68 町のケーキ屋さん ⑤
ここは再び精霊の住処。
そこに居るオリジンは水鏡を見て声を上げて笑っていた。
「ぎゃーはははは。見たかあの姿を。私に恥をかかせるからこの様な事になるのだ。」
オリジンは腹を抱え、まるで悪役で言う所の中ボスの様な言葉をこぼす。
しかし、彼女は気付いてはいなかった。
後ろにいる4人の精霊王がオリジンの後ろに迫って来ている事に。
そして、その手には4人が力を合わせて作り上げた精霊の力を封じるロープが握られている事に。
「ははははは、愉快愉快。お前たちも見てみろ。私の作戦は大成功・・・な!?お前た・・・ん~んんん~!」
「なんとか捕獲で来たね。」
「このまま宅配でも使って送りますか?」
「弁明は必要だと思います。」
「ならみんなで行きましょうか。ケーキと言う物を私も食べてみたいです。」
「「「同意!」」」
そして精霊王たちはオリジンを抱えると新たな甘味を夢想し消えていった。
流石はオリジンを母に持つ精霊王たち。
甘味に対して彼女達も容赦はなかった。
そしてここは再びダンジョンの中。
そこで俺達は階段を下り、そこにいた最後の魔物の前に立っていた。
「こ、こいつは!」
そしてそこにいたのは何と節足動物門鋏角亜門クモガタ網蜘蛛目。
分かり易く一般的に言う所の蜘蛛だった。
ただそのサイズは当初予想していた物よりも遥かに大きく足を広げれば10メートル近くありそうだ。
しかもその爪と牙からは毒の様な紫の液体が滴っており地面に触れると表面を侵食し煙を立てていた。
どうやら最後にオリジンは俺が二番目に嫌いな生き物を巨大にして準備したようだ。
しかし、これはさすがに彼らには荷が重い。
それに俺は蜘蛛も嫌いだし触りたいとは思わないが戦えない程かと言えばそうでもない。
それに見るからに毒を持つこの蜘蛛の魔物は戦闘経験の浅い彼らには危険な魔物と言える。
俺はその事を瞬時に判断し他のメンバーに指示を飛ばした。
「皆は下がってくれ。こいつには恐らく毒がある。蜘蛛なら問題ないから大丈夫だ。」
すると5人は俺を信じて一旦下がってくれた。
共に戦った時間はほんの僅かだが俺達は戦友という絆と信頼で結ばれている。
そして俺は一人前に出ると剣を構えて蜘蛛と向かい合う。
魔物の名前を確認するとジャイアント・ポイズン・スパイダーと出た。
その名前からやはり毒持ちなのは間違いなく、毒を鑑定すると腐食と麻痺と出た。
恐らく毒により相手を麻痺させて溶けた肉を喰らうのだろう。
まあ、俺には麻痺耐性レベル7と腐食耐性レベル8がある。
更に毒無効を持っているので問題は無い。
そして蜘蛛は牙を剥き、前足の爪を構えると威嚇を始めた。
俺は手始めに、まずはアンチトードを掛けて手足の毒の中和ができるかを試す。
「アンチトード。」
「ギィピヤーーーー!」
そして魔法を受けた手足からは垂れていた毒が消え去った。
しかし、効果はあったが少しすると再び毒が垂れ始めたので体の中で再び毒を生成したのだろう。
そして魔法を受けた蜘蛛は先ほどと違い怒りに満ちた赤い瞳を向けて来た。
すると体を高く持ち上げると俺に向かい尻尾の先を向けて大量の糸を噴き出してくる。
俺は即座に横に飛んで攻撃を躱すと、糸はベチャリと地面に張り付きその直後に硬化する。
しかも刀で叩くとかなりの強度があるのが音と振動で伝わって来た。
「これはくらわない方が良さそうだ。」
すると蜘蛛は俺にこの攻撃が有効だと判断したのか再び同じ行動に出た。
(どうも体はデカいが知能は低そうだな。)
俺は蜘蛛が再び糸を吐いて来たので今度は躱さずに突風を起こして糸をそのまま押し返しし体に浴びせてやった。
先程の飛んで来た感じから特に重たいわけではなさそうだったがやはり簡単に押し返すことが出来る。
しかも飛んで来たのは糸の塊なので風に煽られて広がり蜘蛛の体全体に広がるとそのまま絡め捕って拘束してくれる。
何ともお粗末な魔物だが、生まれたばかりの魔物は力があっても知能は低いので倒すだけなら苦労はしない。
すると今度はまだ動かす事の出来る口から紫色の毒液を飛ばして来た。
(これは直接触ると汚れそうだな。)
俺は聖装を纏うと毒液が後ろに飛んで行かない様にその身で受け止める。
後ろから悲鳴が上がり、前からは喜びに笑うような叫びが聞こえて来る。
しかし、毒液は俺の体には届いていないので大丈夫だ。
そして俺は刀を2回振るい、その長い足を切り落とした。
「ギャギャーーー!」
そして最後にこの哀れな蜘蛛の首を飛ばすと俺は決着を付けて刀を仕舞った。
耐性が無ければ危険な魔物なのかもしれないが俺には耐性が備わっている。
しかもコックローチをここまで大量に見せられたので蜘蛛への恐怖が薄らいでいたのが大きい。
もしこれが逆だった場合は苦戦どころか危なかったかもしれない。
