69 マリベルの成長
朝になり目を覚ますと、俺は一階に下りた。
そこでは既に朝食の準備が終わっている様で焼けたパンやサラダなどが並べられている。
「おはようございます。ユウさん。」
すると俺に気付いたメノウが朝の挨拶をしてくれる。
そして最近は私服の上にエプロンを身に付けてそちらに拘っている様だ。
今日は薄い黄色のエプロンでフリルがたくさん付いていて良く似合っている。
「おはよう。昨日は大変だったな。」
「そうですね。おそらくあれだけのモノを無事に持成せる所は少ないでしょうね。次は私達のお菓子で持成せるように頑張ります。」
メノウは可愛らしく拳を握り目に気合の炎を揺らめかせる。
そしてエプロンを摘まんで強調すると期待した目で見詰めて来た。
「今日のエプロンも似合ってるよ。」
「フフ。朝一番でユウさんに褒められるのはとても嬉しいです。」
「俺も朝からメノウの美味しい料理が食べれて嬉しいよ。」
「幸せ太りしない様に気を付けてくださいね。」
そう言ってメノウが料理に戻るとキッチンからクリスも顔を出した。
どうやら彼女の朝も早い様で身嗜みも完璧に整っている。
ただ、メノウは睡眠を必要としないらしいので無理をしている様なら様子を見ながらそれとなく無理をしない様に伝えておこう。
しかし、今の彼女はやる気に満ちている様でとても良い笑顔を浮かべていた。
「おはようクリス。」
「おはようございます。」
「こちらの仕事にも少しは慣れたか?」
「はい。一つ一つが新しい事ばかりでとても楽しいです。それに美味しい料理を作る為に沢山練習をして色々食べないといけません!メノウさんがいつもたくさん食べている理由が分かりました。」
(いや、それはきっと単純にメノウが食べるのが好きだからだぞ。その証拠にあちらの大陸でも沢山食べてたしな。)
そう思いメノウを見ると腕を組んで得意げな顔をしていた。
(え、マジでそれで良いのか!?)
「当然です。あなたも私を見習い、しっかり勉強してくださいね。」
「はい!これからも色々と教えてください。」
(まあ、メノウが言うならそういう事にしておこう。クリスが太らない程度に頼むぞ。確実にこの子とお前は別の生き物だからな。)
メノウは俺の思いが伝わったようでコクリと頷いて返事を返した。
なんだか最近心を読まれるのにも慣れてきた気がするな・・・。
その後、俺は席に着くとクリスとメノウは皆を呼びに向かった。
そして全員揃い食事を始めると、俺はこれからしばらくの予定を伝える事にした。
「ここ最近は色々あったから、しばらくのんびりしようと思う。出かけるのも良いし家で過ごしてもらっても良い。俺はマリベルと少し出かけようと思う。」
するとマリベルは「わたし?」と自分を指差した。
どうやら御指名が来るとは全く予想していなかった様だ。
「ああ、マリベルは日本に来た事ないだろ。始めて来た時はオリジンが召喚で呼び出してたみたいだし。」
「そうですね~。確かに今はまだこの家に干渉していないので離れる事も可能です。」
「そう言えば家の空間を広げると長期間離れられなくなると言ってたな。どれくらいの時間なら離れられるんだ?」
「1週間ほど帰らないと空間が元に戻ってしまいます。なので、もし部屋に物を入れるにしても、念のために今の部屋の容量以上には置かない様にしてください。例えば元の部屋よりも大きなベットを置くと元に戻ってしまった時に弱い方が壊れてしまいます。」
おそらくマリベルは自分に何かあった時の事を危惧しているのだろう。
可能性が高いとは言えないが慎重なのは良い事だ。
「分かった。気を付ける事にするよ。それで少しの間だけ俺に付きあってくれ。移動するためのポイントを幾つか作っておきたいんだ。」
「分かりました。」
「それじゃあ私達は足りない物の買い出しに行って来るわね。」
「ああ、ついでに町も案内してやってくれ。狭い町だけど昨日はあまり回れなかったからな。」
俺はついでに町の案内をお願いし、アキト達に今日の予定を知らせておく。
彼らが傍にいれば何かあっても大丈夫だろう。
そして俺はマリベルが入る事の出来る鞄を背負うと空に飛び上った。
まずは西から周って九州からだな。
別に何かマーカーが必要と言う訳ではないので行くだけでも良いらしいが少し勿体ない気がする。
その為、長崎でカステラを買い別府では温泉饅頭と温泉卵を購入した。
こういうご当地でしか手に入らない物はとても貴重だ。
休憩がてら俺は温泉卵を一つ剥くと半分に割って片方をマリベルに渡す。
「独特の風味があって不思議な味ですね。」
「ああ、ここは硫黄泉だからその匂いが付くんだよ。食べ慣れると美味しいぞ。」
ただここの温泉卵は珍味の部類に入り癖があるので好き嫌いが分かれるところだ。
その後、温泉と硫黄のニオイが俺を引き留めようとするが涙を呑んで飛び立った。
(温泉は次に皆で来て入れば良い事だ。次は絶対に入ってやるからな!)
