81 捕虜を押し付けられました ②
カーミラはメノウに連れられ部屋を出ると風呂場にやって来た。
「それでは服を脱いでください。今からお風呂に入ってもらいます。」
「お風呂?何ですかそれは?」
カーミラはどうやら風呂と言う物を知らないようだ。
実際、あちらの世界でお風呂と言う物は一般的ではないので仕方ないだろう。
体を綺麗にしたければ魔法があるし、洗いたければ川で沐浴が普通である。
この様な施設がある家も高級ホテルに豪商や貴族の屋敷、それか王族の住まう城くらいだ。
その為、メノウはお風呂についてカーミラに説明する事にした。
「お風呂とはお湯を入れた入れ物がある場所です。入る前に魔法で綺麗にしますが頭や体は綺麗に洗ってもらいます。あまり時間は掛けたくないので早く入ってください。」
メノウはそう言ってカーミラを急かし服を脱がせた。
そしてシャワーの前にある椅子に座らせると頭からお湯を掛ける。
「キャッ、って本当にお湯だ。温かくて気持ち良い!」
するとメノウはシャンプーを手に取るとそれでカーミラの頭を洗い始めた。
本人の意思は尊重されていないが、手付きは丁寧で痛みはなく心地良い感触が伝わって来る。
「目を空けないでくださいね。痛い思いをする事になりますよ。」
するとカーミラはメノウの言葉に従い強く目を閉じた。
そしてメノウは頭用のブラシも使いしっかり洗うと再びお湯を浴びせかける。
「カーミラさん、これで顔を洗ってください。これも目に入ると痛いので気を付けて。それとこちらが体を洗う為の薬液です。これをこのタオルに付けて体を洗ってください。背中は洗ってあげます。」
「は、はい!」
カーミラはメノウの指示に従い洗顔を行い、体を洗い始めた。
事前に魔法で綺麗にしておけば垢などは出ないと言ってもやはり綺麗にしておくにこしたことは無い。
そしてボディーソープの匂いで体から仄かにフローラルな香りがし始めた。
「なんだか良い匂いがする。」
「今日から毎日一度はこのお風呂に入ってもらいます。近日中には魔道具を設置する予定ですのでいつでも入れますよ。」
「ホント!」
「はい。先程ユウさんが言っていた様にこの国には奴隷という制度はなく、あなたがされた様な事を行えば憲兵に捕まる事になります。それと奴隷というのは私達だけの秘密です。もし約束を破れば元の国に送り届けて捨てますので覚悟してください。」
メノウは脅しも込めて彼女に確認と注意をしていく。
するとカーミラは神妙な顔になり大きく頷いた。
彼女も現状は奴隷だが、偶然に手に入れたこの生活と環境を手放したくはない。
それに帰っても恐らくは今まで以上の苦しみか死が待ち受けているだけだろう。
それが分かっている彼女には既にここ以外の居場所が無いという自覚が生まれていた。
「分かりました。必死に働いてここに置いてもらえるように頑張ります。」
「その意気は良いですが働きすぎない様にしてください。」
するとカーミラは首を傾げ「何故?」と問い返した。
奴隷は働くもので、それが自分の存在理由でもある。
先程からカーミラはそこだけは理解できなかった。
「ユウさんはのんびりとした生活を希望しています。それにこの家の人たちは自分の事はある程度自分でしています。そんな中であなただけが必死に働いていては落ち着かないのでしょう。なので、この家では奴隷という立場は忘れなさい。あなたは普通の少女としてこの家に住み込む。良いですね。」
「わ、分かりました。」
そしてメノウは最後にシャワーでお湯を掛けると彼女を湯船に浸からせた。
するとカーミラの表情は幸せそうな物に変わり肩の力を抜いていく。
恐らく今までかなり気を張り詰めていたのだろう。
放置しておけばそのまま眠って湯船で溺れそうだ。
しかし、カーミラは不意に真面目な顔になると浴槽から立ち上がり自分の体を確認し始めた。
「ん?体がやつれてない?」
カーミラは自分の体に目を落とし先ほどまでの違いに驚きの表情を浮かべる。
彼女の今の体は17歳という年齢に見合った少し細いが健康的な見た目に変化していた。
先程までは骨が浮く程やつれていたのでその変化に驚くのも当然だろう。
ただ胸だけは発育途上なのか膨らんではいるが控えめと言ってもいい程しかない。
しかし、先ほどまでは柔らかさどころか骨しかなかったので大きな成長と言える。
そして驚いているカーミラにメノウから声が飛んで来た。
「先程の食べ物はメガロドンの出汁が染み出た物ですからそのおかげでしょう。それよりゆっくり入るのは後にしましょう。今はユウさんが待っています。」
「は、はい。」
