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67 町のケーキ屋さん ④

ここは精霊が住まう地。

そこは精霊の住処と呼ばれ精霊王が住むこの地にはその恩恵で年中春の様に暖かく夏も冬もない。

季節を問わず様々な花が咲き誇り、毒草すら毒を発することは無い不思議な地である。

そして、そんな精霊の住処の一角でこの地の全ての精霊を統括するオリジンは笑みを浮かべて目の前に浮かぶ水鏡を見詰めていた。


「ふふふ、舐めるなよユウ。私はやられたらやり返す女なのだ。先程の仕返しをさせてもらう。」


どうやらオリジンは先程のマリベルの一件を根に持っていたようだ。

もしかしたらシチューの争奪戦で勝っていれば忘れていたかもしれない些細な事かもしれない。

しかし、結果として負けたオリジンの心には未だにあの時の事が燻っていた。


「さあ、私からのプレゼントを受け取るがいい。お前が心の底から恐れ嫌悪する存在を準備してやったぞ。ははははは!」


そしてそれを後ろで見ていた精霊王たちは小さく溜息をつくと水鏡を見詰めてヒソヒソ話を始めた。


「あんな事してユウに怒れないかな?」

「怒るわよね絶対。しばらく甘い物は期待できないわね。」

「オリジン様は気付いていると思う?」

「きっと気付いてないわね。あの方は良くも悪くも今を生きる方だから。」


「「「「ハ~~~~。どうしよう・・・。」」」」


そして後ろで悩む精霊王たちを置き去りにしてオリジンは一人、笑い声を響かせるのであった。




俺達はオリジンが作ったダンジョンに入り、その一階を進んでいた。。

その先頭には俺が立ち、手には木刀を握り後ろのメンバーには幾つもの石を抱えてもらっている。

どうやらここは即席のダンジョンの為、複雑なつくりにはなっていないようで、分かれ道も無く、真直ぐに伸びる道があるだけだ。

そしてマップには進む先に魔物の反応が映し出されており表示ではオークとなっている。

初心者に相手にさせるには問題のある相手だが的が大きいので石を投げて当てらない大きさではない。

俺は木刀を構えオークがやって来るとその手足に振り下ろした。


「ブギャーーーー!」


既に俺の速度はオークが捉える事は不可能な域にまで達している。

それは後ろに居るメンバーも同様でコマ落としにしか見えない速度を目にして驚愕に顔を染めていた。

オークは地面に倒れると叫び声を上げながらのたうち回っているが折れた手足ではその巨体を支える事は出来ず完全に移動力を失ている。


「皆さんこのオークに石を投げつけてください。その後はこちらで処理をします。」


すると彼らは戸惑いながらもオークに石を投げつけた。

女性陣は動揺しているのか当てるのに数回必要だったが多めに石を持っていたので問題なく当てることが出来たようだ。


それを確認すると俺は剣を手に持ってオークを両断し止めを刺した。

その一撃で先程まであった巨体は消えさり魔石へと姿を変える。

そこには数秒前まで暴れていたオークの痕跡もなく静かになった通路が続いている。

そして俺はここで一旦停止していつもの様にステータスの確認と説明を開始した。


「皆さんステータスを確認してください。」


そして、俺の説明で彼らが全員、無事にステータスを得ている事が確認できた。

これでパーティは組めるので後はこの道を進んで魔物を倒していくだけだ。

しかし、気になる事が一つある。

このダンジョンには俺の知らない魔物が存在するのだ。

この階はオークだけみたいだが次の階からは初見の魔物になる。


しかし、魔物の種類は多いらしいのでいまだに出会った事のない魔物がいてもおかしくはない。

そして俺は確認のためにも通路を進む事にした。

そして一階でオークを15匹ほど倒した辺りで男性であるミナトとワタルから声が掛かった。


「すみません。俺達にも戦わせてもらえませんか?」

「少しは戦いを覚えておかないともしもの時に店を守れません。」


彼らの言っている事はもっともだ。

レベルが上がっても初めて敵に振る剣には覚悟という重みが圧し掛かる。

それに戦いに慣れておいても損はしないだろう。

こんな世界になっているので家族や友人、店の仲間にいつ危険が訪れるとも限らない。

そして、それは魔物だけに限った事ではなく、人や野生動物にだって言える事だ。

特に今はまだ社会的にも不安定でお金や生活に困っている人が増えている。

そう言った人たちが店へ強盗に来る可能性もある。


「良し。それなら、まずは俺が奴らを弱らせる。様子を見ながら少しずつ強くしていくから、もし厳しくなったらすぐに言ってくれ。」

「分かりました!」

「無理はしません!」


しかしオークはその巨体を生かした突進攻撃を得意とし、戦いなれていない者には防御も回避も難しい攻撃をしてくる。

そのため次に出会った奴は両手と片足の骨を砕いてから任せてみた。

これなら素早い動きや攻撃が出来ないので冷静に戦えば勝つ事は難しくない。

それに彼らにはまず敵を倒す、殺す事に慣れてもらう必要がある。

そして、倒れている所に襲い掛かり剣で殴る様に何度も攻撃を放った。


