75 クリスマス・イヴ
パーティーは次第に終了が見えて来た。
既に日は沈み空には星と月が輝きを放っている。
しかし、このパーティーではもう一人やらなければやらない事を先延ばしにしている者がいた。
先程からタイミングを計っているようだがいまだに行動に移しておらず、そこにいつもの凛々しい男の姿はなかった。
俺はそんな男の傍に行き声を掛ける。
「アキト、そろそろ渡さないと今日が終わるぞ。」
「あ、ああ。しかし、なかなかタイミングがな。」
確かに先ほどからアスカには父親のシロウさんが張り付いている。
まるでアキトとアスカの邪魔をしているようだ。
これについてはどうやらサツキさんもツバキさんも助けるつもりはないらしい。
確実に気付いているのは確かなので恐らくはこれ位の障害は自分でどうにかしろと言う事のようだ。
ならばここは俺達が一肌脱ごうではないか。
そう、これは人助けだ。
アキトやアスカに対してもそうだがシロウさんが馬に蹴られては大変だ。
そうなると善は急げというので俺は即座に視線をライラ達に向ける。
すると彼女達も事情を知っているのですぐに行動に移してくれた。
まず、ライラ、アリシア、アヤネがアスカに声を掛けた。
「一緒にケーキを食べましょ。」
「私とこっちでお茶をいたしましょ。」
「あっちでみんなとゲームでもしよ。」
そして、アスカもこちらの意図を察してすかざず分身体を作りそれぞれが3人に付いて行った。
それを見て当然シロウさんは驚愕に目を見開いた。
「なに!?」
「「「ちょっと行ってきます。」」」
当然アスカは日本に帰って来てからすぐにこちらへ来たのでシロウさんは彼女のスキルについては知らなかったのだろう。
そして茫然とするシロウさんを置いて彼女たちは散って行き、アスカは密かに部屋を出ていった。
ちなみにアキトは既に部屋から抜け出している。
もし、アスカの後に出た場合、彼は分身が使えないので当然怪しまれてしまっただろう。
その辺は慣れている様でこちらが何も言わなくても動いてくれた。
あれぐらいの行動力を発揮すれば先ほどの状況もどうにかなったと思うが誰しも苦手な事はある。
そこを助け合うのが仲間と言う物だろう。
(まあ、今回は貸し一つとしておこう。)
そして、二人はマリベルが即席で作り出した部屋に二人きりだ。
部屋はワザと小さめに作り二人の距離が縮まる様に細工してある。
これだけ手を貸せば俺達の出番は終わりでいいだろう。
そして俺達が部屋に戻ると驚きから立ち直ったシロウさんがアスカを探していた。
その必死具合から、どうしても二人のプレゼント交換を阻止したいらしい。
彼も妻帯者なのでアキトの苦労は分かるだろうに親とは変わった生き物だ。
俺も親になったらあんな感じになるのだろうか?