そして次に四国へ向かい道後に降り立った。
ここにも温泉があるがそれ以外にも確認する所がある。
俺は石手寺前の土産屋に行くと客として中へと入った。
「これ下さい。」
俺はここの栗カステラが好きなのでここに来たら必ず購入している。
それにここには結界石を送っておいたのでその確認も兼ねている。
「いらっしゃい。こんなに買ってくれて嬉しいわ。また来てね。」
「ええ、また来ますよ。」
結界石は正常に機能しており心配は無さそうだ。
そして石手寺内の売店で鉄板焼きの焼餅を購入して二人で食べる。
「素朴な味で美味しいです。なんだかお茶が欲しくなる味ですね。」
それは日本の伝統的な甘味である餡子だからだろう。
ここの焼餅は餡子を挟んだ生地を薄く延ばして焼いているシンプルな物だがそれ故に素朴でお茶と良く合う。
俺は傍の自販機でお茶を購入するとキャップにお茶を注いで差し出した。
マリベルはそれを一気に喉に流し込むと一息ついて焼餅を再び頬張る。
「このお茶と餡子の無限ループが最高です。」
「ハハハ。マリベルとは話が合いそうだな。」
彼女はとても楽しそうにしているので良い思い出にもなるだろう。
今度は皆で来て思い出を作りたいものだ。
そして俺はそのまま四国の太平洋側に進路を取った。
ここは昔、家族で訪れた時に海産物がとても美味しかったのを覚えている。
特にカツオのタタキとウツボの天婦羅が最高だった。
しかし、カツオのたたきは個人でも作れるがウツボは体中に小骨があるため一般の人間にはこれを食材として捌く事は難しい。
しかし、今は料理スキルで小骨を取り除くことが出来る。
もしかするとこの海の嫌われ物であるウツボもスキルのおかげで新たな道が開けるかもしれない。
出来れば他の嫌われ物であるサメやエイに関しても考えたいが今は時間がない。
そのため岬近くにある鮮魚店でカツオとカンパチを購入し運良く置いてあったウツボを購入する。
「おじさん、少し店先借りるよ。」
「そこなら良いけど何するんだ?」
「ウツボを捌く!」
ここには鮮魚店がポツンとあるだけなのにお客も多く路上は車でいっぱいでとても賑わっている。
俺はそこの店先でウツボの解体ショーを始めた。
まずは腹を裂き内臓を取り除くと首を落とした。
そして中骨を取り除くために包丁を差し込むとそこには気が滅入りそうな程の小骨がある。
これを除去するには熟練の技術が必要だがスキルを使えば簡単に取り除く事が出来る。
俺はこのためにスキルポイントを使って料理スキルを4から10に上げたのだ!
