胸に受けてしまい後方に吹き飛ばされてしまう。
するとそれに周囲を警戒していた男は駆け寄り自身の役目が疎かになってしまった。
「大丈夫か?」
「ええ。鎧のおかげで大丈夫よ。でも今ので骨に罅が入ったかもしれないわ。」
すると連絡を終えた男もやって来て声を掛けた。
しかし、彼もまた連絡し終わった事で油断が生まれ、周囲への警戒に気が回っていない
「応援は呼んだ。いったん撤退しよう。」
「分かったわ。」
「ああ。」
彼らは即座に判断を下し、女性に肩を貸して立ち上がる。
しかし、立ち上がった彼らが顔を上げるとそこには更に10体のスケルトンが現れていた。
そして退路を探せばスケルトン達は彼らを囲むような位置取りをしており、負傷者を庇っての撤退は困難な状態になっていた。
すると女性は自らに回復魔法を掛けながら覚悟を決める。
「私達の白魔法だとこの傷を治すには時間が掛かりすぎるわ。あなた達二人は私を置いて撤退しなさい。一人が残ればスケルトンの性質上、あなた達を追うことは無いわ。」
スケルトンは確かに生者に反応して襲い掛かる習性がある。
彼女が生きている間は追われることは無いだろう。
しかし、次に仲間と共に助けに来た時、彼女が死んでいれば魔物になっている可能性もある。
すなわち、少し前まで仲間だった者を今度は自分たちで倒さなければならないのだ。
そのため、それを知る二人は難色を示した。
「仲間を見捨てて逃げられるか。」
「それなら俺もここで最後まで戦うぞ。」
すると女性は呆れた顔を二人に向け苦笑を浮かべた。
「あなた達・・・。本当に馬鹿ね。死んでもアンデットなんかになるんじゃないわよ。」
「それは保証できないな。」
「アンデットになってもお前らくらい守ってやるよ。」
「・・・馬鹿。」
そして彼らはメイスを構えると覚悟を決めた。
スケルトンが打撃に弱いとは言っても相手はダメージを気にする事無く攻撃を仕掛けて来る。
そんな相手がこちらの3倍以上の数になれば生き残る可能性は0と言っても間違いではない。
彼らも家族を守るためにこの場に居るが常に別れを済ませてこの場にいる訳ではない。
その為、僅かな時間で彼らは心の中で大事な人達へと最後の別れを済ませた。
しかし、そんな彼らの耳に何者かの足音が聞こえて来る。
「何か来た?」
「追加の魔物か?」
そしてその足音が近づき、灯の範囲に入るとそれが一人の少女である事が分かった。
その少女は濃い緑の髪に、白く身長ほどもあるロッドを手にしている。
彼女は更に駆け寄るとスケルトンを手に持つロッドで殴り付けた。
するとその一撃は何の抵抗もない様に頭から股までを貫通し少女は3人に合流を果たす。
「連絡を受けて先行して来ました!3人とも大丈夫ですか!?」
「え、ええ。あなたは?」
「私は先ほど自警団に入ったカーミラです。ユウさんがこの事態に気付いて私をここに送ってくれました。」
「え、ユウ君があなたを。」
カーミラはまだ幼さを残す姿だがあそこのメンバーが見た目以上の実力を備えている事は自警団の者なら全員が知っている。
それに彼らが持つ防具の多くも彼らが提供してくれた物である事を知っていた。
その為、彼らは心に希望が生まれ気合を入れ直した。
「痛っ!」
しかし、気合を入れても体は付いて来ない。
彼女は胸を押さえ顔を歪めた。
「今すぐ治します。」
カーミラは即座に回復魔法を使うと瞬く間に女性を癒した。
そして再びロットを構えると連続でターンアンデットを使用する。
するとスケルトン達は光に包まれ魔石を残して消滅して行く。
そして魔法を11連発して魔物を消し去るとカーミラは周囲を見回した。
するとそこには既にスケルトンの姿はなく魔石だけが残されている。
それを見て三人は茫然とカーミラを見詰め、周りに敵が居なくなった事に気が付くとカーミラに駆け寄り声を掛けた。
「凄い回復魔法ね。傷が一瞬で治ったわ。」
「死を覚悟してたけど嬢ちゃんのおかげで助かったよ。」
「今日から入ったんだって。若いのにスゲーな。助けてもらった礼に何かあれば声かけな。相談に乗ってやるからよ。」
