79 メガロドン実食
俺は立ち上がるとクリスの様子を見に行った。
肉もそれなりに切りにくかったので包丁で切れているか心配だったが問題なさそうだ。
彼女は自分で持ち込んだ包丁を手に肉を薄切りにしている。
どうやらその手にしている包丁はミスリル製のようで、光を放っている所を見ると魔力を注いでいるのだろう。
横には幾つもの鍋とコンロが用意されているので今日は鍋物にするようだ。
俺は顔を覗かせるとクリスに手伝いはいるか問いかけた。
「何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。もうじきメノウさんも戻って来てくれますから。あちらでお待ちください。」
そう言われると仕方ないので俺は席に戻る事にした。
すると丁度ベルが鳴り、アキトたちがやって来たようだ。
俺は玄関に向かい扉を開けると彼らを部屋に招き入れた。
「もう少し準備に時間が掛かるから部屋で待っていてくれ。」
「そうさせてもらう。それで、解体は済んだのか?」
「ああ、それで少し話がある。アキトはこっちに来てくれ。」
俺はアキトと共にソファーに腰を下ろすと先ほどの事を話した。
ドワーフ製の武器は魔力の通りが良いので彼には最も適しているだろう。
どうせ一緒に行くのは確定なので早い段階で話を通しておいた方が計画も立て易い。
それに総理の事だからまた何か言い出すかもしれないからな。
「確かにそれは良いアイデアだな。俺とも相性が良さそうだ。」
「ああ、それで年が明けて問題なければドワーフの国に行って武器を作ってもらおうと思う。フレアが紹介をしてくれるらしいから門前払いは無いだろう。最悪そこで何か良い武器を買っておけば今後で必ず役に立つはずだからな。」
「だが、今後の状況を見てからになるな。アンデットの対応が終われば問題ないだろうが・・・。」
そして打ち合わせを終えた俺は話を盗み聞きしている二人に目を向けた。
そちらには連絡もないのに既にここにいる総理とサツキさんが立っており、とても気持ち悪い・・・ゴホン。
良い笑顔を向けていた。
どうやらマリベルが気を利かせて迎えに行ってしまったようだ。
わざわざ気配を消して盗み聞ぎしていたので興味があるのだろう。
「聞いてたと思いますがどうしますか?」
「儂らも付いて行くぞ。外交は儂の重要な仕事じゃからな。」
「玩具を買いに行くんでしょ。私も付いて行くわ。」
(いえ、武器は決して玩具ではありません。)
「それは構いませんが他に連れて行きたい人がいるんじゃないですか?」
俺としてはその可能性が高いと思い先に言っておいた。
これで彼らも言い易くなるだろう。
「分かっておるな。実は儂らが懇意にしている鍛冶師を一人連れて行きたい。」
やっぱりそうか。
この一家はどうも専用の武器を使っている様に思えた。
それにこの現代に小太刀とは言え刀を手に入れるのは容易くはない。
誰か専用の職人を抱えているだろうと思っていたが当たりだった様だ。
「それなら構いませんけどあちらでの交渉はそちらでしてくださいね。」
「分かっておる。ドワーフの趣味趣向はこちらにも情報があるからな。」
どうやら今回も大所帯になりそうだ。
移動手段はアキトが準備してくれるだろうから問題は無いだろう。
今回は急ぎではないので準備も万全で行けるだろうしな。
そして俺達が新年の計画を立てているとメノウとクリスの声が部屋に響き渡った。
「皆さ~ん。」
「準備出来ましたよ~。」
すると作業場にしていた扉が開き、そこからホロが駆けだして来る。
そして、その後ろからはライラ達が続き、のんびりと席に着いた
テーブルも椅子も先日のクリスマスの時に予備を購入しているので自衛隊組に総理達を加え、精霊組とは別れて座ってもらっている。
これで喧嘩は起きることは無いだろう。
特にオリジンが暴走するとヒムロ達に死人が出そうだ。
そして席に着くとそれぞれのテーブルに少しの野菜が入った皿が置かれ、その横に何倍にも盛られた肉が置かれた。
するとそれぞれのテーブルで食べ始めたにも関わらず、全員が野菜には目もくれず揃って肉に手を伸ばして茹で始める。
そして俺のテーブルではしゃぶしゃぶの様に沸騰させないように弱火で茹で始めた。
しかし、何時まで経っても肉の色が変わらず仕方なく火力を強火に変える。
流石メガロドンというべきか、死んでも熱に対する耐性が高いようだ。
そしてやっと肉の色が変わって来たのでまずはレアでいただく事にした。
出汁は以前に作った橙のタレと、ゴマダレとポン酢を使っている。
そしてまずはゴマダレを付けて口に入れると、まるで口の中で肉がほどけて消えていくように胃の中で消えていった。
「え!?肉が消えた!」
(いや!俺の喉に肉が通過した感触はあった!味わう前に飲み込んでしまったのか・・・。)
しかし、口に残った余韻だけでも信じられない程の旨味と幸福感が押し寄せて来た。
ハッキリ言ってこれを噛んで味わう事に恐怖すら感じてしまう。
俺は更に肉を取り、茹でてタレを付けた。
今度は意識しながら口に運びしっかりと口を動かす。
すると肉からは肉汁と共に旨味が溢れ出し、薄切りとは思えない味の重厚感が襲い掛かって来た。
(う、美味過ぎるだろ!)