『スキルポイントの無駄遣いです。』
(ハハハ!何を言ってるのか分からないな。)
そしてスキルを使うと小骨は独りでに身から抜き取られ、手で触っても滑らかな感触のみが伝わってくる。
すると解体ショーを見ていた者から声が上がり携帯のシャッター音が響き渡った。
「スゲー、なんだあれ。これも何かのスキルか?」
「あれが出来れば子供の魚嫌いも直りそうよ。」
「あんた、よければ今何をしたか教えてくれ。」
すると俺の後ろに先ほど話をした店のおじさんが現れた。
どうやらこの人も興味があるようで骨が無くなって滑らかになった身をマジマジと眺めている。
「おい若いの。こっちのウツボをやるからそれを俺に譲ってくれないか。」
そう言ったおじさんが手に持つのは2メートルはありそうな巨大なウツボで、俺が捌いた物よりも肉厚で買えばかなりの値段になりそうだ。
明らかに店的には損となるが、捌いた料金も含まれていると思う事にする。
「良いのか?小骨は綺麗に取れているが所詮は素人仕事だぞ。」
「良いんだよ。今から試食として油で揚げて提供するからな。みんなにウツボの美味さを知って欲しいだけよ。」
「それなら構わないぞ。俺もそう思ってこんな事してるからな。」
俺達は互いにニヤリと笑うと互いに持っているウツボを交換する。
そして俺はもう一度解体ショーを行いその間におじさんはウツボを揚げ始めた。
すると今度は客の間でカメラではなく撮影を始める者が出始める。
恐らくはチューブを投稿している人たちだろう。
そして俺が捌いている最中にもおじさんはウツボを酸味のある醤油ダレと一緒に振舞い客たちを唸らせていった。
「これウメーぞ。」
「これが本当に魚か。初めて食べたけど信じられない。」
「サッパリしてるのにとてもジューシーでタレともよく合うわ。」
「ウナギやアナゴとは全然違う。脂が乗ってるのにぜんぜんしつこく無い!」
「身が凄くプリプリでコラーゲンもたっぷりよ。」
そして中にはウツボを売ってくれという声も上がり多くのウツボが売れた。
どうやら売れ筋でないので多くは並んでいなかったが、仕入れはしており数は足りたようだ。
それに日頃はゲテモノの扱いなので一匹売れれば一匹並べる程度らしい
しかも、この魚を捌くには素人ではハードルが高く買ってまで食べようとする人は少ない。
しかし俺は彼らにスキルを明かしているので問題なく捌くことが出来るだろう。
後はウツボが売れる様になるかは地域の人に掛かっている。
ハッキリ言って通販でウツボを買うと途轍もなく高い。
それは中間業者がマージンを大量に取っているためだが、市場に行けば人気のない魚なのでこちらは逆に驚くほど安く買える。
恐らく骨を取る手間や技術料が含まれているのだろうが本当の価格を知る消費者としてはぼったくりもいい所だ。
その為ウツボはグロテスク、高い、骨が多いという悪印象から売れないのだろう。
(こんなに美味しいのに。)
そして俺はやる事も終えたのでその場を立ち去る事にした。
するとその前に先ほどのおじさんが声を掛けて来る。
「これを持ていけ。サービスしておいてやる。」
そう言って投げられたのはこの辺で良く食べられるシーラ(マヒマヒ)だ。
これは食べた事は無いがこの辺では一般的な魚と言う事なので美味しいのだろう。
「ありがとう。また買いに来させてもらうよ。」
「ああ、来い来い。こっちはいつでも新鮮な魚を準備して待ってるからよ。」
そして俺達は別れ少し離れると空へと飛び立って次に向かう。
つい思いがけず時間が掛かってしまったが、次は一気に京都を経由して東京へと向かう。
そして東京に到着した頃には時刻は15時を過ぎていた。
ついでに総理を探すと彼は郊外の山中にいるようだ。
俺はケーキなどを補充してからそこに向かうとそこでは総理は多くの者に剣の指導をしていた。
どうやらここは道場の様で多くの子供たちと暗部の連中が訓練を受けている。
メイドの6人は街中の別の場所にいるのでそちらで何かをしているのだろう。
別れた時は彼らにこの国の常識を教えると言っていたので勉強でもしているのかもしれない。
そして俺は道場に入ると総理に向かって声を掛けた。
「こんにちは総理。戻って来て早速訓練をさせているんですか?」
「ああ、先ほど戻って来てな。こいつらはしばらくここで生活させる。街中で生活させるには東京は適さんからな。ついでに剣も教えておこうと思っている。ヘザーの所から来た女性陣もいるから食事も心配はない。それで、何か用があったのではないか?」
俺は今後の事を考え総理にマリベルの事を紹介しておく事にした。
連絡をくれればここならゲートを開けるので移動時間が短縮できる。
しかもあちらの大陸にも簡単に行ける様になったので言っておけば何かの拍子に役に立つだろう。
