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66 町のケーキ屋さん③

マリベルが興味深い事を口走ったので俺はその確認をする事にした。

先日メノウは精霊王なら一人くらい一緒に転移できると言っていたが目の前のマリベルはそれほど強い力のある精霊には見えない。

出来るとすればある条件下でのみ能力を使う事の出来る可能性だ。

例えばドライアドのジェネミーは樹木を媒介にして100キロ程度の転移が可能である。

もし、それ以上の転移をしようとすればその場所に特殊なマーカーを準備し更に魔力が足りない為、魔石などを使って代用しなければならない。

それでも転移が出来るのは自分だけなので誰かを連れての転移は不可能なのだそうだ。

なら、彼女はどのようにして俺達を別の場所に運んでくれるのだろうか?


「マリベルは俺達を連れて転移する事が可能なのか?」


するとマリベルは俺の問いに首を横に振った。


「私のは転移じゃありません。あれは空間を飛び越える能力ですが私のはゲートを作って目的地までの空間を縮める能力です。分かりやすく言えば縮地に近いでしょうか。ですから遠くの場所に転移するとなると少し歩いてもらいます。その分魔力の消費は少なく、人数ではなく距離で魔力の使用量が上下します。あと、行った事のある場所にしか転移できません。」


俺はマリベルの説明を聞いてある程度納得することが出来た。

ようは空間を広げられるなら逆に縮める事もできると言うことか。

しかし、そうなるとマリベルが何処に行ったことがあるのかが問題になってくる。

秘境にしか言った事が無いのならその有用性が格段に減少してしまう。

まあ、狩りに行くのには便利なので良いかもしれないが。


「それでマリベルは何処なら行けるんだ?」

「そうですね。2つの世界が融合して世界が約2倍に大きくなりましたがその半分でしょうか。わたしが元居た世界ならどこの国でも移動は可能です。伊達に長年世界中を飛び回っていた訳ではありませんから。『チラリ』」


マリベルの言葉からどれ程いいように使われていたかが如実に伝わってくる。

そしてみんなの視線が自然とオリジンに注がれるのは言うまでもなかった。

すると視線を受けてオリジンは顔を逸らし言い訳を始める。


「い、良いじゃない。おかげで移動先が増えたでしょ。それにちゃんと取って来てくれた物も分けてあげたのよ。」

「いや、分けてあげるのは当然だろ。まあ、そのおかげで移動先が増えたのも事実だから今回は良しとしよう。」


俺は適当な所でオリジンを糾弾するのを止める事にした。

あまり言いすぎて泣かれても面倒だからだ。

そして俺はマリベルに視線を戻した。


「それじゃ、しばらくマリベルは家で静養すると言う事で問題ないな。大まかな仕事は家の内部空間の拡張と俺達の移動の手伝いだな。細かな物はジェネミーが教えてやってくれ。とは言っても数日に一度、薬草採取を手伝うくらいしかないと思うけどな。」


そして俺はこの辺で話を終わらせメノウに視線を向けた。

先程からクリームシチューの美味しそうな匂いが漂って来ている。

そのせいでオリジンの我慢の限界が近づき今にも涎が零れそうだ。

時刻もそろそろ夕方なので夕食にしてもいい時間帯だろう。

待ち合わせの時刻もあるので食べたらすぐに出かけなければならない。

メノウは俺の視線に気が付くとクリスと一緒に食器を並べたり要らない食器を下げたり

している。

クリスの仕事ぶりは初めて見るが既にメノウとの連携は上手くいっているようだ。

言葉も掛け合わずに流れる様な動きで互いに仕事をこなしている。


(これは俺の入り込む隙は無さそうだな。)


