80 捕虜を押し付けられました ①
俺達はそれぞれに座っていた椅子に戻るとカーミラを一人で席に座らせ視線を向けていた。
彼女には一切の拘束や命令はしていないが逃げ出す様子はなく、大人しく座っている。
そして、俺が戻った時には既に肉は綺麗さっぱり消えており、欠片すら残っていなかった。
だが、鍋にはまだメガロドンの肉で十分に出汁が取れた汁が残されている。
俺はアイテムボックスから非常用のおにぎりを取り出すとそれを水で洗って笊で切ると鍋に投入した。
これで締めの雑炊を作ることが出来る。
俺は醤油と塩で味を調えると梅干を取り出した。
(やはり雑炊には梅干しだよな~。)
すると何処からともなく『キュルル~』と可愛らしい音が聞こえて来る。
俺はホロとメノウに視線を向けるが二人は首を横に振り俺の視線を否定した。
流石に俺の数倍は食べているのでお腹の虫は鳴らないだろう。
周りに目を向けるが同じように首を横に振る者ばかりだ。
そして俺は最後にカーミラに視線を向けると彼女はその顔を俯けて耳まで真っ赤にしていた。
外ではローブを被っていて分からなかったが彼女は濃い緑の髪に紫の瞳をしており、身長は160センチほどで少女と呼べる外見をしている。
顔は室内で見るとまだ幼く見え、高校生くらいの年齢に見える。
被っているローブが上等そうな物なので先程まで気付かなかったが服もかなり質素な物を着ている様でまるで駆け出し冒険者の様な格好をしている。
俺は雑炊を作りながら視線を向け、その外見を確認していった。
それにスカートとハイソックスの間から見える足は子供の様に細い。
手もグローブで隠しているつもりだろうがサイズはあっているのにユルユルで顔は化粧で隠しているが確実にやつれている。
「カーミラ、ちょっとこっちに来い。」
「は、はい。」
俺が呼ぶと素直に従って横に出した椅子へとやって来る。
そして俺はこれから幾つか重要な確認をする事にした。
それによってはこの雑炊を分けてやらない事もない。
「お前は本当に聖女か?」
するといきなり一つ目の質問から彼女は口を閉ざした。
しかし、その表情からは何か必死さを感じる
「なら、聞き方を変える。お前の本当の身分は何だ?」
しかし、カーミラはまたもや口を閉ざした。
どうやら先ほどサツキさんに言っていた質問に答えるとは恐怖に押されて出た言葉の様だ。
だが、彼女はその視線を胸に向けると無言でヒントを返してくる。
「メノウ。悪いが確認してくれ。」
俺がメノウに声を掛けると彼女は立ち上がりカーミラに手を伸ばした。
そしてその胸元を確認するとそこには確かに奴隷紋が刻まれている。
しかし突然、俺達の前でその奴隷紋が輝きを放ち始めた。
「お願い・・・許して。死にた・く・・ない!うぅ、きゃあーーー!」
それと同時にカーミラは奴隷紋を掻きむしりその場で倒れもがき始めた。
それを見てメノウは表情を変える事無く俺に問いかけて来る。
「これが以前説明した奴隷紋による死の制裁です。おそらくこの子の主が死ぬように命じたのでしょう。このまま放置すればこの娘は確実に死にます。どうされますか?」
それならと俺はその場にしゃがむとカーミラの顔を覗き込んで問いかけた。
こういう事は本人の意思が大事だろう。
俺に助けられたくないならこのまま自由意思で死なせてやっても良いかもしれない。
「お前は生きたいか?」
カーミラは目から涙を流しながら死の苦しみの中で俺に視線を返した。
その目は絶望に染まっているが俺の言葉に僅かだが希望の光が灯る。
しかし、それも苦しみと涙に流され次第に虚ろな物に変わっていった。
「生きたかったら返事を返せ。そうすれば助けてやっても良いぞ。」
すると彼女は必死に手を伸ばし俺の手を掴んだ。
その手はか弱く、俺が思った通りとても細い。
「お願・い。何・でも・・するか・・するから。・・・助けて。」
俺はその場で溜息をつき手を強く握り返すとスピカに声を掛けた。
(気は進まないがあのスキルを頼む。)
「了解しました。」
『ポイントを使い隷属を習得しました。』