「マリベル、この人はこの国の代表だから挨拶しておいた方が良い。鬼の様に強いけど普段は優しい爺さんだ。」
「あ、はい!」
するとマリベルはカバンから出ると総理の前に飛び出した。
「昨日からユウさんの家でお世話になっている空間精霊のマリベルです。今後ともよろしくお願いします。」
「ホッホッホ、よろしくなマリベルとやら。私が今この国の代表をしている『ゲンジュウロウ』だ。総理は名前ではないから覚えておくように。ユウに任せておくといつまでも名前を教えない気がして不安じゃわい。」
俺としては図星を突かれているので反論できない。
まあ、しばらくは総理でも問題ないだろう。
(きっとこんな考えだからなかなか名前が覚えられないんだろうな。)
「それよりもマリベルの力で移動が楽になったので伝えに来ました。連絡さえ貰えればゲートで移動が可能です。マリベル、ついでだからここと家を繋いでくれ。」
「分かりました。ん~~~。エイ」
マリベルが力を込めて手を振るうと、そこに青い陽炎が立ち上り門の様な形を取った。
そして、ぼやけているがその向こうに見覚えのある部屋が見える。
「これで大丈夫です。この中に入って少し歩くと家に到着しますよ。出口は一階の居間にしておきました。」
「分かった。総理、試してみましょう。」
「お主と居ると新しい経験が積めて楽しいのう。」
そして俺達は門を潜り中へと入った。
中は周囲が闇になっており道の様にゲートと同じ色の陽炎が続いている。
そしてその道を5歩ほど歩くと呆気なく家に到着した。
ここから東京までは約1000キロと考えると1歩で200キロ移動できると言う事か。
先日行った大陸までどれくらい距離があるかは分からないがかなり驚きの能力だ。
それは総理も同じらしく珍しく驚きの表情を浮かべている。
「これは凄いの~。マリベルよ。お主は凄い精霊なのだな。」
するとマリベルは嬉しそうに顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れてしまった。
彼女は今まで不遇の人生を送っていた為か褒められ慣れていないようだ。
「そんな事はないです。私の力なんて大して役には立ちませんよ。」
するとマリベルはあたふたしながら総理に否定の言葉を返す。
しかし、総理は確信を持った強い瞳でマリベルに視線を向けた。
その顔は先ほどまでとは異なり戦士の顔になっている。
「儂の目に狂いはない。恐らくお主は自分の力を正しく理解していないのだけじゃ。もっと自信を持ちなさい。」
「は、はい!」
するとマリベルは咄嗟に背筋を伸ばして返事を返した。
それを見て総理も顔を綻ばせて元の雰囲気に戻る。
「強さとは自分を信じる所から始まる。まずは自分を否定せず肯定してやりなさい。そうすれば必ず道は開ける。どれ、少し手本を見せてやろう。」
そう言って総理は外に出るとアイテムボックスから一本の刀を取り出した。
そして更に2メートル以上ある岩を取り出し庭に設置する。
「これは儂の家に伝わる妖刀切裂き丸。しかし、この刀には刃は付いておらん。」
そう言って総理は抜いた刀を見せて更に腕をバシバシと叩いてみせた。
それでも総理の手に傷はなく薄皮すら斬れていない。
本当に模造刀と同じで刃が付いていないようだ。
「しかし、こいつは如何なるモノも切り裂く力がある。この様にな。」
そして総理は軽く刀を振ると刀は岩に吸い込まれ簡単に切り裂いてしまった。
俺はまるで手品でも見ているような気分になるが横にいるマリベルは違った様だ。
その目は刀に吸い寄せられ俺の見えない何かを見ている。
「その刀・・・空間を切ってる。」
「ほっほー、どうやら伝承の通りじゃったか。この刀には空間を切り裂き数キロ先の敵の首を落としたという伝承もある。お主が空間を操れるならいつかは同じ事が出来るはずじゃ。そしてこれはお主にプレゼントしておこう。」
「え!良いのですか!?」
「ウム。この世界には過ぎた力じゃからな。お前さんが何時か使いこなせる様になる事を期待しておるぞ。」
総理はそう言って未練の欠片もない顔で刀をマリベルに差し出した。
するとマリベルは吸い寄せられるように手を伸ばし指先が刀に触れる。
しかし次の瞬間には互いに光を放つとマリベルはその姿を大きく変えた。
体が成長して身長が1メートル程まで大きくなり、逆に刀の方は1メートルはあった刀身が60センチ程の小太刀へと姿を変えた。
その長さなら今のマリベルが持つにも丁度良さそうだ。
そして俺の目には刀とマリベルの間に力の循環が行われているように見えた。
その結果、マリベルは成長し刀は小さく縮んでいる。
まるで二つで一つの存在になったようだ。
しかし、これはどのような状態だろうか?