カーミラは返事を返すとメノウと共に浴室から出て行った。
「下着と服はこれを使ってください。正式な物は後で買いに行きましょう。」
「え、こんなに良い服を・・・。それにこの下着・・・。夜伽用?」
するとメノウから鋭い視線が浴びせられカーミラは首を竦めて口を閉ざした。
「それ位はこちらでは普通です。勝負下着とはこちらやこちらの事を言うのです。」
メノウはそう言って幾つかの下着や薄いネグリジェを取り出してカーミラに見せる。
すると彼女はその艶やかな下着の数々に頬を染めて顔を手で覆った。
しかし、指の隙間からはしっかりと目が見えているので興味はあるのだろう。
「そ、そんな薄い下着・・・透けて中が見えて・・・。それにそっちのは・・・な、なんで下着に穴が開いてるんですか!」
「これがこの国の常識です。よく覚えておくように。」
「これが常識。私はとんでもない国に来てしまったんですね。」
そして何やら間違った常識を植え付けられながらカーミラは服を着て行き、その間にメノウは魔法でカーミラの髪を乾かして準備を終えると居間に戻る。
そこではのんびり過ごすユウが彼女達を待っていた。
「お待たせしました。」
「おかえり。さっきより可愛らしくなったな。それじゃあ行こうか。」
「ちょっと待って。」
しかし俺が立ち上がるとメガロドンの処理をしている作業場からライラが出て来た。
そして、その手には何やら白い棒が握られており、それをカーミラに手渡した。
「急いで作ったから間に合わせの武器だけどこれを使って。」
「これは?」
「ボーンロットよ。丁度いい骨があったから作ったの。そう簡単には折れないけど調整が必要なら言ってね。」
どうやらライラはメガロドンの腹骨でカーミラ用の武器を作ってくれたようだ。
見れば少し疲れている様なので無理をしたのだろう。
しかし、ライラの表情にはそんな事を感じさせないだけの笑顔が浮かんでいる。
俺は彼女の頭を撫でてそっと抱きしめ耳元で「ありがとう」と囁く。
「良いのよ。いきなり死なれるとユウも気分が悪いでしょ。お礼は別の所でしっかり受け取るわ。」
「それなら俺も頑張らないとな。」
そしてライラは顔を赤らめながら俺から離れると作業に戻って行った。
いつもながらこの辺の気配りにはいつも助けられる。
それに俺のアイテムボックスある棍棒と言えばゴブリンやオークが使っているような物しかなかったので丁度よかった。
「あの、この様な立派な物を受け取っていいのですか?どう見ても普通のボーンロットではあないですよね。」
「そりゃ、亜竜の骨で出来てるからな。恐らく魔刃でも防げると思うぞ。ライラからの贈り物だからしっかり使ってやってくれ。」
「あ・亜竜・・・ですか。あの、売るだけでかなりの価値があると思うのですが?」
「ん?気にするな。材料ならいっぱいあるからな。お前もさっき食ったろ。あれは今日釣り上げたメガロドンだ。世界に数匹しかいないらしいからお前も運が良かったな。」
「・・・・・。」
するとカーミラは両手でロットを握ったまま固まってしまった。
どうやらメガロドンがどういう物なのか今まで知らずに聞いていたようだ。
まあ、亜竜であるレッサードラゴンなどを狩るにもギルドランクで言えばB以上は必要だろう。
個人で狩るならSランクは必要そうだ。
そこから考えると彼女が知らないのも無理はない。
俺は仕方なく声を掛けてから意識を引き戻させる事にした。
「おい、こんな事で驚いてると家では生活できないぞ。」
「は、はい!」
どうやら立ち直ったみたいなので問題は無さそうだ。
俺はカーミラを連れて外に出ると自警団の詰め所へと向かう。
そして中に入るとそこにはここのリーダーをしているツキミさんが待機していた。
カーミラを連れて行く前に事前に連絡をしておいたので早めに戻って来てくれたみたいだ。
俺達は中に入るとツキミさんに挨拶をした。
「こんばんはツキミさん。この娘がさっき電話で話した子です。」
「あ、あの、初めまして。カーミラです。」
するとツキミさんは彼女を真剣な目で観察し俺に視線を向けた。
しかもその目は細められ不機嫌そうに見える。
「普通なら不採用だ。ユウは何故だか分かるな。」
するとカーミラは焦った顔になり俺に視線を向けてくる。
きっとこのままではせっかく出来そうな仕事まで失うと思っているのだろう。
その間にもツキミさんは俺に視線を向けて来るが俺は気にせずに答えを返した。
「未成年だからですね。」
「そうだ。これは未成年がするような仕事ではない。教育に悪いし何よりも危険だ。」
「ええ、でも彼女は。」
「ああ、さっき聞いたな。あちらの世界の者なのだろ。そこの成人は15歳かららしいな。それで一応確認だ。」