『ポイントを使い隷属をレベル10まで上昇させます。』
『ポイントを使い略奪をレベル10まで上昇させます。』
『略奪が強奪に進化しました。』
『ポイントを使い強奪をレベル10まで上昇させます。』
『隷属を使い奴隷の譲渡を試みます。・・・失敗しました。』
『隷属と強奪を同時発動。・・・奴隷の強奪に成功しました。命令を初期化します。』
するとカーミラの奴隷紋の光が収まり、それと同時に死の苦しみから解放された彼女は意識を失った。
脈を測ると心臓はしっかり動いているので死んだ訳では無さそうだ。
恐らく、苦しみにより一時的に気を失ったというところか。
「メノウ、すまないがこいつをソファーにでも寝かせておいてくれ。事情は起きてから詳しく聞く。」
「分かりました。」
そして俺は席に着くとおじやを食べ始めた。
しかし、その味はあまりおいしくない。
その理由は分かっていたので俺はそれをコンロごとアイテムボックスに収納した。
するとオリジンたちは満足そうにお腹を摩りながら席を立ち上がった。。
「ユウ、ご馳走様。美味しかったわよ。次に食べる時にまた呼んで頂戴。」
(いや、今回もお前らは呼んでないんだが・・・。)
しかし、オリジンに心の声を読まれたようで、強大な威圧と共に再度の応答が投げつけられた。
「呼んでくれるわよね?」
「当然じゃないか。次は年始にでも来てくれ。準備して待ってるからな。」
こうなると俺としては何も言えない。
毒を喰らわば皿までと言うのでもうこいつの事は諦めよう。
きっといつか良い事で返って来るはずだ・・・きっと・・・恐らく。
「そう、楽しみにしてるわ。それじゃ、また来るわね。」
そして彼女たちは消えていくと今度はアキトたちが立ち上がった。
「今日はご馳走になった。魔物も食える物がいて驚いたよ。それじゃあな。」
そう言ってアキトは自衛隊組にアスカを加えたメンバーで帰って行った。
そして残ったのは総理とサツキさんだ。
キッチンではメノウとクリスが頑張ってメガロドンの肉を使ったお土産を作っているのでそれの完成を待っているのだろう。
そして出来上がったのはメガロドンの厚切りステーキだ。
しかも何枚も焼かれており一人400グラムくらいはあるだろう。
それを大皿に山盛りにしてそれを両手で抱える様にして運んで来た。
「食べる前に小さく切り分けてくださいね。ここまで調理すれば普通の刃物でも切れるはずですから。」
まあ、二人なら魔刃が使えるので問題は無いだろうな。
それに食べ盛りの子供も多いのであれくらいはペロリと食べきりそうだ。
「無理言ってすまないな。今度はお礼を持って行くからな。ユウは何か希望はあるか?」
「それなら美味しいお菓子を持ってきてください。オリジンが大量に食べるので大変なんです。俺だと東京は土地勘がないので店があまり分かりません。お願いできますか?」
「それ位なら任せておけ。正月は儂らも食いに来るから頼んだぞ。」
(なんだか、家に居たら人が大量に来て逆にのんびり出来ない気がして来た。気のせいだろうか?)
「はい、その時はまたみんなで?」
「いや、道場の者達は置いて来る。贅沢に慣れると碌な事は無いからな。」
確かに、この味に慣れると今後が大変そうだな。
下手をしたら何を食べても美味しさを感じなくなるかもしれない。
それにメノウが大量に渡しているがあれが全て彼らの口に入ることは無いだろう。
恐らく他にも配る所があるはずだ。
そして、総理とサツキさんも笑顔を浮かべて手を振るとマリベルの作ったゲートに消えていった。
(ん?何か忘れているよ~な~・・・。)
「ああサツキさん、カーミラを置いて行きやがった!」
重要な事を思い出して俺は急いで総理に連絡を入れるとカーミラの事を伝えた。
するとすぐにサツキさんと電話を変わってくれる。
「サツキさん!カーミラをどうするんですか!?」
『え、彼女を助けたのはユウ君よ。責任はしっかり取らないと。』
「いやいや、拉致したのはあなたでしょ。」
(アンタ何言ってんの?)