「思っていたよりもタフだな!これだけ攻撃してるのになかなか仕留められない!」


しかし、オークはタフで初心者には向いていない魔物だ。

剣で斬れば血が出るのでダメージを与えているのは目で見てわかるが、急所となる部分は分厚い筋肉と脂肪に護られているので決定打を与えにくい。

それにまな板の上に置かれた肉を切るのと違い相手も動いて暴れるので、生きた魚を捌く様に思った所へ攻撃も出来ない。

するとミナトは次第に焦りを感じ始めたがそれを見てワタルはオークの気を引きながら声を掛けた。


「落ち着け。俺達とユウさんでは強さが違うんだ。今は確実にダメージを与えていく事を考えろ。」


どうやらワタルはミナトの性格をしっかりと理解している様だ。

ミナトはその声を聞いて大きく息を吐き出すと気分を入れ替え冷静な顔に戻った。

オークには既にまともな攻撃手段は残されていない。

出来たとしても砕けた腕を振り回すくらいだ。

殺傷能力は無いと言ってもよく、受けても吹き飛ばされるくらいの威力しかない。


「そうだな。俺達も最初はメレンゲ1つ取っても上手く作れなかったんだ。あの時に比べれば焦る事は無いよな。上手く出来なくてもケーキの味は悪くならないしな。」

「ははは、その調子だ。しかも今は美人な店長も一緒に仕事ができる。それを考えれば力が湧いて来るぜ。」

「その通りだぜ。」


そんな馬鹿話をしながら二人は自分たちで士気を高めて闘いに集中して行く。


(しかし、最近の奴らは大胆だな。当の本人のユヅキさんはお前らの言葉を聞いて後ろで顔を真っ赤にしているぞ。)


その後しばらくしてオークは力尽き魔石へと変わった。

かなり時間は掛かったが、互いに満足そうな表情を浮かべ拳をぶつけ合っている。


「ユウさんはこれをあんなに呆気なくしていたのか。」

「まさにマイスター級だな。」


そして彼らはオーク一匹を相手に疲労困憊になりしばらく戦闘に参加しない事になった。

彼らが次に参加するとすれば2階層からだろう。

それまではゆっくり休んでもらい、次に備えてもらう。


その後はオークが15匹程度出て来たので俺はそれを倒しながら階段へと向かった。

そして発見した階段で2階層へ降りると魔物を求めて進み始める。


俺達がしばらく歩いていると俺達が居る場所から15メートル先に反応が近づいて来た。

しかし、反応はあるがどうもその姿が目に見えない。


「もしかして以前服屋で聞いたインビジブル・シャドーウルフか?」


しかし、俺の看破には何の反応も無い。

見えるのは真直ぐな通路だけでマップの光点だけが近づいて来る


(それならどういう事だ?)

『敵は床を這って接近しているようです。大きさは15センチ。地面と体色が同じなようです。残り5メートル。』


するとスピカは俺が見つけられない敵を警告してくれる。

確かにその条件なら俺のスキルの反応は無いだろう。

なにせ見えているけど発見できていないだけだからだ。


そして俺は剣を構えると床を凝視した。

2階層からは何故か灯はしっかりあるのに通路の全てが黒い色に変わっている。

そして、俺は視力を強化し、とうとう魔物を発見した。

その途端、俺の背筋に悪寒が走り強化された眼球はその魔物の顔をしっかりと捉えた。


「ぎゃあああーーーー!」


そいて俺は発見した直後に悲鳴を上げユズキさん達の直前まで後退した。

そしてその魔物の名前がマップに表示されコックローチと出ている。

言葉にはしたくないが絶対に会いたくないと思っていたゴキ○○の魔物である。

だが、その動きは俺の知るコックローチと比較しても早いとは言えない。

だが遅くもない。

そして奴は何と羽を広げると俺に向かって飛んで来た。

その速度は地面を移動していた時よりも遥かに早い!


(やばい、こいつを切り殺さないと・・・。)

(でも、こいつに触りたくない。)

(ど、どうすれば良いんだ。)


俺は思考の海に沈みループする中でゆっくりとコックローチが近寄って来る。

そしてその距離が残り30センチになろうとした時に救世主が現れた。


「危ない!この!この!死ねやこの全世界の敵がーーー!」


俺はその救世主の顔を確認するとそれは女性店員のユナだった。

どうやら彼女はこの悪魔とも言える虫が平気の様で見事な不意打ちで叩き落すと体勢を整える前に滅多刺しにしている。

流石、日頃からこの手の虫との戦いが絶えない甘味を扱う店で仕事をしているだけはある。

それに奴を倒してやりきった表情の彼女はドラゴンに打ち勝った勇者の様に見える。

しかも彼女がコックローチを叩き落としたのは先ほどまで履いていた靴だ。

どうやら彼女は素早く靴を手にして使った様だがここで剣を使えばなんて無粋な事は言わない。

使い慣れない剣よりも扱い易いと咄嗟に判断したのだろう。

それにあの一切の容赦の無さに俺は頼もしさすら感じてしまう。

そして救ってくれた彼女に俺は素直にお礼の言葉を告げた。


「あ、ありがとう。本っ当に助かったよ。」

「ユウさんはゴキブリが嫌いなんですね。苦手な人は多いですが私達はこの悪魔と毎日戦っているので大丈夫です。先程のオークよりも倒しやすいくらいですからここは私達に任せてください。」