俺が首を傾げていると庭の木からジェネミーが飛び出して来た。
「何々!精霊が進化した気配がしたわよ!・・・て、マリベルが中位精霊に成長してる。もしかしてその剣が原因!?」
そう言ってジェネミーはマリベルの刀をよく見ようと近寄るがその動きをすぐに止めて後ろに下がった。
「その剣・・・認めた相手以外には噛みつくみたい。ユウ達も気を付けた方が良いわよ。」
すると総理はそれに頷いて補足を入れる。
しかし知っているならそういう事は先に行って欲しかった。
もしマリベルが刀に拒否されて怪我でもしたらどうするんだ。
「よく分かったのう。それが妖刀と言われる所以じゃ。これを手に出来るのは素質がある者のみ。それ以外は触れた所を切り裂かれ大怪我をする事になる。軽はずみに触らぬことじゃ。マリベルも気を付けるのじゃぞ。」
「分かりました。」
そう言って彼女は妖刀切裂き丸をアイテムボックスに仕舞い俺に向かって駆けて来る。
どうしたのかと思えば彼女の言葉からすぐにその理由が分かった。
「あの、私大きくなったので何処に住めばいいですか?」
確かに彼女はさっきまで小さかったので昨日は居間で籠にタオルを敷きその中で眠っていた。
しかし、この大きさなら部屋を用意しないといけないだろう。
見た目は子供でも年齢的にはちゃんとした女性と言えるので個室ぐらいは準備してあげたい。
だが困った事にもう空いてる部屋はない。
残るは仏壇がある部屋か物置部屋だ。
流石に綺麗に片付けてもそこに押し込むわけにはいかないだろう。
「部屋が無ければ自分で作りますよ。」
(なんと、家を広げるだけでなく増やせるのか。それなら試しに一部屋お願いしてみようかな。)
「それじゃあ早速で悪いけど一つ頼むよ。魔力は足りる?足りないなら昨日手に入れたこれを使うと良いよ。というか使ってこれ。」
俺は昨日手に入れたジャイアント・ポイズン・スパイダーの魔石を押し付けた。
内心では早く処分したい物だったので丁度いい。
「え、でも魔力なら足りて・・・。」
「頼む。使ってくれ。」
「は、はい。ならありがたく使わせてもらいます。」
そしてマリベルは家に入ると居間の空いている壁に触れて魔力を流した。
するとその場所は光に覆われ室内用の扉が現れた。
「出来ました。中はこんな感じです。」
俺達はマリベルに続いて中に入るとそこは4畳程度の小さな部屋になっていた。
(まさか、これで限界なのか。俺としてはこの3倍くらいの部屋を希望しているんだけど。)
「一応、小さめにしたのですが十分です。これだけあれば寝るのには困りません。」
するとそのセリフに総理は俺に視線を向けて来た。
その視線には「こんな狭い部屋にさせるな」という意思が感じ取れる。
(俺もそのつもりです。こんな狭さだと子供用ベットさえ置けない。)
俺達はアイコンタクトで頷きあうとマリベルに声を掛けた。
「マリベル、もう少し部屋を大きくしようか。ここだとベットも置けないからね。」
「いえ、私なんかがベットだなんて、この木の床で充分です。」
どこまで自分を卑下しているのか。
ここまで来ると慎ましいを通り越しているぞ。
すると今度は総理が表情を優しい物に変えて説得を試みる。
「マリベルや、お前の気持ちも分かる。しかし、ここはこ奴の家じゃ。家長が言うのだから聞いてやりなさい。それにこれでは共にいる切裂き丸も悲しかろう。今後の事も考えて部屋は広めにしておきなさい。」
さすが狸だ。演技力は俺なんかでは及びもしない。
その証拠にマリベルは少し悩んだ末に頷いて了承をしめした。
「分かりました。どのくらいまで広げましょうか?」
「この3倍はあった方がいいな。そうすれば色々置いても余裕がある。」
そして総理の説得のおかげで部屋は無事に大きくなり12畳ほどの広さになった。
他の拡張は明日にでもそれぞれでお願いしてもらう事にしよう。
そしてマリベルは総理を送り返すために再びゲートを開いた。
「それじゃあ総理、何かあったら連絡を下さい。」
「ああ、それではまた会おう。」
そう言って総理はゲートに消えて行った。
するとその数秒後、俺に電話がかかって来る。
「はい、どうかしましたか総理。」
「お主、ゲートの中で歩いた歩数を覚えておるか。」
「俺は5歩でした。」
「儂は6歩じゃ。しかし、帰る時には3歩で到着した。どうやら中位精霊になって能力が上がった様じゃ。マリベルにもそう伝えておけ。」
「分かりました。そう言っておきます。」
そして俺はその事をマリベルに伝え後日能力がどれ程上がったかをちゃんと把握しておくようにと言っておいた。