スキルを多用すれば手伝えそうだがそれ程までに二人の動きは息が合っている。

これで一番下っ端のメイドだというのだから総理に付いて行った残りの6人がどれ程の者なのかが気になる所だ。

そして今日のメインとなるシチューがテーブルに並べられ全員で席に着いた。

しかし、ここでクリスが少し難色を示して来る。


「あの、私はメイドなので後でいただいた方が・・・。」


どうやら彼女は給仕として働き食事は後で一人で食べると言っているようだ。

しかし、我が家にそんなルールは存在しない。

あるのは弱肉強食、早い者勝ちだ。

そして食事は可能な限り全員で温かいうちに食べる。

お替りが欲しい者は自分で行けば良いのだ。

なので最初に料理を並べてくれるだけで充分である。

そして、最も重要な事を彼女には教えておかなければならない。


「ここではみんな揃って食事をする事になっている。それに家には底なしの胃袋を持つ者が何人も存在する。遠慮していると何も食べれなくなるぞ。」


クリスは俺の言葉を聞いて先日の宴会を思い出したようだ。

その目は確実にホロ、メノウ、オリジンに向いている。

特に今回はオリジンに合わせた料理なので彼女が遠慮して食べる事はあり得ないだろう。

その為クリスは諦めて席に着いた。


「分かりました。それならこの家のルールに従いましょう。」


そして全員が席に着き食事という戦いが始まった。

ただ俺の様に普通の者は問題はない。

シチューを奪い合うほど子供ではないし、他の物で充分満足できる。

しかし、ホロとオリジンの食べ方が半端ではない。

熱々のシチューだというのにまるで冷製スープの様な速度で口に放り込んでいる。

別に大食い大会ではないのでもっと落ち着いて食べればいいのに一人が早いと自分の取り分が減ってしまうので互いに意識し合って速度が衰える事が無い。

しかし、そんな中で一番最初に食べきったのはメノウであった。


「それでは2杯目と行きましょうか。」

「な!」

「貴様、騙したな。」


どうやらメノウが普通に食べているように見えたのはフェイクで実はスキルを駆使してそう見せかけていただけの様だ。

恐らく幻影系のスキルを使ったのだろう。

通常ならそんな手段はオリジンには通用しないが、シチューに夢中になった事で簡単に騙されてしまった様だ。

メノウは勝ち誇ったように「ルン・ルン」と歌いそうな程の軽やかなステップで鍋へと向かって行った。

すると残った二人は最終手段に打って出た。


「こうなったら・・・。」

「私も負けない。」


すなわちスプーンを放棄し、お皿を手に取るとそれを一気に流し込んのだ。

しかし、ここにもメノウは罠を仕掛けていた。

このシチューのジャガイモはいつもより大きくカットされていたのだ。

それにより全てを飲み干す事は出来ず芋を咀嚼するというタイムロスが生まれる。

しかもこのシチューを注いで配ったのはメノウなので自分の所にはあらかじめ食べやすい大きさの具材しかいれていなかったのだろう。

なんと狡猾で恐ろしい事を平然と行うのか。

そしてメノウは悠々と席に座ると2杯目を食べ始めた。

ここでようやくホロとオリジンは食べ終わり2杯目を注ぎに行く。


「こ、これは!」

「やられた!」


しかし、そこには既に大きめの具材しか残っていない。

そして二人が注いだ後には残り2杯分しか残っていなかった。

それにより二人の闘いは更に激しさを増していく。

そんな中でメノウは再び余裕で立ち上がると3杯目を注ぎに向かった。

