73 命を賭けた訓練
今回は小手調べなんて言っていたら本当に殺されてしまうので俺は速度を生かして一気に接近した。
しかし俺の先見に反応があり危機感に従い腰を落す。
それでも避けきれなかった髪が何かに切断されて宙を舞った。
『水耐性を習得しました。』
『水耐性のレベルが2に上昇しました。』
『水耐性のレベルが3に上昇しました。』
『水耐性のレベルが4に上昇しました。』
『水耐性のレベルが5に上昇しました。』
『黒魔法耐性のレベルが7に上昇しました。』
『黒魔法耐性のレベルが8に上昇しました。』
『黒魔法耐性のレベルが9に上昇しました。』
『黒魔法耐性のレベルが10に上昇しました。』
『先見のレベルが7に上昇しました。』
『先見のレベルが8に上昇しました。』
『先見のレベルが9に上昇しました。』
『先見のレベルが10に上昇しました。』
まさかいきなり命を狙って来るとは思わなかった。
しかし、この考え自体が油断なのだろうな。
レベルアップした内容から考えて極細の水刃を正面に設置していたのだろう。
あのまま進んでいれば首が落ちていた。
「速いからと言って真直ぐ向かって来るだけだと簡単に裏をかかれるわよ。相手があなたの戦闘スタイルを分析している可能性もあるのだから。」
もっともな意見だ。
先日のエルフの国では俺達の事を知られる前に短期間で決着を付けた。
だが俺の千里眼のスキルの様に遠くを見る事が出来る者がいればこういった対処を取られるかもしれない。
今の様に狡猾な所は今まで戦った魔物には無かった。
デーモンは自身の力に過信していたので勝つ事が出来たが目の前のサツキさんにはそれが無い。
そして今度は俺が足を着こうとした地面が僅かに沈んだ。
それは1センチ程度だがバランスを崩すには十分な深さだった。
するとサツキさんはそれに合わせて間合いを詰めて首に木刀を振って来る。
このままでは殺されてしまうが俺は魔装を纏い木刀を間一髪で受け止めた。
「ユウ君、あなたはもっとスキルを使うべきよ。そうしないといつか手遅れになるわ。戦闘は殺し合いよ。手を抜いていると思いがけない事で自分の命も仲間の命も危険に晒すわ。それを常に意識しておきなさい。」
そしてサツキさんは言葉と共に後ろに飛んで距離を空け構えを取った。
どうやらもう一度仕切り直しの様だ。
俺は魔装を纏ったまま再び突撃をする。
しかし、俺は地面ではなく以前の様に天歩の要領で空を蹴った。
これは足場対策の他にもう一つ利点がある。
俺は危険察知で前方に何かがあるのを感じ立体駆動で減速せずに躱して行く。
しかも今度は先ほどと違い複数の水刃が置かれているようだ。
俺は避けるのを諦め全ての水刃を木刀で切り裂いていった。
『罠発見を習得しました。』
『罠発見のレベルが2に上昇しました。』
『罠発見のレベルが3に上昇しました。』
『罠発見のレベルが4に上昇しました。』
『罠発見のレベルが5に上昇しました。』
『魔素感知のレベルが2に上昇しました。』
『魔素感知のレベルが3に上昇しました。』
『魔素感知のレベルが4に上昇しました。』
『魔素感知のレベルが5に上昇しました。』
すると罠発見スキルを覚えた事で明確に水刃の場所が分かるようになり、魔素感知スキルのおかげでその場所の魔素の乱れが目で見える様になった。
それで見ると狙ったように綺麗に一本の道が出来ているのがみえる。
しかし、そこには更に別のトラップが仕掛けられておりどう見ても誘導の為に道を作っているようだ。
なら、ここは敢えて正面突破しかないだろう。
(スピカ。斬撃、刺突、打撃強化をレベル1にしてくれ。)
『分かりました。』
『斬撃強化を取得しました。』
『刺突強化を取得しました。』
『打撃強化を取得しました。』
俺は今まで強化系の取得をしてこなかったがまさか魔物ではなく人相手に必要になるとは思わなかった。
俺は魔装を纏ったまま水刃に向かい強化した斬撃で切り裂いていく。
そして間合いに入るとサツキさんも一歩踏み込み自分の間合いに俺を捉えた。
「やっと来たのね。来る気が無いのかと思ったわ。」
「あんなに罠を設置しておいてよく言いますね。結局、正面突破になってしまいましたよ。」
「でも、もう気付けるようになるなんて若い子は成長が早いのかしら?」
間合いに入り俺は木刀を全力で振るうが未だに攻撃が届く気がしない。
速度も威力も俺が上なのに技術でいなされている。
「攻撃をするならもっと工夫しないとダメよ。そんな素直な攻撃だと出来た隙を突かれるわ。」
するとサツキさんは攻撃の間に突きを放ち俺の横腹を抉った
『刺突耐性のレベルが6に上昇しました。』
痛みはあるが俺には痛みに対する耐性がある。
これ位では止まらないが彼女は防護の合間に更に攻撃を仕掛けて来た。
「ほらほら、足が止まってるわよ。もっと動いてフェイントも使うの。」
(フェイントって言われてもどうすれば良いんだ!?)