今も油断をすれば口の中の肉を飲み込んでしまいそうだ。
そして、しっかり味わうと俺は肉を飲み込み余韻に浸った。
しかも飲みこんだ肉は胃の中で仄かに熱を放ちポーションを飲んだ時と同じように体を癒してくれているようだ。
流石、内臓がポーションの材料になるだけあって肉を食べただけでも効果を感じることが出来る。
そして他のテーブルでは既に戦うように肉を取り合っている。
見ればアキト達の箸は魔力に包まれているので魔刃を使っているようだ。
しかし、それだとミズキとフウカが食えないだろうと見てみると彼女たちの前には数本の切られた箸が転がっている。
しかし、今は同じ様に箸に魔力を纏っているので気合で魔刃を習得したのだろう。
凄い執念だがこの肉を食べると体の調子が良いので確実に美容にも良いはずだ。
あの情熱が戦闘に向くと凄い成長をしそうだが情熱の方向は人それぞれなのでそれは無いだろう。
そしてオリジンのテーブルを見れば、全員が静かに鍋を突いている・・・様に表面上は見える。
しかし、魔素感知を使えば彼らの周りには膨大な魔素が渦を巻き、互いに牽制し合っているようだ。
(頼むから家を壊すなよ。)
恐らく、あの魔素が暴走してしまえばこの家どころか周辺が吹き飛ぶ事だろう。
そして空から見れはその爆心地が我が家である事は明白だ。
そうなれば俺も生きている自信は無いのでもう少し安全に食事をして欲しい。
しかし、何が切っ掛けで爆発するか分からないので声も掛けられない。
いつも通りに食事をしているのはこのテーブルくらいだ。
ただ、いつもホロとメノウの食事が戦いの様相なので別に落ち着いた食事風景と言う訳ではない。
ただ、スキルまで使ったり魔素が渦巻いてないだけだ。
しかし、それだけでも十分平和に見えるのは今のこの状況が異常だからだろう。
そして、肉がもうじき無くなろうという所で家の庭に愚か者が現れた。
「ここにディスニア王国で指名手配になっている罪人ライラ・リディアが匿われている事は分かっている。観念して罪人を差し出せ。そうすれば今日は大人しく引き下がってやる。」
俺は食事をしながら外を見やると4人の人間が庭に立ち、こちらへ叫び声を上げていた。
近所迷惑だから止めて欲しいが先程声を出した者は剣を抜いて上段に構えを取る。
そして剣には魔力が収束し何かの準備をしているようだ。
しかし、窓際の席に座るオリジンたちは食べるのに夢中でまったく動こうとはしない。
そして外の連中は俺達から何も反応がない事に怒りを感じたのか、呆気なく剣を振りおろした。
すると剣線に沿った風刃が発生し真直ぐにオリジンへと向かっている。
どうも魔法を込めた様には見えなかったので風の魔剣という物だろう。
しかし、その風刃は窓ガラスに直撃する瞬間に微風へと変わり消え失せてしまった。
どうやらシルフィーが風刃に干渉して消し去ったようだ。
外の者たちは消えた風刃に驚いているようだがその間に俺は立ち上がった。
「ちょっと出て来るからな。」
俺はライラに声を掛けて外へと向かって行った。
彼女は奴らの名乗りに少し顔色を悪くしている。
せっかく楽しい夕食だったのに無粋な奴等だ。
どうやってここを突き止めたのかは知らないが、ライラの表情を見て俺の中に怒りが湧いてくるのを感じる。
俺は窓を開けて外に出ると奴らに話しかけた。
「お前たちは何者だ?俺はこの家の持ち主のユウだ。」
「俺はディスニア王国で勇者に認定されたベルドだ。」
「私は聖女のカーミラです。」
「俺は従者のガイだ。」
「俺は従者のウイルだ。」
俺達は自己紹介を終えて互いに距離を空けて睨み合った。
どうやら言葉は通じるようだが俺としては奴らの言う事を聞くつもりは一切ない。
ライラを引き渡す気が全く無いというのもあるが奴等は今日は引き下がるとしか言っていない。
一度甘い顔を見せると付け上がる事は確実だ。
しかし、勇者と言っているがこいつも成長力促進のスキルを持っていると言う事だろうか?