「それで、ユウ君はどうしたの?」
そう言って女性は周りを見回してカミーラを連れて来たというユウの姿を探した。
しかし、周囲に人の姿はなく、居るのはカーミラただ一人だ。
「ユウさんは別の場所に行きました。それでお願いがあるのですか。」
カーミラは困った顔で三人に声を掛けた。
その顔に彼らは首を傾げて揃って顔を向ける。
「実はこの町に来たばかりで帰る道が分からないのです。良ければ送ってもらえませんか?」
「「「・・・アーハハハハハ!」」」
すると三人から笑いが巻き起こりカーミラは顔を赤くして俯いた。
ここは墓場で先程まで死を覚悟していたが、既にそんな緊迫した空気は存在しない。
魔法に照らされたこの場だけは場所に囚われる事無く笑顔の花が咲いていた。
すると遠くから複数の足音がこちらに向かい近づいて来る。
どうやら先ほど呼んだ応援が到着したようだ。
その中には魔法の灯に照らされたツキミの姿もある。
「お前たち大丈夫かー!?。」
ツキミは彼らと合流すると急いで確認を取った。
そしてその中にカーミラの姿を確認し驚きの顔を向ける。
「君は明日からのはずだがどうしてここに!?」
すると三人が前に出るとカーミラを庇うように説明を始めた。
何故ならタイミングとしては僅かな差だったがもし彼女があの時に来ていなければこうして無事では居られなかったからだ。
そして助けられ、会って間もないと言っても彼らは既に互いで笑い合った仲間でもある。
それにここで恩に報いて何か言わなければ今後の彼女に顔向けも出来ない。
「どうやらユウがここの事に気付いて彼女を救援に寄越してくれたらしいです。」
「ただ本人は別の場所に行ったらしいです。もしかしたらもっと緊迫したエリアがあったのかもしれません。」
「それとこの子、帰る道が分からないそうだから送ってあげないと帰れないらしいの。だから誰か送って行ってあげて。」
するとカーミラは彼らの後ろでポカンと口を開けその背中を見詰めた。
奴隷になって5年が経つがこうやって庇われた事は一度もない。
そして故郷の村では親にすら良い思い出のない彼女は、今こうして胸に沸く感情がよく分からなかった。
しかし、それは彼女の胸を暖かく満たしていき、自然と目頭が熱くなる。
カーミラは誤魔化す様に袖で目を擦ると彼らの前に出た。
「あの、ごめんなさい!その・・言われた事を守らなくて・・・。」
するとツキミはカーミラの顔を見て溜息を吐いた。
そしてその顔には先ほどまでの厳しさは無く苦笑が浮かんでいる。
どうやら彼は落ち込んでいる子供に弱い様だ。
ただ、この町の自警団はこういった人の良い者達の集まりなので反省している者を無理に叱り付ける事は無い。
それにツキミにも間に合わないかもしれないと言う懸念があり、犠牲者が出なくて良かったと言う感謝の気持ちがあった。
「まあいい、責任は全て保護者のユウ君にある。あちらには後でこちらから言っておくからカーミラが気にする事ではない。君は彼らに送ってもらうと良い。ここの警戒は俺達が代わりに行っておこう。」
そう言ってツキミは先ほどの三人に声を掛けるとカーミラを送って行くように指示を出した。
ユウの家は集会所からも近いため殆どの者が場所を知っている。
それにもしもの時に尋ねられるように自警団では最初に教えられる事の1つとなっていた。
「それじゃ行きましょうか。今日は助かったわ。」
「いえ・・・。私の方こそ・・・その、庇ってくれてありがとうございます。」
「仲間なら当たり前だろ。」
「恩を受けたら恩で返す。それが俺達の流儀だ。」
「今度はお礼に食事に行きましょ。」
「それならカーミラの分は俺が出してやるよ。」
「何カッコつけてるんだ。そう言うのは三人で割り勘だろ。」
そして胸に温もりを感じ始めたこの時から彼女の中に変化が生まれ始めた。
今までは生きるためだけに必死で働いていたのが、今は誰かを守るために働こうと思い始めている。
しかし彼女も最初から今の様な人間だった訳ではない。
奴隷としての苦しい生活が彼女の心と思考を歪ませてしまい、生きる事以外の興味や感情が薄らいでしまっただけだ。