しかし、俺の強化した聴覚が小さな声を聞き取った。
「秘技、新月・・・」
そして少しするとシロウさんはアスカを探しつかれたのかその場で深い眠りに着いてしまった。
しかし、俺の目には鬼炎を吐き出すサツキさんという般若がシロウさんを滅多打ちにする姿が見えた。
どうやら彼は、馬ではなく鬼に襲われることになったようだ。
サツキさんも俺の視線に気付くと笑みを浮かべて元居た場所に戻っている。
ちなみに倒れたシロウさんは笑顔のツバキさんに掴まれてソファーまでズルズルと運ばれていった。
その姿に哀愁を感じないわけではないが確実に自業自得なので掛ける言葉が見つからない。
しかし、今日の事もアスカの晴れ姿を見ればきっと良い思い出に変わるだろう。
そして、再びみんなで集まると穏やかな会話に花を咲かせるのだった。
その頃、アキトとアスカは向かい合って無言を貫いていた。
二人とも異性を意識してプレゼントを渡すのが初めてであるため、最後の一歩が踏み出せないようだ。
しかし、この機会を逃せば今日渡す事が不可能になるかもしれない。
それはアキトよりも父親であるシロウの性格を知るアスカの方がよく分かっていたようだ。
そのため先に一歩を踏み出したのはアスカである。
彼女はマフラーを取り出すとそれをアキトの前に差し出した。
「は、初めて作ったから・・・上手には編めなかったけど、良かったら使ってください。」
アキトは恥ずかしそうにそれを受け取り一瞬だけ全体を確認し笑みをこぼした。
確かに本人が言う様に編み間違いが数カ所と全体的に偏りがある。
しかし、それを上回る思いを彼は感じる事が出来た。
そして同時にアキトは初めて、好意という形の無いモノに触れられた気がした。
その感触は胸を温め奥底から喜びと力が沸き上がるのを感じる。
(これが時々見せるユウの原動力か。確かに納得できる感覚だな。これを守るためなら必死にもなれるというものだ。)
そしてアキトはマフラーを受け取るといつもの厳しい顔を笑顔に崩しながら首に巻いた。
それを見てアスカの顔にも次第に笑顔が戻って来る。
しかしこの後、アスカの予想していなかった事態が巻き起こった。
「ありがとうアスカさん。俺からもお返しがあるから受け取って欲しい。」
「え!?」
そう言ってアキトは同じくマフラーを取り出した。
しかし、それにアスカは驚き目を丸くする。
どうやら、お返しがあるとは思っていなかった様だ。
するとアスカの顔を見て不器用に軽く笑うと、アキトはマフラーをアスカに巻き付けた。
「俺も初めて作ったからあまり上手くないけど、使ってくれると嬉しい。今は任務中であまり一緒に入れないかもしれないが何時かきっと・・・。」
「きっと・・・?」
アキトは顔を真っ赤にしてしまい声が止まる。
そんなアキトにアスカは同じく顔を赤くして問いかけた。
そして既に近い距離がさらに近づいたところで天使の悪戯が二人の背中を押した。
「!!!!!」
「!!!!!」
それはまさに一瞬の事だったが常人よりも遥かに感覚の鋭い二人には確かな時間だった。
その途端アスカは更に顔を赤く染め唇に手を当てアキトは周囲へと視線を走らせる。
するとアキトの頭に直接声が届いた。
(メリークリスマ~ス。天使からのサービスで~す。)
それは確かに以前も聞いた事のあるメノウのものだった。
そしてアキトはメノウを問いただそうと思考が働くがそれは目の前のアスカによって止められる。
「あ、あの・・・。アキトさん。い、今のは。えっと。」
その顔を見ればアキトでなくても混乱している事が一目で分かる。
その為、アキトの思考は瞬時に切り替わり、ここから離れるという選択肢を切り捨てた。
しかし、まさかメノウの悪戯とは言えず、証拠は自分にしか聞こえていないであろう声だけだ。
そしてこの時点でアキトの取れる選択肢とはたった一つに集約されてしまっていた。
(覚えてろよあのクソ天使。いつか仕返ししてやるからな。)
(私には見えますよ。あなたが私に涙して感謝する姿が。)
(うるさい、早くユウの所にでも帰れ。)
(フフフ、ごゆっくり~~~。)
アキトはメノウに対し心の中で盛大な溜息と歯軋りをした後にアスカに視線を落とした。
そして極限の緊張の中で慣れない言葉を紡ぎ始める。
「えっと、その。さっきの言葉の続きだが・・・。」
「はい。」
「いつかきっと・・・。いや違うな。」
アキトはここで言葉を切り別の言葉を探した。