『刺突耐性のレベルが7に上昇しました。』
『刺突耐性のレベルが8に上昇しました。』
『刺突耐性のレベルが9に上昇しました。』
『刺突耐性のレベルが10に上昇しました。』
『ポイントを使用しフェイントを取得しました。』
どうやらフェイントについて理解に苦しんでいた所でスピカが気を利かせてスキルを取得してくれたようだ。
そのおかげでそれがどういうものなのかが漠然と分かるようになった。
ようは目線の向きや腕の運び、足の向き。
威圧を使って意識が向いている所を勘違いさせる事の様だ。
「あら、出来る様になってきたみたいね。スキルって便利よね。言葉で教えるだけですぐに出来る様になるから。昔は半殺しにしても出来ない人は出来なかったのよ。」
どうやら俺の感覚は間違っていなかった様だ。
しかし、達人とはこれを呼吸の様にこなすのか。
『フェイントのレベルが2に上昇しました。』
『フェイントのレベルが3に上昇しました。』
『フェイントのレベルが4に上昇しました。』
『フェイントのレベルが5に上昇しました。』
『フェイントのレベルが6に上昇しました。』
『フェイントのレベルが7に上昇しました。』
『フェイントのレベルが8に上昇しました。』
『フェイントのレベルが9に上昇しました。』
『フェイントのレベルが10に上昇しました。』
「ほら次のステップに行くわよ。剣だけだと不意を突かれることになるわ。デーモンは戦いながらでも魔法を使って来てたわよ。」
「も、もしかしてデーモンとも戦ったんですか?」
「ええ、それなりに楽しかったわよ。今は天使になって家で働いてるわ。でも戦闘中に唱えると対応されるかもしれないから詠唱短縮のスキルがお勧めよ。そうすればこんな感じに使えるわ『1』。」
するとそれだけの言葉で俺の前に風刃が生まれ目に向かって飛んでくる。
俺は間一髪でそれを躱すが大きな隙が出来て腕と腹と腿を切り裂かれた。
『斬撃耐性のレベルが6に上昇しました。』
『斬撃耐性のレベルが7に上昇しました。』
『斬撃耐性のレベルが8に上昇しました。』
『斬撃耐性のレベルが9に上昇しました。』
『斬撃耐性のレベルが10に上昇しました。』
『高速再生のレベルが2に上昇しました。』
『高速再生のレベルが3に上昇しました。』
『高速再生のレベルが4に上昇しました。』
「不意を突けば良い目くらましになるの。たとえダメージにならないと分かっていても急所への攻撃は咄嗟に体が反応してしまうわ。相手との実力差が拮抗している時ほどこういう攻撃は有効よ。覚えておきなさい。」
そして、魔法は止んだが近接戦は激化していく事となった。
「次のステップよ。もっと剣以外にも使いなさい。今のあなたなら出来るでしょ。」
すると次第に蹴り技や打撃ザワが飛んでくるようになった。
耐える事は出来るがこの攻撃は芯に響き、俺の防御を貫通してくる。
『貫通耐性を習得しました。』
『貫通耐性のレベルが2に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが3に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが4に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが5に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが6に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが7に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが8に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが9に上昇しました。』
『貫通耐性のレベルが10に上昇しました。』
どうやら防御を突破する貫通攻撃だった様だ。
たしか鎧の上からでも相手の肉体を破壊できる技だったか。
空手か何かの奥義だったような気がするが普通に戦ってたらとっくに死んでいそうだ。
それに俺もかなり内臓が破壊された感触がある。
痛みに対する耐性が無かったら今頃行動不能になってたろうな。
一応俺自身に魔法を掛けて体内を綺麗にしておく。
感染症にはなりたくないからな。
「それにしてもあなたってタフね。これだけやるとデーモンでも死んでたわよ。ホント壊しがいがある子。でもそろそろ本気で行くわよ。」
どうやら最初の訓練という目的から俺を壊すという事に趣旨が変わってしまっているようだ。
これは本格的に命が危なくなってきたな。
「それなら俺も全力で抗いますよ。手加減できないので気を付けてください。」
(スピカ、詠唱短縮のスキルを取っておいてくれ。)
『分かりました。』
『詠唱短縮を取得しました。』
流石に格上の相手に対して手を抜くと死んでしまう。
それに俺は先ほどから防戦一方なので新たに覚えたスキルも、レベルが上がったスキルも防御に関するものばかりだ。
そのため攻めに関しては何も変わっていない。
なので俺が持つ最大の強みで攻める事にする。
俺の今の強みは攻撃でもスピードでもない。
俺はサツキさんと攻防を交わしながらチャンスを待つ。
もし最後までチャンスが無ければ俺の命も危うくなるだろう。
そしてそれからも攻撃を逸らされ隙を突かれて体を切り裂かれる。
しかし、上昇した耐性と回復スキルのおかげで致命傷には至っていない。
だが流した血が多過ぎたのか攻防の際に膝が体を支えきれなくなりガクリと大きく曲がった。
するとサツキさんは最後の一撃の為にいつもよりも大きく剣を引いた。
「楽しかったわよユウ君。」
その顔はとても楽しそうで狂気的な笑みを浮かべている。
しかしその瞬間、俺の口から短い単語が零れた。
「炎」
その瞬間、二人の間に火柱が上がる。
古き時代から人を助け、また殺して来たこの現象は勝利を確信したサツキさんを焼き、僅かな時間その視力を奪った。
しかし、俺には熱無効のスキルと精霊王からの寵愛によりダメージはない。
さらに精神耐性を全開で使っているために巻き起こった炎に臆する事も無かった。
(これが最後のチャンスだ!)