しかも再過熱をするという余裕まで見せている。


「それではお二人ともお先にいただきます。」


メノウは最後の一人分を残しシチューを注いで席に戻った。

そして最後の一杯としてゆっくりと食べ始めたる。

しかし、その陰で最後の戦いが火花を散らせていた。


「ンゴンゴ・・・(最後は私が貰います。)」

「ムグムグ・・・(何を言っているのだ最後は私の物だ。)」


そして二人は食べると言うより飲み込み始めた。

しかし、ここで最後に手札を残していたのはホロである。

ホロは変身を解くと残った芋を一気に丸飲みにした。

犬の喉は人よりも広く出来ているのでその特性を生かした本当に最後の手札である。


「ムム~~(卑怯だぞ。)」

「ワウワウ(勝者こそ正義。)」


そして最後に勝利したホロは再び人の姿に戻りお替りに向かった。

その後ろでは一歩遅れて食べ終わったオリジンがテーブルに沈み悔しそうにホロの姿を見送っている。


「次こそは真の実力を見せてやる。覚えていろよお前たち。私は必ず帰って来るからね。」


なにかオリジンは何処かの悪役の様な事を言っているが次はいつ来るつもりだろうか?

ぶっちゃけ聞きたい気持ちもあるが下手な事を聞いて藪を突きたくない。

そして時計を見れば既に丁度いい時間になっていたので俺は席を立つとケーキ屋に向かう事にした。


「それじゃあ行って来る。」

「あ、私も行くわ。最後に調整だけしておかないと。」


するとそれと同時にオリジンも立ち上がった。

どうやら一緒に付いて来るようだ。


「付いて来るのは良いが何処までついてくるつもりだ?」

「店の手前で別れるわ。その後は大人しく帰るから安心して。この時間帯に外で人に会うのはあまり良くないでしょ。」


確かにこの町にはまだ、部分的にしか結界は敷かれていない。

そのため、親がいても子供を連れて歩く人間は殆どいないだろう。

それなら彼女がいるだけで店のスタッフからの信頼を失うかもしれない。

それは今の段階では一番避けたい事だ。


「なら場所の確認のためにダンジョンの前まで一緒に行こう。その後は解散して俺だけで彼らとレベル上げに向かうことにする。」


俺達は少し話をして外に出ると上空へと飛び上がった。

ここから公園までの距離は約700メートル。

俺達の速度なら数秒で到着する。

そしてその場所には既にアキトとヒムロが到着しており、俺達が来た事に気付くと駆け寄って来た。

それに周囲には他にも数名の人が待機しており、公園を閉鎖しているようだ。

アキトは俺達の傍まで来るとオリジンを見て溜息をついた。


「いつもお前には驚かされるが今回は特に驚いたぞ。まさかこんな所にダンジョンと思われる地下空洞が出来ているとはな。」


そう言ってアキトは視線を逸らし公園の中央付近をみた。

俺もそれに合わせて顔を向けるとそこには確かに綺麗な穴が開いている。

更にその穴には階段が付いており只の穴ではない事を示していた。

俺はアキトにはいつも急に頼み事をしているので若干の罪悪感が湧いて来る。

そのため今日は確実に私事なので頭を下げておく事にした。


「すまないな、何時も無理を言って。今後はなるべく控えるようにはするつもりだ。そろそろ俺も楽がしたいしな。」

「そうしてくれると俺も助かる。さすがにこんなにも頻繁に動かれると俺はともかく部下の身が持たないからな。出来ればクリスマスから年始に掛けては日本人らしくのんびりさせてやりたい。」