そう言ってツキミさんはカーミラに視線を移した。
その視線は更に鋭さを増し、嘘は許さないという厳しさが見て取れる。
「君は本当にここで仕事をしたいのか?嫌なら別の仕事を紹介してやる。家には色々な奴がいるからな。無理にここに拘る必要はない。最近魔石の買取を国が始めているが払える金も少ない。それでも良いのか?」
カーミラは俺に視線を向けて意見を求めて来る。
しかし、これは彼女の意思を確認する物なので俺が指示を出す訳にはいかない。
「好きに決めれば良い。職業の選択の自由もこの国では一般的な事だ。」
「選択の・・自由。」
するとカーミラはツキミさんに顔を向け頷きを返した。
どうやら決心がついたみたいだな。
「ご飯はユウさんが保証してくれるそうなのでお給金は安くても構いません。ここで働かせてください。」
するとツキミさんは俺に目を向けると溜息を吐いた。
そして立ち上がるとカーミラの前まで歩み寄りその肩に手を置いて表情を緩める。
「そうか、それなら君を歓迎しよう。実はあちらの知識はいつもユウ君たちに教えてもらってたんだ。なので君が居ると色々な意味でとても助かる。今日は遅いから皆への紹介は明日にする。明日の夕方にでもまた来てくれるか。その時にでもみんなにも紹介しよう。」
「ありがとうございます!」
そしてカーミラは無事に自警団に入ることが出来た。
これにより彼らは知識も手に入り回復要員も増やすことが出来る。
それに、以前から家にも自警団に参加してほしい通知は来ていたのでこれで要望にも応えられた。
それと最近になって各地で発生しているアンデット系の大量発生も心配の種だ。
これに関してもカーミラがいれば少しは安心できる。
そして俺達は家に帰るとそこではみんなが待ってくれていた。
どうやらメガロドンの作業も全て終わり先ほどまであった扉は消えている。
俺とカーミラは部屋に入ると椅子に座りメノウからお茶を受け取った。
「自警団への参加は出来ましたか?」
「ああ、何とかなったよ。明日の夕方にもう一度連れて行く事になったから。」
「分かりました。それとマリベルに言って部屋も用意してますよ」
「ありがとう。それじゃあ今日のところは先日買っておいた予備の布団でも敷いて寝てもらうか。カーミラ。」
「はい。」
俺はカーミラに声を掛けると部屋に案内するために席を立った。
するとカーミラも同じように席を立つと傍までやって来る。
「今からお前の部屋に案内するから来てくれ。それで今日はもう好きにしていいからな。ただメノウに声を掛けて私生活で分からない事はしっかり教えてもらっておけよ。トイレ一つ取ってもあちらとは違うからな。」
そしてマップを頼りに部屋に向かい中に入ると他の部屋と同じく12畳ほどの部屋になっていた。
灯と空調はライラが作った魔道具が設置されており、明るさも気温も問題なさそうだ。
「ここを使ってくれ。布団はこれだな。ちゃんとした物は手が空いた時に買いに行くから」
「あ、ありがとうございます。」
カーミラはそう言って頭を下げて布団を受け取った。
彼女はそれを部屋の隅に置いて俺の傍に戻って来る。
そして部屋に戻り俺はカーミラをメノウに任せると部屋に戻った。
すると少しして扉がノックされ声を掛けるとライラが部屋に入って来る。
その姿は普通のパジャマ姿に枕を抱えていた。
「どうしたんだライラ?」
「今日は・・・その。一緒に寝ても良い?」
ライラは不安そうな顔で問いかけるが俺はライラに歩み寄ると軽く抱えてベットに運んだ。
恐らく今日は変な客が来たので不安になったのだろう。
俺は一緒に布団に入るとライラを優しく抱きしめた。
「ライラはどうしたいんだ?」
すると彼女からは小さな声で答えが返された。
しかし、その答えは憎しみでも復讐でもない。
「この家で、ユウと一緒に・・・今みたいに穏やかに暮らしたいわ。沢山は望まないから。ただ、あなたと一緒に居たい。」
「分かった。その望みが叶うように俺も本気を出すよ。」
するとライラからはやっと笑い声が零れて来た。
見るとそこには先ほどの不安そうな顔ではなく笑顔が浮かんでいる。
「ユウは私達には優しいから少し心配。だから無理はしないでね。」
「ああ。」
そして俺達は互いの体温を感じながらゆっくりと目を閉じて行った。
(スピカ。)
『はい。』
(俺が寝ている間、スキルを使って警戒は出来るか?)
『可能です。』
(なら任せた。敵が来たらすぐに起こしてくれ。)
『了解です。』
そして俺も既に寝息を立てるライラの額に軽いキスをして眠りに着いた。