『いつか』などと自分には消極的すぎると感じたからだ。
それにこんな事を言っている様ではサツキさんに殺されてしまう。
その結果、彼が選んだ言葉が部屋に響きアスカの耳へと届いて行った
「必ず君を幸せにして見せる。」
するとアキトは緊張から時間が引き延ばされ、全ての音が止んだ様に静まり返る。
その時間はアキトの胸を締め付けたがそれは次の瞬間歓喜に変わった。
「はい、お待ちしています。」
そう言ってアスカはアキトを抱きしめアキトもそれに応えて抱きしめ返した。
そしてドラマの1シーンの様なやり取りの末、ここに一つのカップルが生まれる。
だが、この感動的な瞬間を見ていたのがこのパーティーの参加者全員である事を二人が知るのはずっっっっと先の事である。
実はこの部屋の映像はオリジンによって中継され全員の知る事となっていた。
ただ一人、シロウだけは意識が無くこの事を知らなかったのは二人にとっては僥倖だろう。
もし知っていれば、今後は今日よりも激しい妨害を行ってきたかもしれない。
そしてアキトとアスカがパーティーに戻ってくる頃には映像は消え、口止めも行っており何食わぬ顔で全員が談笑をしていた。
あえて違いをあげるなら二人へ向かう視線が暖か味を帯びている事だろうか。
だが二人は悪意の籠った視線には鋭いが今の様な視線には鈍感であった。
その為、見られている事にはほとんど気付かずにパーティーを過ごす事になる。
そして暫くすると二人の前にカエデがやって来た。
彼女は表情を動かす事なくアキトとアスカを見上げるとその首元に視線を固定した。
実は、カエデは表情があまり動かないが感情は豊かな娘である。
ただそれを表に出さず顔にも出さない。
その為アキトも最初は苦労したが今では視線や動きから何となくわかるようになってきた。
ちなみにカエデが表情を見せるのはアキトと暮らす部屋の中だけである。
アキトはいずれは外でもそうなって欲しいと考えているが今のところその目途すら立っていない。
そして今は二人のマフラーを見て、自分に無い事を残念がっているようだ
それを見てアキトはカエデの内心を察するとマフラーを取り出しカエデの首に巻いてやる。
「ちゃんとカエデのも準備してあるからな。これで3人お揃いだ。」
するとその目に喜びの感情が浮かび左手にアキトの手を取り右手にアスカの手を取った。
まるで親子の様なその姿に周りからも笑顔がこぼれる。
そして今度はアスカが別の物を取り出した。
「私からはこれね。いつも頑張ってるカエデちゃんにプレゼント。これで空を飛んでも寒くないでしょ。」
そう言ってアスカはミトンを取り出しカエデの手に被せるとその手を再び繋いだ。
それを見てカエデの口元が微かに綻ぶ。
アスカとアキトはそれに気付くと同じく笑みを浮かべた。
そしてパーティーは暖かい空気に包まれたまま終わり全員が解散する時間になる。
帰りも当然マリベルのゲートが使われシロウさんは最後まで起きる事無くツバキさんに引き摺られていった。
子供たちが少し引いているのでもう少し優しく運んであげて欲しい。
聖夜だというのに子供がトラウマを持ったらどうするというのだろうか。
その後、アキトたちも帰って行ったが彼らは近所に住んでいるので送る必要はない。
サツキさんに負けたので結婚こそ許されていないが恋人までは問題なさそうだ。
恐らくはアキトは新たな武器を手に再戦する事になるのだろう。
今思い出してもサツキさんの強さは凄かった。
もう一度やっても今はまだ勝つ事が出来ないだろう。
俺ももっと鍛えて強くならなければならない。
そして風呂から上がり自分の部屋に向かった。
考え事をしていたのもあり油断がなかったと言えば嘘になる。
しかし部屋に入るとそこには3人の少女が待ち構えていた。
俺は咄嗟に部屋を見回し自分の部屋である事を確認する。
「あの、ここは俺の部屋だよね。」
すると3人はコクリと同時に頷いた。
「今日は恋人たちが思いを遂げる夜なんでしょ。だから・・・」
「私も今日は本気です。だからお願いします。」
「私も後悔はしたくありません。以前のあの男の様な人がまた現れる前に、好きな人と一夜を過ごしたいです。」
どうやら彼女達は並々ならなぬ思いでここに来たようだ。
なら俺も男としてその思いを受け止める責任があるだろう。
ずっと先延ばしにして来たが断る理由も逃げる理由も今はもうない。
ユウは扉を閉めると彼女達と共に聖なる一夜を過ごすのだった。