『あの時はそうだったけど私はその娘を見捨てる気だったもの。だから助けたのはあなたよ。それに総理大臣の妻である私が奴隷なんて持ってたら大スキャンダルでしょ。あの事件からまだそれほど経っていないのよ。それに色々な意味で、今はその娘を奴隷解放も出来ないでしょ。』
俺はサツキさんの正論に歯を食いしばり恨めしそうな視線を虚空に向ける。
この思いが東京のサツキさんまで届けばどんなにスッキリする事か。
(いや、笑って打ち返されそうだから止めておこう。)
「でも、それなら責任を少しは取って彼女の仕事を考えてください。」
するとサツキさんは電話向こうで「フフ」と笑う声が聞こえて来る。
どうやら既に何か考えているようだ。
『近いうちに仕事をお願いするから大丈夫よ。その時までにその子の面倒は任せたわよ。』
そう言って電話は切れてしまいこの家にまたも居候が増えた。
しかも今回はライラとの初対面の時を上回る程にお断りしたい相手だ。
しかし、拾ってしまったものは仕方がないのでしばらくの間だけ面倒を見る事にしよう。
それにサツキさんはカーミラと家に入るまでに話をしていた。
きっとそこから任せられる仕事に目星を付けていたのだろう。
そういう所は流石だと思うが俺に押し付けないでもらいたい。
そして数分後に再び腹の虫が鳴り響きカーミラが目を覚ました。
「こ、ここは・・・。はっ、私・・・生きてる!?」
カーミラは目を覚ますと自分の体を確認し生きている事に気付くと胸元の奴隷紋を確認した。
しかし、そこにはクッキリと奴隷紋が浮かんでおり、それを見てカーミラは落胆した顔で肩を落した。
それから彼女は周りを見回すと、やっと現状を思い出したようだ。
カーミラは顔を引き攣らせながら俺に目を向けると逃げる様に壁際に飛び退いた。
「元気みたいだな。それじゃ、まずはここに座ってくれ。」
「わ、分かったわ。」
彼女は素直に俺の言う事を聞くと椅子に腰かける。
そして、俺は雑炊を取り出して器によそうとそれをカーミラの前に置いた。
「敵の施しは受けないわよ。」
『グルルルル~~~~!』
しかし、彼女の体はその言葉とは裏腹に目の前の雑炊を求めているようだ。
だが要らないと言うなら仕方ない。
「要らないなら俺が食べるだけだ。言っておくが我が家のルールは早い者勝ちだ。無くなってから後悔しても遅いからな。」
俺はカーミラの前にある器を取るとそれをゆっくりと食べ始めた。
すると彼女は歯を食いしばり、拳を強く握る。
恐らく敵から貰った食い物を食うなとでも言われていたのだろう。
しかし、それは過去の事だ。
先程スピカが言ったように現在のカーミラは俺の奴隷となった時点で全ての命令を取り消している。
形の上では俺の奴隷で危害を加えられないがそれ以外は自由に行動できる。
「言い忘れていたがな。」
「何よ!」
カーミラは鋭い視線を向けて来るが俺は気にせずに言葉を続けた。
「お前は現在、俺の奴隷になっている。」
「はあ。何言ってんの。そんな事出来るわけないでしょ。奴隷の契約者も居ないのに!」
俺はカーミラを見て溜息をつくと手に持つ器と箸をテーブルに置いた。
「なら、どうしてお前は生きているんだ。お前の主はあの状況で気が変わってお前を生かす様な優しい人間だったのか?」
すると彼女は暗い顔で俯いてしまった。
しかし、そんな彼女のお腹は『ぐぎゅるるる~~~!』と音を奏でる。
なんだか次第に酷くなっているような気もするが気のせいではないだろう。
仕方ないので俺が主である事を示す必要がありそうだ。
「カーミラ。」
「今度は何よ?」
「命令だ。これを食え。」
俺は程よく冷えた器を渡すとレンゲを添えて渡した。
「だから要らないって言って・・・あれ。体が勝手に動いて・・・。もしかして本当に・・・。」
「言ってるだろ。お前の主は俺だ。だからお前の生殺与奪は俺が握っている。それと同時に衣食住も保証しないとけないからな。だから命令は解除するが飯を食え。」
するとカーミラは俺と器を交互に見るとその目から涙がこぼれた。
そしてレンゲを取ると器に入った雑炊を泣きながら口に運び始める。
「・・・ごめんなさい。本当は凄く食べたかったの・・・。ごめんなさい・・・」
彼女は涙を流しながら謝罪を口にして雑炊を食べきった。
俺は更に追加で雑炊を入れるとその後も食べ続け全てを食べきると腹が膨れたのか満足そうな表情を浮かべる。
するとその顔は年相応に肉付きが良くなり、手足の細さも解消された。
手を見れば先ほどまでダブついていたグローブも内側から押されて張りを取り戻している。
どうやらサイズは合っていたようだ。
恐らくはまだ本人は気付いていないのだろうがさすがはメガロドンの肉の出汁が染み出した雑炊だな。
これだけ回復するとは驚いた。
「落ち着いたか?」
「はい。美味しいご飯をありがとうございました。それで、私はあなたの奴隷として何をすれば良いのですか?」