今なら普通のゴキくらいなら自分でもどうにか・・・。
いや・・・まだ無理そうだ。
実際、今でも奴らが落とした魔石にも触りたくないと感じている。
これは克服するのに時間が掛かりそうだ。
ちなみに家でこいつらが苦手なのは俺だけだ。
あちらの世界にはコックローチを嫌悪する風習は無いらしく完全に魔物の枠であるそうだ。
そしてなんとアヤネもゴキが大丈夫であった。
彼女が言うには。
「一人暮らしでそんな事言ってると生きて行けませんよ。」
との事だった。
そしてホロに至っては元が犬なので下手をすると食べ物と認識しそうで怖い。
そんな事になったら全力でホロを説得するつもりだ。
いくら食いしん坊でも俺の心からのお願いならきっと聞いてくれる。
そして魔物を倒して魔石を嫌々回収すると俺は皆の元に戻った。
レベルを確認すると全員がレベル18まで一気に上がっている。
知能が低かったので簡単に倒すことが出来たがかなりの強敵ではあったようだ。
これだけレベルが上がれば今後しばらくは問題は無いだろう。
(しかし、これだと自警団よりもレベルが高いかもしれないな。)
その後は地上に戻ると俺達は軽く話をして解散した。
もう夜も遅いので後の話は次回来店した時にでもすれば良いだろう。
そして彼らと別れ、俺は最後にダンジョンを確認しに戻った。
するとそこには先ほどまであった穴は塞がり、何も無かったかのように更地へと変わっている。
どうやら俺達が出ると自動で塞がる様にしていたようだ。
周囲を確認しても既にアキトたちの反応は無いので彼らもこれを見て解散したのだろう。
閉鎖も解かれているのでここはもういつもの普通の公園だ。
マップを町全体に広げ魔物を探しても一匹もいないのでオリジンの言っていた魔素が薄まって魔物の出現が減少するというのも本当の様だ。
しばらくは自警団も安全だろう。
そして確認も終わったので俺はそのまま家に帰った。
しかし家の前まで来ると中から声が聞こえて来る。
(まだみんな起きてるのかな?)
しかし、俺は鍵を開けて中に入るとそこには意外な光景が広がっていた。
何故かテーブルにはケーキとお茶が並び精霊王と家のみんながお茶を楽しんでいる。
そして、その横にはオリジンがロープに縛られ正座させられていた。
何やら恨めしそうな目を向けているが彼女はケーキを食べれない状況なのでそれが原因だろう。
「それでこれはいったいどういう状況なんだ。」
すると精霊王を代表しシルフィーが俺の前まで飛んできて話し始めた。
「ユウは気付いてると思うけど今日のダンジョンの魔物は母様の悪戯なんだ。だから、お詫びに来たんだけどあの人が素直に来るとは思わなかったから、ああやって無理やり連れて来たの。」
俺はオリジンに視線を向けると不機嫌そうにプイッと顔を背ける。
なんだか最近、本当に子供に見えて来た。
しかし、俺は別に彼女を叱るつもりはないので解放しても良いのだが、それだと後で精霊王たちが叱られそうだ。
仕方ないので俺はオリジンに近寄り和解を試みる事にした。
「フシャーーー!」
「お前は猫か。そんな事しなくても俺は怒ってないから落ち着いて話を聞け。」
するとオリジンの威嚇は止まり何やら俺を怪しむ様な目を向けて来る。
そんなに俺は信用が無いのだろうか。
それとも少し甘やかし過ぎただろうか。
「実はここに東京で買った美味しいバームクーヘンがある。これで今回の事は水に流そうじゃないか。ちなみに精霊王たちの事もだ。もし、仕返しなんてしたらもうケーキは買ってやらないから覚悟しろよ。」
するとオリジンは俺の出したバームクーヘンをチラチラ見ながらゴクリと喉を鳴らす。
どうやら新たな甘味に興味をいだいている様だ。
しかし、いまだに素直になれないようで顔を背けたままだ。
「そうか、食べたくないのか。こんなに良い匂いがするのにな。」
「・・・!?」
俺はそう言って箱から出して袋を開けるとオリジンの鼻先へと近づけてやる。
すると逸らしていた顔がこちらを向き、口からは涎が浮かび始める。
これだけ誘惑してやればあと一押しだろう。
「どうだ。これから一緒に食べないか?」
「・・・し、仕方ないわね!今回はそれで良しとしてあげるわ!」
(落ちたな。)
「よし、約束したからな。俺は約束を破る奴は嫌いだから忘れるなよ。それじゃあ仲直りした所で皆で食べるか。」
そしてオリジンを縛っていた戒めのロープが消え去ると彼女は自由を取り戻した。
俺は更に同じ物を取り出しメノウとクリスに渡し切り分ける様に頼んだ。
(この人数ならこれ位は必要だろうな。)
そして、席に着いて少しすると俺達の前にお皿が並んで行く。
皿の上のバームクーヘンはその表面をホワイトチョコレートが包み、中心の穴は生クリームが埋めている。