実際、世界が融合してからまだ3ヶ月も経っていない。

しかし、俺達は色々動き回り、護衛であるアキトたちにかなり負担を掛けていた。

彼らは俺達が休んでいても仕事をしているので少しでも部下の負担を軽くしたいのだろう。

こちらとしても気にはなっていたので最低限、交代で休みが取れる位には楽をさせてあげたい。


「わかった。今回総理が連れて来た人員のおかげでライラ達の仕事も落ち着くだろうからのんびりする事にするよ。」


そして俺達が年末年始の事を話しあっている最中にもオリジンは頑張ってダンジョンの調整というのを行っているようだ。

何を調整するのかは聞いていないが、初心者が入るダンジョンなので高い難易度にはしないだろう。

しかし、俺はここで何も聞かなかった事を後でおおいに後悔する事になる。

まさかこの様なダンジョンを作るとは想像もしていなかったのだ。


そしてオリジンは調整が終わったようで俺達の下に近寄って来た。


「それじゃあ帰るからね。しっかり頑張るのよ。」


オリジンはそう言うといつもの様に姿を薄れさせて消えていった。

仕事をした後なのに何も強請らずに帰ったので拍子抜けだ。

シュークリームくらいは寄越せと言われるかと思った。

その後、俺は店に行くとその扉を軽く叩き来た事を知らせる。


『コンコン』


そして扉が開くと俺は若い男性二人に店内へと招き入れられ、そこには若い女性が3人待機していた。


「あれ、スタッフは4人だと聞いていたけど。それにおばちゃんは?」


すると全員が一斉に真ん中に立つ20代前半と思われる女性に顔を向けた。

その女性は何処となくおばちゃんに似ている気がするが歳が全く違う。

おばちゃんは白髪の混じった50歳後半の女性だ。

それに彼女には家族はいないので娘と言う事もあり得ない。

そして容姿にしては面影が似すぎていた。

するとその女性は顔に手を当て困った表情を浮かべる。


「なんだかね。あなた達が帰った後、鏡を見ると見た目が若返ってたの。変な怪物が出る様になった時も驚いたけど、これは今年一番の驚きになるわねきっと。」


しかし、困った表情を浮かべたのは最初だけで今はなんだか嬉しそうである。

それに声も若干弾んでいる様に聞こえるので満更でもなさそうだ。

しかも普通に綺麗な人なのでこれなら明日からここの看板娘にもなれそうである。


(オリジン、アイツの仕業かーーー!)


恐らくおばちゃんが齢がどうとか言っていたので若返らせたのだろう。

なんという横暴な事をするのだろうか。

せいぜい本人に承諾を得てからにして欲しかった。


しかし、あの時のオリジンがもし。


「あなた若くなりたいなら若返らせてあげようか?」


などと聞いても。


「ふふふ、お嬢ちゃんは面白いこと言うのね。でも気持ちだけで充分よ。」


と、笑って流されるのがおちだろう。

彼女にとってあの時のオリジンは俺をパパと呼ぶ幼い子供に見えていたのだから。

しかし、今となってはオリジンの正体を明かす訳にはいかない。

彼女には悪いがその若くなった体で今後も元気にケーキを作ってもらうしかないだろう。

その責任としてレベル上げはしっかり手伝うことに決めた。


「ふ、不思議な事も起きるもんですね。」

「そうね。若い子達はふぁんたじーって言ってるけどおばさんには分からないわ。あ、でも、もうおばさんじゃあないから勉強した方が良いのかしら。なんだか若くなったおかげかしらね。昔みたいに物覚えも良くなったのよ。なんだか今なら結婚も出来る気がするわ。」


(ごもっともです。今の姿なら年齢を知らない男なら確実に釣れます。密かに周りの奴らに言って丁度い男を紹介する様に言ってみようかな?)


「ま、まあ。今日の所はまずはレベルを上げに行きましょう。ちょうどいい場所を見つけてあるので。」


そう言って俺は全員を連れて公園に向かった。

ここからは50メートル程で到着するので歩きながら彼らと自己紹介を行う。


「俺はユウと言います。」

「そう言えばまだ名前も言って無かったわね私は結月ユズキよ」

「俺はミナトだ。今日はよろしくな。」

「俺はワタルって言います。よろしくお願いします。」

「私の事は優奈ユナって呼んでね。頼りになるお兄さん。」

「わ、私はサキです。き、今日はよろしくお願いします。」


俺は自己紹介を済ませると彼らに防具を渡して装備をさせる。

後ろに通す気はないので大丈夫だと思うが最初だけは攻撃してもらう必要があるから念の為だ。

そして装備が終わり互いに固定ベルトなどを確認して俺達はダンジョンに入っていった。


そこが俺にとっては地獄の場所とは知らずに。

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