なんだか先ほどまでの言葉遣いとは違い丁寧な物になっているな。
表情も変化しなくなってまるで感情を殺しているようだ。
そういえばメノウも最初はこんな感じだったな。
と言う事はこれは主用の演技と言う事か。
それならまずは出来る事でも聞いてみよう。
「それなら何が出来るか教えてくれ。」
「料理に掃除、それと・・・夜伽も・・・できます。戦闘は得意ではありませんが白魔法はレベルを10まで上げています。少しはお役に立てると思います。」
俺はカーミラの言葉に頭を掻きながらメノウに視線を向ける。
すると彼女からは端的な回答が返って来た。
「家の事は私とクリスで十分に足りています。」
「なら夜伽で・・・いえ何でもありません。」
彼女がメノウに家の中の仕事が無いと言われたので俺の夜の相手を名乗り出ると周囲の女性陣から一斉に威圧が巻き起こりカーミラは大人しく引き下がった。
(いや、俺自身も候補にすら上げる気はないからそこまで威圧しなくても良いんだけど。)
「なら、白魔法で戦闘の支援でも出来ます。接近戦は棒術を少し使える位ですが。」
「いや、おそらく全員、白魔法は高レベルで習得してるから要らないな。もしもの時はポーションもあるから。」
「し、しかし、奴隷は働かないとご飯も食べられません。このままだと私は遠くない内に餓死してしまいます。今日お情けでいただいた物も10日ぶりのまともな物だったのです。お願いします。私に生きろというなら仕事を下さい。」
カーミラは必死に懇願して来るが俺は冷静に一つ一つ教えていき、同時に確認を行う事にした。
彼女はここに送られて来ただけなので日本についての知識が無いのだろう。
それに先程までの姿とこの必死さに俺の知識との齟齬を感じる。
「さっきも言ったがお前の衣食住は俺が保証する責任がある。俺は奴隷についてそう聞いているが違うのか?」
以前、俺がライラに奴隷制度を聞いた時はそんな事を言っていた。
そのため奴隷と言ってもそれほど待遇は悪くない物だと思っていたが違うのだろうか?
「そんなのはただのまやかしです。私の前の主は必死に働いても貰えるご飯なんて掌よりも遥かに小さいパンが一切れ、肉なんて食べ終わった後の骨を貰えれば良い方でした。魔法も禁じられていましたから水すら自由に飲めません。だから、お願いします。何でもしますから。」
それで必死なのか。
でもそれとココを一緒にされると困る、というよりも迷惑だ。
だがそんなに仕事が欲しいなら丁度いい仕事がある。
「まず先に言っておくがこの家では毎日3食ちゃんと食べられる。逆に故意で食べさせていないと虐待として捕まってしまう。だから食事の心配は要らない。」
「ほ、本当にですか?」
「本当だ。」
どうも彼女の今までが酷かったためか俺の信用がない。
俺の言う事を疑っている様で疑惑の目を向けて来る。
恐らくは最初は良くても何時か再び突き落とされると思っているのかもしれない。
しかし、それも時間を掛ければ解消されていくだろう。
それまで家に居るかは分からないが。
「ああ。それとお前には専用の部屋も与えるからな。」
「部屋?牢屋ではなく?」
「ああ。今度ベッドも買うから買い物に行くぞ。」
「ベッド・・・。」
「あと、家には幾つか共同のルールがある。それは後でメノウにでも聞いてくれ。」
「共同のルールですか?奴隷用のはないのですか?」
「言っておくがこの国に奴隷という制度はない。お前が今も奴隷なのは信用が無いからだ。お前の国と友好な関係を築くかお前が俺達に信用されれば解放される。覚えておいてくれ。」
するとカーミラは目を見張り俺を見詰めて来る。
そして、掠れる声で心の中の声をポツリと零した。
「そんな夢物語の様な事が・・・。」
「あるから言っている。だがそれまでは奴隷のままだから忘れるなよ。それとお前の仕事だが。」
俺がそう言うと彼女はゴクリと唾を飲み込み緊張した顔で見詰めて来る。
しかし、別に無理な仕事をさせようと言う訳ではない。
魔物の群れに突撃したり、強敵を一人で討伐したり・・・。
(それは俺がよくやる事か。)
まあ、それに比べれば簡単な仕事だろう。
「この町は結界石がまだ設置されていない。だから夜に町を回って安全の為に魔物を狩るグループがある。そこで仕事をしてもらう。おそらくローテーションを組んでるから2~4日に一度くらいだろう。やる気があるなら紹介してやるがどうする。」
「やります!やらせてください!」
「なら、後で紹介しに向かうからまずは顔を洗って来い。メノウ、風呂場まで案内してやってくれないか。それとまともな服を着せてやってくれ。」
「分かりました。」
そして俺は自警団にカーミラを紹介する事に決めた。
あそこは前衛を優先して回復職が不足しているので白魔法がレベル10なら十分に役に立てるはずだ。
問題は見た目と年齢だが、そこはどうにか納得してもらうしかない。
そして、準備が整うと俺はカーミラを連れて自警団の詰め所へと向かって行った。