似た物はコンビニで売られているがここのは全く違う。
味のまろやかさも、バランスも最高で特に生クリームの味が別格だ。
(今日でこれも食べきってしまったからまた買いに行かないとな。)
なんだかオリジンが来て甘味の消費が激しすぎる気がするが最初だけと信じたい。
それに移動なら今は東京まで約3時間で行ける。
マリベルが家に来たので幾つか移動用のポイントを作っておけばいいだろう。
これをどこまで再現できるかは分からないが後はメノウとクリスに期待しておく。
彼女達ならもしかすると美味しいケーキを作れるようになるかもしれない。
それだけでなく自分達で勉強してオリジナルの料理やスイーツを作り出す可能性がある。
俺はレシピ通りに料理を作る事は出来るが、そこから新しい料理を作る為の想像力が足りていない。
だからこれからの二人には大いに期待している。
そしてオリジンは口に溜まった唾液を飲み込むとフォークで一口サイズに切り分け、ケーキを口に入れて顔を蕩けさせた。
「美味し~・・・私はこの瞬間の為に生まれたのかもしれない。」
なんと大袈裟なと思うがあちらの世界の甘味には果物や砂糖を使った甘いパンを除き殆どないらしい。
どうも食文化の発達がそれほど進んでないようで宿で食べたのも焼料理と煮料理だけだった。
サラダなどもあったがドレッシングの様な物は無く良い所でも塩が出ただけだ
なのでもしかすると今後は料理文化が一番盛んに交流するかもしれない。
そういう事なのでケーキを食べたのも今日が初めてだと言う事だ。
甘い物が好きな人には分かると思うが一月以上甘い物を絶つと衝動的に食べたくなる時がある。
そうするとオリジンは初めて自分の欲望を満たす事が出来た事になる。
その喜びは俺達の想像を遥かに超えているだろう。
彼女は一口一口を大事に味わい、食べ終わるとお皿を見詰めた。
それはまるでお祭りから帰る寂しそうな子供の様だ。
俺は仕方なくもう一つの箱を取り出しそれをテーブルに置いた。
どうせ近い内に買いに行くなら、こちらも食べてしまおうと考えたからだ。
別にオリジンの為ではない事だけは言っておく。
「これもついでに食べてしまおう。」
「え・・・良いの?」
「あくまでついでだからな。残しててもしょうがないから仕方なくだからな。」
「そうなのね。それだと仕方ないわよね。」
そして周りからは笑みを向けられながらオリジンの空いた皿にそれを取り出して置いた。
ただしこれはさっきまでのケーキとは一味違う!
「こ、これは!?まさかチョコレートタイプ!!!」
「その通りだ。ここのは苦味も無いからお前でも食べられるはずだ。ホワイトは食べきったからついでにこれも食べてみろ」
そして食べたい者がいないかと探すと順々に辞退の言葉を並べて行った。
「私はあまり食べると太りますから。」
そんな事を精霊王の4人は言っているが彼女たちは太らないので絶対に嘘だろう。
分かり易い嘘だがこれではどちらが親なのか分からないな。
「私達も今日はケーキをたくさん食べたから遠慮するわ。」
ライラが代表して言っているがホロはガン見しているしメノウもフォークを手放していない。
どう見ても食べたいのだろうが先ほどのオリジンの顔を見て遠慮しているようだ。
まあ、この二人は前に食べた事があるので仕方ない。
そして、オリジンは周りに視線を巡らすと笑顔を浮かべた。
「皆の心遣いに感謝するわ。今日は我が人生最良の日よ。」
そう言って彼女はフォークを突き立てると嚙り付いて食べ始めた。
そして横幅15センチ、縦30センチのバームクーヘンは瞬く間に消えていく。
それにして本当に美味しそうに食べる物だ。
もしこの手のテレビCMに出たら子役として十分に活躍できそうだ。
すると食べ終わったオリジンは満足そうな顔で余韻に浸っているのでやっと満足したようだ。
「やっと満足出来たか?」
「ええ、今日は夢の様な1日だったわ。ユウにも悪い事をしたわね。今日の事は許して欲しいのだけど。」
どうやら満足が出来たことで素直になれたみたいで安心した。
これからも時々来るなら蟠りは無くしておきたいからな。
「それでは満足したので今日は帰らせてもらうわ。それではお前たちも帰るわよ。」
オリジンは精霊王たちに優しい視線を向けると声を掛ける。
そして彼女達は立ち上がり5人揃うと笑顔で手を振って姿を消した。
これで彼女たちがしばらく現れる事は無いだろう。
アリシアが召喚すれば別だが少しは期間を開けて欲しい。
その後、俺は片付けをメノウに任せて部屋へと帰った。
そしてそのままベットにダイブすると目を閉じて今日の良い事だけを思い浮かべる。
ダンジョンの事を思い出すと悪夢にうなされそうなので記憶から真先に消去しておく。
しかし今日は色々あって疲れたのでゆっくり眠れそうだ。