そして千里眼で炎に隠れたサツキを捕らえると全力で木刀を振り下ろした。
「うおおおおおおーーーー!」
「ふふ、良い攻撃だったけどもう少しね。秘剣、明鏡止水。」
しかし、サツキさんは目を焼かれ視力を失いながらも俺の攻撃を受け止め力を逸らした。
だがこれは先見で既に確認済みである。
俺は更に手に力を入れ瞬動で力のベクトルを無理やり変更する。
それにより縦への力が横に向きを変え木刀を横から押し込んだ。
力とスピードは俺の方が上だ。
このまま吹き飛ばせばまだ勝機はある。
しかし、次の瞬間俺は首に違和感を感じ取った。
そしてそこを見ればサツキさんの木刀が首を貫き血を滴らせている。
しかし、ここで止まる訳にはいかない。
ここで止まったら首が斬り落とされる。
『限界突破が限界突破・改に進化しました。』
『スキルポイントを使用しレベルを10に上昇させます。』
俺は急激に高まった力でサツキさんを弾き飛ばし、首が切られるのを回避するのに成功した。
その際に首の頸動脈が切れたのか大量の血が周囲へと噴き出す。
俺はそれをスキルと魔法の併用で塞ぎサツキさんに視線を向けた。
すると彼女は頭を振りながら自分の顔に手を当てて回復魔法を使っているようだ。
俺は剣を構えて警戒するがサツキさんが顔から手を離した時には表情が変わり笑顔に戻っていた。
「なかなか楽しかったわよ。訓練はこれで終了ね。」
俺はそこでようやく肩の力を抜いた。
しかし、俺が力を抜いた瞬間、俺に向けて残っていたもう一本の木刀が飛んでくる。
だが、俺は体を脱力させても油断はしていない。
あくまで肩の力を抜いただけだ。
俺は飛んで来た木刀を手で受け止めると笑顔を浮かべた。
「終わったって言ったのにキツイ対応ですね。」
「ふふ、ごめんなさい。でもいい勉強になったでしょ。」
「はい。なかなか有意義な訓練でした。」
(死にかけましたけど。)
「良かったわ。私も久しぶりに体を全力で動かせて満足よ。また今度遊びましょうね。」
そう言って彼女は嬉しそうに部屋に戻って行った。
そして今度は入れ替わる様にアリシアとジェネミーがやって来る。
「ユウさん!」
「ユウ!」
「どうしたんだ二人とも?」
俺は出て来た二人に首を傾げながら声を掛けた。
傷は治っているし服はボロボロだが、これは自分の部屋で着替えればいい事だ。
そのため二人が何故出て来たのかが分からない。
「あれを見てください。」
「あれを見て。」
二人は何故か怒った顔になって庭の一角を指差した。
するとそこには俺が起こした炎で庭と畑の一部がこんがり焼けている。
俺はそれを見て「あ・・・」と声が洩れた。
「あ。じゃありません!庭をこんなにしてしまってどうするんですか。ここを管理する者としてしっかりと抗議します!」
「抗議します!」
とは言ってもあの時はこれしか手が思いつかなかったのでどうしようもない。
一瞬の遅れが命に直結する場面だったのだ。
俺はサツキさんに援護を頼もうと視線を向けるが彼女は既に室内で談笑している。
そして俺に気付くと笑顔で手を振って来た。
(逃げやがったな~~~!)
そしてその横ではシロウさんが同じように笑顔で手を振っている。
こちらはおそらく仲間を得た喜びを感じているのだろう。
なんと薄情な一家なのか。
「ユウさん。聞いてますか!?」
「は、はい・・・。聞いてます。」
「次回から庭であのような事をする時は言ってください。マリベルに頼めば移動は簡単なのですから。」
(そうだった、それを完全に忘れていた)。
するとアリシアは俺の顔を覗き込んでジト目を送って来た。
「その顔は忘れてたって顔ですね。」
アリシアは俺の表情から心を読んで溜息をこぼすと苦笑を浮かべる。
「もう、次回から絶対に相談してくださいね。それじゃ、この事はこれで終了です。中に入ってパーティーを楽しみましょ。」
そう言うとアリシアは俺の手を引いて室内へと向かって行った。
そしてその顔には笑顔が浮かび、先ほどまでの怒った表情は消え失せている。
おれもこのクリスマス・イヴを楽しむために気分を入れ替え、アリシアに引かれるままに走り出して行った。