しかし、僅かな時間とは言え安らげる環境と人の優しさに触れたカーミラの心は僅かずつだが再び正常に動き始めた。
そしてユウはその姿を気配を消して遠くから見守っていた。
彼が他の場所に行くというのは大嘘で、本当は草葉の陰から無事に敵を倒しきれるかを窺っていたのだ。
そして無事に仲間とも打ち解けたため、ユウはそっとその場所を離れた。
カーミラは仲良くなった三人と楽しく話をしながらユウの家へと帰って行く。
彼らの話もカーミラの話もそれぞれに他愛もない事だが知らない世界の常識や話はとても楽しい物だった。
そして四人はユウの家の前で別れると、カーミラは名残惜しい気持ちで家に入って行く。
するとそこには明かりが付いており居間にはユウが待っていた
カーミラが部屋を覗くとユウは手招きをして部屋に入る様に指示を受ける。
「お帰り。仲間と仲良くなれたみたいだな?」
「見てたのですか?」
「少しだけね。」
そう言ってユウはカーミラの前に温めておいたホットミルクを置いて表情を綻ばせる。
するとカーミラは何かを考えるとユウに自分の行動について問いかけた。
「あの・・・悪い事でしたか?」
ユウはカーミラからの言葉の意味を吟味して首を横に振った。
しかし彼女は今までそういう自由の無い環境で育って来たのだろう。
それに彼女は奴隷なので主の命令には逆らえない。
仲良くするなと言われれば心を殺してでも相手に冷たく接しなければならないのだ。
信用できる人も作れずに一人で頑張って来たがここではその必要はない。
周りを頼り、又は頼られて和を作って行けば良いのだ。
そう思い、ユウはカーミラに優しく声を掛けた。
「良い事だと思うよ。もっと自警団の皆とも、この家の仲間とも仲良くすると良い。困った時は頼れば良いし、困っていたら今日の様に可能なら助ければいい。」
するとカーミラは少し悩むとニヘラっと子供らしい顔で破顔した。
それはまるで親から褒められた幼い子供の様だ。
まだ表情は硬くぎこちない所も多いが、いずれは普通に笑う事も出来る様になるだろう。
「よく分かりませんが分かりました。これからもよろしくお願いします。」
「ああ、気楽にな。」
「はい。」
その後、ユウはライラの待つ自分の寝室に戻り、カーミラもミルクを飲み干すと部屋に帰って行った。
そしてカミーラは今日の事を思い起こすと胸の前で手を握り締める。
「今日は、た・・・楽しかった?・・・違う・・かな。嬉しかった・・・のかな?なんだか胸が暖かい感じがする。こんなのいつ以来だろう。」
そして彼女の脳裏に今日の出来事が津波の様に押し寄せ彼女は目から涙をこぼした。
「ふふ、嬉しくて泣いたのなんて初めて。ここなら明日からも・・・がん・・ばれ・・そう。」
そして彼女も疲れからか糸が切れる様に眠りに落ちて行った。
その顔には安らかな表情が浮かび安心して深い眠りへと落ちていく。
以前には無かったその安らぎに彼女は眠りながらも笑みを絶やさなかった。
そしてその頃、もう一方のユウはというと。
「ライラ怒るなって。どうしても行かないといけなかったんだ。」
「知ってますよ~だ。だからこうやってホロと一緒に起きて待ってました~。」
そう言ってライラは背中を向けその胸にホロを抱えながら不貞腐れていた。
どうやら起こさずに出て行ったのを怒っているようだ。
気を利かせたつもりだったがどうやらそれは間違いだったのだろう。
何故ホロが居るのかは分からないが、いつもの様に俺のベットに潜り込みに来たに違いない。
そこをライラに捕まったと思われる。
しかし、ホロも俺に何かを訴える様な目を向けて来た。
犬の姿なので顔は無表情なのにいつもの何倍も冷たく見えるから不思議だ。
(これは魔物よりも厄介そうだな。)
俺はその後二人を宥め、3人仲良く眠ったのはそれから1時間も後の事だった。
ライラと俺が端で真ん中がホロだ。
三人で仲良く川の字になるとまるで親子の様だがホロは犬の姿なので微妙に違う。
そしてそんな二人を見ながら今後はもう少し考えて行動しようと心に誓うのだった。