(メノウさんや。どう思いますかな?)
(・・・・・)
(メノウさん?)
どうやら食事に夢中で全く聞いていないようだ。
この手の事はメノウが一番知っているのだが・・・。
そして見るからに俺の質問に答えられる者は居ないようだ。
ライラ以外は今も食事に夢中でこちらに意識すら向けていない。
アキト達は護衛のはずなんだがそれで良いのか?
仕方なく俺は端的に自分の考えを彼らに伝える事にした。
「そちらの要望に応える気はない。近所迷惑だから帰ってくれ。」
すると勇者のベルドは沸点が低いのか激昂し手に持つ剣を俺に向けて来た。
どうやら武力で解決するつもりのようだ。
(おっと、あちらの流儀を忘れていた。)
俺はベルドに目を向けると全力の威圧を叩きつける。
これでこんばんわの挨拶代わりくらいにはなるだろう。
「グゥ、な、何だこの威圧は。こいつ・・・雑魚じゃないのか!?」
どうやらこの勇者は大した事はなさそうだ。
俺程度の威圧に足を止めるなら、この家には怪物が揃っている。
こんなので怯んでいると食事を邪魔した瞬間に心臓が止まる程の威圧が向けられていただろう。
「貴様、罪人を守っても我が国を敵に回すだけだぞ。それでも良いのか!?」
国を敵に回す?
それは違うな。
そこだけは訂正しなければならない。
「お前たちは勘違いをしているぞ。」
「なに?」
ベルドは肩眉を吊り上げて俺を睨みつけて来る。
しかし、お前程度の威圧に恐怖を感じる事はあり得ない。
「俺が国を敵に回すんじゃない。お前らの国が俺を敵に回してるんだ。分かったら帰れ。今日は客がたくさん来てるんだからな。」
するとベルドはニヤリと笑みを浮かべ従者二人に目配せをする。
そして3人揃って一気に走り出した。
素早い判断と行動力だが本当に良いのだろうか?
その顔から何かを企んでいるのは明白だが俺は木刀を取り出し、わざとそこだけを魔刃の様に覆う。
「魔刃は使えるようだな。しかし、そんな武器で俺の剣が止められるか。」
そしてベルドの予告通り、奴の魔剣は魔装を突破し、木刀を切断して俺に襲い掛かる。
だが、それは既に分かっていた事だ。
俺が知りたかったのはベルドの持つ剣の性能なのだから。
(あちらから良い武器が来てくれて助かる。)
そして俺は余裕を持って攻撃を躱すと鉄拳でその顔を殴り付けた。
「グフッ」
『鉄拳のレベルが5に上昇しました。』
その一撃が綺麗に顎に入りベルドは足をふらつかせ後ろへと下がった。
しかし、そこで攻撃を止めるほど俺は甘くない。
俺は飛び上ると頭頂部から蹴りを見まい、奴を地面に沈めた。
すると奴は剣を手放し、地面に頭を埋もれさせて動かなくなる。
どうやら脳が激しく揺さぶられて意識を失ったようだ。
俺は意気揚々とベルドの使っていた剣を拾いアイテムボックスに仕舞った。
「ギャーーー!」
すると先ほどの従者の悲鳴が聞こえ、そちらを見ると部屋から二人が飛び出し地面に倒れ込んだ。
しかしその体は満身創痍でボロボロだ。
ガイは体中を切り裂かれ大量に出血している。
恐らく魔刃による攻撃と思われるがアキトたちは武器は手にしていない。
しかし、その手に持つ箸には強い魔刃の光が宿っているので恐らくあれにやられたのだろう。
そしてもう一人のウイルは両足に石の槍が突き刺さり、その手は炎に焼かれている。
体は風に切り裂かれ、口からは溺れた後の様に水を吐き出していた。
これが原因で飛び出して来た時に悲鳴が一人分だった様だ。
恐らく彼は愚かにも精霊王たちに襲い掛かったのだろう。
存在が残っているのでオリジンが手を出さなかったのがせめてもの救いだ。
しかし、俺は客が来ているとは言ったが弱いとは一言も言っていない。