すると俺の前にユヅキさんも加わり5人が横に並んだ。

そして次々と出て来るコックローチ達を見事な連携で倒していく。

ある時は駆け寄ると足で蹴りつけ、更には剣で突き刺し手に持つ靴で払う。

まるでその姿は熟練の戦士の様で悪魔たちも成す術がない。


(これは俺もこいつらを克服するチャンスではないのか。)


そう思い前を見るが彼らは1匹たりとも逃がす気が無い様だ。

見ていると先読みさえもしているように動きを読んで攻撃を行っている。

まるで攻撃する所に敵が逃げ込んでいるようだ。


「ミナト!そっちに言ったわよ。」

「任せてくださいユヅキさん。」

「仕損じました!」

「大丈夫だサキ。こっちでフォロー出来る。」


(俺の出る幕が無い・・・。)


そして俺が出来る事と言えば疲れた者を魔法で癒し、彼らの身体能力や防御力を強化するくらいだ。


「ユウさん、ありがとうございます。」

「これでこいつらを駆逐できるわ。」

「ユウちゃんナイスフォローよ。」


(いえ、俺は大した事はしていません。)


その後も3階層、4階層と同じ魔物が続き敵も次第に大きくなっていった。

そして今は既に地下5階となりコックローチの大きさも50センチまで大きくなっている。

しかし、彼らの動きに躊躇いはなく、逆にレベルが上がる事で動きは良くなり一撃一殺を行えるようになっていた。

そして次が最後の階層になり、その階層にいるのはたった一匹の魔物のみ。

どうやらオリジンは最後にボス的な魔物を用意していたようだ。


そして、ここまでに倒した魔物は既に1000は超えている。

流石は1匹見れば30匹はいると言われる悪魔の虫だ。

更にこのダンジョンは経験値の入りが良いらしく、彼らは既にレベル15を超えてかなりのスキルポイントを手に入れていた。

そして俺達は最後の階段の前で一旦、休憩を取る事にする。

俺の魔法で肉体は回復させられるが精神までは癒せないからだ。


「それにしてもユウちゃんが虫が苦手なんてね。」


そう言ってユヅキさんは軽やかに笑みを浮かべた。

その顔はここまでに数百の魔物を倒して来た者の顔には見えない。

これがケーキ屋を女手一つで経営する者の強さと言う事だろうか。

しかし、これには俺も反論しておかなければならない。


「いえ、俺が苦手なのは、あの名を呼ぶのも嫌な黒い悪魔だけです。それ以外なら問題なく戦えます。」


するといつの間にか俺の横に来ていたユナに頬を突かれながら「ニャハハ」と笑われてしまった。

どうも彼女はかなりラフでフレンドリーな性格のようだ。


「そんな事言って強がってても良いの?最後に大きいのが出てきたらどうするの。」

「う・・・!」


俺は今の段階でオリジンが故意的にこのダンジョンをこの様な仕様にしたと思っている。

そしてその理由も検討が付いていた。

恐らくマリベルの件を根に持っているのだろう。

本当に見た目と同じで子供の様な事をする。


(この仕返しはどうするか・・・。まあいい。子供の悪戯と思って今回の事は水に流そう。俺に今ある問題も浮き彫りになった事だしな。プラス・マイナスで言えばプラスだろう。)


そして、恐らく最後の魔物は何らかの虫系の魔物になる事が予想される。

しかもそのサイズは今までの物を上回るだろう。

千里眼で見る事は出来るが一人で見る勇気が今の俺の中には無い。

すると黙り込んだ俺に再びユナが笑いかけて来る。


「ほら~。やせ我慢してる。でも私もお店に来るまでは苦手だったから慣れれば大丈夫だよ。」


すると他の3人も俺達の会話に加わって来た。


「そうだぜ。奴らは生かしちゃおかねえ。」

「ユウさんは後ろでドッシリ構えておいてください。」

「わ、私も少しは自信がついたから大丈夫です。」


俺は彼らに勇気づけられ胸に熱いモノが込み上げて来る。

そして俺も最後位は頑張ってみようと心に誓い全員で拳を合わせて立ち上がった。


「みんなありがとう。少し勇気が湧いてきた。最後位は一緒に戦わせてくれ。」

「頑張ってねユウちゃん。」

「はい!」


そして俺達は最後の魔物を倒すために下の階層へと進んで行った。

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