あの二人は俺を迂回して部屋に飛び込んだが見ての通り返り討ちにあったようだ。
俺は二人を放置して聖女と名乗ったカーミラに歩み寄った。
彼女は俺が近寄ると腰を抜かし恐怖に顔を染めている。
しかし、最初に攻撃を仕掛けて来たのはこいつらだ。
それにこの女は一切止める素振りすら見せなかった。
同罪に扱っても問題ないだろう。
「お、お願い。・・・助けて。」
「ダ~メ。」
しかし同罪と言っても本気で殴る程にはコイツに怒りは感じていない。
俺は彼女の前にしゃがむとその額にデコピンを放った。
「!!!イッターい!何よこれ。ちょ・・・まって。お願いもう許して!」
「ダ~メ。」
俺は更に数回デコピンを放ちカーミラに制裁を加える。
2回目からは本気で泣いているがその程度ではこいつらの罪は消えない。
ライラにあんな顔をさせた罪は重いのだ。
その後3回4回と行い、俺は手を止めた。
「反省したか?」
「は、はい。はん・せい・・しました。だ・だから・・もう・・・許して・・く・ださい。」
かなり手加減はしたが彼女は回復職なのだろう。
戦士と違いその手の強化系スキルを取っていなければ、それだけで物理ダメージには弱くなる。
別にこのまま脳を破壊して殺したい訳ではないのでそろそろ良いだろう。
俺は更に尋問スキルを使い質問も開始した。
「お前たちはどうやってここに来た?」
「こ、このアーティファクトで転移してきました。大量の魔石と引き換えに使用可能です。」
そう言って彼女は首元から赤い石の嵌ったネックレスを取り出した。
どうやら相手の心を折って尋問するとスキルの効きが良いようだ。
抵抗も見せずペラペラとしゃべってくれる。
「もうじき作戦の成否に関わらずこのネックレスを起点にして回収の為の魔法陣が浮かびます。」
すると彼女の言う様に宝石が光りその足元に魔法陣が浮かんだので回収が始まったようだ。
俺は彼女をその場に残すと残りの3人の所に向かい、魔法陣に放り込んでいった。
これで全員帰れるだろう。
しかし、ここで一人予想外の行動に出る者が現れた。
「ユウ君は甘いわね。相手の情報を聞き出すために一人は残しておかないと。」
そう言ってサツキさんはカーミラの前に立つとネックレスを引き千切り彼女を片手で抱えると魔法陣から飛び出した。
その直後に魔法陣は激しく発光しベルドたちの姿は跡形もなく消えてしまう。
すると突然の事にカーミラは「え?」と声を漏らし呆然と消えた仲間が居た場所を見詰めた。
そして彼女の横に居るのはいつもの朗らかな笑みのサツキさんではない。
戦士の様な鋭い目をし、強烈な威圧を放つ鬼神である。
カーミラはその目を見た瞬間に射すくめられ下半身を汚す事になった。
「あ、あの・・殺さないで・・・ください。」
そしてカーミラは一瞬で心を折られてしまい命乞いを始めた。
するとサツキさんの表情は和らぎ手を差し伸べて笑顔を浮かべた。
ただ、俺にはこれが悪魔に見えるのは気のせいではないはずだ。
「あなたが私達に協力してくれるのなら丁寧に扱ってあげるわ。その意味が分かるわね。」
「は、はい。絶対に逆らいません。何でも聞いてください。」
そしてサツキさんは彼女の答えを聞くと連れて中へと入って行った。
俺はそれを見送ると溜息を吐いて後ろに続いて部屋に入って行く。
しかし、こうなると彼女はあちらでどのような扱いになるのだろうか?
ただ国の為に頑張ったライラを罪人とするような国なので良くて死亡扱い。
悪くて裏切り者にされるのではないだろうか?
まあ、その時はサツキさんが面倒を見てくれるのだろう。
俺の所に来ても絶対に住まわせる気はないのでそれだけは伝えておこう。
まさか情報を聞き出した後に殺して処分したりはしないと信じたい。




